担任雑記No,27 「ヨーロッパ旅行記15」

フュッセンからミュンヘンに移動。今日の目的はドイツの自動車に乗り、あの有名な“ロマンチック街道”を中世都市ローテンブルグまで走る。妻には内緒だったが、心の中は遠足前夜の眠れない小学生の様にどきどき。でもあくまで冷静を装っていた。

計画段階からドイツへ行くならレンタカーを借りて、アウトバーンやロマンチック街道、普通の田舎道を走りたいと思っていた。絶対、絶対、絶対、何がなんでも、運転してみたい。左ハンドルのドイツ車で右側通行の道を、どこまでも、どこまでも走りたい。ヨーロッパ仕様のドイツ車はどんな乗り心地か。どんなにスピードが出るのか。質実剛健に出来ているのかな。その夢が、今日、ついに現実のものとなるのだ。

ミュンヘン駅到着午後3時。ヨーロッパ特有の広大な駅の構内の片隅に、レンタカー窓口がある。重い荷物をごろごろ転がし、やっとたどり着く。妻が手続きに入る。

予定の時間よりも遅れて来た事を理由に、受付のおじさんとしばらく問答になった。でも、我々が遅れて行くという旨をあらかじめ電話で伝えておいたことを話すと、急に態度を変え、すんなり受けつけてくれた。ヨーロッパの人々は、自分に非があると素直に認め、態度に表してくれる。その代わり、こちらに落ち度があると主張するところはたとえこちらが泣いたり下手にでて媚びたとしても、きちんと筋を通す。だから、妥協という概念があまり通じないし、「なぁなぁ」の世界は汚職された政界ぐらいにしか存在しない。だからこちらも旅の心掛けとして、こちらに落ち度がない限り言い分は主張するようにした。始めは言葉尻のキツイ、角のある人間関係だと捕らえがちだが、慣れてしまえばむしろそのほうが、筋が通っていてすっきりするし、気持ちいい。

いよいよキーをもらい、急いで指定された場所へ向かう。言われた場所は、駅の近くのホテルの地下駐車場だと言う。駅を出て見ると、ミュンヘンの街の道は自動車でごった返していた。ゴルフ、オペル、ベンツ、BMW。名だたるドイツ車が、駅の回りの石畳の路肩に、歩道に、所狭しと駐車している。イタリアやフランスのようなゴチャゴチャと無秩序に停めはいない。測ったようにきっちりと整然と停めてある所にまさにドイツ人の気質を感じた。確かに、レンタカー専用の駐車場は無さそうだ。仕方なく再びごろごろと大きなトランクを転がして行く。夏の暑い日差しが射すように照りつける。ホテルを発見。中に入り、エレベーターに乗り、地下四階へ。やっとたどり着く。排気ガス臭いのも我慢我慢。レンタカー会社のステッカーが貼ってある車を発見。ドイツ車がうじゃうじゃいる。心がウキウキする。いろいろ回り道があったが、よくここまでやって来た。さて、キーについている車のナンバーと、車種を確認。一瞬、目を疑った。

「NISSAN PRIMERA…?」

ま、まさか。信じたくなかった。ドイツの新しい会社の車かとさえ思った。実物を見るまでは。目の前にある黒い車はまさに、どこから見ても、正真正銘日本車だった。空いた口が塞がらなくかった。「ドイツまで来てわざわざ日本車に乗るこたぁねえんじゃないの。」と叫びたかった。でも、クレームつけるほどの勇気も、気力もなく、増してや車を変える理由もお金もなかった。

とは言ったものの、さすが、“ヨーロッパ仕様”車。トランクルームは、我々の大きなトランク2つをまるまる飲み込んでしまったし、サンルーフもついている新車だ。許してしんぜよう。左側のドアから乗り込む。ハンドルと握る手がわずかに汗ばみ、震える。キーを差し込み、スターターを回す。「バウンッ」と気持ちよくエンジンがかかる。心臓の鼓動が高まる。クラッチを踏み、ギアを入れるため左手を動かす。コツンと、ドアに当たって初めて、左ハンドルだと思い出す。どことなくうれしかった。気を取り直し、右手でギアを入れる。そろそろと動き出す。今、わたしは、感動の絶頂の中にいた。頬の筋肉が緩みっぱなし。きっとニヤけて情けない顔をして運転しているんだろうな。でもそんなことより運転していることの喜びのほうが大きく、私は興奮していた。

すると、助手席から妻の鋭い冷静な声が私の目を覚ました。

「はいはい、ほらほら右側右側。右側通行ですよ。」

気がつくと、左車線を逆走していた私であった。

出発が3時半過ぎ、初めの1時間は緊張の連続だった。予想以上に慣れない左ハンドル、右側通行。方向指示機だと思ってレバーを動かすと、ワイパーが動いたり。ナビゲーターは妻に任せたが、妻も未踏の土地だしドイツ語は分からない。地図も不正確。今日の目的地のローテンブルグまで、本来なら2時間でつくところを、道をとんでもなく間違え遠回りしたおかげで、夜中の10時過ぎになってしまったのである。

ところが、その6時間あまりの道中、私はうれしくてうれしくてたまらなかった。道を間違え、引き返すことになったときなど多少苛々したものだが、それを覆って余りあるほど、ドイツの道は走りやすく、また景色がよかった。このバイエルン地方は酪農が盛ん。村と村の間はただっぴろくゆるやかな起伏の牧草地が広がる。どこを見渡しても360度まっ平、山ひとつない。360度山国長野県ではめったにお目にかからない光景だ。そんな景色の中を一般道路にもかかわらず80km/hオーバーですっ飛ぶ。なお後ろからパッシングして追い越して行く車が沢山有るのだから驚いてしまう。だが、不思議に恐ろしさを感じなかった。むしろ道路の作りがそれくらいのスピードで走るようになっているとさえ感じられた。これで、ドイツの交通事故死亡率が驚異的に減っていると後で知って、さらに驚いてしまった。ただ夏暑い時期、窓を全開で走ると、酪農地帯独特の発酵した香りが車内に充満するのには参ってしまった。

この夜はドイツ人の温かさに触れて、幸福が訪れるが、それは、また別のお話し。

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