「野球狂の詩」「ドカベン」など多くの代表作があるが、中でも佐賀の元プロ野球選手、永淵洋三氏をモデルにした「あぶさん」は超ロングセラーで、私も大ファン。だから、私の絵を気に入ってくださった水島さんに、「あぶさんに出てくれませんか」と言われたときは本当にうれしかった。漫画の中で、あぶさんの義父が経営する大衆酒場「大虎」のカウンターに、いつも野球帽をかぶってすわっている鼻のデカイ男、あれが私だ。
その後、新潟で個展を開いたときには、ばかでかいメロンを持って「中島さん、おめでとう。新潟は僕の故郷だから」と駆けつけてくれた。私はその夜、彼のお兄さんが新潟市内で営む居酒屋で地元の銘酒にありついた。いつものようにへらへらと酔った頭に、お兄さんの言葉が突き刺さる。
「実は僕ら兄弟が今こうして生きてられるのは、新司のおかげなんです」
幼いころ、魚の行商をやっていた水島さんの実家は貧しく、思いあまったお母さんが子供たちの手を引き、海へ身を投げようとしたという。水に入る直前、「僕はいやだっ」と叫んだのは、母に背負われた水島さん。「あの時のあいつのあの声で、母が思いとどまったんです」
渋谷の個展では「中島君、今回の絵はすごかった」と突然、私をだき抱えてくれた。数日後、アトリエの留守番電話に、その水島さんの声。「中島君、頑張ろう」と。
彼の漫画には人生の悲喜が描かれている。人間の本当の優しさと悲しさを知らなければ描けない。水島新司さん、私が最も好きな人の一人だ。
【写真説明】
初めての個展に来てくれた漫画家の水島新司さん