担任雑記No.53 「猛烈に感動した話」 あの朝の「ジパング朝6」の占いによると、その日の水瓶座は「生活の中で猛烈に感動することに出会えます」というものだった。「けっ、どうせ、当たらないサ」と半分馬鹿にしつつも、毎朝このコーナーを見逃すことが出来ず、その日も見てしまった。
◆ ◆ その日は私にとってありふれた日だった。ただの一点、生徒会選挙で会長候補の伊堀君と副会長候補の宮崎さんが全くの僅差で惜しく落選し、少々悲しみにくれた(朝の会で彼、彼女らのさわやかな笑顔に出会ったら、その悲しみも吹き飛んだが)以外、特に代わり映えのない、穏やかな一日。そうなる予定であった。5時間授業の後、清掃をして、8組のみんなと穏やかに「さよなら」すれば、それで一日の仕事が済む。そして4時間目終わった時点では、平穏無事な時間が過ぎている。
◆ ◆ ◆ 用事があったので、給食を食べに行くのに少し遅れて行ったが、だれかが気を利かせて、私の食事は用意してくれていた。有り難いことであった。こういうところが我がクラスの誇れるところなのだなあ、などとのんびり、ぼんやりと考え、ちょっと固めのブロッコリーにマヨネーズをかけ、むしゃむしゃと食べた。
1時5分になると我がクラスでは今度は別の誰かが気を利かせて、「とーぉばん!!」と必ず言う。これは、当番に「ごちそうさま」の号令をかけるように促す、我がクラス独特の年中行事である。私はこの光景がすごく平和そのもので好きである。何か、心が和む。「ああ、平和だ」そして、今日も例によって、「とーぉばん!」の声がかかった。「ああ、平和な給食時間が終わってしまったなぁ」ちょっと惜しい気持ちを残しつつも、後片付けにガタガタと慌ただしくなった教室風景を眺める。男の子たちは体育館へバスケットボールをしに、女の子たちは、それぞれダベリングの縄張りへと散って行く。
いつも変わらぬ光景だ。そして給食当番が食器類の片付けを始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ 私が牛乳パックを片付けようと、牛乳箱のところへ持って行く途中、給食当番ではないM君のちょっとしたつぶやきを耳にした。
「オイ、あの昨日の牛乳パック、持ってこなきゃ!」
私は一瞬ギクッとした。聞き逃せば何のことはない一言だったが、「昨日の牛乳パック」という言葉が私の心に引っ掛かった。昨日の牛乳がいまだに教室においてあるということなら、これは捨てておけない問題である。一体これはどういうことだろうと、混乱したが、無下に怒鳴ったりしてはいけないと気持ちを落ち着かせ、黙って成り行きを見守る。
すると、南側の窓の外で何やらゴソゴソしているS君がいた。南側の窓の外には水道と流し台があり、その中から何やら出しているようだ。あそこに隠してあったのだろうか?私のとなりで給食当番であるK君がニヤニヤしている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 我慢しきれず、思わずM君に聞いてみた。「どういうことだい?」
彼は、満面の笑顔でにこやかに答えてくれた。
「あのねぇ、実はねぇ、昨日、大変だったんだよ。俺とねぇ、あと3人ぐらいで残った牛乳を一気飲みしたんだよ!」
え?
「一気飲みしたのか?」と聞き返すと隣にいたS君が、「昨日、たくさん牛乳があまっちゃって、どうしようもなくて、残しとくのも何だから、みんなで分担して飲んだんです。」
ええ?!
「ダンディー、すげーぇ、苦しかった!!」と、笑顔のM君。
そ、そりゃ、苦しいだろう…。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 私は彼らの屈託ない笑顔を見て、すべての察しがついた。つまり、彼らは残った牛乳をそのままにしておくのはもったいない、かといって、そのまま返すわけにはいかない、でも、既に牛乳箱は返してしまっているから遅い、いろいろと彼らの中で議論して行くうち、「イイヤ、飲んじゃえ!!」と言うことになったらしい。
で、ただ飲むのは辛いので、みんなでゲーム的に「一気飲み」をした。
さらに彼らの偉いところは、その空のパックをごみ箱へ捨てず(学校の焼却炉では焼いてはいけないことになっている)、牛乳箱に入れるのを一日待って、処理することにしたのであろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 偉い!!すばらしい!!だれに言われたという訳でもなく、彼らの議論で、判断で、行動で、そして、団結力でこの事態を正しい方向に解決に導いたのである。
彼らにはそういう自己解決力の正しい使い方、実行力が備わっており、正しい方向へ育ちつつあると、確信した出来事であった。そう感じると、猛烈な感動が心の中を一杯に満たし、充実した気分になった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 朝の占いを思い出す。時には当たることもあるのだな。こんないい事ばかり常に100%当たってくれれば、最高なのにな。と、この出来事を反芻し床についた。