担任雑記No,28 「『飛行船』に迫る」 音楽会後のDANDYsの諸君の生活ノートや感想記入用紙に、こんな言葉が多く書かれていた。
「緊張した。足ががたがた震えているのが分かった。終わったらほっとした。」
確かに、君たちは見た目にもかなり緊張していた。それもそのはずだ。音楽を担当していただいている宮沢静江先生から大きな期待を受け、DANDYにはすごいプレッシャーをかけられていたから、緊張するのも無理はない。でも、裏を返せば1年8組DANDYsは、声が大きく出せる素地と、合唱がうまく芸術性の才能のあるクラスであると言い替えることができよう。それを素早く見抜いた宮沢先生から、私は顔を合わせるたび期待と愛情のこもった鋭く手厳しい指導をいただいた。私もそれに応えるべく、朝、帰りの練習で何度もやり直しをさせ、皆が満足の行く合唱を目指したつもりである。
時には体育館を1時間丸々お借りして練習したときもあった。そのときは君たちはハーモニーはほぼ完成の域に達していたので、「声を大きく出す」ことに重点を置き、床に仰向きになり、腹筋を押さえながら歌う練習をした。同時に、録音までして、どんな様子か実感もしてもらった。そのとき、君たちは「思ったほど声が大きくなかったけど、本番は頑張るぞ」と決意を新たにした。
このように発破をかけ、焚き付けて来たのがかえって君たちにとってすごい重荷になっていたのかもしれない。だが、宮沢先生の期待だけでこれ程気合を入れたりはしない。そこまで私を駆り立てたのは、君たちが初めて私の目の前で「飛行船」を歌ってくれたときの情景が頭にこびりついて離れなかったからである。あれは帰りの学活だった。係の指示でモサモサ動き合唱の隊形を作る君たちを見ていて、正直言って不安であった。ところが、指揮者倉島君の手が上がり、伴奏者倉田さんの指が軽やかにメロディーを奏で始める。揺ったりとした指揮者の手の動きに合わせ、君たちが歌を奏でる。すると、今まで心の中を充満していた暗雲は、一条の光とともに一瞬にしてかき消され、あっと言う間に抜けるような青い空へと変化した。目を閉じ、耳を澄ますと、君たちがつむぐ歌声は美しく、私の心を躍らせた。特に、男子の声が女子に負けないくらい出ている。そして「これは行ける。」と確信のようなものが心の中に生まれた。「やればできる」と言うレベルではない。「やり甲斐がある」である。私は、君たちが「歌ってよかった、気持ちよかった、感動した」と言えるまで、とことんやってみようと決意した。そこまで私の心を動かした合唱を君たちは見せてくれた、それがすべての原動力となった。
時は流れ、前日の大雪が嘘のように、空はあの学活で心の中に出現したものと同じ晴れわたった音楽会当日。午前中、3時間授業をこなして、午後に本番という日程のおかげか、君たちの表情に緊張感はほとんど無く普段どおりだった。ただひとつ違ったことは、関君が教室にいなかったことである。彼が教室にいるとにぎやかさも倍増であるので、我がクラスにとっては我がクラス足らしめる重要な存在であった。だが、彼は前日の歯の治療の経過が思わしくなく、残念ながら欠席せざるを得なかった。彼を欠いて万全とは言えないが、とにかくやるしかない。
給食を終えて、やはり、声量に一抹の不安があったので、教室を抜けだし、中庭で歌うことにした。そこに偶然にも宮沢先生が通りかかったので、渡りに船と、アドバイスをいただいた。先生は「思い切って声を出すように」と熱心に指導してくださった。やはり、気にしていてくださったのである。喉を痛めない程度の大声で歌い、本番に備えた。君たちも今在る事態に少しづつ気づき始めたのか、少し緊張して来たようで、「うひぅ〜」とか「どうしよぅ〜」など、日常出したことのないような奇声を上げたりしていた。こうして、音楽会が開会された。DANDYsの演奏については、歌った諸君が一番よく分かっているはずだ。ここであえて記述するよりも、感動的に語ってくれると思う。
さて、諸君の書いてくれた感想に戻ろう。こんなふうに書いてくれた諸君もいる。
「緊張したけど、大きな声で精一杯歌うことができた」
この言葉に私はDANDYs諸君の前向きな姿勢を感じ取ることができた。この言葉は自分のもてる力を十分に発揮したから出てくる正直な気持ちであろう。そして、
「三年生の様に僕らもきれいに歌えるのかな、歌えるようになれたらいい。」
と、感想を書いてくれる諸君もいた。この言葉に、わたしの心の中に一つの企みが芽生えた。それは、“君たちの合唱の伴奏にギターで参加する。”である。
手初めにいま、サイモン&ガーファンクルの名曲、「スカボロー・フェアー」と、同じく「サウンド・オブ・サイレンス」を練習中だ。来年、いや、再来年、西中全体がDANDYsの合唱によって感動の渦に巻き込まれる映像が目に浮かぶ。美しく心洗われる歌声、バックには風のようなギターサウンド。嗚呼、想像するだけで美しさに涙が止まらない。うるる。
早速、宮沢先生にこの企みを話した所、元気の良い一言で一蹴されてしまった。
「8組には『スカボロー・フェアー』は似合わないよ」 “ガビーン…”
さらにこう付け加えて、
「やっぱり8組には『大地の歌』がいいんじゃない」 “あの、元気のいい歌?”
確かにDANDYsに似合い過ぎている。我がDANDYsの為に作られた曲じゃなかろうか。と、不覚にも納得してしまった。私は絶句し、苦笑した。
こうして、私の企みは露と消えた。だが、私は諦めない。来年、そして再来年、君たちが決めた曲に、何かの形で参加しようと、今、密かに画策している。来年が楽しみだ。