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朝焼けの旋律







「貴方は,夜が二度と明けなくても幸せだとお思いになりますか?」

 リュミエールが真摯な眼差しでオスカーを射抜く。囁くような声は,自分の耳にすらきこえては来ない。
 そして,薄赤く染まった自分の両手に視線を移しながら,ある筈のない応えを待つ。永遠にも感じるその時間。もしかしたらそれは真実,永遠の流れを刻んでいるのかもしれなかった。

 遠い昔にオスカーと交わした約束は何だっただろうか。

「いつかその時が来て離れ離れになっても,それでもお互いを待つ。俺はそれをお前に誓おうリュミエール。」
「・・・・・・オスカー・・・・」

 突如オスカーが伝えた彼の想いと,いずれ来る別離というつきつけられた事実。
 考えていなかったわけではない。二人とも,いや,この聖地にいるものであれば心の奥底に沈ませている来るべき未来なのだから。どんなに想っていても二人一緒に聖地を出る確率など確かめようがない。だからこそオスカーは,約束という形でリュミエールに伝えたかった。

「もしも一緒にこの地を去る事が出来れば,共に最期の日までありたい。それが出来ないのならば,俺の心だけでもお前の中に居続けたい。俺の我が侭か?」
「いいえ,いいえオスカー・・・・・」

 言葉を紡ぎだせないリュミエールの心も,オスカーと同じはずだった。最初からわかっている事実なのだから,せめて確かな約束だけでもお互いに刻んでおきたい。
 リュミエールの頬を涙が伝う。

「悲しいのか?」
「・・・・わかりませんオスカー。でも,その約束がいつか私自身と貴方を救ってくれるのだと信じます。」
「リュミエール。」

 オスカーは彼の名を呼びながら,リュミエールの涙の後を追うように口づけていく。腕の中にその存在を確認するかのように,リュミエールはオスカーにしがみついた。

 彼は本当に,いつか来るその日に,サクリアの存在が身の内から無くなったその時に,自分を見失わずに自分の前を去る事ができるのだろうか。
 私は・・・・?
 私は,オスカーを,そして自分を信じれるのだろうか?

 リュミエールは意識のどこかで思考が逆行していくのを追いやって,目の前のオスカーに溺れて行った。




 夜は明けるもの。では,夜明けを見たくないときにはどうすれば良いのか。
 リュミエールは,眠るオスカーの顔を横から覗き込んだ。

「・・・・・殺せばいい。違うか?」
「!?」

 突然,リュミエールの片腕を掴んで,寝ていたはずのオスカーが目を開く。今目が覚めたばかりだとは思えない,強い光を帯びた両目が,まっすぐにリュミエールを見ていた。

「貴方がそれを望むのですか・・・・?」
「俺じゃない。お前だろう?」
「・・・・・わたくし?」

 オスカーの剣はいつもベッドの側に置いてある。自然にそちらに視線を向けたリュミエールに,オスカーは静かに笑った。

「これを突き立てたその瞬間から,全てがお前の物になる。」

 まるで媚薬の様に,それは真実だった。






 涼しげな朝の光が柔らかく意識の中に差し込んだ。どうやら既に外は明るいらしい。オスカーは隣にいるはずの人がそこにいないのを不審に思い起き上がった。

「リュミエール?何をしてるんだ?」

 探し人は部屋の中央に置かれたソファに独り座って,どこか虚空を見ていた。その腕の中にあるのが自分の剣だと知って,オスカーは慌ててベッドから出る。
 リュミエールの肩を掴むと,彼はようやくオスカーに気がついた。

「起きられたのですね。おはよう御座いますオスカー。」
「何をしていたんだリュミエール。」
「何も。ただ,いつもの様に夜が明けただけです。」

 眉根を寄せながら,オスカーは自分の剣をリュミエールの腕の中から取り去る。彼はこの様な物を抱きながら,何を考えていたのだろう。

「何かあったのか?」
「いいえオスカー,何もないのですよ。」
「リュミエール・・・・・」
「ただ,夢を少し見ていただけです。いつものように。」
「夢?」
「ええ。夢ですから夜が明けてしまえば関係ないのです。」

 いつもの様に綺麗に微笑む彼を見て,オスカーはそれ以上何も言わなかった。そしていつもの様に幸せな一日が始まる。



 夢は夢。
 けれども,私が抱え持つ想いは本物。
 朝焼けに染まった自分の姿が,いつか本物の血に染まる日が来る事を自分は知っている。


 ────でも,いまだけは。






 完



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