担任雑記No,25 「ヨーロッパ旅行記14」 個人的な旅をしてふとした所で同邦人を見ると時たま、日本国籍をもっている事が恥ずかしくなることがある。このように書くと何を尊大な態度で、と思われるかもしれないだろうが…。フィクションのようなノンフィクションと思って、読んでほしい。
… ここはドイツ/バイエルン州フュッセン。ここはオーストリアとの国境に近い小さな田舎町である。だが、かつてここがバイエルンという王国の辺境の村であったころ、バイエルン国王・ルードヴィヒ世がうるさい人間関係に嫌気が差し、17年の歳月と国の財政が傾くほどの莫大な財を費やして「ノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)」を建てさせた。断崖絶壁の小高い山の天辺に真っ白な城壁が真っ黒な森林に囲まれ浮き立つ様は、静かで深い色をした湖に一羽の白鳥が佇んでいるようである。また、東京ディズニーランドの白雪姫城のようにも見えるが、もっと落ち着いていてファンタジックである。彼の死後その美しい城は壊されず残り、今ではその美しさを一目見ようと世界中からの観光客が絶えない。もちろん、日本人も多数いた。…
… … 私はツアーコンダクターをしているDと言います。日本の皆様を何度も海外へお連れし、楽しんでいただいております。今回も大型バス2台ほどの日本の皆様を引き連れ、7日間の予定でヨーロッパ各地の有名観光スポットにご案内しておる最中です。本日は「ノイシュヴァンシュタイン城」を観光していただくべくここフュッセンにお連れした次第であります。皆様はつい先程まであの豪華絢爛なお城を僅か1時間で見学なさって来たところです。皆さん、大変に喜んではおられましたが、普通半日いても足りない位なのに、日本人の早歩きにはいつも感心させられます。本当に見たのでしょうか。
本日のホテルは豪華とは言えませんが、ドイツの民宿の気分を味わっていただけるにはサイコーであります。このホテルは、日本の皆様向けに、外観はドイツのオーソドックスな形をそのままに残し、客室をコンチネンタルスタイルに改造してあります。もちろん、バス、トイレ付き。一般の宿は、シャワーだけのところが多いのですが、バスは日本の皆様向けに、ドイツでは珍しい風呂桶にお湯を張ってくつろげるタイプです。
ホテルに到着して、チェックイン致します。私が一括して行いますので、皆様はただお待ちいただくだけです。あっ、ハネムーンと思しき日本人の個人旅行客と鉢合わせしまいました。彼らも我々と同じホテルに泊まるらしいです。運が悪かったですね。
夕食はホテルのレストランで取っていただきます。ウエイトレスは英語が話せる気さくな女性にしたので、安心です。お客様がたは中学校のころから英語を習っていると聞いていますから、私が出る幕はないでしょう。
おや、ウエイトレスさんが忙しそうになって来ましたね、皆様のほうは楽しんでいるようだが、ウエイトレスはうんざり顔をしています。どうしたんでしょう。えっ、私を呼んでいらっしゃいますね、何なに、通訳しろと…。英語はできるんじゃなかったんですか、私は通訳ロボットじゃないんですが…。
サラダはバイキング形式(ビュッフェスタイルとも言うが)です。よくファミリーレストランというもので見かける「サラダ・バー」と言うものだそうです。日本人向けにホテルに企画させたのです。夕食のときこれをやり始めてから、皆さんに好評でした。何か、気楽な気分で食事ができるのだそうです。ナイフやフォークの食事にあまり慣れていないせいでしょうか、それまではコチコチに緊張しながら食べていらっしゃったようです。おやおや、こういうことを見慣れていないヨーロッパの人達は、食事中、突然集団で席を離れて皿を片手にサラダを盛りに向かう姿を呆然と眺めています。食事中席を離れるときはたいてい、トイレか電話と相場が決まっているのですが…。
サラダは盛り放題だと思ったお客様がいたらしく、足りなくなってしまいましたね。新しいサラダを持ってくるまで、お得意の行列です。さあ、来ましたよ。一人一人分づつです。いいですね。おいおい、集団心理の恐ろしさか、また好き放題盛り付けようとしてますよ。当然また足りなくなってしまいました。ウエイターやウエイトレスは呆れ顔。拘わりのない新婚夫婦にも愛想が悪くなってしまったようです。お気の毒に。
どうやらお夕食は終わったようです。ツアーの皆さんが一斉に「いただきました」と元気よく合唱して手を合わせておられるところでよく分かります。食事が始まるときや終わるときは一人たりとも遅れたり早かったりしてはならないようです。そういう面で、日本の皆様はよほどのことがない限り、時間は守ってくださるし、いつも集団でいてくださるので、とても仕事がやり易いです。私は羊飼いになった気分です。
でも、ウエイトレスに「Thank you.」とか、気の利く人は「Danke sch n.(ダンケ・シェーン:ドイツ語の“ありがとう”)」とは言うけれど、もっと肝心なチップはどうしたんでしょう…。その習慣は知っているが、みんながやらないから渋っているのです。自分だけ“いい子ちゃん”になりたくないということでしょうか。仕方ない、わたしのポケットマネーで許してもらいます。
団体旅行とは彼ら独特の面白い文化です。日本という国が“団体”という極小単位になって外の国に行って暴れ回るのですから。そして彼らは「集団」のメリットを最大限に生かすことを知っています。彼らは時たまこんなことを言います。「みんなでやれば怖くない」。個人より「みんな」を大切にする民族なのです。そして、身なりや形、行動、そして考え方まで同じでないと気が済まない民族なのです。
とは言っても、団体旅行のメリットは沢山あります。第一に、旅の間お客様は何もしなくてもよい。煩わしいホテルの予約や交通手段の確保など、人任せです。私も一度だけでいいから、団体旅行をしてみたいです。でも、本当の旅の面白さは自分ですべてやるところにあるのですが。
… … … 自分の国に誇りを持てないとは何と寂しい事だろう。国のために戦っている人もいるというのに。私は帰国してから今でも、その寂しさが拭えないでいる。