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ローズマリーの雫  2







 オスカーはオリヴィエと別れた後、実はイライラしていた。リュミエールをずっと独りにするのも気の毒なので,オリヴィエはたまに領主の館へ行っててしまう。オスカーも一緒に行きたいのは山々だが,こうやって寂しく独りで調査をするしかなかった。

「思い出しただけでもムカつくあのクソ領主!」

 こうなったら一日でも早く仕事を終えて、無事に聖地へと戻るしかない。

「リュミエールに手を出したらぶっ殺すからな・・・」

 彼は最初に領主に会った時の事を思い返していた。




「そういうことなら、気の済むまで探されるが良いだろう。」

 お告げのあったとある物を探している他の惑星の神官という、あまりにも適当すぎる理由をつけて乗り込んできた三人の話を興味深そうにきいていた領主は、彼らがこの地にしばらく滞在することをあっさり許可してくれた。胡散臭い三人に対してあまりにも簡単に頷いてくれたので、逆に彼らは拍子抜けしてしまった。
 しかし。

「条件があるが・・・・」

 やはり続きがあったらしい。

「そちらの水色の美しい方には、私の館に滞在して話相手にでもなっていただこう。残りのお二方は、近くの屋敷にそれぞれ泊まって貰うことになるがよろしいかな?」

 どうやら、身元のわからぬ人間を別々に監視させようと言うのだ。リュミエールだけが領主の屋敷にというのがどこか怪しかったが、彼らが断るわけにも行かない。

「わたくしは結構ですが・・・・・」
「ちょっ、リュミエール」
「なんですかオスカー?領主様がこの様におっしゃっておられるのですから、わたくし達は一刻も早く成すべき事をいたしませんと。」
「それでは、すぐに馬車を出そう。しばらくしたら外に来てくれ。」

 口を開けたまま言葉の出ないオスカーを一瞥すると、領主は楽しそうに出ていった。
 かくして、主にオスカーとオリヴィエが行動することになったのだ。


「流石だなリュミエール。女性のみならず、男までも落とすか。」
「・・・・・どういう意味でしょうか?」

 つい、あくまでもつい口が滑ってしまったオスカーだ。リュミエールに全く非が無い事は承知していたのだが、あまりにも無防備に領主の口車に乗ったものだから、怒りがリュミエールに向いてしまった。

「せいぜいがんばって貞操を守るんだな。」
「何のお話ですかっ」
「・・・・・お前、全然わからないのか?」
「ですから何がです」
「・・・・あの変態領主、いわゆる男専門だぜ。」

 一瞬言われた事の意味がわからず反応が遅れたが、すぐにリュミエールが唖然とした表情でオスカーを見返した。

「・・・そ・・・その様な事がどうしてわかるのですか・・・」
「見ればわかるさ。お前が目当てだってな。まったく自分から狼の懐に飛び込むとはな」
「・・・・・わたくしだって男ですっ。自分の身は自分で守ります。」
「守れるならな。せいぜいがんばってくれ、リュミエール。」

 オスカーはそれ以上は何も言わず出ていってしまった。外ではそろそろ馬車が用意される頃だろう。オリヴィエはずっと二人を黙って見ていたが、仕方なくオスカーに続く。

「ホントに気をつけなね。」
「オリヴィエまで私を信用しておられないのですか?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「では、ご安心下さい。それと、オスカーとは当分顔を合わせたくありませんとお伝え下さいオリヴィエ。」
「う・・・うん・・・」

 あっさりへそを曲げた不機嫌顔のリュミエールを心配そうに見ると、オリヴィエも部屋を出ていった。直後にソファに沈み込んだリュミエールは再度オスカーに告げられた事実を反芻していたのだが、全ては後のまつりだった。




 ふと気が付くと辺りが随分賑やかだった。この辺はこの地域の繁華街とも言うべき場所で,領主や金持ち連中の屋敷のある静かな所とは大分違う。うだうだと文句を言っている間に随分と行き過ぎてしまったあしい。当初は彼が滞在する屋敷に戻るはずだったのだが,この際ついでなので目に付いた建物に入ることにした。

「いらしゃいお客さん。お昼ご飯?」
「よう可愛いお嬢ちゃん。そういや腹へったな・・・・・なにか美味いものをくれるか?」
「お兄さん上手だね!ちょっとまってて,今日は美味しい魚があるんだよ。」

 オスカーが入ったのは宿屋らしかった。昼間はこうやって食事を出し,夜は客を泊めるのだ。昼を食べるには少々遅い時間な為か,客はオスカーしかいなかった。

「お待たせっ!」
「本当に美味そうだな。」
「今日はお客が少なかったからさ,お兄さんにちょっとサービスね。」

 茶目っ気たっぷりに娘がウィンクする。自家製のパンやソーセージも随分と質が良さそうだった。オスカーはすっかり上機嫌で,遅い昼ご飯にありついた。

「ねえお兄さん,領主様のお客様ってお兄さんのことでしょ?」
「領主様の客ではないが,まあそう言うことになるかな。」

 仕事が暇なせいか,娘がオスカーに色々と話し掛けて来る。情報収集にはもってこいなのと彼女がなかなか可愛いのとで,オスカーは愛想良く応えていた。

「でも何でこんなとこに?」
「探し物さ。」
「へえ・・・・んで何を探してるの?」
「うーん,詳しい事は言えないんだがな。そうだお嬢ちゃん,ここらへんで石に纏わる伝説とか言い伝えとかないかな?」
「伝説?そういうのは沢山あるけど・・・」

 娘は考え込む。ほっておくと全部言い出しそうなのでオスカーは慌てて説明を加える。

「対になっている2つの石なんだが・・・・ピンク色で,一緒にしたらいけないとか何とか・・・・」
「ああそれ?ローズマリーの雫のことだよそれは。」
「ローズマリー?」

 あっさりと口に出されたその名にオスカーが食事を中断して彼女に話しをきく。
 ローズマリーの雫とはこの惑星に伝わる石のことだった。大昔に,とある力を持った人がやってきて,仲の悪い魔女二人の悪さを静めるために魔法で石に変え別々に空に飛ばしてしまった。一つは水の石,もう片方を火の石と言って,再び一緒になった時には天災が起こるという。 

「よくわかんない伝説なんだけどね。水の石はどこか違う惑星にあるんだって。火の石はここにあるしね。」
「ここに!?それってどこかわかるのか!?」
「?どこもなにも,代々の領主様が保管してるよ。」
「・・・・・・領主・・・・様の館にあるということか?」
「うん。見た事あるもん。」

───── あのクソ領主。

「なんか言った?」
「あ,いや,有り難うお嬢ちゃん。面白い話しをきかせてもらったよ。」

 オスカーはさっさと食事を終わらせると,愛想良く勘定を済ませた。
 しっかりと娘に歯の浮くようなセリフを残して,足早に領主の館へと向かう。ここ数日の自分の苦労は何だったんだろうと思うが,ともかくも事実を確かめなければならない。
 もしかするとこの仕事はすぐに片が付くかもしれない,そう思うとなにやらスッキリした。




「ああ,その石のことだったのか君たちが探しているのは。確かに, 代々我が家で保管されてきたものだ。」

 領地の視察をかるーくこなしてきた領主は,あっさりとオスカーの問いに答えた。先程までオスカーを見て再び機嫌が急降下していたリュミエールも,あっけに取られて領主とオスカーを見ていた。

「で・・・・では領主様がお持ちなのですか・・・?」

 期待を込めた眼差しで自分を見るリュミエールをちらりと見て,領主はこれまたあっさりと彼の言葉を否定した。

「いや,手元にあれば良かったのだが,火の石は何年か前にある人物に手渡してしまった。」
「領主様,その相手というのを教えて頂けますでしょうか?」
「君のその不安そうな表情も美しいな。」
「・・・・領主様・・・・・」
「ああ,怒らないで。」

 オスカーとオリヴィエは,何やら入り込めない世界を感じて黙って二人の妙なやり取りを見ていた。こんなのの側に毎日いたら頭がおかしくならないだろうかなどと考える彼らだが,口に出すとリュミエールから彼らしくない罵詈雑言が出てきそうなので口を慎んでみる。

「この惑星のずっと北の方に行くと,どの領地にも属さない地帯がある。大昔は神殿のようなものだったが,今では歴史編纂などを主に行うところだ。火の石はそこに保管されているはずだ。」 
「そこまではどれくらいの道程ですか?」
「往復で七日程だろうが,急ぐのなら馬を用意させよう。一日や二日は短縮できるはずだ。」

 馬を使って5日程の道程となると,リュミエールは連れては行けない。彼を一人置いていくのは是が非でも避けたいことだが,オスカーが一人で行くのにも無理がある。
 考え込むオスカーに,リュミエールが少し首をかしげるように微笑んだ。久しぶりに見る笑顔にオスカーは内心踊りあがりたい気分だったが,その表情の意味するところを察して決心をする。

「では,俺とオリヴィエとで行って来る。領主様,リュミエールをお願いできますか?」
「無論だ。気を付けて行って来ると良い。途中必要な手形にはサインしておくから,二人とも用意が出来たら取りにきてくれ。」

 もっと移動がスムーズに行く近代的な惑星なら良かったのだが,あいにくここはのんびりのほほんな所だった。文句を言っても仕方がないので,オスカー達は急ぎ準備の為に屋敷へ戻った。

「・・・・どうやら数日の間は君も寂しくなるね。僕としては君と話しができる時間が増えて嬉しいところだが。」

 彼は,そろそろ笑顔を保持するのが辛くなってきたリュミエールを置いて,自分の執務室へと去っていった。おそらくは手形とやらにサインをする為だろうが,リュミエールの呟きは誰にもきかれることなく済んだ。

「・・・・・わたくしは全然嬉しくありません・・・・・・」

 もう,ついたため息の数などどうでも良かった。




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