担任雑記No.23 「つくり上げることの喜び・

職員劇ウラ話」

2学期において、また、西中の歴史の中で、一つの節目となる第30回銀河祭が無事終了した。初めて経験する君たちには、どんな思い出が残ったのか。以後2回経験する君たちがつくり上げる銀河祭に大きく影響をすることは間違いないであろう。この経験は一生大事にしてほしいものである。

ところで、私も今までにない文化祭を経験した。体育館全体から沸き上がる喚声と拍手、地響きは、ステージに立った私にとって一生忘れることはないだろう。

それは「DANDY先生、お願いがあるんだけど」の一言から始まった。

鶴を折り始めてだいぶ軌道に乗ったある日、銀河祭の運営や指揮を任されている長谷川先生から、「職員劇」の脚本と演出の依頼があった。正直言ってあまり乗る気ではなかったし、演劇の大家土屋先生がいらっしゃったので、引き受けるにも器ではないと感じていた。だが、我がDANDYクラスの生徒の間では、「この学校で一番真面目で誠実な先生」という専らの評判、これを断る事は生徒を裏切ることと同罪だというような罪悪感があった。また、イガイガの石ころをスポンジケーキでやんわり包み込むような彼の語り方に、私を思わず「はい、やらせていただきます」と首を縦に振らせてしまう不思議な力があったと言い訳するしか言いようが無い。

 最初は、図書館にある演劇の本を紐解き、生徒の為になる諭すような教師らしい演劇をと考えていた。それが現在のこの学校の校風に合っているような気がしたからだ。だが、私の心がそれをやったらいけないと、私の袖を引っ張っていた。つまり、どうせやるなら生徒も先生も楽しんでもらった方がいいという、まさに直感という奴である。私は同じ美術科の宮沢先生からいただいたアイデアを借りて、出来るだけみんなが笑え、演者の創意と工夫の生きる脚本をモットーに、「THE・職員FASHION SHOW」という台本を休日を返上して一気に書き上げたのである。

 さて、先生方に出演のお願いをしなければならない。こんな台本を読んだら、きっと先生方は怒り狂って私を破門にするかも知れない。そう考えると手が震えて脂汗が滴り落ち、言葉もろくにでない状態で直接交渉など到底無理であった。だから、台本はそーっとさりげなく先生方の机の上に置いて様子を伺い、恐る恐る練習の日を待った。

 私の心配とは裏腹に、練習に快く出てくださった先生方が沢山いらっしゃった。この日、都合で出られない先生も、風の便りで「こんな用意をしているらしい」とか、結構よい感触が伝わってくる。私が狙った「出演者の創意・工夫」が先生方が理解していただいたのかと、正直嬉しかった。ただ、衣装には困った。ほとんど自前で用意してもらうことを基本としていたが、「セーラームーン」とか、「タキシード仮面」、「デーモン小暮」といった色物キャラクターはこちらで作るよりほかなかった。

 銀河祭前日の夜、ステージでリハーサルを行った。そのときに出来上がっている衣装はほとんど無かったので、リハーサルが終わったらすぐ美術研究室で製作に移った。

 まず手初めに、デーモン小暮の髪の毛から作ることにした。演じてくれる木暮先生が自分の頭に会う大きさでトゲトゲの帽子の原型を作ってくれていたので、作りやすかった。同じものをもうひとつボール紙で作り、ポスターカラーでカラフルに塗り、ドライヤーで乾かして、少しずらして合わせた。そして、頭回りの部分は黒画用紙を貼り、金紙の端切れを細かく切って飾った。出来上がったら筒にして頭にぴったり合うように輪ゴムでつなげて出来上がり。この間、約10分程。その手際を見ていた木暮先生は「ホホォ〜、そうやるんですねぇ、イヤァ、思いつかなかったなぁ」などと、やたら褒めるので、照れ臭くて困った。そう言う彼だって、デーモンのメークの研究に余念がなかったのだから、むしろこちらが感心してしまうほどだった。

 私が木暮先生とデーモンに取り掛かっているころ、研究室の私の机ではタキシード仮面役の平山先生がいそいそと何やら作っている。シルクハットと仮面は私が作っておいたのでどうしたのかと思ったら、冬彦さんの母役の西脇先生に頼まれて、銀ギラメガネを作っているのだと言う。様子を伺っていると、金紙を貼り付けたり鏡に映し自分で試したりして、結構ノッて楽しんで作っている。そんな様子を見て、ふとリハーサル前のことを思い出した。彼は私が作ったシルクハットについては何も文句がなかったようだが、仮面を見せたところ、「池田さん、実はタキシード仮面ってこんなくどい仮面じゃないんですよ」と言った。「僕、昨日まんがとビデオを見て研究したんですけど、実は、もっとシンプルで白いメガネなんです。知らなかったでしょう」と誇らしげに私に言うのだ。私は正直言って彼の研究熱心さに敬服したし、嬉しかった。彼もまた作り上げることの喜びを感じてくれているのである。そして、ガラス窓に映るラモスの姿に扮した自分の格好を念入りにチェックしている太田先生の姿もあった。明日の本番に不安と期待が入り交じったマーブル模様の気持ちの夜だった。

 本番当日である。クラブ発表をしている最中、東体育館に出演する先生方が集まり、メークを始めた。全身金粉を塗って大仏になった山本先生。インドの高僧が着る布切れを自分で染めて作ってしまった宮沢先生。この二人、妙にマッチしていて全く違和感がない。水戸黄門とスケさん、カクさんをやってくれた校長先生、教頭先生、教務の深沢先生は、あの衣装すべて自前だ。風車の弥七役の石川先生は本番まで姿を見せず、TVのように忽然と本番に姿を現し、アドリブしてくれた。スーパーモデルの野沢、林、小口、和田諸先生も、自分が最も美しく見える衣装を選んで着てくれた。同じくスーパーモデルの倉沢先生は文化祭の運営でお忙しいにもかかわらず、周りの者が思わず目を覆いたくなるようなすばらしい衣装。感謝に絶えない。長谷川先生はこれまたお忙しい中、顔を真っ白に塗られ、金と銀の紙で作った派手派手の衣装を快く身に纏ってくれた。モナ・リザ役の遠藤先生はご自分で演出を考えて来たほどの凝り様。野球ユニフォームの51という背番号がやたらデカい永野先生。セーラームーンの足立、宮野内、山越諸先生方など、わざわざこのために皐月高校からセーラー服を借りてきての気合の入れ様である。しかも、お子さんからセーラームーンの武器を借りたり、黄色のビニールテープであの髪形のかつらを作ったりと、出演にあれほど難色を示していた人とは思えない、これはもう「趣味」の世界であった。

 私はこの“ミニ・コスプレ大会”状態を見て、きっと本番は成功する、と確信をもった。先生方の異常なまでの盛り上がり、みんなで何か一つのことを徹底的にやってやろうじゃないかという情熱、恥も外聞も捨て去りただ演ずることに没頭する姿。すべての原動力が集結し、先生方の気持ちが一致し本番に向かった。

 …本番が終わり、舞台上で記念撮影が行われ、舞台を降りて衣装を脱ぐ。出演してくれた先生方一人一人に有りったけの気持ちを込めて感謝の言葉を掛けた。みんな爽やかで充実した笑顔を私に向けてくれる。「よかった、本当によかった。」と興奮気味にまくし立ててくださる先生もいたし、言葉もなくただひたすら手を握って返してくださる先生もいた。生徒も「先生、よかったよ、面白かった」「来年もまたやってよ」などの声。今まで話したことも見たこともなかった生徒がそーっと近寄って来て、「ダンディーっ」と遠慮がちに声をかけて行ったりなど、反応が面白かった。ただ、言えることは、どの生徒もみんな、スカッと抜けた爽やかな笑顔だったのが印象深い。やっていて、本当によかった。そんな充実感が体を満たしているのが震えるほどよく分かった。 一部では「あんな忘年会でやるような事を、よくもまあ…」とささやく声も聞こえなかった訳ではない。だが、私は充実している。先生方みんなが、自分の創意と工夫をもって劇に立ち向かってくれたのだ。私にとってそれができただけで、十分である。

 銀河祭1日目の夕方、職員室でぼんやりしていると、隣の席の平山先生がニコニコと満面の笑みを浮かべて私にこう話しかけて来た。

 「タキシード仮面って、かっこ良いんですね。」「えっ」「だって、生徒が皆、僕に向かってこう言うんですよ。『かっこ良かった、かっこ良かった』って」「へぇー」「いやぁ、僕、タキシード仮面で良かったかもしんない」「え、俺、ステージで聞いていたら『やだー』って言う声が聞こえたんだけど」「先生、それは違う、それは女の子の黄色い歓声』って奴ですよ」「えー?」「本当だって、皆僕にそう言うんですよ」

 彼はしばらく興奮気味に私に語ってくれた。私はニヤニヤしながらも、心の中では彼の充実した気持ちを犇々と感じ取っていた。そして、私もまた、彼のその姿を見てあの本番までの創造的な時間を反芻し、味わっていた。

  

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