マドンナに花束を 6
中等部の校舎は、高等部と同様に試験後の解放感のおかげでとても賑やかだった。たぶん明日くらいには試験結果がはりだされるのだろうから、今日までの天国と言うべきか。
オスカーは中等部校舎の廊下をスタスタと歩いていた。
この学園に入学してからまだ日も浅いというのに、オスカーはすっかり学園内の有名人と化している。入学式当日から中等部の女子が大騒ぎをし、上級生の覚えも良い。
しかし、中学生の時であれば別だっただろうが、今のオスカーにはどうでも良いことだった。途中話しかけようとする女生徒を軽くかわしながら、リュミエールのクラスをまっすぐ目指す。
「・・・・ここか。」
中等部3年A組。この時間は掃除当番も掃除を終えて、教室には生徒が放課後を楽しんでいる時間だ。案の定、教室に残っているのはおしゃべりを楽しんでいる生徒くらいだった。
「あ!オスカー先輩!!」
「え?嘘っ!どうしたんですか先輩!」
教室の入り口に顔を出したオスカーを瞬く間に発見した女子達が、わらわらと彼を取り囲んだ。あまりの素早さに少し驚いたが、オスカーも中学時代を思い出したのか悪い気はしなかった。
「ああ、お嬢ちゃん達すまないが、リュミエールはもう帰ってしまったかな?ちょっと用があったんだが・・・・」
嬉しそうに群がっていた女子達の目が、リュミエールの名をきいて少し険しくなる。
「リュミエールさんなら委員の仕事があるのでこの時間はいつもいませんよ先輩。」
「・・・そうか。それじゃあ図書館に行った方が早いな。」
少し考えるようなオスカーに、女の子達は口々に彼を引き留めようとする。
「先輩!せっかくいらしたんですから、もう少しゆっくりして行って下さい!」
「私達いつも先輩とお話したいって思ってたんです!」
年下の女の子達に囲まれるのは決して気分の悪いものではない。オスカーも自然と笑みをもらした。この笑顔がそこらへんのお嬢ちゃん達にはクラクラくるらしいのだが、オスカー自身もその威力はいやというほどわかっているので、使える時には使う事にしている。
「そうだな・・・・中等部の教室なんて滅多に来れるもんじゃないしな。」
オスカーの返事に、彼女達は大騒ぎして彼を教室に引っ張り込む。
とりあえず、リュミエールのクラスメートの女子と接触するというオスカーの第一目的は果たされたのだった。
「結構素早いじゃないか。」
オリヴィエの第一声がそれだった。
「何の話だオリヴィエ。」
「別に。」
「?」
リュミエールが首をかしげてオリヴィエを見ている。
オスカーは、今日は久しぶりにリュミエールとオリヴィエと3人で夕食を食べていた。オリヴィエはなんだかんだと用事があるとかで、滅多に放課後一緒になることがない。今日みたいに放課後すぐに捕まる事もあるが、たまに暇かと思えばリュミエールとのことでいろいろとちょっかいを出してくる。有り難い話ではあるが、時々オスカーがヒヤリとする事を言うので困り者だ。
「人気があるってのも大変だよねえ。」
にやっと笑いながらオリヴィエが上目づかいでオスカーを見る。
「ああ、皆様が声をかけていらっしゃいましたねそういえば。オスカー先輩はとても人気がおありになります。」
「いや、別に・・・」
リュミエールがにっこりと笑っている。あんまり素直に褒められて、オスカーはついどもってしまった。
カフェテリアに来てすぐ、中等部の女子達がオスカーに群がってきて楽しそうに話をしていったのだ。いつもなら遠巻きにしているだけで、直接声をかけてきたりはしなかったのだが、今日オスカーと話しをした子たちはどうやらオスカーが思ったより話しやすいのがわかったらしい。横にいたリュミエールを完全に無視した上で、キャーキャーと大騒ぎしてオスカーを困らせた。
「彼女達に表面だけ褒められてもなあ、どうせならこうやって親しくなった友達に褒められたほうが嬉しいと思わないか?」
オリヴィエが横で呆れているのは無視して、オスカーはリュミエールににっこりと笑いかける。
「そうですね。でも、オスカー先輩は本当に素敵な方だと思いますよ。女性の皆様が夢中になるのも当たり前だと思います。あ、オリヴィエも素敵ですよ。」
「ありがと。リュミエールがそう言ってくれると嬉しいよね。」
「ふふ。」
こんな時、オスカーはふと二人の関係がうらやましくなる。
ポイントは常に、オリヴィエは呼び捨てで自分は先輩だということだ。
どうしようもないこだわりだとは思うが、早く呼び捨てして貰えるような仲になりたかった。その辺で既に尋常じゃない思考にはしっているのだが、オスカーにとってはどうでもよかった。
「オスカー先輩!ちょっと良いですか?あ、オリヴィエ先輩もこんばんわ。」
「ああ、お嬢ちゃんか。」
ひらひらと手を振るオリヴィエと、これまた無視されたリュミエールの目の前で、女の子が果敢にもオスカーに声をかけてきた。3人で歓談中に割り込んでくる強者は彼女が初めてだ。
「今日の放課後はとても楽しかったです先輩。あの、それで、みんなと話してたんですけど、もしよろしかったらお昼ご飯に私達と一緒にしませんか?いつも私達、温室の横のベンチでいただいているんです。」
流石のオスカーも、お昼はリュミエールと一緒ではなく教室でオリヴィエと一緒にパンなどをかじっている。とりあえず夕食を邪魔されるのでなければ異存は無かった。
「ああ、昼に温室の横のベンチだな。用事が無ければだが、是非お嬢ちゃん達に混ぜて貰うよ。」
「わあ!有り難うございます先輩。みんなも喜びます!それじゃあ、絶対に来て下さいね。」
彼女は嬉しそうにまくしたてた後、ペコリとお辞儀をしてさっていった。直後にカフェテリアの向こうから歓声があがったのは、おそらく彼女が皆に報告をしたからだろう。
「あの方は私と同じクラスの方です。とても嬉しそうでしたね。」
にこにこと笑顔で言うリュミエールに、オスカーは内心でほっとする。自分が彼女たちとお昼を一緒に食べることぐらいで、彼への嫌がらせが止まるのなら、何回でも食べてやる。
実のところオスカーは、自分が口説くのは好きだが、大勢のお嬢ちゃん達にわらわらと囲まれて長時間一緒にそこにいるのは少し苦痛だったりするのだ。けれど、それはそれ、自業自得というものだった。
「なんならオリヴィエ、お前も仲間に入るか?」
「冗談だろう?遠慮しとくよ。私の貴重な昼休みをそんな事で潰したくないからね。」
「オリヴィエ、そんなことだなんて・・・皆様とお昼をご一緒するのはとても楽しい事ではありませんか。」
「そう思うんならさ、あんたもちゃんと教室で食べるようにしなよ。クラヴィスだっていつまでもこの学園にいるわけじゃないんだからね。」
常に心で思っていた事が出てきたのか、オリヴィエは少々厳しく言う。リュミエールもそれはちゃんと自覚しているのか、少し困ったような顔をしただけだった。
「本当に言ったのか!?」
「・・・・・・・・・」
うっとおしそうなクラヴィスに、カティスが驚いたように叫んだ。
カティスはクラヴィスに言おうか言うまいかずっと悩んでいたのに、クラヴィスのほうはちゃんと弟の動向はチェック済みだったらしい。
それにしたってこのクラヴィスが行動にうつすというのは晴天の霹靂としか言いようがなかった。カティスはまだ目を丸くしたままだ。
「あまり甘えさせすぎなのも良くないなクラヴィス。オスカーならば安心ではないか。」
のんびりとジュリアスが横で口を挟む。
この3人がクラヴィスの部屋で談笑しているというのはなかなか不気味な光景だったりするが、今日は珍しくアルコールが入っている。
最近は放課後にリュミエールが来る事が減ったので、なんとなくカティスなどはクラヴィスにちょっかいを出しにくるようになった。一見暗そうでやる気のなさそうなクラヴィスだが、まるで正反対のカティスとジュリアスだけは不思議と気があった。つき合いだけは長いので、とりあえず機会があればきがねなく訪ねる事は出来る。
「・・・・あれが随分と好いている様なのでな・・・」
「弟をとられたみたいで寂しいか?」
「・・・・・・」
クラヴィスはその問いには,無関心そうな顔のまま答えなかった。