彼は優れた美貌の持ち主。それを鼻にかけている。
ほら、また。
僕の方を見て口を歪めて笑っている。
その悪魔的な微笑でさえ十分に美しいことを知っているからだ。
彼がそうやって唇を歪めるのは。

僕のことを見て笑う。
冷たい瞳、優越に浸りきった表情。
完璧な彼の容姿。棘のある美しさ。
何も、何ものも彼の思い通りにならないことはない。
全ては彼のもの。
彼の手の中で、世界は廻っている。
この上もなく自由で、誰のものにもならない。

その笑顔の意味を、僕は知りたい。


彼はとうとうやって来た。沢山の嘲笑的な視線のただ中にいる僕のところへ。
この世で最も僕を蔑む顔つきを見せながら。
彼の自信は何処からくるのか。
誰をも畏れず、何をも警戒しない彼。
不敵な・・・不敵な笑みを覗かせて、僕の方へ歩いてくる彼。
人間離れした白過ぎる肌と、そこに光る氷のような眼差し。
微かに、いつも微かに歪んでいる口元。

「おい、そのいやらしい目つきはなんだ?このおれに、何が用があるってんなら聞いてやってもいい・・・それがないなら向こうへ行きな」
ああ僕は。
彼が僕を見ているのだと思っていたけれど、僕が彼を見ていたから彼もまた僕を見ていたに過ぎないことに気付く。
誘ったのは僕。
応じたのは彼。
彼は何も畏れない。何も、恐くない。

僕を見上げる小さな彼の顔。そこに浮かぶ侮蔑の色。
彼は美しいから僕を蔑むのか、僕が醜いから彼に蔑まれるのか。
その一方が本当で、けれど両方が真実で、そしてどちらも嘘なのだ。

「あなたを殺していいですか」

僕の瞳の奥を覗き込む彼の薄い瞳。僕らはそうして一つに溶け合う。
今、僕は彼の中。
今、彼は僕の中。
恐いほどに美しい彼。
それは間違った美しさ。
それ以上美しくなって、あなたはどうするのだ。

「やれよ」

彼の手の中で光るナイフ。白く輝く刃先。
彼は凶器。彼は狂気だ。
僕を狂わせる。
僕は彼の手を握り、それを奪う。
彼の手はその瞳の輝きと同等に冷たい。僕の手も、冷たい。

僕は瞬間それを振りかざし、美しい彼の顔を、不遜な眼差しを、その歪んだ紅い唇を、切り刻む。
誰かが叫ぶ。逃げまどう人たち。
そんなものはくだらない。そんなものはいらない。
彼だけが。
彼だけが僕のすべてだ。
あなたの微笑に、僕は砕け散る。


目覚めるとそこは見も知らぬ場所。
暗い空に星々が舞う。狂ったように舞う。
硬いベンチから身体を起こして、僕は噴水の囲いに腰掛ける人影を見る。
ずっとこのまま彼を見ていたい。
僕はあなたに満たされる。

「月が、消えた」

彼は言って、僕を見て笑う。雲が彼の顔に深い影を落とす。
鮮血に染まった彼の服。
けれどその顔の白さはそれにより際立ち、とてもよく映えていることが僕を歓喜させる。

「おれはおまえを待っていた。ずっとおまえを待っていた」

言いながら彼は口端を引きつらせて笑みを浮かべて、僕の方へ歩いてくる。

「おれの美しさはみな、おまえのもの」

彼は腕を広げて僕を抱き留める。冷ややかな抱擁。
彼の胸と僕の胸とが重なり合い、そして僕は鈍い痛みを感じている。
彼の血は僕の血だ。
彼の生命は僕の生命だ。
僕らは互いをきつく抱き締め合ってから接吻をする。
とても優しい接吻を。

あなたを殺していいですか

分かった。雲に隠れていた満月が顔を出し、僕たちはその白い光の中を漂う。
あぁ、分かった。
薄れゆく意識の中、僕は彼の面影を求めて彷徨う。
彼は僕の目の前で息を殺している。
あなたの美しさは。

「ヴァンパイア・・・あなたは吸血鬼なのだ・・・」

僕は死ぬ。彼に抱かれながら。



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