僕達の空シリーズA 〜公孫樹の空〜


 ”男女間の友情は成立するか?”なんてことをよく聞くけど俺にはわからない。ただ、あの娘とは友達なんかでいたくない。


 公孫樹(いちょう)の木が黄色で覆われたある秋の日の朝のこと・・・
「もー、そんなに笑うことないでしょー。」
「いやあ・・・お前って・・・ほんとにマヌケな・・・」
「ごめんなさいねっ!」
俺、徳田進一。実は今、ほんのちょっとしたトラブルに巻き込まれているのだ。で、俺が今、話していた(?)娘が牧島ユキ。ショートカットが似合う彼女とは今の高校で知り合ったんだ。
「まーまー進一。ユキはあたしの自転車入れるの手伝おうとしてくれたんだから。」
「それでよけいな仕事作ってちゃ世話ないやねぇー。」
そして今話してた娘が、保坂美由紀。ユキの中学の時からの親友であり、俺のダチの松本義久の彼女だ。だから俺達は、ほとんどいつも一緒に行動している。で、トラブルっていうのがこれ。ユキが自転車入れようとして、必殺自転車ドミノをかましてくれて、俺達四人で立て直してるところだ。
「…………」
「ユキ、お前なもう親切心おこすのよせ。親切にならないから。こないだも電車でばーちゃんに席ゆずろうとし て体当たりしたろう。」
「えっ、見てたの!」
「その直後はぐずってる赤ん坊を笑わすつもりでヘンな顔したらもっと泣かれてたしなぁ。」
「あはは、本当?中学の時もよくやってたよ。」
「美由紀!」
「まったくお前ときたら悪気はないとはいえセンスなさすぎるぞ。生まれつきなんだろうが不敏でなら・・・」
   ボスン
いきなり後ろからユキにカバンで殴られた。
「いってえ!」
「あらぁ、ごめんなさい。カバンを取ってさしあげようとしたら手がすべっちゃって。」
「ええぃ、なんてしらじらしい!」
「やーだ、あははは・・・あんた達ほんとに付き合ってないのぉ?そんなに仲いいのに信じられない。」
俺はユキの肩に手を回し、
「そうだろう。実はとうの昔に俺達は・・・」
バコ
ユキが俺の左頬に右ストレートをいれた。
「なにすんだよー。」
「さわるな!赤ちゃんができる。」
「アホか!」


 俺は今年の公孫樹の葉がまだ真緑一色で蝉が鳴いていた頃に彼女に告白している。そしたらユキは驚いた顔をして、
「・・・」
「四人でいるのも楽しいんだけど・・・俺としてはそういう気持ちなんだ。どうかな・・・」
「・・・」
俺は真っ赤になりながらユキに告白した。しかし、ユキは沈黙を守っている。俺は、この空間が嫌だった。だから俺は、もう一度念をおしてみた。
「どうかな。ユキ・・・」
ユキはいきなりキッと顔を引き締めて一言。
「友達でいよう。」
ていよくふられてしまった訳だけど、その後も俺達は気まずくなるどころか仲良くなる一方だった。でも、俺はやっぱり友達のままじゃ嫌なんだ。

「おい、信一!信一!」
「えっ!何?」
今俺は美由紀と義久と校庭に座りながらユキについて話している最中だったのだ。
「お前、人がせっかく相談にのってやってるのにぼーっとすんなよな。」
「悪ぃ悪ぃ・・・」
「それはそうと、あらためて口説くんだな。」
「・・・そうだよな。やっぱり、それしかないんだよな。でも、また断られそうで・・・」
「・・・うん、わかる。しかし、まどろっこしい奴だなぁ。裏庭に呼び出してちゅーぐらいすればだな。」
「バ、バカ言え。そんなこと簡単に・・・」

「真っ赤になるなぁ!」
「スマン!」
「いや、別にあやまることはないが・・・お前、結構女に人気あるけどそのへんがウケてるのかな。いいな。」
「知るか!・・・情けないけど、ふられる前より好きになってるから、また断られるのが恐いんだよ。」
気持ち良く晴れた公孫樹の葉が黄色く綺麗な昼の空。俺は空を見上げて続けた。
「俺の毎日からユキを取ったら、どれだけ淋しいか見当もつかなくてさ・・・」
「そうか・・・」
「そうよね。」
「よし!デートに誘え!」
「えっ!」
「いつものWデートとは違うぞ。なんせ、ふたりっきりだからな。ユキもムードに流されてうっかり『うん』と 言うかもしれんぞ。」
「うっかりなんていやだぁ!」
「バカタレ、ぜいたくを言うな。うっかりでもなんでも『うん』と言わせりゃこっちのもんなんだよ!」
「…………」
「いつまでも、このまんまでいいのかな?」
「よくない!」
俺はいつの間にか義久にのせられ、ユキを誘いに教室まで行くことになった。後ろでは、美由紀と義久が俺を応援しているというか、はやし立てている。
「・・・ユキ、あいつのこと十分好きだろうに。なんで付き合おうとしないのかなぁ。」
「・・・まだ、忘れてないのかもしれない。」
「えっ?」
「ユキ、中学の時にね・・・」
俺が校舎の前からあいつ達を見返した時、何か話しているように見えたが何を話していたのかなんて全然わからなかった。まぁ、いいや。と思い、俺はユキの教室に向かった。しかし、二階から三階への階段の所でばったりユキに出会い、
「あれ、おーい、ユキ。」
「うん?あぁ、何?」
「あのさ、・・・明日の日曜あいてるかな。義久と美由紀が一緒に映画見に行こうって。」
「うん、いいよ。二人にもそう伝えておいて。」
「じゃぁ、いつもの映画館の前に十時な。」
「オッケー。」
そして、二人が待つ校庭へと戻った。
「おっ、進一、早かったじゃないか。」
「ちょうど、階段の所でばったりあってさ。」
「ちゃんとデートに誘ったんだろうな。」
「あぁ。」
「じゃぁ、アドバイスをしてやろう。やはり、ムード作りは大切だ。こてこてのラブストーリー物を選べよ。」
「合点。」
「あ、あと、喫茶店も選んでね。花がこうたくさん生けてあるとこなんてあたし好きだな。」
「あぁ、わかったよ。」
「じゃぁ、明後日結果報告しろよ。」


 今日は昨日とは違って急に冬模様。寒々しい色の空。俺は少し早くいつもの映画館の前でユキが来るのを待っていた。時間は、十時十分。
「またユキの奴、遅刻かぁー。」
「ごめーん。」
駅の方からユキが走ってきた。
「ったく、もう・・・」
「ハァ、ハァ・・・本当にごめん。あれ?美由紀と義久君は?」
「いやあ、なんか腹イタと風邪ぎみだって出かけに電話がかかってきてさぁ。」
「えー?大丈夫かなぁ、二人とも・・・映画やめて、お見舞いツアーにしようか。」
「それじゃ、二人の厚意がムダに!」
「えっ?」
「いや、なんでもない!たいしたことないって言ってたからいいさ。それより、映画、映画。」

「そだね。行こうか。」
「うん!」
「すいませーん。『ロマンスな恋人たち』、学生二枚。」
後ろからユキが軽く叩きながら、
「進一、進一。」
「えっ?」
「あたし、あたし、こっちのが見たーい。」
「えっ、ど、どれ?」
そう言って、軽くユキが指したのは『やくざ日和』という映画の看板だった。
「い、いや、この、それは、ムードが・・・」
「ねっ、ねっ、いいでしょ。あたし、こういうの大好きなの。」

「うーん、おもしろかったねーっ。」
「・・・ウン。」
俺は、このくらいのことでくじけては、いかん。と思って、
「さて、じゃ、お茶でも飲もうか。」
「うん!」
高岡古城公園前の喫茶店『RITTYAN』に向かって、俺達は歩きながら、
「ねぇ、進一。本当に二人とも大丈夫なのかなぁ。」
「大丈夫だよ!」
「そうかな・・・」
「そうだよ。」
「そうよね。」
「ほら、着いた。ここだよ。」
「ここが進一お薦めの店なんだよね。じゃ、入ろ。」
   カランカラーン
「いらっしゃいませ。お二人様ですか。どうぞ、こちらへ。」
中にはたくさんの花が生けてあり、俺はムードが出てきたように思った。よし、ここは勢いにのせて!
ふと、ユキを見るとユキの目が潤んでいた。俺は勝手にユキももしやと思い、思い切って、
「ユキ・・・」
「うん?」
「俺・・・」
「あっ、・・・はっくしゅん、はっくしゅん、はっくしゅん。・・・ご、ごめん。あたし百合の花粉って苦手で ・・・出てもいい?」
「…………」
しかたなく、高岡古城公園のベンチでくつろぐことになった。俺は、気合いがあれば場所なんてと思いながら、ユキと俺の分の缶ジュースを持ってベンチに向かって歩いた。
「おまたせー。」
「さんきゅ。」
「ほんとにここでいいのかあ?なんか寒いぞ。」
「うん、平気。」
「あっ、でも進一、寒いの確かだめって・・・」
「いやぁ、そんなことないよ。俺、寒いのって大好き。」
「えっ、そうだっけ?」
嘘だった。俺は寒いのが苦手なんだ。そして、嫌なことに北風が吹いた。
   ひゅうー
「ぶへっくし。」
「もー、やっぱりだめなんじゃないー。無理しないで言ってよー。」
そう言いながら、ユキがちり紙を出してくれた。
「・・・面目ない、・・・あっ。」
「えっ?」
「ちょっと失礼。」
「…………」
俺はトイレ目指してテケテケ走り始めた。トイレの中で、俺は今日の作戦がすべて裏目に出てしまう事を恨んで独り言。
「まったく、これじゃムードもヘチマもあったもんじゃない。もしかして、俺たち実は相性がものすごく悪いと か・・・。でもって、ふたりっきりになった時に特に悪くなるとかね。」
自分で言いつつ自分の顔が青ざめた。俺は自分を勇気づける為に自分に暗示をかけた。
「くだらん!そんな暗いこと考えて何になる!強気でいけ!」
トイレの鏡に写った自分を見て、そう言った。
「いやぁ、失敬、失敬。・・・ユキ?」
ベンチに座っているはずのユキがそこにはいなかった。俺は自分があわただしくトイレに入った事を怒って帰ったんだと思った。俺は一気に力が抜け、その場に膝を着いた。
「なにしゃがんでんの。」
後ろからユキが俺の頭の上に小さな小袋をのせて言った。
「ユキ!」
「はい、これ、そこで買ってきた。カイロ・・・」
「え・・・」
「ほら、そっちもんでもんで。早く体あっためなくちゃ。」

「んー、なかなか熱くなんないなぁ。えいっ、えいっ。」
「ユキ・・・ユキ、俺。」
ぼしゅっ
カイロが爆発して、中の粉が一面に舞った。
「きゃっ!・・・あー、またやっちゃった。」
「・・・大丈夫か、おい。」
「ごほごほっ・・・」
いつの間にか僕達の隣に背の高い、多分百八十五〜百九十センチ位の男の人がいた。カイロの粉のせいで咳をしながら。
「す、・・・すいません、すいません。大丈夫ですか?こいつドジで。」
俺はその人の頭にのった粉をハンカチで軽く叩きながら謝った。
「あ、かまへん、かまへん。」
「こらユキ、ボーッとしてないで手伝え。」
「ユキ・・・?」
「あれ、知り合い?」
「えっ、・・・そう。中学の時の同級生。」
「やーだー、かっこよくなっちゃってわかんなかったじゃなーい。今度、同窓会でもやろうよう。あたし、幹事 やるから。じゃ、またね!」
マシンガンみたいに話をしたかと思うと、今度は急に俺の腕をつかんでそそくさと歩き始めた。俺は最初唖然としたが、あいつが見えなくなってからユキに話しかけた。
「ユキ。おい、ユキ。今の奴となんかあったのか?」
「・・・あ、あたし、中学の時あの人にカレーかけたことがあるのよぉ、頭から。なんか言われる前に逃げようと 思って。ごめんね。腕、痛かった?」
「あ、いや、ぜーんぜん。」
僕はそう言って、軽く腕を回した。
「そ?じゃ、帰ろうか。」
「えっ、なんだよ。まだいいだろ?だってまだ、告・・・」
「ううん、帰ろ。」
そう言うと、ユキは自分がしていたマフラーを外し、俺にかけて一言、
「風邪ひくよ、おにいさん。じゃ、また明日ね。」
「あっ、送るよ。」
「平気、じゃあね。」
そういうと、ユキは小走りにかけていった。
「ユキ!ユキ、俺・・・」
俺は告白しようと思ったが、ユキは俺の声を聞いてこっちを向き、手を振ってまた走っていった。俺はその場に置き去りにされたが、ユキが貸してくれたマフラーを首にかけ、
「まぁ、いいか・・・」
と一言ぽつりと漏らした。俺は走っていった時のユキが淋しさに満ちていたたなんて、この時は知る由もなかった。そして、少し時間は流れその日の夜。俺は端からみれば変な人だろうが、ユキに借りたマフラーをずきんの用にかぶって布団の中に入り心の中で、告白は出来なかったけど明日からの二人はきっとどこかが違う。そんな予感がする!と思って、床に着いた。


 今日も絶好のえみる晴れ。今日みたいな日を俺の幼なじみが昔からそう言っていたので、俺もいつの間にかそういう風になってしまった。俺はユキの対応が気になって、少し早いめに学校に行った。
「あ、オハヨー。」
ユキは簡単にそう言いのけて、また友達と楽しそうに話始めた。俺はこのユキの反応にとても動揺した。
「・・・ユ、ユキ?」
「えっ、なあに?」
「あ、えーっと・・・これ、サンキュ。」
「あっ、ハーイ。」
「うーす・・・おっ。」
そこに義久と美由紀が登校してきた。
「ユキー、昨日はいけなくてゴメンねー。」
「あっ、オハヨー。」
そして、美由紀はユキの背中にもたれて、腕を肩にかけ何かぼそぼそ話始めた。
「それで、どうだったの?」
「えっ?」
「二人きりのデートは。」
「うん。映画が面白かった。」
ユキは満点の笑顔でそう答えた。その答を聞いて義久と美由紀が、俺の所によってきて、
「よかったね。面白かったって言ってるじゃん。大成功よ。」
「映画がだろ・・・」
「確実にステップアップだなっ。」
「ウソつけ・・・。いいな、あのカレー野郎。ユキに逃げるほど意識してもらえてさ。どうせ俺なんか男じゃな いんだ・・・」
「カレー野郎?」
「あぁ、ユキの中学の時の友達ってのに会ってさ、頭からカレーかぶせたとかって奴で・・・」
「・・・あっ。やたら背がでかい関西なまりの人?」
「えっ?・・・あぁ、中学同じだもんな。うん、そんな感じ。」
「ユキ、その人見て逃げたの?」
「うん。そのあとデートもおひらきでさあ・・・」
「…………」
「美由紀、もしかしてそいつが。」
「たぶんね。やっぱりユキ・・・」
「えっ、何?」
「い、いや、何でもない!」
「う、うん。何でもないよね。」
「そぅ、ふー・・・」

 そして、時間は流れいつの間にかその日の放課後。
「ユキ。英語の訳やってる?俺、明日当たるんだけど・・・、ユ・・・」
ユキはぼんやり校庭の散り舞っている公孫樹の葉を眺めていて、俺の話は聞こえていなかった。
「ユキ!」
「きゃっ、何?」
「いや、英語の訳・・・」
ユキは俺の顔を見るといきなり席を立ち、
「やってない。美由紀に見せてもらったら?」
と言って、教室から出ていこうとした矢先、義久と美由紀がユキに話しかけた。
「ユキ、まだ帰んないの?」
「図書室寄ってから。」
「あっ、あたしも行く。」
俺はそれをぼんやり眺めながらぽつりと、
「・・・ユキ?」
俺はなんだかユキに避けられているような気がした。

 また時は少しだけ流れ、あれから十五分程度経過した。俺はそろそろかなと思い、ユキのいる図書室へと足を運んだ。そして俺は図書室の前で一呼吸し、扉を開けた。
ガラッ
図書室の中には義久、美由紀、そしてユキがいた。ユキ達は扉を開ける音に反応してこっちを向いた。
「あっ、そうだ。教室に忘れ物・・・」
そう言って、そそくさと図書室の中から出ようとしたユキの前に俺は立ちはばかり、
「ユキ。俺のこと避けてる?」
「!・・・そ、そんなことないよう。」
「ウソつけ、避けてるじゃないか。」
「避けてない。」
「避けてるよ。どうしたんだよ、ユキ。」
「しつこいなあ。そんな事ないって言ってるでしょ!」
「ユキ・・・」
「あっ、ごめん。あたし・・・」
そう言って少し沈黙が流れた後、ユキはいきなり走ってどこかに行ってしまった。
「ユキ。・・・ユキ!」
「昔の男の影・・・か。」
「ばかっ。」
俺は義久がぽつりと漏らした一言を聞きのがさなかった。俺は義久の胸ぐらを掴み、
「なんだよ、それ。」
「えっ、あ・・・」
「なんなんだよ今の!お前、なんか知ってんだろ。なあ!」
「いや、俺は・・・」
「進一!・・・この間のユキとのデートの時のカレー男。あの人ね・・・ユキの前の彼なの。ほんとに仲のいい 二人だったけど、誤解とかすれ違いが重なってどうにもならなくて・・・。別れてしばらくは、ユキ見てられ ないくらい落ち込んでて・・・」
美由紀が話してくれたのに、最後まで聞かないで図書室を飛び出して、俺は心の中で、
「ユキ、ユキ、だからなのか?あいつのこと今でも好きで・・・、頭の中から出ていかなくて・・・だから、俺のこと友達としてしか考えられなかったのか?」
そう強く思いながら、俺はユキを探して走っていた。
   一方、その頃。
「牧島さーん。」
「・・・えっ?」
「あたし、隣のクラスの者だけど、これ、進一君に渡して欲しいの。」
「どうして、私が?」
「牧島さんが一番親しそうなんだもん。付き合ってないって噂だし。いいでしょ?」
そう言うと、彼女が私に無理矢理手紙を渡し、
「じゃあ、ごめんね。頼んだわね。」
「あっ、ちょっと・・・。ちょっと待ってよ。あたし・・・」
「頼んだわよー。」
もう彼女は遠くの方にいた。そして、すぐ、
「つかまえたぞ。」
「きゃ・・・」
「俺、お前に聞きたいことが・・・」
「し、進一!」
ユかはそう言うと、俺の胸の所に一通の手紙を押し付けた。
「えっ?」
「郵便でーす。‥あずかっちゃった。隣のクラスの娘だって。やっぱりラブレターよね、これ。いよっ、このモ テモテくん!」
ユキがこの前みたいに、マシンガンのように喋り出した。俺はユキから渡された、手紙を思いっ切り下にたたきつけた。
パシッ
すると、ユキの今まで明るかった声質が急に変わった。
「な・・・」
「どうして・・・どうしてお前が、こんなもんあずかるんだよ。」
「だ、だって、渡してくれって言われたんだもん。そんでさーっといなくなっちゃたから、あたし。」
「走って追いかけて、突っ返せよ!そんなもん、あずかるな。お前が俺に渡すな!」
「進・・・」
「なんなんだよ、何考えてんだよ。カレー野郎のことが忘れられないのならはっきりそう言えよ。中途半端に親 しくなんかするなよ。」
「俺のこと、中途半端に考えるな!」
「…………」
「・・・や、やあだ。進一のマジメな顔っておかしいの。」
俺はすぐそこに机があることを確認するために軽く手をおき、そしてその手でその机を思い切り叩いた。
   バン!
途中から俺の目を避けていたユキもこの音でまるで子供が親に叱られるかのように、体をビクッとこわばらせた。そして俺は無言のまま教室の扉を開け、そのまま振り向かず、
「おまえなんか大きらいだ。」
と言って、教室から出て扉を閉めた。
ピシャン!

 俺は自分の鞄を持って、帰路に着こうと学校の中庭を歩いていた。すると、
「進一!」
後ろから俺の名を大声で呼ばれ、後ろを振り向こうとした瞬間、誰かが俺の背を掴んだ。しかし、すぐに誰だかわかった。白状するなら、声で解っていたのだが・・・。
「ユキ・・・」
「ごめん。進一、ごめん。」
「そうじゃないの。彼を忘れてないとかそんなんじゃないの。」
「・・・恐かったの。彼と別れた後、もう友達にも戻れなくて。それが悲しくて・・・。進一と付き合ってもし 駄目になったら、また口もきけなくなったりしたらどうしようって。・・・今のままなら、友達のままなら、 いつまでも一緒にいられると思ったの。だから、進一の気持ちはぐらかして・・・」
「好きなの。嫌いだなんて言わないで・・・」
ユキは涙を流しながら、顔を真っ赤にしてそう言ってくれた。一、二秒沈黙が流れた後、俺はその場にへたりこんだ。
「進一!」
「あ、アホかお前・・・俺がお前を嫌いになるわけ・・・嫌いになるわけないだろうが、バカッ!」
俺は真っ赤になりながら、大声でそう言って、口をへの字に曲げた。それを見て、ユキが少し微笑んで、
「・・・ごめん。」
って言って、俺の額にキスをして、
「会う度に、初めて好きだって言ってくれた時より、好きになってくのわかったから・・・無くしたくなかった の・・・」
俺はユキの顔に右手をあて、そっと近づけ、
「安心して、もっと好きになっていいよ。ずっと、ずっと、そばにいるから。」
と小声で言って、ユキの唇に軽くKISSをした。


 公孫樹舞い散る冬の空。今日も絶好のえみる晴れ。もとい、絶好のユキ晴れ。ユキの笑顔のように澄み切った空を俺はこれから、こう呼ぶことに決めたんだ。しかし、やっぱり寒い。俺は寒いのが苦手だから、この時季学校に行くのは嫌いだけれど、ユキに会うために学校に行くぜぃ。

「あっ。」
「お、おはよ。・・・進一」
綺麗に並ぶ公孫樹の並木道を歩いていると、義久と美由紀が話しかけてきた。
「あ、あのさ、ユキだけが女じゃないと思うんだよな。だから、・・・あの、えとさ・・・」
「あたしが何?」
俺の横を歩いていたユキが二人の前に顔を出した。
「げっ、ユキ。いや、あの、今のは・・・」
「!、ああっ!」
美由紀が俺達が手をつないでいるのを見て、声を上げた。
「…………」
「えっ?」
俺達は真っ赤になってコクンとうなずいた。
「えーーーーーっ!」
その大きな声は蒼く晴れた公孫樹の黄色い葉が舞う空に吸い込まれていった。
                                                                              第二話  終
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