担任雑記No.6 「宣伝広告放送」
A:(ふと見かけたように)「オイ、あの車、FFなのに後輪にチェーンつけてるゼ」B:「あれぇ、おまけにジャッキアップなんかしるぜ」(呆れ返ったように)
A:「オイオイ見ろよ、助手席の彼女、あくびなんかしてるゼ、オーイ、かーのじょ!俺たちのビスタに乗らないか、こっちは4駆だぜ!!」(さもうれしそうに)
ナレーション(ここで一句!!と言った感じで唐突に)
「松ナンが 浜ナンに 唯一勝てる スキー道」
♪(音楽)♪「4駆のお求めは〇ヨタ・ビ◇タ南信へ」
これは、凍てつく冬の朝、通勤の車の中で聞いているFM放送で流れていたCMである。いつもこのCMが流れるたびに、ニヤニヤしている自分をちょっと恥ずかしく思いながらも、心のなかで、こう叫んでいた。
「こ、このCMは傑作だぁぁぁっ!!!」
何度聞いても飽きないフレーズ、テンポのよさ。登場人物A、B、ナレーションの織り成す絶妙のコンビネーション。そして、カッペ(田舎者・「松ナン」=松本ナンバー)と悟られないように振る舞っているが、どこか心の片隅では都会人(「浜ナン」=横浜ナンバー)に引け目を感じている長野県人の、微妙な心をとらえた言葉のニュアンス。わたしのCM研究家としての長いキャリアの中で、これを越えるラジオCMはお目にかかったことがない。まさに傑作である。
ラジオCMは聞き逃されてしまうことが多いのだが、おもしろいものが意外とたくさんある。特にFMラジオのCMは、音質がよい分、ステレオ効果を遺憾なく発揮して、かなり凝った作りのものがあり、聞いているだけで楽しめるものが多い。例えば、あるFM放送で1994年の猛暑のさなか流されていたものだが
ナレーション:「〇ナソニックAMステレオ劇場。ある高校の授業風景」
(真ん中から聞こえる)
女:「ねぇねぇ、ゆうべの野球放送聞いた?」
(授業中ひそひそ話という感じで左から聞こえる)
男:「ウンウン、すごかったなー、AMステレオの迫力は!」
(これまた、ひそひそ話という感じで左から聞こえる)
女:「すごかったでしょ、あたし、なんだかどきどきしちゃったぁ」
男:「本当本当…」
ナレーション:「と、そのとき、右から先生の声が矢のように飛んで来た」
先生:「コラッ!そこの二人何をしゃべっとるんだぁっ!」
ナレーション:「以上臨場感たっぷり、〇ナソニックAMステレオ劇場でした」
♪(B.G.M.)♪「野球ラジオ放送もステレオの時代、堪えられない臨場感、迫力。AMステレオ対応ラジオ、〇ナソニック〇〇〇−〇〇、新発売!!」♪♪
と言った感じである。文字だけじゃ伝え切れないのがもどかしいのだが、ステレオ放送という特性をフルに生かしている秀作である。
堀り出し物の傑作ラジオCMが出現するのは、ある一定の地域の人だけにしか分からない地方密着型の宣伝に多い。こんなものが今も流れているが、
♪(ノリのいいラップのリズムに乗って)♪
(色っぽい女性の歌声で)「出さぬなら出させて見せるわ、こっちはお客よ」
(男性の歌声)「出すのなら、出してもらおう、こっちはミス〇だ」
(男女一緒になってリズムに合わせ、早口言葉のように)
♪「きっと並ぶぞ並べばフィーバー、並べ並べ並べ並べミス〇でよかった、
きっと並ぶぞ並べばフィーバー、並べ並べ並べ並べミス〇でよかった、
きっと並ぶぞ並べばフィーバー、並べ並べ並べ並べ並ぶ並ぶ並ぶ並ぶ
ミス〇でよかった!!」♪♪
「イッツ、エキサイティング!! ミス〇」
一体何のことやらさっぱり分からないが、松本市のほうに「パチンコ・ミスズ」と言う、ものすごく大きなパチンコ屋がある。どうもその宣伝のようであるが、長野市の住人が聞いても何のことやら、となってしまう。しかし、一瞬ドキッとする出だし、テンポのよいリズム、インパクトのある言葉の羅列。このリズム感のよさと、女性の声の色っぽさ、宣伝文句の奇抜さに引かれ、なんとなくいつも脳裏にこびりついて離れなくなってしまっている。一種の洗脳とも言えるこの宣伝、印象深い作品の一つである。
中には、こんなのもある。
♪(いかにもさわやかさを強調するかのようなB.G.M)♪
若い女性:「素敵ーっ。〇産車を運転する彼の横顔を見て、思わずそう叫んじゃった。 彼ったら柄にもなく照れちゃってさ、(すると彼の声がする)“〇産車って 最高だろ?”だーって。」
♪カシャッ。(カーステレオにカセットテープを入れる音。エレキ・ギターの激しいメ ロディーが流れ出す)
若い女性:「ごっきげーんっ。〇産車のステレオから流れてくる音楽を聴いて、思わず そう叫んじゃった。彼ったらニッコリしちゃってさ、(と彼の声が)“〇産 車ってリズム感も性能もバッチリさっ”だぁーって。」
「街も、鳥も、自然も、みんなわたしたちに語りかけてくる。町を走る車は 〇産、手を振ってくれる対向車も〇産、わたしと彼、声をそろえて、(と、 彼と一緒に、エコーがかかって)
“さわやかな信州、〇産車がよく似合う!!”」
♪ジャージャン(タイミングよく音楽が終わる)♪
…、聞いているだけで赤面しそうなCMである。わたしにとってこの手のCMはどことなく神経をくすぐり、苦笑を禁じ得ない。そして、終わった後思わず「なーに言ってにだよっ」と突っ込みたくなる。この臭さ、この会社の方はよっぽどお好きと見えて、このごろ新しいバージョンが流れていたが、パターンはほぼ同じ、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。このCMは言わば、好印象とは逆の意味でインパクトのある、忘れられないものである。
このように、テレビのCMとは一味違ったよさをもっているラジオCM。映像でストレートに迫って来ない分だけ、想像力を駆り立てる不思議な魔力をもっている。そんなところにわたしは魅力を感じ、一言も聞き逃しまいと、日夜愛車のベンツのラジオのボリュームを上げて運転しているのである。
最後に、前任校の美術の先輩の先生が事ある毎に呪文のごとく口走っていたラジオCMソングを紹介しよう。
♪(いかにも音痴な素人の16〜7歳の女の子の歌声)
つるつるかいかい大嫌い〜、つるつるかいかい大嫌い〜、ソバは好きだけど〜ぉ♪
(繰り返し)アンダーラインの部分は言葉がはっきりしないので、不正確。
水虫の薬だったか、虫よけの薬だったか、大変に残念なことに記憶の片隅でぼやけてしまっている。先輩の先生はこれを帰宅途中の車内でAMラジオで聞いたと言った。女の子の微妙な音程のずれのところがこのCMのミソであるという。何故ソバが出てくるのか。どうしてそして何が大嫌いなのか。考えれば考えるほどこのCMに出会いたくなって行く。わたしはいまだにこのCMにであったことがない。言わば幻のCMである。今も流れているのだろうか、このCMにお目にかかれる日はくるのだろうか。