担任雑記No,26 「男のダンディズム」 小さい片手ナベのお湯が煮えている。そろそろシャウエッセンが茹で上がるタイミングだ。ポメリーを皿に盛り、その辛み成分が飛ばないうちにシャウエッセンをそこに盛る。ダンディーな男はつまみ位自分で作る。風呂上がり、濡れた髪の水分が自然と蒸発して行く心地よさを感じながら、冷凍庫で凍らせたピルスナーグラスを取り出し、同時によく冷えたビールも冷蔵庫から引っ張り出す。準備完了だ。ダンディーな男の定判ドイツビール“BECK’s”をグラスに注ぎ、その金色の液体をぐいっと乾いた喉に流し込む。“プハァーッ”。体の中にたまっていた淀んだ“気”が勢いよく抜けて行く音だ。わずかに日に焼け火照った頬に冷たいグラスを当てると、今日一日の出来事がよみがえる。そう、今日は、クラスマッチだった。
静寂な書斎で執筆していても、あの歓声が耳の奥で木霊している。女子中学生の黄色い声援、応援。男子中学生の声変わりの終わったドスの効いた声と、幼さの残る声。それぞれのクラスがそれぞれの思いを旨に、我がクラスの勝利を信じ、直向きに選手に声を送り、審判の笛の音とボールの行方と共に一喜一憂するあの時間。絶望を歓喜が同じコートのうえで同時に沸き起こっては消え、消えては盛り上がる瞬間の連続体。そんなクラスマッチの結果と言えば、DANDYSは健闘空しく男子5位、女子最下位の8位に終わった。思わずもう一口、ビールを煽った。
気を落ち着かせ静かに目を暝ると、今日のDANDYSの面々の姿が目に浮かぶ。ボールが飛んで来てたとえ足がすくんで一歩も動けなくとも、サーブをミスしようとも、レシーブが自分の意志とは無関係の所へ消えてしまっても、後ろの人に任せたつもりが“お見合い”してしまっても、DANDYSの面々が、「一生懸命に」バレーに取り組もうとした姿勢が痛いほど犇々と伝わってくる。それは、試合中のみんなの目が、誰一人として淀まず、爛々と輝いていたのを発見したからだ。そして、そんな失敗を笑って許し、真顔で次のプレーに臨んで行く。試合を終えるたび、どこにいようと見つけ駆け寄ってくる君たちの顔は、勝利の喜びにあふれていたり敗北の苦みをかみしめていたり、表情が多彩だ。そのたび、一緒になって大騒ぎした。応援にも、派手さはないし、マスゲームのような統一された美はなかったものの、それぞれが、自分の出来るだけ精一杯の大声を出し、体全体を使って応援した。DANDYS男子の土埃塗れになってボールを追う姿や、「ヤー!!」と気合を入れて相手を威嚇するポーズなど、ラグビーの世界で言えば、ニュージーランド“オールブラックス”を彷彿させる。DANDYS女子は“コートの中の六地蔵様”といえば聞こえが悪いので、“コートに咲く六輪のコスモス”にしておこう。飛んでくるボールに翻弄される様は、風に吹かれてゆらゆら優雅に揺れるコスモスのように可憐ではかない美しさだ。果敢に責める男子のバレーとは迫力には劣るが、“優雅にして繊細”、言い方を変えれば“ちょっとオ・ニ・ブ”。淑女が集まったクラスとしては今日はよく動いたほうだとしておこう。
結果は悪いかもしれないが、我らDANDYS一人一人は頑張ったと思いたい。そして、この経験は大切で貴重な宝物であり、心の奥底にしまっておいて欲しいのだ。「結果」が全てではなくそこへ至る「経験」こそ大事なのである。
グラスにビールを注ぐ。ビールのうまさを持続させるには、グラスを空にしてそこに新たに注ぐことだ。フワッと柔らかな泡が立ち、その泡の中に一人の人物像が浮かんだ。DANDYSの永遠のライバルである、デンジャラス組頭領、“デンジャラス”小林教諭である。帰り際、職員室で何やらブツブツ言っている。熱血漢の彼はどうやら今日の結果に随分とご不満のようだ。そして、私を見るなり、こんなことを言った。
「あれ、まだ結果知らないの?」
彼のクラスは女子の成績はあまりパッとしなかったものの、男子は優勝をかっさらって行ってしまった。そんな裏付けがあってか、発する言葉には自信と力が漲っていた。それまで結果を知らなかったので、言われるまま生徒玄関の勝敗表を見る。この結果であるので瞬間湯沸かし器のように頭に血が上るのは無理もないことだ。勢い、
「小林さん、音楽会、賞を出しましょうよ」と、つい、口走ってしまった。すると、彼は動揺するでもなく涼しい顔で「恥の上塗りするのかい?」と切り返す。
さすが、ライバルである。強すぎる相手に牽制をし、自分を優位に立たせることを忘れない。そして、巧みな言葉遣いで相手に闘志を沸き立たせ、自分自身を磨く技に長けている。よし、その言葉に乗ってやろうじゃないか。大きな気持ちで彼の言葉をかみしめた。今、心の奥に秘めた闘志に静かに火がついた。我がDANDYSには勝機がある。スポーツで駄目なら芸術で勝負だ。音楽の大家である小林教諭の受け持つデンジャラス組をアッと言わせてやろう。そして、DANDYS皆の大きな自信となってくれたら最高だ。DANDYSの皆にもこの闘志の火を分けよう。そんな野望が芽生えた。
シャウエッセンにポメリーをつけ、口に運ぶ。カリッと弾け、適度な辛さと塩気、香りが口の中に広がる。と同時に、心の中で何か歯車のようなものが動き始めた音がする。シャウエッセンの弾けた音と聞こえたのは、もしかしたら、新しい種が生まれた音かもしれない。ただ、我武者羅に突き進むことはしない。それは有効ではない。DANDYSの気持ちを音楽会に徐々に仕向け、しだいに大きなうねりとなるよう育てて行くのだ。そして、DANDYS皆が私の手から離れ、彼ら自身の手で充実した合唱を作り上げて行けるようになったら最高である。君たち自身出作り上げる活動が一番に優先されることなのだから、私のエゴは押し付けることはできない。だが、ダンディズムとはそんなところにあるのだ。DANDYと伊達に言っている訳ではない。