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除夜に寄せて







「すごい人だな...」
「でも,たまには人込みを眺めるのも良いですねオスカー」

オスカーとリュミエールは,本星からずっと遠く離れた壁地の惑星のとある小さな島国に来ていた。
おりしも今日はこの年最後の日。
なんでも,この場所では所謂大晦日と言われる年間行事的な日だったらしく,あたりはものすごい人で溢れかえっている。
ちらちらと二人を見る人は多いが,とりあえず誰もが凄まじい勢いで闊歩している。
オスカーの視察にくっついて来ただけのリュミエールは,実は守護聖に就任して以来初めて聖地を離れた為に,いつになくはしゃいでいた。
「オスカー,あれは何でしょう?」
リュミエールはオスカーの返事も聞かずに,ふらふらと離れていってしまう。 オスカーは慌てて後を追うが,異様な人ごみの中ではたやすい事ではなかった。
人ごみに慣れていない上に,普段から人並外れておっとりしている水の守護聖を,これ程の人間の中に放り込むのはオスカーでなくとも避けるだろう。
「おいっ!リュミエール!」
視界から完全に消えた彼に,オスカーは自然と焦る。
人波を掻き分け,彼の人を探すが影も形も見えない。こんなところで転んだりしたら,押しつぶされてしまうだろう。 嫌な想像をして冷や汗が出る。
しばらく探すが,この混雑ではオスカーも気が滅入りそうだ。
「ねえ,お兄さんお兄さん!」
「!?」
唐突に話し掛けられたオスカーは咄嗟に返事を返せなかった。
なにしろ,服装はここに合わせているとはいえ,雰囲気も見かけも全く異なるこの二人は恐ろしく目立つ為に, 誰も話し掛けようなどという根性のあるものはいなかったのだ。
声をかけてきたのは,オスカー達と然程年の変わらなそうな女性だった。 勝ち気そうな美人である。フェミニストのオスカーは,気が急いているにも係らず,とりあえず彼女の方を向いた。
「...俺に何か用か?」
「ええ。貴方の連れの人,あっちにいるの。ダメじゃないのよ,人ごみの中に一人でほっぽってたら!」
「えっ?おいっ」
彼女は言いたい事だけ言うと,さっさとオスカーの腕をひっぱっていく。 オスカーはとりあえずリュミエールが心配だったのでそのまま引っ張られて行った。
人の波を越えたところで,彼女はオスカーの腕を離した。店先に出してある長椅子の様なものに,リュミエールは座り込んでいた。
「連れて来たわよ。大丈夫?」
少々顔色の悪いリュミエールに,彼女は優しく尋ねた。オスカーは,とりあえずリュミエールが無事だったのにほっとしたが, 自分に対する態度と随分違うのに思い当たる。
「一人で離れるなと言っただろうリュミエール?」
「はい,すみませんオスカー。皆様を見ていると何だか楽しい気持ちになってしまって.....。ご迷惑をおかけしましたねマリさん。」
「いいのよ,そんな事。」
マリと呼ばれた彼女は,馬鹿丁寧なリュミエールの物言いに少し慌てたように首を振る。どうやら彼女は世話焼きタイプらしい。
「まったく,女性に助けられるなど,男としては悲しい事だぞ」
オスカーの言葉に,彼女はピタっと動きがとまる。
「....アナタ,男性?」
その言葉にオスカーが笑い出した。リュミエールは小さな声で,すいませんなどと的外れな返事を返している。
「やっぱりな。彼女をほったらかしていた彼氏みたいな扱いだったからな。マリさん?」
「ご,御免なさい失礼な事言っちゃって。だって,すごく綺麗なんですものアナタ....」
まじまじとリュミエールを眺めながら,彼女は苦笑いをする。
「ねえ,アナタ達,旅行か何かで来ているの?」
「ええ,その様なものですが」
「あの,無理は言わないけど,もし時間があるならちょっとモデルになってくれないかしら?私,イラストを書く仕事してるの。 二人ならとっても絵になるわ」
あっという間にショックから立ち直ったらしい彼女は,奇麗な材料を見つけて喜んでいる。
一応仕事中ではあるが,なんとなく嫌とは言えない二人は,結局彼女についていくことにした。


彼女の家はすぐ近くにあった。写真もやるらしい彼女の家は,アトリエというよりスタジオだ。アシスタントらしき若い女性が出迎えてくれた。
様々な道具をリュミエールが面白そうに眺めている。彼自身も絵を書くのが好きなので,共通するものがある様だった。
「ホントはそのまま絵のモデルをお願いしたいけど,旅行の邪魔しちゃ悪いから写真をいくつか撮らせてね。あとでイラストにしたら送るわよ?」
それは無理だろう,とは言わずに二人は素直に礼を言う。
その後,彼女の申し出通り,オスカーとリュミエールは着せ替え人形になった気分でフラッシュをあびたのだった。
「やっぱ,リュミエールはその白いズルズルが似合うわ!天使のモチーフにぴったり〜 」
「....そうですか?」
そのズルズルを普段から聖地で着ているのだから,違和感がないのも当たり前だ。
リュミエール自身は,この惑星に合わせて着ていた服よりもよっぽど着心地が良いらしい。
「なんか,申し訳なかったわね。こんな時間になっちゃったわ」
邪魔しちゃ悪いから,と言いつつも,外は既に真っ暗だった。何時間着せ替えをしていたのかわからないが, オスカーもリュミエールも流石に疲れている。けれども,いろいろな衣装を着るのは結構楽しかった。
「あ,そうだ!あと一つ着てもらいたい物があるのよ〜 !」
この数時間でわかったが,彼女は非常に快活でテンポの早い人だった。 リュミエールは完全に負けているし,オスカーには,決してタイプではないが好ましい人物に見える。
見知らぬ人間をこんなに簡単に家に入れていいものか,と二人は思ったが,彼女いわく”そんな人達には見えないわよ”だった。 いつも写真を通して人を見ていたなら,人間観察には長けているだろう。
「マリさん...これは何ですか....?」
彼女がスタジオの奥から出してきたのは,水色と紫で染められた花柄の美しい布だった。
「うふふ。コレはこの国の女性用の伝統衣装なのよ。見た事ないかしら?」
「見た事はありませんが,とても美しい色合いですね。そう思いませんかオスカー?」
「ああ,お前の目と髪にぴったりだ。」
オスカーも素直に感嘆している。
「でしょでしょ?これね,振り袖って言って,おめでたい行事とかによく着るの。明日は正月だから沢山見れるわよ。」
そう言って彼女は振り袖を着物掛けに吊るした。
全体的に淡い紫を基調として水色が施されている。総絞りをベースにし,辻が花で淡く描かれた花に金銀のすり箔が美しく映えている。
落ち着いた煌びやかさは,おそらくオリヴィエあたりが見たら感嘆するに違いない。
「これはとっても伝統ある着物なのよ。お値段も張るけどねえ,私の一番好きな着物なの」
にこにこしながら彼女はリュミエールを連れて奥へ引っ込んだ。オスカーには別の衣装があるとの事なので,彼もアシスタントに別室へ連れていかれた。 どうやらリュミエールの衣装は着るのに時間がかかるらしい。オスカーはアシスタントの女性を相手にお茶をして待っていた。
それから20分くらい待っただろうか。ようやくリュミエールとマリが部屋から出てきた。
「見てよ〜 !綺麗でしょ?ついイロイロしちゃった」
彼女のイロイロとは,どうやらリュミエールには有り難くないものだったらしい。彼は不本意そうに苦笑しながら出てきた。
彼の髪は後ろで纏められ,青銀のかんざしが差してある。 前の短い髪を片方,ほんの少しだけ垂らしているその姿は非常に愛らしかった。
薄くひかれた紅が更に華を添えてむしろ色っぽいのかもしれない。
「驚いたな....」
素直な感想を洩らすオスカーは,これも伝統衣装らしい男物の袴だ。 アシスタントの彼女曰く,シンプルなのにオスカーが着ると迫力がある,だそうだ。
「帯も綺麗でしょ?」
同色系の花柄の帯は,羽根を開いたような弥生結び。リュミエールが少し幼く見える。
「....とても息がしにくい衣装なのですね...」
「うん。それがねえ,唯一面倒なのよコレ。歩きにくいし,食べる時に困るし。でも綺麗だから赦せるのよ。」
嬉しそうに笑う彼女に,二人はなんとなくほんわかとした気分になってしまう。屈託のない笑顔というものは,誰が見ても気持ちの良いものだ。
彼女は二人を並べて,写真を撮る。これを何のモチーフにするのかは疑問だが,とりあえずこれで終了だ。
「お似合いよお二人とも!こんなピッタリなカップルってそういないわよ!」
冗談なのか本気なのかわからないが,彼女は明るく言った。
こういう状況でなければ,素直に喜ぶリュミエールだが,流石に女装している身では顔をひきつらせるしかない。
オスカーはそんな彼を見て,思わず笑ってしまう。意表を突く可愛らしい姿が見れて,今日の数時間も無駄では無かったなと思うオスカーだった。


泊まって行けという彼女の言葉に甘える事にした二人は,とりあえず再び外へ出ることを決めた。
一応視察に来たのだから視察をしなければ仕事にならない。
「ホントに私が行かなくて大丈夫?夜なんだから気を付けてね?」
一体何に気を付けるのか,二人ではなくオスカーに向かって念を押すマリに,思わず笑ってしまう。
「大晦日はね,除夜の鐘っていうのが鳴るのよ。煩悩を祓うの。 この辺でも,近所のお寺さんが鳴らしてくれるから,高台の静かなとこに行ってきくと良いわ。 カップルばっかだろうけど,カップルなんだから別に良いわよね〜 」
「マリさん....」
人間観察に向いているらしい彼女には,二人の雰囲気でわかるのだろう。
オスカーは照れもせず肯いているが,リュミエールはまだ不本意そうだ。
ともかくも,二人は寒い外へと出て,歩き出した。


昼間は人で埋め尽くされていたのに,夜ともなると静かなものだ。
「いい方ですねマリさん。遊ばれてしまいましたが,どことなくオリヴィエに似ていると思いませんか?」
「確かにな。どうりで警戒しなかったわけだ。」
「そうですね。」
今回リュミエールが付いてきたのには深い理由はない。
ジュリアスに,何かの時の為に聖地を出るのも良いだろうと言われただけだ。 危険の無い仕事についていくが良い,と提案されて,素直にオスカーについてきた。
オスカーは嬉しい反面,仕事中だという気持ちに邪魔されて少しつまらなかった。だが,今日はとても楽しい日だった。
「さっきのお前の姿,とんでもなく綺麗だったな。昼間店で見た人形みたいだった。」
「ああ,あれは可愛らしかったですね....でも,わたくしは女性では無いのですから,少し複雑ですオスカー」
暗い中では表情が見えないが,おそらく困ったような表情をしているのだろう。 オスカーはそんなリュミエールを自分の方へと抱き寄せて,彼の歩調でゆっくり歩いた。
一通り廻った後,マリに言われた高台に登ってみる。
公園というものでもない様だが,緑が溢れる広い敷地にベンチが点在している。昼間は憩いの場となるのだろうが,夜は恋人達の時間だ。
「皆,一緒に年を越えて新しい一年を願うのでしょうね。」
高台からは街が広く見下ろせた。二人は人気の無い一角を見つけて,地面に座り込んだ。
「先程マリさんがおっしゃってました。人の煩悩は108もあるので,鐘も同じ数だけつくそうですよ。」
「お前はそんなに煩悩はなさそうだがな。」
「オスカーには少々足りないのでは無いですか?」
楽しそうにリュミエールが言う。オスカーの数々の所業は彼も知るところである。
「....祓って貰っては困る煩悩もあるけどな....」
リュミエールの顔から笑顔が消え,真剣な眼差しでオスカーを見据える。
オスカーはそっと彼を抱き寄せて,軽いキスを贈った。


どこかで鐘が鳴り出す。
わずかな余韻を残しながら,消えては寄せる波の様に響く幾つもの音を,二人は無言で聴いていた。


「....ずっと続けばいいのに......」
「....俺はお前を離す気はないがな」
自然に二人はお互いを固く抱きしめていた。意識の奥底に閉じ込めた未来への恐れと不安も,今ここで二人一緒にいれば恐くはなかった。


いつのまにか鐘は鳴り止んでいる。
新しい年が始まった。


「絶対目立つわよお。ふふ」
「マリさん,いくら何でもそれは....」
「良いじゃないか,似合ってるんだ。」
「オスカー.....」
翌日の朝,初詣に行こうとマリが二人を誘った。もちろん,あの振り袖をリュミエールに着せて歩きたいからだ。
唯ひとり反対するリュミエールが落ちるまでにはそう時間はかからないだろう。



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