1997.10.12

「担任雑記にならない話 ねずみ講」

 何年か前、ねずみ講まがい商法で摘発された「サンフラワー」という通信販売の業者があった。

 私のごく親しい友人たちがこのサンフラワーに加入していて、販売拡大のために私も呼ばれたことがあった。その中の一人、Yは私に「どうしても話したいことがあるから」と言って、私の空いている日時を指定し、松本からわざわざやってくるといった。

 Yとは3年ぶりで、懐かしさが手伝って頷いたが、何を話したいのか一言も語らないことが引っかかっていたが、とにかく指定された時間に駅に迎えに行くと、Yともう一人、見知らぬ人が一緒についてきた。

 だれかと尋ねる間もなく、Yは、「どこか、ファミレスの様な気軽に話せるところへ連れて行ってほしい」という。言われるままYと、もう一人見知らぬ男(やたらと愛想がよく、よく喋る)を車に乗せ、近くのファミレスに連れて行った。

 ファミレスでは、Yからその見知らぬ男の紹介があり、彼が今日の話の主であることがわかった。彼は「サンフラワー」の会員の一人で、かなり地位の高い人らしい。だから、Yは彼に平身低頭だった。言葉遣いも、私の知っているYとは明らかに違う、何か、洗脳されてしまったのか?と疑ってしまうような変貌ぶりに、少々戸惑いを感じつつも、彼等の話題を聞くことにした。

 簡単に言えば、通信販売の会員になってくれということだ。会員になれば、普段の日常必要なものから、高級品まで、市場価格よりも何割か安く手にはいるシステムなのだという。そして、その扱う商品の数の多さもさることながら、「サンフラワー」独自の商品、いわゆるオリジナル商品も手に入れることができるし、ゴルフ場だとか、高級リゾート地の会員にもなることができ、それが、信じられないくらい安いのだという。

 なぜにそんなに商品が安くなるのか。それは、当時はまだ珍しかった、問屋を通さない直接買い付け、直接販売方式を開発したからだという。そして、通信販売という手法を用い、確実に、そして、良いものだけを会員の手元に届けることができる、会員はただ、カタログにのっている商品番号を所定の用紙に記入して、郵送するか、ファックスするだけでよいのだそうだ。まさに、これは、流通の革命だ、と、彼はまくしたてていた。

 彼は、これらの一連の説明を熱っぽく語るために、レポート用紙の様なものに、ペンでまるで絵を描くかのように、説明の図を描いて行く。時には乱暴に、時には優しくと、緩急をつけ、それは大したものであった。その抑揚に引き込まれて行く。

 「さて、」と、彼は一息ついてから、いよいよ本題にはいるぞ、という姿勢を見せた。

 「実はですねえ、この会員になるためには準備金が必要なのです。つきましては、25万円程ご用意していただきたいのです。」

 つまり、こういうことだ。「サンフラワー」の会員を一人増やすことで、その報酬のようなものが紹介者にバックしてくるのである。一人増えるにつき2万円程だったか。そして、紹介された会員がその人の下に増えれば増えるほど、ネズミ算的にその報酬が増えて行く。もちろん、紹介された会員も同じことをやってよい。そのための準備金なのだという。市場価格より商品を安く手に入れることができるのだから、それくらいはすぐにもとがとれるであろう。それが彼等の言い分であった。

 が、冷静に考えて見ると、これは明らかに「ねずみ講」である。ねずみ講は法律で禁止されているはずではなかったか。そんな疑念を抱きつつ、彼の流暢で淀みない説明に聞き入る。

 これはヤバクなったぞ、このままだと、入会させられてしまう。法律違反だと知っていてのこのこと入会してしまうなんて間抜けなことはしたくない。どのように断わろうか。頭をひねった。

 そして、なかばやけくそになって思いついたのが、当時まだ恋人の関係だった今の妻をだしにすることであった。

 私は彼の説明が一通り終わって、さあ、ご決断を、と言う雰囲気になったのを見計らって、このように切り出した。

 「じつは、私の恋人がサンフラワーの会員なんです。」

 彼とYは呆気にとられたような表情をして、「なんでそのことを早く言ってくれなかったの!!」などと口々に言っていた。

 私は「やった、うまくいった」と思った。うまく切り抜けることができた。彼とYはちょっと拍子抜けしたようだったが、「そうですか、彼女がねえ、でも、いずれにせよ、会員になられる可能性もあるのですね」と言った。

 私は、「は、はい、それは今晩、彼女と良く話してみます」とだけ、その場を去った。

 その後、彼等と連絡をとっていない。Yから確認の電話があったらしいが、タイミング良くいつも私がいないときにかかってきていて、助かった。そして、数ヵ月後に摘発の報道があったのだ。

 

 さて、なぜ担任雑記にならない話しかというと、10月12日、我がクラスの生徒の母から「先生にすごく耳寄りな話しがあるの」と呼び出しをかけられたことに起因する。

 実は、専用のファックスを使った、新しいコミュニケーションのかたち、「かもめサービス」なるものの勧誘である。勧誘の形態はまったく同じ。生徒の母がファミレスにいて、そこに知らない男が待っている、名詞を渡して身分を明かし、「じつは代理店になっていただきたくて・・・」という話しで切り出してくる。

 いやな予感はしていたが、生徒の母のはなしによる、「先生はインターネットをやってらっしゃるから、きっと分かってくれると思いました」という言葉に釣られてふらふらと着てしまったというのが正直のところだ。

 だが、サンフラワーのときよりも私は不快になってしまった。つまり、専用ファックスを使うことで、いわゆるパソコン通信のメール交換の様なものができたり、電子掲示板のようなものがあったり、交流サークルができたりなど、素晴しい機能が満載らしいのだが、勧誘者の説明から、「はっきりいって、パソコン通信なんかよりもずっとお手軽だし、ずっと扱いやすいし、良いですよ、なんたって、手書きの良さは、ねえ」の言葉が非常に気に食わなかった。私のやっているインターネットを取り巻く趣味はあくまで趣味の領域を脱しないのは認める。電子メールもコンピュータの作り出す決められた文字しかできない。コンピュータは扱いになれるまで時間がかかる。そして、普及率もそれほど高くないし、金儲けの道具として成り立ちにくい状態だ。

 しかし、ねずみ講みたいなことに手を染めてまで、高い専用ファックス(¥8万円くらい)を購入し、入会金32万円も支払うだけの価値はあるのだろうか。

 気の毒なことだが、私の生徒の母たち(複数いた)は、姑との戦争に疲れ、子供の腑甲斐なさに疲れ、あまりにも暇すぎる日常の主婦生活に刺激を求め、このいうものに手を染めて行くのだろうと、冷めた目で見てしまった。

 きっとうまく行くはずがない。そう思って、しばらく動きを見たいと思う。

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