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ELYSIUM 2 (01/27/2001)







惑星カリストは、全体の約5割を水に約4割を草原に覆われた比較的文明の進んだ星である。内陸部には幾つかの王国が存在し、海岸部とはあまり直接的な交流が無い。わずかばかり存在する高い山が、内陸と沿岸とを隔てているからだ。
オスカーの国であるダレスはこの惑星では一番大きな王国だ。各国々はそれぞれに自分の領地を拡げようと繰り返し争いを起こしているが、ダレスは建国以来その領地を侵略されたことが無かった。
父である国王の長男として生まれたオスカーは、跡継ぎに相応しく国でも一番を争う剣の使い手として育った。文武両道を尊ぶ国王は、オスカーと彼の弟を厳しく育てる一方で、優しい父親としての面も持っていた。
賢王と呼ばれ民に親しまれた国王と、美しい王妃と出来の良い王子達。
豊かな強国ダレスは、憂いもなくその長い歴史を積み重ねていた。
少なくとも彼らが来るまでは。



「父上!何なのですかあれはっ!?」
普段から落ち着いてあまり慌てないオスカーにしては珍しく、大声をあげながら父王の元へと怒鳴り込んできた。
「何事だオスカー、騒がしいぞ。」
ダレス王としての威厳を見せながら、オスカーの父は落ち着いた様子で息子を迎えた。
「あの様な者を城へ入れるなど、いったいどういう事なのですか!?」
「落ち着かれませオスカー様。陛下にはお考えがあってのことです。」
王に詰め寄るオスカーをやんわりと押しとどめながら、側近の者が言う。
「考え?母上がどれだけご心痛かご承知の上なのですか父上っ!?」
母という言葉に王が僅かに反応する。
「お前には関係のないことだ。これ以上は聞かぬぞオスカー。」
「・・・父上っ!」
「下がれ。」
王は、もう興味は無いとばかりにオスカーから視線を外した。
鋭い眼差しで父を見ながら、オスカーはこれ以上言っても無駄だと察する。
 彼の人生の中で、父がこれほどに冷たかったことは初めてだ。 しばらくの間黙って父王を見つめていたが、やがてオスカーは何も言わずに父の前を後にした。
部屋を出てからもオスカーは曇った表情のまま、時々かけられる挨拶などには全く反応せず、そのまま彼の母親である王妃のいる後宮へと向かった。
強国ダレスに相応しい立派な城の中で、王妃や家族の住む城の最奥は比較的静かな一郭だ。鳥が妙なる声でさえずり、美しい木々や花々に囲まれた庭園やいくつかの噴水、王にとっては唯一安らぎを得られる場所であり、家族にとっては唯一家族としての時間を持てる場所だった。
「母上!おられますか母上!?」
庭園の静けさを破るようにして、オスカーはけたたましく母を呼んだ。
「オスカー、その様に騒がしくしては皆が驚きますよ。」
柔らかな声が返ると、オスカーは途端に険しい表情を消し去り穏やかな笑みとともに声の主を見やる。
「申し訳ありません母上。」
「陛下のもとへいらしたのですね?」
「・・・・父上は何もおっしゃりませんでした。一体何を考えておられるのか、俺にはわからない。」
父親に似て力強い印象を与えるオスカーとは対照的に、王妃は穏やかな雰囲気の気品溢れる美しい女性だ。常にひっそりとした微笑みを浮かべるその人が、今は沈んだ表情でオスカーを見ていた。
そんな母の様子にオスカーはいたたまれなくなる。
「・・・・私にもただひとこと、すまない・・・と。」
苦々しく薄い笑みとともに彼女は呟く。その言葉にオスカーは一瞬激しい憤りを感じたが、目の前の母を見て自分をなんとか落ち着かせた。
「俺は・・・俺は許しません。父上が何と言おうと、ここは母上と俺達が過ごしてきた場所です。何人たりともここには入れたくはない。」
「オスカー、陛下がお決めになった事に私たちが否を唱えることは出来ませんよ。それよりも穏やかに潔く受け入れましょう。私達とこれからここにいらっしゃる方々とが争う必要などありません。」
「しかし母上・・・」
「陛下のことで私たちが思い煩うなど虚しいだけではありませんか。貴方は陛下の跡継ぎとして、胸を張っていれば宜しいのです。」
普段は何も言わない母のさりげない決心を秘めた強い言葉に、オスカーもおとなしく頷くしか無かった。
ここ数年、ダレスを初めとするいくつかの大国は小競り合いを繰り返している。最初は国境沿いの小さな諍いが発端だったりするが、そうしたものが少しずつだが大きな物に発展してしまうと最早無視出来なくなる。戦争と言うほどのものではなくとも、どの国もかなりの人数を動員させて領土拡大を図っていた。
穏やかに見える惑星カリストも、まだまだ機械的文明は未発達な為に人間同士の争いが絶えなかった。
そんな動乱の中で、ダレス王は確実にその領土を守り通している。無理に領土拡大を図ったりはせず、先祖から受け継がれた土地を豊かにする事を是とする彼のやり方は、結果的に国を更に強固なものにしていた。
つい先日決着のついた隣国との争いは、珍しくもダレス王自らが出向き示談を成立させたという。無駄な殺生を嫌う王は、相手国に無理な注文をする代わりにある物を持ち帰った。
それがオスカーを憤らせた原因だ。
「・・・オスカー、これからいらっしゃる方は本来ならば私達同様にお過ごしのはずなのに、不運にも戦乱に巻き込まれさすらってこられたのです。誰も味方のいないこの国で心細いでしょうから、貴方も温かく接してさしあげるのですよ。」
どことなくふっきれた様な母に、オスカーは仕方なく頷く。
静かな後宮は、未だかつて無い重々しい空気に支配されていた。




ダレス王が連れ帰った捕らわれ人は、次の日ひっそりと後宮に入った。
オスカーも王妃も未だ対面しておらず、王からの使いが幾度も行き来するのを見るばかりだ。
「兄上、気になるんでしょう?」
庭園の一郭のベンチでその光景を眺めていたオスカーに、カイの声がかかる。
オスカーの唯一の兄弟であるカイは17才のオスカーよりも2つ年下だが、兄同様の激しい性格と外見の持ち主だ。
「・・・・いや・・・。」
「隠さなくても良いじゃないか。僕はちらっと見たけど、とても美しい女性だよ。もう一人小さい人がいたけど、布を深く被ってたので顔はわからなかったなあ。」
オスカーよりも比較的身軽なせいか、カイはあちこちに入り込んで偵察してきたらしい。苦笑しながらもオスカーは内心穏やかではいられなかった。
父王が連れ帰った美しい女性。
普通に考えれば父が何を思ったかはわかることだ。
王妃にとっては心穏やかではいられない様な、幸せな家族として過ごした長い年月を一瞬にして壊す様な、そういう類のもの。
「でも、可哀想だなあ。」
「・・何がだ。」
突然のカイの呟きに、オスカーは何のことかわからないという顔をする。
「あの人達だよ。側で世話をしてる者にこっそりきいたんだけど、元々は海の方の小国の王妃様だった人なんだって。でも国を滅ぼされてそのまま連れて来られて、今度は父上がダレスに連れてきたっていうから大変だったよね。」
海の国。この惑星は大部分を海で覆われているとはいえ、高い山のおかげでダレスとは縁遠かった。
オスカーもカイも、生まれてから一度も海というものを見たことがない。話にきくその壮大で蒼い風景を想像するだけだ。
束の間、遠い海に思いをはせる。
だがそれもほんの数秒のことだった。
そんな二人の耳に、向こうから軽やかな足音がきこえてくる。
「兄上・・・・子供の様だけど・・・」
オスカー達の姿は影になってあちらからは見えないのか、足音の主はおぼつかない足取りで庭園を横切ろうとしていた。
頭から白い布を被っている為顔などはわからないが、その小さな姿から子供だと察せられる。布の合間からこぼれ出る長い髪は光を反射して一瞬銀色に光った。この城の最奥にある庭園を横切る子供といえば、オスカーとカイ以外には一人しか考えられない。
「・・・・あれがそうか。」
「あ!兄上!?」
呟くと同時に、オスカーは座っていたベンチから立ち上がっていた。
「おいっ、そこの奴!何処に行くんだ!?」
大声で呼びかけたオスカーに気づいたのか、その人影はぴたりと足を止めた。だがオスカーが足早に近づくと咄嗟に身を翻そうとする。それよりも早くオスカーはその人物の腕を掴んでいた。
「お前、父上に連れてこられたんだろう?ここで何をしている?」
母に宥められたとはいえ内心の憤りは決して静まってはいない。オスカーは自分では意識していなかったが、随分と挑戦的な物言いで相手に詰め寄っていた。
「・・・・・・あの・・・お離し下さいませんか・・・」
小さな声がオスカーの耳に届く。
腕をつかまれたまま下を向いてしまった相手にオスカーは眉を寄せた。
弟であるカイよりももっと子供なのだろうと思われる小さな身体が、細かく震えているのが掴んだ腕から伝わる。先ほど銀色に光った髪は、近くで見るとなんともいえない綺麗な水色だった。オスカーよりも随分と下にある頭は地面のほうを見たままだ。
「何かを言う時には相手を見ろと教えられなかったのか?」
乱暴に相手の顔をあげさせる。思ったより抵抗は無かった。
だが、オスカーは一瞬動きを止めなければならなかった。
「・・・・お前・・・泣いてるのか・・・?」
水色に縁取られた小さな顔は、同じく美しい水色の瞳から流れ出る涙でくしゃくしゃになっている。
「兄上、こんな小さな子供に乱暴はよくないよ。手を離してあげたら?」
横からカイがオスカーを諫める。
「別に俺が泣かせたわけじゃないだろう?」
「・・・・ねえ君、何で泣いてるの?」
兄を無視してカイは泣いている子供に話しかけながら、まじまじとその顔を覗き込んだ。
カイから見て歳の頃は9つくらいだろうか。子供ながらも良く整った造作は、むしろ浮き世離れした美しさだ。透き通る様な白い肌はあまり陽に当たったことが無いのではと思わせた。
オスカーも横で感心した様に見ている。
「・・・どうか・・・・離して・・・・」
「逃げないっていうんなら離すが?」
オスカーの強い物言いに、相手は小さく頷いた。掴んでいた手を離すと、相手も少しほっとしたようだった。しかしオスカーはすぐにその小さな身体を軽々と抱き上げると、そのままカイに目配せして歩き出してしまった。
「ここじゃ誰が来るかわからないからな、俺の部屋へ行こう。」
「・・っ」
急に抱き上げられて怖かったのか、腕の中の子供は咄嗟にオスカーにしがみついた。
「大丈夫だよ。僕たち別に君を苛めたりしないからさ。」
にこにこと笑顔を向けるカイに、先ほどから泣きっぱなしの子供がようやく彼を見た。まだ怖いのか僅かな震えがオスカーに伝わってくるが、とりあえず暴れたりする気配が無い様子なのでそのまま自分の部屋まで急ぐ。
「今日はやっぱり皆あっちに行っちゃったみたいだね。こっちにはほとんど人がいないよ。」
「その様だな。」
誰にも見られずオスカーの部屋に辿り着くと、彼は腕の中に抱いていた子供をそっと寝椅子の上に下ろした。心配そうに見上げてくるのを見て、カイはその小さな頭を撫でながら寝椅子の傍らに座り込む。
「君はあっちに新しく来た人の子供でしょう?名前は何て言うの?僕はカイだよ。こっちは兄のオスカー。」
すぐ側のカイと反対側の椅子に座ったオスカーとを見比べて、子供はようやく落ち着いたらしい。しばらく二人を見つめていたが、敵ではないと考えたのかやっと口を開いた。
「・・・リュミエール・・・と・・申します・・・。」
ぽつぽつと自分の名前を言う相手に、カイは笑顔全開で再び頭を撫でた。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ?君はここの住人になったんだから、僕たち仲良くしないとね。」
「ひとつ聞いて良いか。お前、男か?」
横できいていたカイが少し呆れた顔になる。
オスカーの素朴な疑問に、リュミエールは頷くことで答えた。
「もうちょっと違う聞きようがあるんじゃないの兄上?でもあんまり可愛いから女の子かと思ったよ僕。流石女たらしだけあるね兄上は。」
「どういう意味だカイ。」
オスカーが弟の頭を小突く。
「・・・・ふふっ・・・」
すぐ横でリュミエールが小さく笑うのに、カイが一瞬目をまるくした。
だが笑ったのは一瞬で、彼はすぐに袖で口元を隠してしまう。
「もっと笑ってよリュミエール。もう友達なんだからさ。」
嬉しそうなカイに僅かに小首をかしげると、リュミエールは彼をじっと見上げた。
「・・・友達・・・ですか?」
おずおずと確かめるように言葉を紬出すリュミエールに、カイは大きく頷く。視線を向けられたオスカーも軽く頷いた。




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