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優しさの響き








今日はリュミエールは来ないらしい。
彼はいつもならハープを手にクラヴィスの元を訪ねるのだが,別に約束をしているわけではないので, クラヴィスは時々こうやって独り静かな週末を過ごす事もあった。
クラヴィスはふと手元の水晶か眼を離して,光の差し込む窓の外を見る。
飛空都市にも冬が来ている。安定した聖地にくらべると,ほどほどに人間の生活らしい。
お子様グループはおそらく寒さなど関係なく駆けずりまわっているに違いない。
幸せな日常。
「ふっ.....私には遠いものだ....」
静かな呟きは,まるで雪が一瞬にして解けるかのように掻き消えた。



気温が低い為に薄く氷の張った湖は,日の光の元キラキラしていた。
「寒くはないか?」
「寒いですよ勿論。」
ふふふ,と微笑みながらリュミエールは楽しそうだ。
オスカーはそんなリュミエールを見て挑戦的な眼をする。
「俺に暖めさせてはくれないのか?」
「貴方はまたその様な....この綺麗な景色を楽しもうとはお思いになりませんか?」
「つれないなお前は。」
少しも困った様ではないリュミエールと楽しそうなオスカーの二人が,寒空の下で戯れる。
  「綺麗ですねオスカー。空気が冷えると何もかもが美しく見えるのでしょうか....」
お前は寒かろうが暖かろうが変わらず美しいじゃないか,とは照れくさくて言えないオスカーだったが, 変わりに自分よりも細く白いリュミエールの手をそっと包み込む。それはすっかり冷え切って,常より一層白さが増していた。
「貴方の手はいつでも暖かいのですね。」
リュミエールはオスカーの手をそのまま自分の頬に触れさせる。
温かさが直に伝わってくる。
「あ,そろそろクラヴィス様のところへお邪魔しなければ....」
ふと気が付いた様にリュミエールは呟いた。
「別に約束しているわけではないだろう?今日くらいいいじゃないか。」
オスカーがささやくと,リュミエールは困った様に彼を見つめた。
「約束をしているわけではありませんが,クラヴィス様にハープをお聞かせするのが私の楽しみでもあるのですよオスカー....」
「俺では真に音楽を理解するには至らないからな...」
「そう言うわけではありませんオスカー。貴方は私といるとき,ハープだけを聴きたいとお思いになるのですか?」
一瞬真面目に考えてしまったが,オスカーはすぐに機嫌を直してリュミエールに笑いかけた。
「それは御免被りたいな。たまには聴いてみたいものだが,それだけというのは物足りない....」
リュミエールはいつもの様に綺麗な微笑みを向けていた。
あまりに穏やかで優しい彼を前にすると,直情バカとオリヴィエあたりに言われているオスカーですら,なにやら落ち着いてしまう。
そのあたりがリュミエールの偉大さという事か。
「...だが...やはり妬けるな。こんな寒い日には,ずっと側にいて暖めあいたいと思うんだが....」
探るようなオスカーの表情に,リュミエールは小首を傾げる。
「困った方ですね。」
リュミエールがこの様に言う時は,オスカーの勝ちだ。ため息をつきながらも彼の表情は明るい。
「クラヴィス様にはまた後日お伺いいたしましょう。けれど,少し寒いですね。これから私の館でお茶などいたしませんか?」
「お茶だけか?」
「....だから困った方だと言うのですオスカー....」
さりげなくリュミエールの手をとったオスカーを咎めたりはせず,仲良く二人で歩いて行く。
オスカーの大きな手から流れてくる温かさは,リュミエールのとても好きなものだ。
クラヴィスの元で感じる安らぎとも違う,それよりもリュミエールを安心させるもの。
「....幸せを感じられる事が幸せなのでしょうねきっと....」
オスカーの握る手に,少しだけ力が入った気がした。


「...ん..?」
クラヴィスはふと顔を上げた。
静かに,何かが流れ込んでくる気配。
「....不思議なものだな...そなたの気持ちは他人をも...」
クラヴィスの瞳が,どこか虚空を見つめる。
「闇の守護聖にまでも安らぎをもたらすか.....」
彼の部屋は常と同じに暗く閉ざされている。
クラヴィスは静かに瞑目した。 



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