担任雑記No,36 「ヨーロッパ旅行記21」

 長い一日というのは本当にある。時計で正確に時を刻んでいるにもかかわらず、人間の感情というフィルターを通すと、同じ1日、1時間、イヤ、1秒でも、長くなったり短くなったりするものである。この日は特に長かった。

 モン・サン・ミッシェルから朝早く次の目的地、古城がたくさん残っているトゥール地方のトゥールという町へ移動することにした。巡礼の島は朝から人でごった返していた。でも不思議なことに、日本人らしき姿が一人も見られない。珍しいことである。

 朝8:00、タクシーをチャーターした。赤のシトロエンでくると言う。妻の語学力にはいつも尊敬の念が絶えない。妻の言うとおり、赤のシトロエン・サンティアが我々を迎えに来た。人でごった返している中、すぐに運ちゃんが分かったのは、この寒いのに短パンをはいているおかしな東洋人が駐車場のど真ん中で仁王立ちしてスケッチしていたからであろう。日本人は団体ツアー客ですら一人もいないのが幸いした。

 8:30、乗り込んで駅まで送ってもらう。車内では妻がフランス語で運ちゃんと会話している。メガネをかけたおじさんは几帳面そうなやせ形の、一見取っ付きにくそうな雰囲気をもっていたが、妻が片言でもフランス語をしゃべる事を知ってから、いろいろ親切にしてくれた。「9時の列車に乗りたいので…(急いでくれ)」と言いかけたら、おじさんは煥発入れず、「No,no,」日曜日は運休、と言う。「まさか!」大きな鉄槌で頭を殴られたような衝撃が起こり、私は急に元気がなくなり、シートに沈み込んでしまった。どうも、13:00になるまで列車は来ないのだ。今日中に、トゥールへ向かわなければならない我々は、昨日の光景が脳裏によみがえって来た。どうしようもなくポントルソン駅で降りる。タクシーの運ちゃんは気の毒に思ったのか、一枚の名刺を手渡してくれた。「また、用があったらここへ電話してくれ。私の会社だから」と言い残し、赤いシトロエンは去って行った。

 8:45、ポントルソン駅はまさに、小海線の無人駅。駅前はバスが一台止まれるただの広場だ。そして、ポントルソンという町は何とも寂れていて、静かで、人通りのない小さな町である。一大巡礼地、ヨーロッパ名勝モン・サン・ミッシェルを目と鼻の先にして、この寂れ様は、日本では考えられないことである。日本なら、「軽井沢」が避暑地として有名であることに便乗して、西に隣接する御代田町は“西軽井沢”、県境を越えて群馬県嬬恋村は“北軽井沢”などと別荘地誘致拡大、村興し作戦に乗り出す所だ。そして、そういって騒ぐことにコロッと騙されてそれを良しとしてしまう。ポントルソンももっと町興しをして豊かな生活をすればいのに、とぼんやり考えていた。

 9:00、この後の行程を考えるために、どこか休めるところか喫茶店はないか町をさ迷ったが、どこも開いていない。日曜日なんだから早く開けて儲ければいいのにと思っても、人っ子一人歩いていないのだから、それこそ無駄なのだ。一時はモン・サン・ミッシェルへスケッチでもしに戻ろうかと歩いてみたが、海岸からずーっと長く伸びる島への一本道を見たとき、足が勝手に方向を変え町に戻っていた。

 9:45、やっとのことでレストランを発見。まだ店の中を掃除しているのもかまわず、にこやかな笑顔で店に入る。おかしな東洋人夫婦が疲れ切った表情で入って来たのに気後れしたのかウエイトレスは何も言わず、席へ案内してくれた。カプチーノを頼む。ここで、ひとまず作戦会議。妻は列車の時刻表と、地図、ガイドブックと考えられる手持ちの資料ありとあらゆるものを机のうえに広げて検討に入る。私にとって、どんな手段でもいいから、次のホテルに到着したかったので、妻に任せた。タクシーでトゥールまで行く案(予算の都合で没)。レンタカーを借りる案(日曜日開いている窓口がないので没)。ものすごく遠回りする案(疲れるので没)。いろいろ検討して行くうちに、どう頑張っても13:00まではここを動けないということが分かった。そして、こんな大胆な計画を思いついたのである。

 @ポントルソン駅から列車に乗ることは諦め、タクシーでドル駅へ向かう。

 A13:30出発のレンヌ行きに乗る。

 BレンヌでT.G.Vに乗り、パリへ向かう。

 CすぐにパリからT.G.Vに乗り、トゥールへ向かう。

 こんな利用の方法を考えられたのは、「ユーレイル・パス」をもっていたお陰である。以前にも話したが、ヨーロッパの加盟国内なら期間内列車乗り放題という代物だ。国際寝台列車やT.G.Vは、わずかな追加料金を払えばよい。この時ほど、「ユーレイル・パス」の有り難みを感じたことはなかった。しかも、世界一早い列車、T.G.Vに、二度も乗るなんて、妻に取っては悩んだ末の苦肉の策であったが、私にとっては贅沢で、うれしい計画であった。

 ヨーロッパの休日とは読んで字の如くすべてが休日である。開くお店は何もない。土産物屋もない。ましてや、パチンコ屋を捜そうなど意識の中から外れていた。ただただ、計画実行の13:00まで、ぼんやりと町をさまよい歩く2人の東洋人であった。

 13:00、計画実行。タクシーを呼ぶと、偶然か今朝の赤いシトロエン。よく考えたら、この運ちゃん、商売上手である。難無くドル駅へ到着、後は、時刻表どおり、列車に身を任せた。ヨーロッパを旅するなら、快適な列車を利用するに限る。

 どうにかこうにか、トゥール駅到着。整備され、近代的できれいな駅前にあるホテルにすぐチェックイン。長い長い一日はようやく終わりを告げようとしている。ヨーロッパはサマータイム制。もう夜の8時を回ろうとしているのに、夕日が沈むまで時間がある。お陰で明るいうちに夕食にありつけた。“最果ての地”はやはり遠かった。

ホームページへ  担任雑記No.37へ

1