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ローズマリーの雫 1







「だからさあ、機嫌が悪くなるの当たり前だっていうの。」
「そんなこと俺だってわかってるさ。」
「言っとくけど、私だってこんなの御免なんだ。わかってるアンタ?」
「・・・・・ああ、出来るだけ急ぐから少し我慢しろ。」
「あんた達って,仲が良いのか悪いのかわかんないよねまったく・・・・」

 まだぶつぶつ言っているオリヴィエを放って、オスカーは青い空の下にそびえたつ大きな洋館に目をやった。たくさんある窓の中の一つ、きっちり閉められた白いカーテンの向こうに彼がいるだろう。

「それじゃあなオリヴィエ。俺はそろそろ戻らないと。」
「そっちもがんばってよね。早くだよっ早くっ!」
「ああ・・・ 」

 全然聴いていない様子で、手をひらひらさせながらオスカーは館とは別の方向へ歩いていった。



 今日何度目かのリュミエールのため息が、豪華な室内に大きく響いた。

「・・・・オリヴィエとオスカーはどうなさっているでしょうか・・・・」

 目の前に揃えられた茶器のお茶は、全く手をつけられずに彼の前に美しく並んでいる。朝からずっと椅子に座ったまま、リュミエールはする事もなく浮かない顔で一人ため息をついていた。ふいに、壁際置かれている年代物の重厚な振り子時計が、正午を知らせる為に重々しく鳴り出す。
 彼とオスカー、そしてオリヴィエの三人が聖地からこの惑星に降りたのは数日前だ。近代的でもなくそれ程未発達でもないこの惑星は、それぞれの土地を領主が治め、比較的のんびりとした生活の中でそこそこ平和が保たれている。リュミエール達が滞在しているのはこの惑星の中でも一番温暖な地域で、ここの領主はそれなりに人々から親しまれている良い人物だった。
 主星から少し遠いが、緑の多い美しい惑星だ。三人で一緒というところが問題だが、リュミエール個人にとっては決して嫌いなところではなく、むしろ心の休まる穏やAr>
「すまない、君を困らせる為ではないのだから、そんな顔をしないでくれ。せっかくの美貌が台無しだよ。」
「・・・・・恐れ入ります。」

 そのまま男がせかすように彼の背を押すのに従って、素直に階下へ向かう。今日もリュミエールの好みに反する豪華な食事が並んでいるのだろう。全部食べていたら豚になりそうだと内心汗をかくリュミエールだったが。
 口から先に生まれてきた様なこの男に、リュミエールは実際ひどく疲れていた。まだ数日しか経っていないにもかかわらず、部屋から出るのも億劫になってしまっている。仕事とはいえ、誰かにやつあたりでもしないとやっていけない気がする。

「仕事です仕事・・・・」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も。美味しそうな葡萄ですね。」
「今年は葡萄の出来が良くてね、これなら良いワインが出来るよ。後でこの葡萄を部屋に持っていかせよう。ゆっくり味わってくれ。」
「お気遣い有り難うございます領主様。」

 端で聞いていても疲れそうな会話をしながらも、どうにか微笑みを絶やさないことに成功したリュミエールが野菜とスープに手をつける。
 この辺りは葡萄をはじめとして果物が収穫される。リュミエールもここのワインは美味しいと思った。オスカーも味わっただろうか。
 思い出した様に、ため息が出た。



「リュミエール!元気だった?」
「オリヴィエ!」

 心底嬉しそうにリュミエールの顔が微笑みでいっぱいになる。それを見たオリヴィエは内心ごめんなさいをしながらリュミエールの側の椅子に腰掛けた。

「邪魔者は退散するかな。ゆっくりお茶でもしていてくれ。」
「これからお仕事ですか領主サマ?」
「ああ、これでも一応領主なのでね。そうだオリヴィエ、今夜はリュミエールと共に楽の音をきかせてくれるかな?」

 ウィンクしながら言う彼にゲロゲロと砂はきながらも、オリヴィエは笑って頷く。
 そして、早く出ていけという表情の二人には気がつかず、領主は満足そうに出ていった。

「・・・・・・・・・ようやく行ったかあのボケナス領主。」
「オリヴィエ・・・・・それは少し失礼では・・・・・」
「顔が笑ってるよリュミエール・・・・・」
「気のせいですよオリヴィエ。」

 ようやくくつろいだ二人は、高価な茶器で入れた高価なお茶を片手に高価なソファに沈み込んだ。

「さっきオスカーに会ったんだけどさあ、まだ見つからないみたいだよ。あんたももうちょっと我慢しないと駄目かもねえ。」

 気の毒そうに言うオリヴィエに、リュミエールは肩をすくめてみせる。


 彼らがこんな平和で争いも無い惑星に降りなければいけなかった原因は、聖地で唐突に見つかった一つの宝石にある。見つかったというか、つい、見つけてしまったというか、リュミエールにとっては降ってわいた災難であった。
 リュミエールは時々、人気の無くなる時間になると湖で泳いでいる事がある。誰にも邪魔されず密かに水と戯れるのが彼の楽しみの一つだった。ある日ふと思いついて湖の底の方まで潜ってみたら、何か綺麗な石をみつけたのでつい拾ってしまったのだ。それは暗がりでも少し光って見えたが、昼の日光の下で見たらとても綺麗な透き通った桃色をしていた。しかし、すぐにその石には対になる石がある事がわかり、リュミエール達はその片割れを求めてこの惑星に降りたのだ。

  「なんかさあ・・・ルヴァって余計な事知ってるよねホント・・・・・」

 桃色の石を見た途端に、膨大な知識の中からあっさりとその石が伝説の石であると指摘したのはルヴァだった。対になる石と長く離ればなれにすると災いが起きるとか何とか。同様にあっさりと確認された対の石は、遠い惑星の南の地域で最後に目撃された事もわかった。

「余計などと・・・・・もし聖地に災いをもたらす様な物であったらどうするのですか。」
「だってさ、なんか嘘っぽくないかいアレ?」
「信憑性には欠けますが、陛下のご命令ですから仕方ありません。」

 まだ新しい女王として即位してからそれ程経っていないが最近は女王らしくなってきたかつての金髪の女王候補は、どこか面白がっていたふしがある。だが何にせよ、守護聖達に異論など唱えられるわけもなく。

「オスカーと私はまだ良いけど、アンタはあのオッサンのお相手だもんねえ・・・・」
「気の毒だと思われるのでしたら、わたくしを一人にしないで下さい。」
「流石のリュミエールでも耐えかねる?」
「・・・・・・・・・・」

 優しくて常に穏やかな水の守護聖様は、それこそ世界中を悲しみのどん底に引きずり込むような悲壮感の漂う表情でオリヴィエを見つめていた。

「アンタのその顔って、ほんっとに他人に罪悪感でいっぱいにするんだよね・・・・・」

 この状況であるなら誰でも悲壮な顔をするんじゃないだろうかとリュミエールは内心呟く。

「ま、がんばってよ。リュミエールにしか出来ない仕事だからさっ」
「・・・・早く探して下さいとオスカーにおっしゃって下さいね・・・・」
「う、うん・・・オッサンが変な気を起こす前にね・・・・」
「早くです。お願いします。」

 オリヴィエを睨み付ける様にリュミエールが念を押す。いつにない凄みをきかせているリュミエールは、なかなかに怖い。理由を考えるとオリヴィエですらため息が出るのだから、ここは仕方ないと言うしかないだろう。

「オスカーもがんばるって言ってたし、元気だそうよね?リュミエール?」
「・・・・」

 惑星に降りた時に、下らない喧嘩をしてしまったおかげで彼は絶対にここには来ない。聖地でもそんな事はしょっちゅうだったが、今回はリュミエールが機嫌を悪くしてしまったので収拾がつかないでいるのだ。オリヴィエから見れば子供の喧嘩なのだが、下手な事を言うとリュミエールがキレてしまいそうなので黙って見ている。

「ああいう名前の奴にはロクなのいない気がするよ・・・」
「それは御二人に失礼ではないでしょうかオリヴィエ・・・」
「だーかーら,顔が笑ってるってリュミエール。」

 ともかくも、バカ領主がいない間のつかの間の安寧を楽しむ二人だった。




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