僕たちの空シリーズ@ 〜向日葵の空〜 ガタン ゴトン ガタン ゴトン ・・ 僕は広島行の電車の中にいた。電車は赤くなり始めた太陽の光で少し赤ばんでいた。その窓の1つから海を見つめながら、僕は ある少女の事を思い出していた。 その少女の名前は 西口 ユカ。ユカは僕の幼なじみで僕が小6の時に転校する事になった時、涙を流して猛反対した僕より4・5p 背の低いショートヘアがよく似合う、ひまわりみたいな女の娘だ。少なくても、僕は彼女のことが好きだった。昔から 当然、今でも ・・・ 多分ユカも僕のことを想っていると思う。しかし、今の二人の関係が崩れるのではないかと思っているに違いない。いや、思っていて 欲しい。そう考えているうちに僕は広島県安芸津、そう僕の生まれ育った町に着いていた。ユカに会える喜びと二人の関係の崩壊の 不安を心に抱きながら・・・。僕を乗せていた電車はだんだん見えなくなっていった。それを見終えてから、僕は安芸津駅をゆっくり一 歩一歩確かめるように駅の外へ向かって歩きだした。安芸津は特に名産品や観光地があるという町ではないただの田舎の海の町だ った。駅にはとても心地よい風が潮の香りを運んでいた。僕はそれを快く感じながら、一人の少女が待つ改札口へと向かった。 一人の少女、ユカは僕が駅から出ると恥ずかしそうに顔を赤らめ 「おかえり・・・」 と言ってくれた。僕は嬉しさを心一杯広げて笑顔で 「ただいま。」 その瞬間、僕達は誰もいないほんわかとした二人だけの時間を過ごした。それから、僕達は他愛もない話をしながらユカの家へと向 かった。 ガラ ガラ ガラ ガラ 「ただいま。」 「おじゃましまーす。」 すると、家の中からユカのおばさんが出てきて 「遠いところ、いらっしゃい。」 と嬉しそうに言った。僕はここで三泊四日の高三の夏を楽しむのである・・・ 僕はユカと家の外で待ち合わせをして、おばさんが用意してくれた部屋に荷物を置き、外へ出た。そして、僕達は散歩に出かけた。 青から緑、黄そして赤へと絶妙なコントラストを醸し出している空を感じながら、田畑の細いコンクリート整備された道を二人並んで歩 いた。 最初は世間話から始まった会話も、すぐにネタはつきた。当然の結果だ。二人には幼なじみ位しかほとんど接点がないからである。 そして、二人に居心地悪いムードが流れた。すると、ユカは泣きだし始めた。ユカの短所の一つはすぐに泣くことだと僕は前々から思 っている。しかし、この顔がとても可愛く見えるのである。だから、昔からこうやってよく泣かしたもんだった。しかし時は流れ、ユカは地 元の奴らにとても人気があるらしい。ユカを泣かしたことがそいつらにばれたら、袋打たきになることはまず、間違いないだろう。しか し、ユカは僕以外の男の前では決して泣かないことも知っている。更に、僕が帰ってきた日はまず間違いなく僕に泣きついてくる。そん な彼女のことがどうしようもなく好きでたまらなかった。 ようやく泣きやんで、僕は昔から不安に思っている事を思い切って聞いてみた。 「付き合っている奴 いるのか?」 彼女は教えてあげないというような顔をした。僕は少しムッとした。そこにユカは 「だけど、好きな人はいるよ。」 「誰?」 「教えて欲しいぃー。しかたないから、教えてあげ・・・」 「あげ・・・」 「ない!」 と言って、それからユカはアハッと笑って走り出した。僕もユカを追いかけ走り出した。その時、とても嬉しく思った。ユカと一緒にいれる 事がとても、そして更にユカは僕のことを想っていてくれていると自信を持って思えるようになったから・・・ 僕達はずいぶん薄暗くなった空の下を二人で家に戻った。ユカの家に戻るとおばさんが 「夕飯の準備ができているから、みんなで食べましょう。」 と言ってくれた。僕達は一つ返事をし、洗面所で手と顔を洗いさっぱりしてから居間へと向かった。そして、夕飯は僕にとって毎回嘘偽り の嫌いな時間だった。おじさん、おばさんとの意味のない会話、相手の話に自分を偽り話の腰を折らない自分、嫌だった。自分の事を 隠す事が下手で嫌いな僕にとっては、嫌な時間だった。しかも、おじさん、おばさん達に気付かれまいとする二面性を持っている自分に も嫌悪を抱いていた。しかし、僕はユカの家族が嫌いではまったくない。おじさん、おばさん共にいい人だし、長期の休みに時々帰ってく る僕をいつも心良くかどうかはわからないけれど、受け入れてくれる。ただ、十八にもなった若い男女を一つ屋根の下に何日もいさせら れる事が不思議に思う。まぁ、そのおかげで、僕はユカとこの夏も一緒に過ごす事が出来るのだけれども・・・ よっぽど僕を信頼しているのだろう。僕がユカを奪わないと思っているのだろうか。そう、身も心も・・・ しかし、僕にはまったくと言っていいほど勇気がない。勇気があれば、ユカにとっくに告白している。勇気がない自分が一番嫌いだった。 「一樹、一樹・・・ねぇ!一樹ったら!」 僕ははっと現実に帰った。 「もぉ、無視しないでよね。お父さんとお母さんの言う事はちゃんと聞いているのに、私の時は・・・」 ユカはぷくーっと頬を膨らまし、まるで妬いているように思えた。 「ごめん、ごめん。」 僕は少し微笑んで、謝った。 「もぉ・・・人がせっかくオセロしよって誘ってあげたのに。それとも、食事のない机の前で何かするつもりなの?」 僕はユカが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。おいおい、夕飯は机の上に・・・ってあれ、ない。おばさんが台所で洗い物を している。そうか、考えごとをしながら食べ終わってしまったのかと理解した後、 「いいぜ。しかし、俺は強いぞ。」 「あはっ、今の間にそう言ってなさい。終了後には『ユカ様、参りました〜』って嘆いてもしらないからね。」二人は立ち上がり、二階にあ るユカの部屋へと向かった。 いつ入っても女の子らしい部屋だ。内装はピンクをベースに水色とレモン色といった色で彩られている。僕は少し戸惑った。すると、 「えへへ、どう、可愛い部屋でしょ。」 と自慢気にユカが言った。 「まぁね。すごくいいよ。」 「あはっ、ありがと。」 そして、二人ともユカの部屋に入って床にオセロ盤を置いてゲーム開始。ユカが白で、僕が黒。じゃあ、まずはここ。白い石が黒い石を 一つ白い石に変えた。じゃあ、俺はここ。こうして、だんだん終盤を迎えていった。 「やった〜。気が付かなかったね。じゃあ、ここ。」 「しまった・・・な〜んて、嘘。そこに置くのも計算のうち。じゃあ、ここ。」 「え〜、ひど〜い。女の子なんだから少しは手加減してよ〜。」 「駄〜目。」 僕はそう言って、次をせかした。そうやって、最後の石が置かれ、55対9でほとんど真っ黒。そう、僕はユカに簡単に勝った。 「お願い、もう一回。」 「何度やっても同じだよ。」 と言いながら、オセロ盤の上に白、黒二つずつの石を置いた。 「今度は絶対負けないからね。」 … 十回やって勝率百%つまり、十勝0敗。僕はいい加減飽きてきていたので、 「もぉ、やめようよー。」 と言い出した。 「お願い、ラスト一回!これで負けたら何でも言う事きくから。」 「しかたないなぁ〜。」 またオセロ盤に石をたたく音が響く。そして、終了した。結果は言うまでもなく僕の勝ち。 「約束は約束だからな。」 「えっ、何の事?」 ユカはわざとらしく、?と言う顔をした。 「俺が勝ったら何でも言う事きくんだろ。」 「えっ?・・・ふふふ、嘘、嘘、冗談。いいわよ、何?」 ユカは笑いながら僕に言った。多分、僕がむきになったからだろう。僕はそう思い、自分がまだ子供であるということに恥ずかしくなっ た。そして、僕はユカに 「明日、二人で海に泳ぎにいこう。」 と言った。ユカはひまわりのように微笑んで、 「うん。」 と元気に返事をした。そして、僕は夜も深くなってきたので自分の部屋へと階段を降りて行った。 八月三日 朝、朝食をとりつつ待ち合わせを何時にするかを決めた。僕は別に何時でも良かったけど、出来れば早い方が良かったが・・・ なぜって、それは少しでもユカと一緒にいられる時間が長い方がいいから。ユカも同じだろう。ユカは九時がいいと提案した。まぁ、九 時なら今から一時間余りあるからゆっくり準備出来るだろう。僕は少し遅いような気もしたが、それに同意した。そして残っている朝食 を食べて、部屋へと戻った。そして、自分の用意をサッとしてしまい、残り十五分、暇をもて遊んでいた。すると、ドアをノックする音が 聞こえたので、 「どうぞ。」 と言うと扉がゆっくり開き、ユカが中に入ってきて、 「ごめん。私、やっぱり行けない。」 と言ってきた。 「な、なんで・・・」 「だって・・・私、私・・・可愛い水着持ってないんだもん。」 もうユカは半べそをかいていた。 「ハハハハハ・・・」 「どうして・・・どうして、笑うのよ!」 ユカはもう泣きかけていた。ここで僕がつまらない事を一言でも言うと絶対泣くだろう。だから、言葉を慎重に選んで言った。 「そんな事、気にすんなよ。ユカはユカだよ。何を着たって・・・俺はユカと海に行きたいんだ。別に可愛い水着となんか行きたくないよ。」 「・・・だって、だって周りの人に変に思われちゃうよ。」 「別にいいじゃないか。周りの奴なんかどうでも思いやがれ。俺は何度も同じ事を言うけど、ユカと海に行きた いんだ。いつものユカと ・・・」 泣きそうな顔をしていたユカが泣くのを我慢して、出来る限りの笑顔を見せて、 「そ、そう。ありがとう。まぁ、私の可愛さにはどんな水着も可愛く見えないだろうけど。ちょっと待ってて。 今すぐ用意してくるから・・・」 急に僕の部屋から飛び出し、走っていくユカの足音が聞こえたかと思うとすぐ、また足音がかけ降りてきて、 ドタドタドタドタ、ガチャ 「用意できたよ、行こ。」 僕はうなずいて、用意をいれた鞄を持って部屋を出て、玄関で敷物とビーチパラソルを持って外へ出た。外はひまわりが似合うような、 とても青い空だった。 後ろにいたユカが玄関の扉を閉めようとした時に、 「いってきま〜す。」 と明るい声で言ったので、僕も 「行ってきます。」 と言って玄関の扉を閉めた。そして、 「荷物を持ってよ〜。」 「両手一杯荷物を持っているんだから、駄〜目。」 「ぶぅ〜。可愛い私に荷物を持たせて〜。」 と冗談で言い返してきたので、少しハハハと笑って、 「はいはい、ユカは『カワイイ』からなぁ。荷物なんか持たせたら罰があたるかもしれないしなぁ〜。」 と可愛いを強調して言って、ユカの荷物を何とか他の荷物で手一杯の手で受け取った。ユカは僕に、 「ありがとう。」 と笑顔で言ってくれた。僕はユカの笑顔を見たかったのかもしれない。他の人からみれば、とても些細な事なのだが・・・ … 海に着いた。別に有名ではない僕の故郷の海は地元の人が数人海水浴にきているといったくらいで、とても海が綺麗に見えた。ここ は聖なる海のような気持ちをおこさせるほど、綺麗な青い海だった。そこに、白い波がとても合っていて、幻想的な感じさえした。ゴミ一 つないと言えば嘘になるが大阪近辺の海水浴場に比べたら、まったくないと言っても過言ではないほどゴミの量は少なかった。多分、 ここに来る人のほとんどが地元の人で更に、少ないのが功を奏しているのだろうけど。そんな事を考えながら砂浜に敷物を引き、ビー チパラソルをたてた。ユカはTシャツに半ズボンといういかにも田舎娘という格好を脱ぎ、水着になった。と言っても、普通のスクール水 着だったんだけど・・・ 僕は変態でもないので、お世辞でも可愛い水着とは言えなかった。しかし、僕はユカを見るだけでもう頭に血が上った。僕はばれないよ うに、さっさと軽く準備体操をして水着になって、海に飛び入った。 「ま、待ってよ〜。」 ユカも急いで軽く準備体操をして、海の中に入ってきた。 僕にはユカの一挙一同がとても輝いて見えた。何故だろう?大阪の女友達達とみんなで泳ぎに行った時には、なかった感じがした。 バシャー 急に塩水が顔にかかった。なんだ、何が起こったんだ。と僕が思って瞬間、前にいるユカが笑った。 「あははっ、やったぁ〜。命中〜。一樹がいけないんだよ。こんな可愛い娘と一緒にいるのにぼぉーっとするか ら。」 「なにを〜、ちょっとユカが可愛いなぁって見とれていたら。」 「えっ?」 バシャー 僕はユカにやり返した。 「ずる〜い。こうなったら・・・えい!」 バシャバシャー こうして二人の水のかけあいで、楽しく時間を過ごした。だが、楽しい時間というものは、すぐに過ぎてしまう。これが世界の常識。あっ という間に、昼になった。ここで事件が起こるのである。 僕は昼食をどうしようかなんて、さっぱり考えてなかった。なぜなら、ユカが 「昼ご飯は、私に任せて。」 と朝に僕に言っていたからだ。だから、僕はユカに話しかけた。 「昼ご飯どうする?」 「えっ、もうそんな時間?楽しかったから、過ぎるの早いね。大丈夫よ。岸に戻ろ。」 と言って、海から上がり始めた。僕は追っていくかたちで、後ろを歩いた。ユカはフッフッフッと変な笑い方をして、ユカの荷物の中から 弁当箱を取り出した。どうりで、ユカの荷物が重たかったわけだ。 「どぉ、びっくりしたでしょ。私、一樹に春休みに言われてから、猛特訓したんだからね。一樹をびっくりさせ たくてね。だって前、私の 料理を食べて病院にかつぎこまれて、あの時は大変だったんだから。」 「おいおい、他人事のように言うなよ。」 「あはっ、いいじゃない。もう、昔の事なんだから・・・」 「まったく、あの時は腹は痛いし、隣で誰かさんがピーピー泣くし、すごかったんだぞ。」 「もぉ忘れてあげようって言ってるのに。」 「それは俺のセリフ。」 「あはっ、いいじゃない。どっちでも。それより、一樹に食べてもらいたくて必死にがんばったんだから。」 「ありがとう、俺のために・・・」 「そうそう、人間素直に生きなくちゃね。」 「あのなぁ・・・まぁ、いっか。じゃあ。」 僕は弁当のおかずの一つを口に運んだ。 「う、う・・・」 「えっ、何!どうしたの?」 「・・・」 「一樹、大丈夫。ねぇ、一樹、一樹ったら!」 ユカは必死で僕に話しかけ、体をゆすった。 「ねぇ、一樹、一樹!」 僕はもう、冗談ではすまないような気がしていた。そして、起き上がって何ていいわけしようと試行錯誤していた時に、待ち望んでいた あの言葉をユカが言ってくれたのだ。 「嘘、冗談でしょ。ねぇ、起きてよ。一樹!」 「うん、冗談だよ。」 僕はそう言ってゆっくり体を起こした。しかし、なんて言えばいいのかわからなかった。冗談が本気になって、もうそんなくだらない冗談 はまったく通じないようなムードになっていたからだ。僕はもう謝るしかないと決断した。そして、それを実行する呪文を唱えたのだ。 「ゴメ…」 バチン!! 一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、左頬が痛くなった。そして、やっとたたかれた事に気付いた。ユカは目に涙を浮かべ ながら僕を見つめ、そして走って行った。 「お、おい、ユカ。」 僕はすぐにユカを追いかけたが勝ち負けは、陸上部所属のユカとバトミントン部の僕とではやる前からわかっていた。僕はユカが見え なくなったので、走るのをやめゆっくり立ち止まった。まだ左頬はじんじん痛んでいた。 僕は浜に戻り、一人寂しくユカが作ってくれた弁当を食べきって、荷物をすべて持ち帰路についた。どうせ、家に帰っているのだろう と思ったからだ。しかし、ユカはいなかった。 「ユカなら、急に帰ってきて着替えてまたどっかに遊びに行ったよ。」 おばさんが台所から顔を出して教えてくれた。そして、もう一言。 「あんた達が喧嘩するなんて珍しいねぇ〜。何が原因なんだい?」 「いえ、別に喧嘩したわけじゃ・・・」 「ほっときなよ。夕方には帰ってくるよ。」 「けど・・・」 僕は言いかけた言葉を飲み込み部屋に戻った。しかし、ユカは夕方になっても帰ってこなかった。僕はもういてもたってもいられなくて、 「ちょっと探しに行ってきます。」 と言って家を飛び出した。小一時間程あちこち探したけど、どこにもユカはいなかった。もしかしたら、家に帰ってるのかなと思い、家に 帰ったけれど、まだユカは帰ってきていなかった。僕はまたふらふらと宛もなく探し始めた。そして、僕は近所の小さな公園の前で立ち 止まった。何となくここにいそうな気がしたのだ。中に入って目を凝らして中を見るとユカがポツンと丸い滑り台の上に座っていた。 運命の赤い糸なんて言うつもりはないけど、何か運命的な物を僕は感じた。僕はゆっくり滑り台の方へと歩き始めた。そして、丸い滑 り台の前で立ち止まった。 「言うことない?」 「ゴメン!」 「言い訳しないの?」 「ああ。」 「言い訳してよ!そうじゃないと許さないから!!」 僕はユカが大きな声でそう言ったので、びっくりしたけど、僕はユカが真剣である事を感じ、ゆっくり口を開いて嫌いな言い訳を言い始 めた。 「・・・俺さ、時々不安になるんだ。ユカが誰か知らない男と付き合っているんじゃないかって。俺は今ユカとは遠く離れた所に住んでる だろ。ユカの心から俺の事が消えるんじゃないかって。だから、会える時にユカの 心に一%でも、一秒でもいいから俺の事を覚えて いて欲しいんだ。だから・・・」 自分でも顔が真っ赤なのがわかる。しかし、ユカには気付かれたくなかった。田舎の夜は星と月の明かりしかなく、それを隠していてく れる事に僕はとても感謝した。 「・・・」 僕はもう、告白するしかないと思った。ユカだって絶対僕の事を想っていてくれているから、告白を受けてくれるに決まっている。と心に 言い聞かせて・・・。 「・・・好きだ。お前のことがずっと昔から好きだった。」 そう言って、目を閉じた。裁判の判決が下される時の感覚もこんな感じなんだろう。しかし、それから少し時間が過ぎても返事はなかっ た。僕はおそるおそる目を開けた。そこにユカの姿はなかった。それから、僕はどうやって家に帰ったかまったく覚えていない。 八月四日 今日も絶好のえみる晴れ。太陽がピーカンに照っていて、雲一つない青空をそう呼ぶと知り合いが言っていたのを覚えている。普通 はそうは呼ばないが、僕はこのえみる晴れという響きが気に入っているので使っている。外はとてもいい天気だった。いつもなら、海や 山へと二人で出かけるのだが昨日の今日だ。とても会いづらかった。 僕は一日中、部屋にこもろうと思っていた。そして、明日ここを発とうとも・・・。 荷物を整理し、暇になった。時計は午後三時を指していた。僕は二度と訪れないだろうこの村を見納めに歩こうと思い、ユカに出会わ ないように注意しながら外へと出た。あちこち回って最後に波止場にきた時には、長い昼がもう終わりかけていて、夕日が海の上に浮 かんでいるかのように見えた。そして、やっと涙が出てきた。「何で今ごろなんだよ・・・」 独り言は鳥の鳴き声によってかき消され、夕日は徐々に水面に飲み込まれていった。 辺りが暗くなってきたので、また誰にも会わないように部屋に戻った。誰も僕の部屋に来て欲しくなかったので、おばさんには今日の 食事はいらないと断っておいた。早めに風呂に入り、床についた。夜中のうちに、誰にも悟られずにここを出ようと思っていたからだ。 部屋には一通の白い封筒に入った手紙を残してと、よくある小説や漫画のパターンだけど滅多に実行しない光景を目前に控えて少し 心が弾んだ。しかしこの考えも今日一日の行動も、この後起こった出来事によって水の泡となるのである。 それは夜二時頃に起こった。僕は寝ていた。というより、ぼーっと天井を眺めていた。ゆっくりと部屋の扉が動き始めた。暗闇の部屋 の中に光の筋が広がってきた。ゆっくりゆっくりと・・・。僕は誰だと思い扉の方を見た。が、見る前から何となくわかっていた。パジャマ 姿のユカだった。ユカがだんだん僕の視界に鮮明に入ってきた。僕はユカと目が会ってしまった。仕方なく、僕は 「何か用?」 と言うのが精一杯だった。何故かって、それは・・・。それは今まで見てきたユカとは何か違うような感じがしたからだ。うまく説明できな いけど・・・。その感じにもう心はどこか違うところにあった。 「少し入っていい?」 「あぁ・・・」 そして、ユカは部屋に入り電気をつけた。夜ともなればオーケストラは鳴き止み、逆にその静寂が都会育ちの僕を不安にさせる。だん だん何を考えているのかわからなくなってきた。僕は何を話せばいいんだ、ふられた相手に。何を話せば・・・。しかし、そんな事はどう でもよかった。ユカともう一度、顔を会わす事が出来るのならば・・・。ふられた娘の事をまだ想っている、そんな自分に嫌悪感をも抱い た。 「えっ、どうしたのよ。これ!」 ユカが驚いた声を出した。 「えっ、何が・・・」 「荷物よ荷物。何でみんな鞄の中にしまっているのよ。」 「別に・・・」 「別にじゃないわよ。もしかして帰るつもりだったの!」 「・・・あぁ、そうだよ。俺がここにいても気まずいままじゃないか!」 僕は少しイラついていたんだろう。ちょっと大きな声で言った。 「どうして帰るのよ・・・」 ユカが泣きそうな声で言った。 「どうしてだって・・・昨日俺をふったじゃないか!」 「だ、だって・・・恥ずかしかったんだもん・・・」 「・・・」 「でね、今までゆっくり冷静に考えたの・・・。で、でね・・・やっぱり、私も一樹のことが好き・・・だ、 だから、私を抱いて・・・」 ユカが僕を布団に押し倒し(普通は逆だと思うんだけど)、二人は初めてキスをした。そして、それ以上のことをユカがしようとしかけた 時、僕は大声を上げユカをはね飛ばした。 「なにするのよ!」 「うるさい!俺はそんなことを望んでいるんじゃねぇ!な、何で・・・そんなことするんだよ!」 僕はそう言って、部屋から闇の中に飛び出した。 しばらく、思いっ切り走った。もう、無我夢中で走った。気が付けば、前にユカと来た海岸に着いていた。空には宝石箱をひっくり返し たように、たくさんの星が優しく光り輝いていた。 「へぇー、こんな時間に人がいるんなんて、珍しいなぁ・・・」 「だ、誰?」 「あっ、ゴメンゴメン。私、七瀬優っていうんだ。キミは・・・」 「・・・石倉一樹・・・」 「ふぅーん。キミはこの辺りの人じゃないね・・・」 「えっ・・・、あぁ。大阪から来たんだよ。・・・でも、ここはいいね。星がこんなに近くに見えるから。」 「そうなんだ。特にこの時季、ペルセウス流星群がとても綺麗に見えるから、よくここに来るんだ。」 僕と優はすぐに打ち解け、いつの間にか僕が抱えている事を話した。すると、その返事がとても意外だった。 「フッ、羨ましいね。キミとそのユカって娘。」 「うらやましい?」 「うん。そんな風になれる人がいて・・・。私もね、東京にいたんだ。キミみたいな人が・・・」 「いた・・・?」 「この前、別れを告げられたんだ・・・。他に好きな娘がいるからだって・・・あれ、どうしたんだろ・・・。 涙が・・・」 「・・・」 「やっぱり遠距離恋愛はお互いがどういう生活をしているかわからないから・・・。それが恐くて、不安で・・・。ゴメン、変な話をして。私、 行くよ。ふと、一人で星を見たくなったから。」 「いいよ。僕がもう行くよ。悪かったね、専用の場所取っちゃって。」 「フッ、専用の場所か・・・。有り難う。」 「優のおかげでなんか解ったような気がするよ。ありがとう、じゃぁ。」 僕の足は軽く、背中に翼が生えた様な気分だった。しかし、おめおめ帰るのも変なので僕は再び朝が生まれるのを待った。 八月五日 早朝、部屋に帰るとユカが僕の布団で寝ていた。頬には涙の痕が残っていた。僕はユカが起きるまでユカの寝顔を見ていた。しばら くして、ユカが目を覚まし僕の顔を見て、 「どこ行っていたのよ、もぉ。心配したんだからね・・・」 って言って抱きついてきた。僕はしっかりユカを抱きしめた。 「ゴメン・・・」 「ううん、もういいの。一樹が私の事を本当に大事に想ってくれてる事がわかったから・・・」 僕は今このときを永遠に止める事が出来るならば、どんなに嬉しいだろうかと心底思った。 しかし、悲しい事に僕は今日の夕方の新幹線で故郷広島を発たなければならなかった。なぜなら、明日から僕が所属するバトミントン 部の群馬合宿が始まる。それが明日の早朝、出発なのだ。僕はこれでもレギュラーなので、行かない訳にはいかなかった。 それから、二人で最後の楽しい一時を過ごした。そして、空が青と赤の曖昧な色で包まれた頃には、僕達は広島駅にいた。そして、プ ラットホームで最後に僕は 「よかったよ。帰る間際に仲直りが出来て。これで心の荷も無くなったって感じがするよ。」 と言った。 「・・・あ、あのね、私ね一樹が帰ってくるのをずっと待っていたんだよ。ずっと・・・でもね、もぅ、駄目な の。一樹がいてくれなきゃ! ・・・ごめん、わがままだってわかってる。けど・・・」 「悪い、どうしてもいかなきゃ行けないんだ・・・。だったら来いよ。いつでも、大阪まで・・・」 「えっ?・・・う、うん。じゃぁ、合宿から帰ってきた次の日に絶対行くからね。」 「あぁ。」 いつの間にか新幹線がプラットホームに到着していたので、僕が電車に乗ろうとした瞬間、 「一樹!」 「ん?」 ふと振り返ったときユカが僕の唇にそっとKISSをした。 「・・・」 「さぁ、早く乗って乗って。扉、閉まっちゃうわよ。」 「あぁ・・・」 「・・・本当に行くからね、大阪まで!じゃぁね・・・」 ぷしゅう〜 電車の扉はナイスタイミングで閉まった。そして、ゆっくり電車は僕とユカを引き離していった。僕は扉のところに立ってユカを見た。ユ カが一生懸命、手を振っていた。ユカの顔にはひまわりみたいな笑顔が映えていた。
|