担任雑記No,42 「寮生活その2」

 学食で一般のアパートに住む友達に、今朝までの異常体験をまくし立てるように話し、一息ついた。友達は呆然と聞いていたが、「気の毒に」とぽつりと吐いただけだった。 しばらくして、はっと気づいたことがあった。

 「そうだ、奴らも同じ学生だった」 万が一このことを聞かれたら我が身が危ない。今まで話したことは何分にも内密にと、友達には口止めし、少々青ざめながら午後のガイダンス会場へと向かった。

 そんな重苦しい寮生活がしばらく続く。時には部屋の寝床で人知れず涙で枕を濡らしてしまった朝や、窓の外には見ることのできない実家へ帰りたいと鼻ひとつ啜る事も何度もあった。そんなとき、何で、こんな大変な寮に入っちゃったんだろう。楽しいはずの俺のキャンパスライフを返してくれ!!と叫びたい衝動にさいなまれつつ、事態を打開する術もなくただ時は音もなく流れて行った。

 3日ほど経ったある夜の出来事である。消灯1時間前に、部屋に上級生が3〜4人ほど訪ねて来た。彼らの中にはあの、廊下の端で襟首掴まれていた男もいた。彼らは廊下の様子を気にしつつ、こっそりと言う感じで部屋へ入り、つっかけを部屋の中へ隠していた。どうも風紀委員に見つかることを恐れているらしい。

 用事は私へであった。コタツに入ってもらい話を聞くことにする。彼らは真剣なまなざしで私へ語り始めた。

 「ぜひ、池田君にも協力してほしいのだ。」

 「風紀委員、いるだろ。君は奴らのことをどう思う?君は横暴だと思わないか?実は、彼らによって、この寮を追い出されそうになっている仲間がいるんだ。」

 一人は廊下の端で襟首を掴まれていたあの男である。彼は風紀委員会の決めた規則を事がある度破ってきていた。その度風紀委員に活を入れられ、時には暴力的に、時には陰湿なやり方で、彼らの言う「指導」を受けて来たのだが、ここに来て目に余る行為と見なされ、「退寮処分」という決定が下ったのだそうだ。彼は、寮を追い出されると生き場がない。一般のアパートは家賃が高過ぎて、彼の家からの仕送りやなけなしのアルバイト料だけではとても授業料まで支払うことができない。彼は私の目の前でずっと俯いたままだった。

 「退寮処分」はもう二人いた。いや、一組と言った方が正確だ。いわゆる、恋人同士である。この寮は男子寮、女子寮が食堂を介してつながっている。このような状況にあれば恋人同士になるカップルができない訳がない。彼らは寮生の間では公認のあつあつカップルである。ところが、風紀委員は「寮内恋愛は禁止」という規則を盾に、彼らを「規則違反」として「退寮処分」としてしまった。日ごろ、一緒にいることさえままならない彼らを引き裂くなんて!私は頭に血が昇って、いても立ってもいられない気分になった。

 彼らは続ける。

 「風紀委員ができたころは、理想が高くて合理的だった。それが、代が変わって風紀委員の性格が一変してしまったんだ。彼らは日に日にひどくなっている。こんなんじゃいけないと思わないか?俺たちはいまあの風紀委員を、正式な場に訴えて、追放したいと思って、行動を密かに起こしているんだ。同じことを今、女子寮のほうもやっているんだ、池田君も俺たちの仲間になって、一緒に行動を起こしてはくれないか?」

 私はジーンと来た。さすがだ、と感動していた。大学生というのはこういうものである。まさに、私が思い描いていた姿、そのものが、今目の前で起こっているのだ。

 「明日だけど、池田君、時間は大丈夫かい?」「はい、特に…」「じゃ、午後の8時、私たちの誰かが呼びに来るまで部屋で待っていてくれ。」「はい。分かりました、8時ですね」私は、その時が来るのが待ち遠しかった。次の日の朝、いつものとおり、朝の歌練習があったが、心の中では、「いまにみていろ」と密かな闘志を抱いていた。周りの者の表情からも、同じような凛としたものを感じていた。

 さて、時が来た。約束の時間よりも数分遅れたが、上級生が呼びに来た。男子寮五階の談話室へ集合である。風紀委員に見つからないように足音を忍ばせた。談話室には、男子寮生も女子寮生も一同に介すところであった。みんな、真剣な眼差しをしていた。怒りを露にしている者もいた。ほぼ全員が揃った所で、上級生の一人が切り出した。

 「ここに集まってもらったのは、他でもありません。風紀委員の事です。奴らはこの3人にひどい仕打ちをしました。まずは、彼らの話を聞いてそれから今後の事を決めたいと思います。」

 「退寮処分」になった3人が一人づつ話始めた。襟首を掴まれていた彼は激しい口調で彼らの横暴さを語る。あまりの激しさに、風紀委員に気づかれはしまいか周りの者がひやひやするほどだった。また、カップルの二人は、彼氏の淡々とした語り具合が切なく、それに合わせるかのように彼女が感極まって涙をポロポロとこぼし、シーンとする談話室に激しい嗚咽が物悲しく響いていた。

 切々と訴える彼らの言葉や、涙をこらえ語る姿に、怒り、慟哭、やり切れない思いで私の心は今にもはちきれんばかりになった。握った拳に力が入り、震える。

 すると、そこに、一人、立ち上がった男がいた。「みんなの力を貸してくれ!」

 「我々は暴力的に解決することを望まない。彼らと話し合いをもって解決したいのだ。みんなの総意を署名という形にして、彼らに突き付け、即時解散を要求しようと考えている。だから、君たちに署名をしてほしいんだ。」 …(つづく)

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