炎の剣と水色の歌 2
「ホラ,ちゃんと髪ふかないと風邪ひくよリュミエール。」
「ふいてます〜。」
タオルの中に埋もれているリュミエールからくぐもった返事が返る。
オリヴィエが気を利かせてリュミエールを水浴びさせていたのだが,その間しっかりオスカーは部屋から追い出されていたので,彼は随分と不本意そうな顔をしてソファに座っていた。
「なーに不機嫌な顔してんの。」
「そんなに不機嫌そうに見えるか?」
「それで上機嫌だったら,私は殴るよ。」
「・・・・・・」
オスカーは何か言おうとしたが,リュミエールがタオルの山からひょこっと出てきたので口を閉じる。改めて見るとやはり小さいなあと感心してしまうオスカーだった。
「有り難う御座いましたオリヴィエ。」
「どう?ぴったりだろう?」
「はい。」
短時間だったためか,オリヴィエの大好きな派手なものではなく簡素な服を持ってきてくれたので,リュミエールは喜んで着替えていた。光の加減で銀色にも見える真っ白な光沢の布の上に,細かい銀の柄の入った濃いブルーのシルクを重ねている。
今朝の寝間着状態よりはずっと存在感があって良い。何よりリュミエールによく似合っていた。
「お前,こういうのは本当に得意だな・・・・・」
「他に芸が無いとでも?」
「本当にオリヴィエは器用でいらっしゃるのですね。」
「でしょ?今度はちゃんとしたの仕立ててあげるから,楽しみにしててよ。もちろん元のサイズでね。」
「それはとても楽しみですオリヴィエ。」
機嫌良く,心底楽しそい任麓採蕕い燭靴泙后・が
オリヴィエはドアの向こうで何かを話していたが,すぐに二人のところへと戻ってきた。少しばかり深刻そうな表情なのがリュミエールの気に掛かる。
「あの・・・何かわかったのですか?」
「うん・・・私が訪ねた店の店主曰く,あの星のお偉いさんから流れてきたものらしいよ。つまりは私達で直接きいてくれ,ってこと。」
「そうですか・・・・」
「とすると,今すぐ行かないとまずいな。」
「だよね。リュミエールは大丈夫かい?」
「勿論です。元に戻れないと困りますからわたくしも・・・・」
この状態の彼を同行させるのは心配だが,当の本人が行かない事には話が進まない可能性もある。オスカーはしばらく考えを巡らせていた。
「オリヴィエ,それはどこの星なんだ?」
「ダッシェル。主星からは随分と離れてるけどそれなりに発展してる海洋惑星だよ。リュミエールの故郷とはちょっと違うかもね,結構近代化されてるから。」
「ダッシェルならばわたくしも存じてますよ。以前,水のサクリアが不安定だったことがあったので・・・・。とても海の奇麗な星でした。」
リュミエールの青い瞳が遠くを見るように瞬いた。海という名詞にリュミエールが殊のほか感慨をおぼえるのはオスカーもよく知っている。海のない聖地では,きっと彼ではわからない寂しさを抱えているのだろう。いつだったか,オスカーが彼に草原を見せた時,草の波がまるで海みたいだと嬉しそうに言っていたのを思い出す。
「もちろん私も一緒にいくから,3人なら安心だろうリュミエール?」
「すみませんご迷惑を・・・」
「ストップ。もともとの原因を持ってきたのは私なんだからさ,謝るのはこっちのほう!」
「とにかく,惑星に降りて元に戻る方法をみつけてからだな。」
「そうだねえ・・・・聖地の一日がダッシェルでは2週間だから,たぶん何とか月の曜日には間に合うと思う。んじゃ,すぐに用意してくるよ。」
「お願いしますオリヴィエ。」
気合を入れて化粧でもするのか,と思わずツッコミを入れそうになったオスカーだったが,どうにか寸手のところでのみこんだ。
「俺も着替えてくるから,ここで待ってろリュミエール。」
「わかりました。」
じゃあな,と言いながらオスカーも足早に自分の館へと戻っていった。
部屋に独り残されたリュミエールは,気が抜けた途端にくたっと座り込んでため息を吐く。
「どうしてでしょうか・・・とても眠いです・・・・」
疲れが全然取れてないのか,気を抜くと閉じそうになる眼をこする。
だが,しばらくそうしている内に諦めてしまったのか,一分後には,静かな寝息をたてて眠ってしまったリュミエールがいた。
聖地から降り立ったその時は、ダッシェルはまだ真夜中だった。それでもメインの街道はいろいろな人で賑わっている。
「それでオリヴィエ、お前の言っていた店とはどこにあるんだ?」
「すぐそこだよ、ホラあれ。」
オリヴィエが指さした方向には、古めかしい古物商らしき店が建っていた。明かりがついているところを見ると、まだ営業中らしい。
彼らは迷いもなく店に入ると、店主を見つけて話しかけた。
「いらっしゃいお客さん・・・・あれ?あんた、ちょっと前に来てくれた人だろう?」
「覚えていてくれるのは嬉しいよ。でも今回は買い物じゃなくて、尋ねたいことがあるんだ。この前うちの使いをよこしんたんだが・・・・」
オリヴィエにそう言われて、店主はすぐに思い出したらしかった。
「ああ!あの飴玉のことか!ちょっと待ってな。」
そう言うなり店主は何か手元の紙に走り書きをする。見るとそれは誰かの所在らしい。
「あんなあ、この店を出て左にずーっと向かうと分かれ道があるから、それを右に行ってまっすぐまっすぐずーっとまっすぐ行けばでっかいお屋敷が見つかるよ。そこの主人にきけばきっと何かわかるんじゃないかな。」
「結構歩くんだな。」
「ま、がんばって行ってくれお客さん。あとなあ、あそこのお屋敷はちょっと怖いから気をつけてな。」
「怖い?」
「そらもう、お化け屋敷って呼ばれてるくらいだから・・・・あ、お客さんいらっしゃい!今日は何をお探しで?」
「私らは失礼するよ。またくるからさ」
「毎度ありっ。きいつけてなお客さん!」
にこやかに礼を言うと、オリヴィエ達はさっさと店から出て言われた通りの道をてくてく歩き始めた。
人通りが多いのは、街道の極一部だけだったらしい。酒場と宿屋を過ぎると、途端に真っ暗な暗闇に包まれた。ここまで来ると、月の光だけが頼りだ。
「もうちょっと早い時間だったら良かったんだけどねえ。」
「こんな時間に訪ねて大丈夫なのか?」
「お化け屋敷だったら夜中のほうが都合が良いんじゃないかな?」
そう言うものだろうか、とオスカーは内心考えながら、ふと今まですっかり忘れていたことを思い出した。
「リュミエール!」
「・・・・あらら、まだ寝てるの?」
オスカーのポケットの中にリュミエールを押し込んで聖地を離れてから結構な時間が経つ。慌てて上着を捲ってシャツの胸ポケットを覗き込むと、案の定気持ちよさそうに熟睡する彼の人がいた。
「ああ、寝てるみたいだな・・・」
「しばらく寝かして置いてあげなよ、きっと疲れてるんだねリュミエール。」
「そのつもりだ。しかし、こんな狭いところでよく寝れるなこいつ・・・・」
「あんたの体温が気持ち良いんだろう。心臓の音をきくとよく眠れるっていうしね。」
なるほど、と納得してからもう一度彼の寝顔を覗く。横でオリヴィエがにやにやしているのには気がつかなかった。
リュミエールを見るオスカーの顔以上に楽しいものはないかもしれない、とオリヴィエは密かに思うのだった。
「・・・・・うわ・・・」
「これは凄いな。」
言われた通りの道順を素直に行ったら、これも言われた通りのお化け屋敷にたどり着いた。真っ暗な林に囲まれ、屋敷中を蔦で覆われた大きな屋敷だ。
真っ暗な中にも、ぽつんと明かりがついている。どうやらこの時間でも人が起きているらしかった。二人は意を決して車寄せをまわり、大きな扉を叩いた。
何度か叩くと、やっと中から応答がある。
「すいません!夜分遅くすみませんが・・・・」
キイイイという鈍い音をたてて、扉がゆっくりと開けられた。緊張いっぱいで立つ二人の前に現れたのは背の低い老人だった。
「・・・・・こんな夜更けにどういったご用でしょうか・・・?」
「あ、あの・・・」
地を這うような声で返されて、思わず言葉につまる。
だが、救いの主は、老人の後ろから現れた。
「何かお困りでしょうかなお客人?」
柔らかな声音とともに現れたのは、品の良さそうな老紳士だった。それと同時に、最初に顔を出した老人は静かに頭を下げて老紳士の後ろに下がる。たぶん、彼は執事か何かなのだろう。
「あ、貴方がこの館のご主人でいらっしゃるのですか?」
「主人のサー・ローレンスです。もっとも、私とこのトーマスの二人しかここにはおりませんが。」
優しそうな微笑みを浮かべるその人に、二人は内心ほっとする。他人様を訪ねるにはあまりにも無礼な時間帯であるため、罵詈雑言が降ってくる可能性もあると心配していたのだ。だがリュミエールの為に一刻も早く原因を調べたいオスカーだった。
とりあえずオスカー達は、深夜に訪ねた無礼を詫びながら事情を説明する。
「・・・・というわけで、こちらへ来るように言われたのです。なにぶん時間に余裕がないので失礼をしました。」
「なるほど。そう言うことでしたらどうぞお入り下さい。トーマス、お客様に熱いお茶などをお出しするように。」
「かしこまりました旦那様。」
「さ、どうぞお二方。」
トーマスに案内されたところは、大きな客間だった。暗く陰気な館の外見とは裏腹に、品が良くかつ豪奢な内装であるし、天井から下がるシャンデリアは、綺麗なもの好きなオリヴィエの目を惹くに充分値するものだ。
部屋に似つかわしい重厚な椅子に腰掛けて、トーマスが持ってきた紅茶をすすりながら、二人はじろじろと部屋中を観察していた。
「お気に召していただけましたか?この館は歴史だけは古いのですが、子供もおりませんのでおそらくは私の代で終わりでしょうね。この外装のおかげか、この辺ではお化け屋敷などと言われますし。」
苦笑しながら言うローレンス卿は、とても人当たりの良い人物だ。どこかリュミエールみたいだな、とオスカーは内心で思う。その人の持つ雰囲気そのものがとても柔らかいから、まわりの人に不快感を全く与えないのだ。ここまでくると一種の特技とも言える。
「さて、その飴のことですが。確かに私が処分したものの一つですね。この館にはわけのわからないものが多いのですが、それは、いつだったか旅の途中だとかいう若者が置いていったものなのですよ。」
「旅の若者が?」
「はい。なにやら伝説があるそうですよ。4つの小瓶には4つの力が込められていて、それぞれが違う作用をもたらすのだそうです。詳しいことは覚えていませんが・・・・。まあ、ただの飴にしか見えませんでしたし、私は甘いものは苦手でして。」
苦笑いしながら彼はカップを口に運ぶ。その優雅な仕草を追いかけながら、オスカー達はその伝説というのに興味を惹かれていた。リュミエールの部屋にあったのも4っつの色違いの飴の入った瓶だった。彼は確か青い飴を食べたと言っていたはずだ。
「・・・・おや、その方ですか?」
「え?」
自分たちの考えに集中していたオスカー達は一瞬何を言われたのかわからなかったが、ふと自分の胸元でゆっくりとした動きがあるのを感じて、オスカーは目線をそのまま落とした。
どうやらリュミエールが起き出して、今の状況についていけないでいるらしい。彼はオスカーのポケットから頭を出して、じーっと目の前を凝視していた。
「起きたのかリュミエール。こちらはローレンス卿で、あの飴玉を最初に持っていた人だ。今話をきいていたんだが・・・・」
「・・・・・そう・・・なのですか?」
「まだちょっと寝ぼけてるリュミエール?」
「・・・・いえ、すみませんオリヴィエ・・・」
どうも意識がまだはっきりしない彼を見て、ローレンス卿が目の前でおかしそうに笑っていた。オスカー達から話を予め聞いていた為なのか、リュミエールを実際に見た時に全く驚きは見られない。しかし、この時はそのことに何の疑問も感じなかった。
「とてもお疲れの様ですねその方は・・・どうでしょう、今夜はもう遅いですから、ゆっくりとお休みになってからまた明日にでも?」
「そうだね、夜更かしはお肌の天敵だし。」
「・・・・こんな夜分にお邪魔して本当に申し訳ありませんでした。俺達はどこか宿ででも探しますから・・・」
「いやいや、それは気にすることはありませんよ。トーマスが客室を用意していますので、どうぞご自由にお使い下さい。私もそろそろ失礼しますよ。」
「今夜はもう遅いんだから、お言葉に甘えることにして明日にまたいろいろ調べるのが良いんじゃないオスカー?」
「あ、ああ。そうだな、では今夜はそうさせていただきます。」
オスカーの返事に満足したのか、ロレンス卿はにこやかに頷いている。そしてトーマスに何かを指示したあと、彼らに再度挨拶を交わすと部屋を出ていった。
すぐにオスカー達も客室へと案内されて、いささか不愛想なトーマスが一礼をして去ると、途端に大きなため息が彼らから出た。どうもトーマスは一緒にいると緊張するタイプらしい。
「とりあえず手がかりだけでも掴めて良かったよ。」
「だが、あれだけじゃ何もわからないだろう・・・・・・」
「しかし、リュミエールはほとんど寝てたよね。調子悪い様には見えなかったけど?」
部屋に入った後に、オスカーは彼をそっとポケットから出してテーブルの上にあった柔らかな布の上に下ろした。だが直後、また眠りについてしまったので、リュミエールとはほとんど話しが出来なかった。少々不満そうなオスカーに、オリヴィエがわかったような笑みを浮かべている。
「何か副作用なのかもしれないな。とにかく俺達も今日はおとなしく休むほうが良いだろう。」
「寝不足は嫌だからね私は。」
「お肌の天敵なんだろう?」
そうそう、と頷きながらオリヴィエはさっさと先に洗面所を占領した後、ベッドに潜り込んでしまった。
オスカーはリュミエールにもう一度布をかけ直すと、自分も明かりを消してベッドに入る。何の音もしない真っ暗な館は、明日からの騒ぎなどかけらも予感させずに静かに眠りについた。
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