担任雑記No,52 「ヨーロッパ旅行記26」 ルーヴル美術館はホテルから歩いて5分の所にあった。ほぼ目の前。妻が体調を崩すも、「あなた、先に行っててくださいな」の殊勝な言葉を有り難く受け取り、小走りで向かった。入り口になっているガラス張りのピラミッド前広場は既に長蛇の列、最後尾にくっついた。ヨーロッパはどんなに有名な観光名所だって、長蛇の列になることはほとんど無いから、珍しい。さすが、世界のルーヴルである。あいにく空は重々しい曇天、真夏とは思えない気温に震えが走る。今日はスラックスに革靴、トレーナーを着込んできて正解であった。列に並ぶ皆さんはコートに襟巻きなんて人もいる。石畳に、石作りの建物には秋の気配が漂い、「芸術の薫り高き都・PARIS」を演出しているかのようであった。つい1週間くらい前は暑さとの戦いだったのに。
このくらいの列ならば、東京ディズニーランドなら2時間待ちなんて看板が立ちそうだけど、意外と進みが速く、20分もすると私は入り口、ピラミッドの中にいた。中は螺旋状の階段になっていて、降りると広い近代的な地下広場に出る。正方形のその部屋は、四隅に切符売り場がありそのどこへ行って切符を買ってもよいように工夫されていた。なるほど、道理で早く入れる訳だ。回転のよいラーメン屋みたいなもんだ。
早速一番人だかりの少ない売り場へ行き、「アン、シルヴプレ?(一枚ね)」とフランス語を気取ってちょっと悦に浸りながら切符を手に入れた。正午を回って入ったので半額の20フランだった。1フラン=23円で計算する。なんと世界のお宝に巡り会えるのにたった430円とは!!ああ、なんて良心的だろう!!ちょっと名の知れた画家の展覧会を見るだけで1000円は取る某国とは大違い。
切符を手にいれて、あとは妻と落ち合うだけだ。しばらくピラミッドの下の広場で腰を下ろし、待って周りを観察した。すると、どうもここは地下街になっているらしく、美術館の入り口(3カ所ある)のと反対方向にこれまた広い近代的な通路があるのを発見した。そこには人々が自由に行き交いしている。通路の両脇はミュージアムショップ、書籍店、など、ずらりとならび、別の地下広場へとつながっていた。どうやら、その通路を使えば、長蛇の列に並ぶこともせずに、実にスムーズに美術館に入ることが出来るらしいのだ。何だ、そんな裏技があったのか。正直ものを馬鹿にする訳ではないけど、「入り口」と書いてある所ばかりが本当の入り口ではないのだな。よし、今度は(あしたもくる予定であった)そこから入ってやる、と誓って、妻を待った。
だが、いつまで経っても妻は来ない。30分、目の前にはあこがれのルーヴルへの入り口が有るのに、これでは目の前にごちそうをつるされて、柱に縛り付けられているようなもんだ。しかも、この広場には無数の人々がたむろしていて、だれがだれだか分からない!エエイ、ままよ、入っちゃえ。
チケット切りゲート(と言うのか?)で笑顔の美術館職員に迎えられ、切符を切ってもらった。ヨーロッパの人は笑顔がうまい。彼女らの笑顔を診ただけでも、ああ、来てよかったと言う気にしてくれる。長い通路を人の流れに任せて歩くと、ルーヴル美術館の歴史の回廊になる。「要塞」呼ばれていたころの建物の基礎部分など、「大ルーヴル計画(ルーヴル美術館の改造拡張計画)」によって発掘されたものが展示されている。そういえばここは昔は宮殿だった。狭い階段を上ると、古代ギリシア彫刻が両脇に並ぶ廊下になった。かつての入り口である。そして、突き当たりに立派な装飾に彩られた大階段。踊り場というにはあまりに広い空間があり、そこに大きく翼を開いて、右足を力強く前に踏み出しているポーズを取った、ルーヴルの顔の一つである、「サモトラケのニケ」像が誇らしげに置かれ私を迎えてくれた。
「ほほう、これがあの、ニケ、か…。」予想をはるかに上回る巨大さに圧倒されつつ、ぐるぐると周りを回ってみる。大きく広げた翼は羽根が一枚一枚実に細かく彫られている。生きているような生命感。今にも飛び上がって行きそうな躍動感、ドレープのたくさんはいった古代ギリシア服は、強い風に靡いて体の美しい線をくっきりと現す。美しい。おお、美しい。なんて美しいんだ。紀元前190年ごろの制作と推定されるその大理石の巨大な彫像は、きっと何かの記念に建てられたものなんだろう。2000年も前に既に美を極めていたのだと思うと、感慨深いものがある。もし私が2000年前にギリシアに生まれていたなら、迷わず彫刻家の道を選んだのに、と、埒もないことを考え、しばし2000年の昔にタイムトリップした。街はあのエフェソスの如く大理石で輝き、私は照りつける太陽に眩しさを感じつつ平和かつ調和のある高度なギリシア文明を想像している。自然を壊し空気を汚す機械文明など一切ない美しい世界…。
私は幸せの絶頂にいた。確かあれは2月、寒いころだった。芸術家を志す貧乏一人旅の学生であった私は、「改装中、閉館」という立て看板を目の前にして呆然と立ち尽くし、それでもどこか潜り込める所はないか館のまわりを野良犬のようにうろうろしたあげく、必ず戻って来てやると誓いの言葉を吐き捨てて去った5年前。今、その悔しさも若かりしころの小さなかすり傷になってしまったよ。私はルーヴルの中にいるのだ。目の前には夢にまで見た世界の至宝が…。
と、不意に肩をたたくものがいる。振り向くとさっ、と物陰に隠れてしまう。だれだろう、フランスに知り合いなどいない、まさか、ジプシーの子がスリを働く手では?などと、妙な警戒をしたが、何のことはない、妻であった。私より一足先に入っていたらしい。しかも、あの長蛇の列に並ぶ事なく、ピラミッド地下広場の地下街から、やすやすとである。私が苦労して寒さに震えながら並んだあの時間を返してくれ。ちょっと待ってくれ、ルーヴル美術館のいぢわる。妻は元気であった。(つづく)