炎の剣と水色の歌 1
土の曜日,リュミエールを尋ねる約束をしていたオスカーは私邸を出て水の守護聖の館へと向かっていた。何でも珍しいお菓子が手に入ったとかで,リュミエールが嬉しそうにオスカーをお茶に誘っていたのはつい昨日のことだ。言われなくともオスカーには遠慮の文字など存在しない。リュミエールの笑顔が見れるならば,何処へでもついていきそうな勢いだった。
彼は徒歩ではなく愛馬に跨ってリュミエールの館へと走らせる。おかげで予定通り,昼食前のお茶に間に合う時間に館へとたどり着いた。
水の守護聖の館ではオスカーは既にフリーパスだ。今朝もいつも同様に,使用人たちはにこやかに彼を招き入れてくれる。だが,リュミエールはまだ起きてこないという彼らの言葉に,オスカーは不思議に思いながらもそのままリュミエールの私室へと向かった。
「リュミエール?俺だ。起きてるのか?」
ノックをしてみても返事がない。仕方なくオスカーは勝手に寝室のドアを開いたが,リュミエールの姿はどこにも無かった。
「・・・・・・確か部屋からは出てないと言っていたはずだが・・・?」
不思議そうに呟くきながらオスカーは,主人のいない寝台に座り込む。リュミエールは約束を違える様な人ではないから,オスカーはそこで少し待つ事にした。
「しかし,何処に行ったんだリュミエールのやつ・・・・」
大きなため息とともにオスカーはバタっと寝台に寝転ぶ。
「おすか〜」
「・・・・んあ?」
今リュミエールらしき声が耳の側でした気がしたのだが,慌てて起き上がってみても彼の姿はどこにもない。不思議そうな表情でオスカーは立ち上がろうとした。
「痛っ」
途端に左手に小さな痛みを感じる。慌ててそちらを見たオスカーはとんでもないものを見つけてしまった。
「・・・・・リュミエール・・・・?」
思わずオスカーはベッドに張り付くようにして顔をソレに寄せた。
「良かった。なかなか見つけて下さらないからオスカーの手を叩いてしまいました。」
「なかなかってお前・・・」
オスカーの目の前には,ベッドのシーツの上にちょこんと座っているリュミエールがいた。しかし,そのサイズはオスカーの手程しかなかったりする。
「随分と小さくなったな・・・・・」
「はい。」
リュミエールは結構落ち着いている。オスカーはしばらく唖然としていたが,ようやく我にかえった。
「ところで何故そんなに小さいんだお前?」
「存じません。でも,飴をひとつ戴いたらこうなりました。」
「飴?」
「はい。テーブルの上にありませんか?」
言われた通りテーブルを見ると,可愛らしい小さな瓶が4つあった。中にはそれぞれ違う色の飴玉が入っている。
「昨夜,青い飴を一つ試してみたのですが,舐めた途端にこうなりました。たまたまベッドの端に座っていたので,運良くベッドで眠る事が出来ましたが・・・・」
何か論点がズレているだろう,と内心思いながらオスカーはその瓶を眺める。見かけは普通のキャンディと変わらない。
「オリヴィエがお土産だとおっしゃって,沢山お菓子などを下さったのですが,その中にその飴もあったのです。とりあえず昨夜は私一人で騒いでもどなたも気づいては下さらないでしょうから,今日貴方がいらっしゃるまで待つ事にしたのです。」
オリヴィエはつい昨日まである惑星に降りていた。仕事ではあるが,彼の場合は趣味が先行している様にも思える。おそらく奇麗な布だの化粧品だのを物色してきたのだろう。聖地の外にはあまり出ることのないリュミエールには,よく色々な物をプレゼントしている。
「オリヴィエに尋ねるしかないだろうな。」
「はい。ですので,オリヴィエを呼んでください。」
「ああ。その前に何か必要な物とかは無いか?」
「お腹が空いてしまいました。」
「わかった。オリヴィエと食事を持って来るから,とりあえず待っててくれリュミエール。」
にっこりと微笑んで肯くリュミエールの頭を軽く撫でると,オスカーは足早に部屋を出ていった。
後に残されたリュミエールは,再びシーツの上で疲れた様に寝転んでしまった。実は昨夜は,落ち着くまでずっと寝れなかったのだ。突然小さくなってしまえば誰でも落ち着けるわけがないが,しばらく経つと彼もなにやら肝がすわってしまったのか,気がついたら朝までスヤスヤと眠ってしまった。
とりあえず寝足りないリュミエールは,そのまま小さな寝息をたてはじめた。
「あらら・・・・気持ち良さそうに寝ちゃってるよこの人・・・・」
「寝不足なんだろう。」
オスカーがオリヴィエを引きずって来た時には,リュミエールはシーツの波間でスヤスヤと熟睡中だった。
ポケットサイズなリュミエールの姿は,白いシーツの中では小さな水色のかたまりにしか見えない。オリヴィエはまじまじとその姿を眺めていたが,何かツボをついたのか,楽しそうな表情になった。
「ホントに小さいんだねえ。人形みたいじゃないか。」
「お前,もしかして面白がってないか・・・・?」
「当たり前じゃないの。」
オスカーがガクッと肩を落とす。
「原因はそのキャンディなんだし。とりあえず調査するにしたって,今すぐにリュミエールが元に戻るかどうかなんて誰にもわからないんだから,少しは楽しませてよね。」
「おまえなあ,もうちょっと緊張感ってものを・・・」
「あ,起きたみたい・・・・・」
オスカーの無視してオリヴィエはリュミエールの頭をつつく。二人が横で騒いでいたせいか,目が覚めてしまったらしい。
「リュミエール,起きたのか?オリヴィエを連れてきたぞ。」
「・・・・・おはようございますオリヴィエ。」
「オハヨ。何か,妖精みたいだよね。」
「はい?」
きょとんとしていると言うか,少し寝とぼけているリュミエールは,ゆっくりと起き上がって二人を見上げていた。
「お腹が空いただろうが,どうもそのサイズの食べ物がなくて仕方なくコレを持ってきたんだ。大丈夫か?」
「甘そうですね。」
「後で何とかするからね,我慢しなさい。」
オスカーが台所から発見してきたのは,瓶に入ったチョコレートクリームだった。オリヴィエが小さなシュガースプーンでそれをすくい取ってやると,リュミエールはしばらく考えた後に自らの手で食べることにしたらしい。
「美味しいです。それでオリヴィエ,あの飴玉は一体何だったのでしょうか?」
「うーん,私も初めてきくからねえ・・・・あれを貰ったところに聞きに行くしかないか。すぐに誰かをやらせるよ。」
「お願いしますオリヴィエ。でも,これでは困ってしまいますね。」
「可愛いけどねえ・・・・」
「遊んでる場合じゃないだろう。これでは仕事すら出来ないぞ。」
リュミエールは首を少し傾げながら困った表情で二人を見上げていた。オリヴィエはそんなリュミエールをじーっと見ていたが,しばらくすると何かを思い付いた様に嬉しそうな表情になる。
「今から私のとこに来ないかい?」
「え?何故ですか?」
「来てのお楽しみ♪」
「・・・オリヴィエ,お前なあ・・・・」
「何?アンタは別に来なくて良いよ。」
「・・・・・」
「来たきゃ来れば?さ,行こうかリュミエール。」
「は,はい。」
一瞬にして不機嫌そうになったオスカーにリュミエールが心配そうな顔をしているが,そんなことには構わずオリヴィエはリュミエールを,空のティーカップの中にそっと移した。
「このカップが一番大きかったんだけど,失敬しちゃったよリュミエール。」
「構いませんよオリヴィエ。」
「ホラ,落とさない様に大事に持ってよね。」
そのままオスカーにカップを手渡すと,オリヴィエは馬車を出して貰うために階下へと降りていった。
「・・・・誰が落とすか。」
「落としたら割れますからね。気を付けて下さいねオスカー。」
「そういう問題じゃないだろう・・・」
リュミエール入りカップをそっと両手で持ったオスカーは,ゆっくりとオリヴィエの後を追った。
オリヴィエが楽しそうに自分の館へリュミエールを連れていく時など,絶対に何かで遊ぶに決まっているのだ。マルセルやリュミエールは,身を以ってそれを自覚しているはずなのだが,つい遊ばれてしまうのはオリヴィエの調子の良さが原因かもしれなかった。
「キレイだろう?ずっとソレを着てるわけにいかないんだから,私にまかせなさいって♪」
「そうやって着せ替えして遊んでいるのかいつも・・・・」
「上等の布には上等のモデルがいないとね。」
当の本人を無視してオリヴィエは勝手に布地をピラピラと見せながら楽しそうに選んでいる。彼は人形サイズのリュミエールの為に服を作ろうというのだ。館についてすぐに何かを手配していたのだが,彼の頭の中は楽しい計画でいっぱいだったらしい。
「あのキャンディの事は頼んだから安心してよね。確かにこのサイズじゃあ困るからさイロイロと。ジュリアスなんて卒倒するんじゃない?」
「・・・報告しないとマズイかやはり・・・・」
「月の曜日まで待ってもいいんじゃないかな。それまでに元に戻る方法がわかれば騒ぎを起こさなくてすむし。」
「私もそのほうが良いと思いますオスカー。無駄に騒ぎにしたくありませんし・・・」
自分を見上げるリュミエールの苦笑している様子に,オスカーもおとなしく肯いた。知られたら知られたで,妙な物を持ってきたオリヴィエの方がヤバイのではないかと思うが,オスカーはあえて黙っていることにする。彼にとってはリュミエールが最優先事項だ。
「さて,と。ちょっと待っててね。」
オリヴィエは散乱した布をかき集めると,随分と楽しそうに部屋から出ていってしまった。
「・・・・ああいうのが好きだっていうのは俺には理解できんな。」
「綺麗な物を好むのは悪いことではありませんよ。」
「そんなのお前を見ているだけで充分だ。」
オスカーのセリフに少し照れたのか,リュミエールは頬をうっすらとピンクに染めて彼を見あげていた。テーブルの上のでちょこんと座っているリュミエールとテーブルに頬杖をついているオスカーとは,幾分か目線が違う。ずっと首をあげているのは疲れるのか,リュミエールは時々手元を見下ろしてため息をついている。
「・・・とんだ週末になったな。」
「そうですね。最初は私も驚いてしまって・・・・」
「あまり寝れなかったんだろう。眠かったら寝てもいいんだぞリュミエール。」
「大丈夫ですよ。ただ,顔すら洗っていないのですよね私・・・・」
リュミエールが少し困ったような表情で言ったその瞬間,大きく開け放たれていた窓から何かが飛び込んできた。
「え?」
「危ないっ」
咄嗟に目をつむったリュミエールの目の前に,バサバサっと音がして大きな物が舞い下りた。一瞬あわてたオスカーも,その生き物が何であるか知ってほっとする。
「チチッ」
「これは・・・」
「マルセルが近くにいるんだな。」
今のリュミエールの目には随分と巨大に見えるそれはチュピだった。天気の良い日にはマルセルがよく一緒に外で遊んでいるのを見るのだが,人懐こい鳥なのを知っているのでリュミエールも安心してくちばしに手を伸ばしたりしてみた。
チュピの方は,馴染みのある感覚なのにサイズが小さいので戸惑っているのか,首を左右に傾げながらリュミエールのほうを大きな瞳で見ている。
「・・・わたくしの事が不思議なのでしょうか?」
「チッ?」
「私が誰なのかわかりますか?」
「チチッ?」
「ふふ,おかしいですね。」
リュミエールは何やら楽しそうにチュピと首を傾げあっている。そんな光景がとにかく微笑ましくて,オスカーは頬杖をついたままずっと黙って眺めていた。
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