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炎の剣と水色の歌 3







 翌朝、目を覚ましたオスカーとオリヴィエが見たものは、荒れ果てて埃を被った薄暗い室内だった。昨夜見た豪華な家具や調度も、全てが白い埃で覆われている。彼らが目を覚ましたベッドも例外ではない。
「・・・・・これって・・・・・」
「夢を見ているわけではないよな。」
 惚けているというのが正しい状態の二人は、それこそ狐につつまれたような思いでしばらく自分たちのいる室内を見渡す。しかし、ふとオスカーが気になって視線をベッドの横にあわせると、途端に彼の表情が険しくなった。
「オリヴィエ、リュミエールがいない。」
「えっ!?」
 昨夜彼を寝かせた場所には何も置かれていない。何年も積もった埃がそこを覆っているだけだ。
「ちょっと・・・・まさか・・・・」
「そのまさかだろう。」
 慌てて二人は階下に降りるが、どこも客室と同様の有様だ。つい最近まで人間が生活していた跡はどこにもない。そこには足跡ひとつ存在しなかった。
「くそっ」
 オスカーが悔しげな表情で玄関ホールを見渡す。
「こっちも同じだよオスカー。人っ子一人いやしない・・・」
 一階の応接間も埃だらけの蜘蛛の巣だらけだった。オリヴィエは気味悪そうにまわりを見ている。

「最初から仕組まれていたとしか思えないなこれは。」
「リュミエールが目的だっていうのかい?」
「それはわからない。だが、お前がこの惑星であの瓶を買ったのは偶然だろう?要するに、誰かしらリュミエールの様な状態になっていたわけだ。そして当然この館を尋ねてくる。」
「だけど何の為に・・・」
「何にしてもリュミエールを探し出さないと大変なことになる。」
 彼らはジュリアス達には何も言わずにこの惑星に降りている。このままリュミエールが探し出せないとなると、聖地中が大騒ぎになるだろう。
「・・・・リュミエールの気配もサクリアも何も感じられないんだよね・・・・」
 オリヴィエが眉を寄せながらぽつんと呟く。守護聖同士であれば必ず感じるものが、何一つひっかかって来ない。それはあまり良い兆しではなかった。




 随分と長い間、夢と現の間を彷徨っていた様な気がする。リュミエールはあまりはっきりとしない頭のまま、ゆっくりと身を起こした。
「・・・・・・?」
 まだ眠っているのだろうか。彼は軽く頭を降った。
「・・・・・ここは・・・どこでなのでしょうか?」
 リュミエールは、不思議そうな表情で自分のいる場所を見渡す。
 自分が寝ていたのはどうやら柔らかなクッションの上のようだった。羽毛のようにふわふわして気持ちが良い。だがしかし、問題は自分のまわりにはりめぐらされている鉄格子だった。
「牢屋ですかここは。」
 そう呟きながらリュミエールは端まで移動する。そのまま鉄格子から外を覗くようにして辺りを伺った。
「!?」
 一瞬にして彼の表情は驚愕に彩られる。
 そこは記憶の中にある場所ではない。オスカーやオリヴィエの姿もなく、多種多様なアンティークが所狭しと部屋中に並べられていた。わけのわからない仮面や、精巧に作られた動物の置物、陶磁器や人形が無言で彼を見ている。
 そして彼自身がいるのは、白いサイドテーブルにのせられた、鳥かごの中だった。



 リュミエールはしばらく呆然としていたが、しばらくすると軽やかな足音がきこえてきたので、乗り出していた身を引っ込めて息を潜めた。
 その足音は、不気味な程に整然と立ち並ぶ人形や置物たちの向こうから確実に近づいてくる。そして、リュミエールのいる鳥かごの側でピタっと止まった。
「あれ?今度は随分と素敵なお客様じゃないか。」
 子供特有の高い声。
 リュミエールはそっと声の主をみた。
 まだ13、4位だろうかという金髪の男の子が彼をじっと見つめている。綺麗な青い大きな目が、男の子を歳の割には随分と愛らしく見せていた。
「へえ・・・・貴方、今までで一番綺麗だね。これなら皆も喜ぶよ。」
「・・・・皆?」
 おそるおそる聞き返すリュミエールを見て、彼は満面の笑みを浮かべた。
「うん。ホラ、ここにいる皆は全部僕のお客様だよ。貴方はとても綺麗だから・・・そうだね、彼女の隣がいいな。」
 笑顔で彼が指さした先には、美しい金の巻き毛の人形がいた。緑を基調としたシルクのドレスが、バラ色の頬にとても良く似合っている。とても繊細で精巧な作りのその人形は、ともすれば生きているようにも見えた。
「隣・・・ですか・・・・?」
 リュミエールは向こうに立ち並ぶ人形達と同じ様なサイズなので、この男の子も随分と大きく見える。あの綺麗な人形の横に自分を並べてどうするのだろう、と考えながら男の子を見上げた。
「どれくらい経ったのかな?たぶん明日くらいには貴方も並べてあげられるよ。どんな色の服がいいかしら。貴方が着てるものも上等で綺麗だから、そのままでも良いかな?」
 楽しそうにリュミエールを観察する子供に、彼はしばらく何のことかわからずにいた。
 そうしている内に再び眠気がリュミエールを襲う。真っ当な思考など既に存在しない。寝足りないというものではなくて、無理矢理吸い込まれるような眠気だ。うつらうつらとし始めたリュミエールを見て、男の子は優しく言った。
「ゆっくり眠ってよ。これで最後かもしれないけど、安心して。」
「・・・何・・が・・・?・・・・・」
 それには答えず、リュミエールが完全に眠りに落ちるまで、子供は楽しそうに見つめていた。やがて小さな規則正しい寝息がきこえると、彼はそっとその場を離れて近くに置いてあった人形を静かに手に取る。
「・・・・・さて、あの二人のお客人はまだ遊んでるみたいだね。どうしようかなあ?あのまま放って置いても良いんだけど・・・・・。どう思うローレンス?」
 上品な老紳士風の人形は、黙したまま答えを返しはしなかった。




 外から差し込む光が館の中を照らす。
 古ぼけた埃だらけの室内に、オスカーとオリヴィエの二人は疲れた様に座り込んでいた。
「何でだろうねえ・・・・・」
「・・・・・」
 むっつりと堅い表情のままのオスカーの横で、オリヴィエはぼそっと呟く。
 二人はかれこれ2時間程、この館の中で無為な時間を過ごしていた。
「確実に閉じこめられてるんだ。リュミエールどころか、私達も何だかわけわからないことになってるよ・・・・」 
 二人は目が覚めてからずっと、この館から出ていない。とにかく外に出ようと扉を開けようとしてもびくともせず、柔らかな陽の光が差し込む窓を開けようとしても開かなかったからだ。体当たりしても、そこらへんの椅子を窓に投げつけても、二人はこの館から外へ出ることが出来ないでいた。
「こんなことしてる場合じゃないんだが。」
「リュミエールのことは心配だけど、この状態じゃ何も出来ないでしょ」
「しかし・・・」
 無駄に館中を歩き回っても何の出口も探し出せなかった。これ以上は更に無駄な時間を過ごすことになるだろう。
 これといった手だてもなく、苛ついたオスカーの険しい視線だけがしきりに辺りを見渡していた。



 どのくらい眠っていただろうか。
 少しずつその時間が長くなっている気がするが、とりあえずはっきりしない頭でリュミエールは起きあがった。
「やはり・・・夢では無かったのですね。」
 意識が閉ざされる前と同じ、鳥かごと薄暗い部屋と不気味な程に整然と並ぶ人形達。人影は無かったが、彼はそこに子供がいたことを思い出した。
 暗がりの向こうに続く人形たちを眺める。
 途端にオスカーとオリヴィエの事が心配になって、リュミエールはそっと目を伏せた。
「あの二人はどうしているでしょうか・・・・」
「一日中出口を探し回ってくたびれてるよ二人とも。無駄なのにね。」
「!?」
 声に驚いて目を開けたら、先ほどまでは誰もいなかったはずの場所にあの子供が立っていた。リュミエールは大きく目を見開いたまま男の子を凝視する。
 そんなリュミエールを彼は面白そうに見ていたが、ふと何かを思い出したように眉を寄せた。
  「もう随分と時間が経つのにどうして貴方は普通に動けるの?」
「普通?何故ですか?それに貴方は私がこうなった理由をご存じなのですね?」
「・・・・・・・」
「教えて下さい。何故私をこうして閉じこめるのですか?」
「・・・・五月蠅いよ貴方。みんなみたいに僕の言うことをきいてれば良いんだ。」
 苛ついた様子で子供はリュミエールを睨み付けた。そして困った様な表情のリュミエールを見やると、カラカラと鳥かごを開ける。
「僕にさからえる奴なんていないんだから。」
 呟くように言うと、まだ子供の域を出ないその手を無造作にかごのなかへと突っ込む。
 彼の手がリュミエールの額に素早く置かれると、リュミエールは突如まるで人形のように倒れこんだ。
 そして数瞬後。
 手が離れた時には彼は完全に意識を失っていた。
「さあ、全部僕に渡しちゃいなよ。」
 柔らかな布の中に倒れ込んだリュミエールを確認すると、子供は今度はそっとその身体を鳥かごの中から取り出す。そしてゆっくりと彼の頭を撫でながら目を閉じた。
   彼の右手がリュミエールの額に置かれる。
 一見何かが起こっている様子はないが、時間が経つにつれてリュミエールの色素の薄い肌が、不自然なほどに白く変化していった。単に血の気が失せていくというよりもむしろ硬質な陶器の様な白さだ。
 だが。
「・・・・・・・・っ!」
 一瞬、何かが手の平で弾けた様な感覚を覚える。
 しかしそれも束の間、子供は再び何事もなかった様に手元を見つめた。




「今の感じたかオリヴィエ。」
「ああ。一瞬だったけど、アレは水のサクリアだったよ。」
「ということはリュミエールは近くにいるって事だが・・・・・」
 オスカーの瞳が更に冷たい光を帯びる。
 一瞬だけ感じられたサクリア。
 その後、あっと言う間に収縮してしまったその柔らかな水の波動は、リュミエールに何かあったことを示していた。
 何かあったのがわかっているのにどうしようもないもどかしさが二人を苛立たせる。
 この閉じこめられた空間から出る方法を見いだそうとして、随分と長い時間が過ぎた気がした。だが窓から差し込む光は全くその位置と強さを変えない。この館の中だけ時間が止まった様な感覚に陥る。
「あっ!まただ・・・」
 オリヴィエがはっとした表情でオスカーを見た。
 先ほどと同じように一瞬だけ感じられる水のサクリア。
「一体どうしたんだリュミエールは。」
 それからも断続的に水のサクリアの気配が二人に伝わってきた。  まるで何かに押さえ込まれる様に収縮するが、それを弾くようにして再び沸いて出てくる。
「今ならサクリアがどこから来るのかわかるかもしれん。」
 オリヴィエも頷く。
 二人は静かにその気配の出所を探った。一瞬だけだが、仲間のサクリアを感じ取るのは彼らにとって容易いことだ。
 しばらくして、二人ともゆっくりとある方向を向く。
 その視線の先には、一枚の大きな鏡があった。
「・・・・調べた時は何もなかったけど・・・」
「確かにここから感じるよな。」
 オスカーはその鏡の表面に手をあてて呟く。
 曇った鏡にはオスカーとオリヴィエの姿しか映らない。
「リュミエール・・・・無事なのか・・・・?」
 やがて水のサクリアは全く感じられなくなっていた。



 暗がりの中で子供は何か考え込むような表情で座っていた。
 彼は身動きひとつせず手元を見つめている。
 血の気の失せた肌が青白く浮かびあがり、力無く投げ出された四肢は子供の手にも重さをほとんど感じさせなかった。
「この人・・・何か違う。」
 いつもなら既に、哀れな客人の抜け殻を彼なりに気に入った場所に並べているはずだった。
 けれども、今回の客人はどうしてもそれを許してはくれない。
 今まで一度だってそんな事はなかった。誰ひとりとして自分に逆らった者はいないし、逆らえる者がいるはずがないのだから。
「・・・あの二人・・・」
 ふと思いついた様に彼は顔をあげる。
 閉じこめたままの二人。彼らなら知っているだろう。
「誰に行かせようかしら?」
 静かに視線を動かす。今にも動き出しそうな動物の剥製、どこから収集したのかもわからない程のアンティーク、そしてこれ以上ない位に美しく飾られた人形達。
「君にあの二人の相手をお願いしようか、リーアン。」
 その言葉に反応したように、部屋の中の空気が少し変わった。




 長い時間何の変化もなかったその空間で突如動きが見られた時、オスカーとオリヴィエの二人は鏡を前にして随分と悩んでいた。
 この鏡の向こうに何かがあるのはわかったのあだが、あくまでも物理的に鏡の裏に何かあるわけではないので、どうすれば良いのか迷う。壊してみたくても何も起こらなかったらそれまでだし後が無い。
 そんな堂々巡りの最中に二人が聞いたのは、館の扉を激しく叩く音だった。
「声がする。」
「罠かもな。」
「そうかもしれないけど、何もしないよりかはマシってね。」
 二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐさま玄関へと向かって扉を開けた。
 先ほどまで開けられなかった扉が文字通り開いたことにはとりあえず思考の外に追い出す。そしてその向こうには、館から出てきた二人を見て驚いている若者が突っ立っていた。
「あ・・・あの・・・あなた方がこの家の方ですか?」
「アンタは?」
 どちらかというとオリヴィエの方から目を離せないでいるらしい若者に対して、当のオリヴィエがつっけんどんに問う。
「あ、失礼しました。私はリーアンと申します。旅の途中だったのですが、こちらの建物が見えたのでどなたかいらっしゃらないかと思いまして。」
 言われてからようやく二人は辺りを見渡した。
 館の周りは彼らが来たときと同じ様に背の高い木々に囲まれていたが、その向こうに広がるのは街ではなく青々とした草原だった。遠く先には一本の幹の太い大きな木が見える。すぐ横に黄色い屋根の小屋が建ち馬が一頭つながれている。のどかな風景はそれだけで一つの絵になりそうだ。
「ちょっ・・・なにこれ。」
 オリヴィエが呟きながらオスカーを見ると、彼は何か思案するように黙っている。眉根を寄せて何かを思い出しているような表情だ。
「あの・・どうかしましたか?」
 不可解な二人の様子にリーアンと名乗った若者がしびれをきらして話しかけた。
「あ、いや。ここでこうしてても仕方ないから中に入るか?」
「よろしいんですか?といってもそれを期待して扉を叩いたのですが。」
 アハハと笑いながら答える若者はなかなかに感じの良い男だ。オリヴィエは若者を招き入れると、ちらりとオスカーを見やった。
「オスカー、何かわかったのかい?」
「いや。だがオリヴィエ、あの外の風景は俺の故郷にそっくりなんだ。」
「こんな草原の風景なんて珍しくないでしょ。」
「あれは俺が最後に遠乗りに出かけた時の風景だ。今でもこの目に焼き付いている。」
 真剣なオスカーの表情からすると彼の記憶と少しも違わないらしい。そんな彼に、オリヴィエは勘違いだろうとも言えずにいた。


「素敵な館ですね。こんなところにお二人で住んでいるのですか?」
 リーアンは室内の調度を堪能しながらオリヴィエとオスカーに向かって話しかける。だが肝心の二人は呆気にとられた表情のまま館の中の見ていた。
 先ほどまで埃だらけの蜘蛛の巣だらけだったのに、今は最初に彼らが辿り着いた時と同様、掃除の行き届いた室内に良く手入れされた豪華な家具や美術品が整然と並んでいた。
「・・・ここまでくると嘘くさいんじゃないか・・・?」
「ああ・・・」  とりあえずリーアンの前でおかしな行動をとるわけにもいかず、客間に彼を案内する。
 誰の手によるものかは知らないがとても質の良い茶器が、これまた重厚で品の良いテーブルの上に用意されていた。ポットには既にお湯が入っており、カップもしっかり温められ、スコーンやサンドイッチの香りが3人のお腹を刺激する。
「もしやお二人はこれからお茶のお時間だったんですか?すいませんお邪魔してしまって・・・」
 申し訳なさそうに言われても、どう答えて良いのか困る二人だったが、オリヴィエはひきつった笑顔でリーアンに椅子をすすめた。
「それでリーアンさん、旅をしていると言っていたが、どこから来たんだ?」
 随分とオスカーは慇懃無礼な態度だったが、オリヴィエもリーアンが真っ当な人間だとは思っていないので特に注意はしなかった。当のリーアンはいささか恐縮気味で、居心地悪そうに座っている。
「ここよりずっとずっと北の方の山地です。一度あちこちを見て廻りたくて、わがままを言って家を出てきました。」
「そうか。申し訳ないがここに泊めてやるわけにはいかないんだ。代わりと言っては何だが、お茶だけでもゆっくりしていってくれ。」
「いえいえ滅相もない。この辺には建物が全然見あたらなかったのでつい珍しくてお声をかけてしまっただけですからお気遣い無く。それにしてもこのお茶、美味しいですよ。」
 ポットからカップにお茶を注いだだけのオリヴィエが苦笑する。
 しばらくしてリーアンはひととおりスーコンとサンドイッチをたいらげると、そろそろ失礼しますと言って席を立った。
 オスカーとオリヴィエが密かに頷きあう。
「また来ることがあったら声をかけますね。ごきげんよう。」
「ああ、あんたも元気でな。」
 にこやかに手を振りながらリーアンは軽やかな足取りで木々の間を抜けて、草原へと小さくなって行った。
「さて。行くかな?」
「これを逃したら大変だよ。」
 リーアンが視界から消えるか消えないかというあたりで、二人は彼が歩いていった方向に走り出した。



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