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マドンナに花束を 4







 今日も放課後に、リュミエールはカティスと共に温室にいた。
 リュミエールに対する嫌がらせがその後全くしずむ気配を見せない為、生傷の耐えない彼はオスカーに事実を隠すのに必死だった。
「リュミエール、そこまで我慢する必要はないだろう。女性というものはなかなかに手強いぞ。」
 リュミエールの手の傷を発見して以来、カティスは毎日のようにリュミエールの様子を伺っている節がある。リュミエール自身も彼に申し訳なく思っているのだが、どうしても女子生徒達に対して文句を言ったり、オスカーに文句を言ったりする気が起きない。
「確かに・・・この様に他人を傷つけるのは良いことではありませんが、だからと言って私が彼女達を傷つけて良い理由にはなりませんカティス様。」
「・・・・妙なところで頑固だな本当に・・・」
 小さい頃から優しかったリュミエールは、信じられない位に純粋に育ってしまった。
 カティスは頭を抱えたい気分だったが、リュミエール自身の性格を変える事は不可能であるし、兄達に報告すれば彼の哀しそうな表情に困る事がわかっているのでどうしようもない。
「なあ・・・あいつのどこがそんなに気に入ったんだ?面白い奴だとは思うが、お前がそこまで入れ込むのはちょっと不思議だな。」
 まるで正反対の二人だ。繊細でおとなしくて優しいリュミエールと、元気でたくましくて色男なオスカーが、どうしたら仲良くなるのかカティスにはよくわからなかった。
「色男だなんて・・・女性の皆様が是非ともお近づきになりたいとがんばっておられるだけで、先輩ご自身が遊んでいらっしゃるわけではありません。誤解なさらないで下さいカティス様。」
 どうやら独り言のつもりが思い切り聞こえていたらしい。カティスは、きっぱりとしたリュミエールの言葉にため息がでる。
「だがなあ・・・結構調子の良い言葉で彼女たちを喜ばせてるぞ?そういうところが色男だって言うんだ。」
「傷つけるような言葉を返すよりずっとましです。」
 ダメだこれは。
 こいつの兄が気づいて説教でもしてくれれば助かるんだが、などと消極的に考えてしまうカティスだった。どうも兄のクラヴィスは物事に無関心すぎて、あのジュリアスの性格のかけらだけでも貰ったら良いんじゃないかと常々思っていたところだ。
 クラヴィスに言いつけるか、オスカーに直談判に行くか、おとなしく見ているか、とことん選択に困るカティスであった。




 ここの学生たちは一体どこで勉強しているのだろうかなどと考えてしまうくらいに、図書館のスタディーエリアは人がいない。
 オスカーが初めてここに来た時は学期始めなのだから当たり前だと思ったが、ずっとこの状況なのは納得できない。この学園の教育レベルは決して舐めてかかれる範囲ではなく、中学では秀才でならしていたオスカーですら毎日の勉強が欠かせないのだから。
 オスカーは、はっきりいってプライドも向上心も非常に高かった。
「先輩は高等部の入学試験では一番だったと伺っております。それなのにこうやって日々の努力を欠かさないのですから、わたくしも見習わなければいけませんね。」
 にっこりと笑って言うリュミエールのおかげで、毎日の図書館通いが楽しくてしょうがない。リュミエールには委員としての仕事があるので、それが終わるまではオスカーはしっかりと勉強に時間を費やしている。一石二鳥だね、とオリヴィエが言っていたのを思い出す。
「お前だって成績は良いんだろうリュミエール。オリヴィエが散々褒めちぎってたぞ。」
 どう見てもリュミエールという人物は、何かに手を抜いたりサボったりという行動と遠い。もともと能力がある上に地道に努力を重ねる性格なのだから、成績が悪いわけがなかった。
「ふふ。オリヴィエは昔から優秀な方です。外見からは判断できないので、よく驚かれるのですよ。」
「そうだろうな。だが良い友人だ。」
「私もそう思います。とても親切な方ですし、私はオリヴィエが大好きです。」
 大好き。
 その言葉が少しひっかかったオスカーだった。
「・・・・その・・・リュミエール・・・」
「はい?」
 今までの明るい声とは違って急に真面目に話しかけてくるオスカーに、リュミエールも真剣な表情で彼を見つめる。
「・・・幼なじみにや兄弟には勝てないと思うが、出来る事なら俺もオリヴィエみたいにお前に好かれたいな。変か?」
「えっ・・・」
 目を大きく開いてオスカーを見つめるリュミエールに、少し妙な事を言ったかなと心配になる。友達というのは頼んでなるものではないし、ましてや女性相手ではないのだから。 だが、次の瞬間、リュミエールはとても嬉しそうな笑顔をオスカーに向けてくれた。
「あの、そうおっしゃっていただけるととても嬉しいです先輩。私は先輩と親しくなれたら嬉しいと常々思っていたのです。いつも一緒にいるオリヴィエが羨ましくて・・・」
「本当に?」
「本当です。何故か理由はわかりませんが、先輩とお話するのはどなたとお話するよりもずっと楽しくて、どうして同級生ではないのかと、少々残念に思っておりました。」
「一年の差なんて、同じ学園で過ごせるんだから幸運だったと思うべきだな。自分と合う人と時間を共有するのが一番大事なことだ。」
「そうですね。オリヴィエと先輩も昔からの友人のように親しくなりましたし、私もそのようになれたら嬉しいです。」
 心の底から嬉しそうに言うリュミエールに、オスカーは内心ほっとしていた。こんなに喜んでくれるとは思わなかったからだ。
 まるで女性に対するナンパの様に強引にリュミエールをひっぱってしまった節があるせいか、時々思い出したように心配になる事があった。学年も違うし相手は男だ。オスカーは彼に一目惚れしたが彼の方はどう思っているのかずっと知りたかった。
「お兄様とよく先輩のお話をするのです。あのオリヴィエと親しくなった方だと言うので、お兄様も興味がある様でしたよ。」
「え?」
 お兄様、ときいて少し冷や汗が出る。
 この学園に入ってからというもの、ジュリアスとクラヴィスのことは耳にたこが出来る程きいた。クラヴィスはなかなかに怖い人だという人物像がオスカーの中でできあがっている。オリヴィエが適当に情報を上乗せしてくれるものだから尚更だった。
「クラヴィス先輩には直接お会いしたことは無いんだが、ジュリアス先輩と親しいそうだな。」
「お兄様はあまり他人と接したりしないのですが、ジュリアス様やカティス様とは不思議と仲が良いのです。オリヴィエは気にせずからかいに来ますけれどね。でもお兄様はとてもお優しい方なのですよ。」
「お前の兄なのだから、そうなんだろうな。」
「はい。」
 兄を心から慕う弟の姿に、オスカーは少し嫉妬してしまう。
だが、兄という存在が実は果てしなく高いハードルだったりする事を、これから彼は身を以て知ることになるのだった。



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