担任雑記No.51 「仲よきことはうれしきこと、すばらしきかな」

 球技クラスマッチが近づいてきた。今年はバレーボールだけでなく、サッカー、バスケットボールと、競技が多彩になってきた。今年DANDY’sはどうであろうか。クラス一丸となって大いに盛り上がってほしいものだ。

 盛り上がってほしいと言えば、私が初めてもったクラスの生徒のことを時々思う。彼らは今年高校三年生、時々聞く風の便りでは、自分の進路を決め、それぞれに向かって頑張っているそうだ。忙しさにかまけて返事を出してやれないのが本とに残念だ。同級会にも去年の夏呼ばれ、大いに盛り上がったが、あの事件がなければ彼らは今頃、バラバラで同級会すらも開けなかったのかもしれない。

 それは、彼らが二年生のある日のことだった。クラスの元気のよい女の子たちが私のところにきて「先生、放課後ちょっと女子だけで話し合いしたいのですが…」といった。私は別に何も悪いことではないから、あっさりいいよと返事をしたが、ちょっと興味をもったので、「じゃ、僕もその場にいていいかい?」と条件を出した。彼女らは渋々という表情ではあったが、その条件を呑んだ。

 さて、放課後、話し合いが始まる。帰りの学活が終わって、男子は帰って行く。女子は残る。帰りの学活で彼女らの代表者が呼びかけたからだ。そのどさくさに紛れて帰っていこうとする女子が一人いた。彼女を引き留める代表者たち。「〇〇さん、帰らないで!」ちょっとしたイザコザがあった。帰ろうとした彼女は硬い表情を崩さなかった。 私は彼女らに事の一切を任せ、口を出さないように努めた。何が起こるか分からないが、そのほうが良いような気がしたからだ。教室の後ろの隅に座って、事の成り行きを見守ることにした。

 集まったのは女子だけ。教室には何か、異様な空気が立ち込めている。一言でも話すと、空気が凍りつきそうな緊張感が漂う。妙な静寂。ガラスの部屋にいるようだ。

 代表者の二人が黒板の前に立つ。重々しく口を開いた。

 「実は、このごろの私たちのクラスの女子について話し合いたいと思います。」

 「何か、このごろ、私たちのクラスの女子は仲が悪いというか、何か、雰囲気がよくないというか、そんな感じだと思うんですけどぉ、…」

 「で、何か、このままだといけないような気がするんだけど、どうですか」

 しばらくの沈黙。当然だ。質問があまりに唐突すぎる。こりゃ重苦しい空気に拍車がかかりそうだ。私のでる番だろうか?いやいや、ここはぐっと我慢我慢。

 沈黙はしばらく続く。代表者の表情に焦りがでてきた。

 「あのぉ、何かありありませんか」

 の呼びかけにも反応がない。先程帰っていってしまいそうになった女の子は、表情がさらにこわばっている。どうも、彼女のことを問題にしているようだ。そういえば、このごろ、彼女は以前の明るさが影を潜め、授業中でも硬い表情をしていた。なんとなくではあるが、クラスから「浮いて」いる気配をわたしも薄々感じていた。だが、正直言って解決方法が見つからずに困っていた。

 しばらくの沈黙の後、しびれを切らして代表者は口を開いた。

 「あのぉ、積極的に参加してもらわないと…。」

 すると、

 「はいっ」

 と、ふだん、とてもおとなしくて意見など出せそうもない女の子が手を挙げた。

 「何か、本当は言いたいことがあるのに、みんな言い出せなくていけないんだと思います。だから、今、言いたいこと、いっちゃえばいいんじゃないかなぁ」

 まさに鶴の一声であった。

 それから教室の空気は一変した。今まで溜まりに溜まっていたうっぷんというべきものが、どの女の子からも堰を切ったように言葉となってあふれかえってきた。

 「私、すんごくいいたかったんだけど、何か、言いたいこともコソコソしている人がいてなんか言い出せないって感じで、『言いたいことあるなら、はっきり言ってよ!!』て感じだった」

 「コソコソしたり、無視したりされるのって本当にヤなのに、あの人たちがやっているから、私もいいや、やっちゃえって感じだった」

 という調子で、次から次へと出てくる。で、どうしたらよいのかという話になって、彼女らは次々といろんな案を出しては消し、消したら出すという具合だった。

 そして、最終的に決まった案として、また同じことの繰り返しにならないようにと、それぞれが個人個人の所に出向き、「言いたいこと、いい足りなかったこと」を話すのだった。私ははっきり言ってその案には驚いた。彼女らをこれ程行動的にさせるのは一体なんだろう。それだけ、エネルギーが溜まっていたのだということか。

 表情が硬い女の子のところへはほとんどの女の子が集まった。それは見事である。さっと集まって、「ごめんね、私、あなたのこと嫌いじゃないんだけど、なんとなく言い出せなくて、冷たく当たってたかもしれない、本と、ごめんね。…。」

 ある女の子が涙ながらに話始めたのを切っ掛けに、教室中が嗚咽と解りあえた興奮のルツボとなった。お互いに誤解をしていたことを詫び、恥じ、認めあって行く姿。私の出る幕は無いな。私はそっと教室を去り、背中でちょっとした安堵感と充実感を味わっていた。もう、彼女らは大丈夫だろう…、と。

 仲よきことはすばらしきかな。彼女らは今でも連絡を取り合っているらしい。

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