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ローズマリーの雫  3







「ご機嫌はいかがかな?今日は休息の日なので僕も一日ゆっくりさせて貰うよ。」
「お疲れ様です,領主様。」

 オスカー達を送り出して翌日,いつものように食べたくもない朝食を前にしてにこやかにリュミエールが挨拶をした。いつも朝は仕事でいないのだが,今日は休日とかなんとかで朝っぱらからリュミエールを疲れさせている。

「どうだろう,今日は我が家の自慢の庭園を見に行かないか?今ごろは,何種類かの薔薇も見頃なのだよ。尤も,君のその美しさには負けるがね。」
「・・・・・恐れ入ります領主様。庭園ならばわたくしも是非拝見したいものです。」
「では,朝食がすんだら案内しよう。」
「楽しみにしております領主様。」

 リュミエールは花や草木が大好きだ。庭園をみせて貰えるのならばそれは嬉しかった。何でも豪華なこの領主の事だから庭園もさぞかし立派なのだろう。少し気分を良くしたリュミエールは,いつもよりにこやかに領主のうざったい会話の相手をするのだった。




 代々お金と手間暇をかけて手入れされていただけあって,庭園はとても素晴らしいものだった。咲き乱れる美しい花々を見て穏やかな微笑みを浮かべているリュミエールに,領主は満足そうに肯く。
 彼はそのまま,さりげなくリュミエールの背中を押しながら,庭園の奥の薔薇園へと案内した。長身のリュミエールよりも更に背が高い彼は,目線の少し下にいるリュミエールの横顔をしばし堪能する。癖なのか,青銀の髪を時々かきあげるリュミエールを見ては何度か彼はその髪に触りそうになったが,昨日まではオリヴィエ達の目があったのでそれも適わなかった。

「・・・・これは・・・・」

 領主が密かにリュミエールを観察してるのを知らず,彼は薔薇園の片隅に咲いている薄水色の可愛らしい花をみつけて驚嘆していた。

「やはり君はそのような可憐な花がお好みなのだね。それは僕の母親が大切にしていた薔薇だ。改良を加えてあるから,君は見た事がないだろうね。」
「とても美しい色合いをしているのですね。お母様はさぞかし丹念に手入れをなさったのでしょう・・・・・」
「母は暇があると一日中ここにいたよ。父があまり母を大事にしない方だったのでね,薔薇が話し相手だった様だ。もう昔の話しだが・・・」
「領主様・・・・」

 リュミエールは自分がこう言う話しに弱いという事をあまり自覚していなかった。うざったいという気持ちでいっぱいだったのに,今は少し同情をしてしまっている。ついほだされて,聖地で言われるところの聖母の微笑みを領主に向けていた。

「ご両親はお亡くなりになったのですか?」
「僕が子供の頃にね。母の浮気をみつけた父が母を撃ち殺そうとして銃が暴発したんだよ。父は即死だったし,母は破片に傷つけられて数日後にやはり亡くなった。実に滑稽な死に方だろう?」
「・・・・・お可哀相に・・・・」
「そう言ってくれるのかい?君は優しいね。」

 にっこりと微笑む領主に,リュミエールは既に警戒心が薄れていた。最初から偏見を持っていたおかげで,随分と疲れる羽目になってしまったと彼は思う。そんなリュミエールは,やはり甘かったと後で後悔するのだが。

「この薔薇の名前はね,”海のしずく”というんだ。この微妙な青が素敵だと思わないか?」
「素敵な名前ですね。この花にとても似合っています・・・・」
「ふふ。母の名前はローズマリーというんだが,古い言葉では”海のしずく”というんだよ。実に単純な名づけ方だろう?」

 楽しそうに言いながら,彼はその中の一際美しい一輪にそっと触れる。さながら亡き母を忍ぶ息子の姿だ。そんな彼にリュミエールはそっとその肩に手を置く。彼はリュミエールを見上げて微笑んだ。

「随分としんみりしてしまったね。この庭園には他にも綺麗な花があるんだ。そちらも気に入ってくれると嬉しいな・・・」
「ではご案内していただけますか?」
「ふふ。君はやはり笑っている時が良いね。この薔薇も花開いている時が一番美しいのだから。」

 どこまで行っても歯が浮くようなセリフを言わないときがすまないらしい。だが,リュミエールは今度ばかりは微笑みを返した。




 庭園をゆっくり堪能した後,館で二人はお茶を楽しんでいた。流石に歩きつかれてしまったリュミエールだが,お茶の美味しさにひといきつく。

「これはあの庭園で育てられているものですか?」
「そうだ。これも母のお気に入りだったよ。何せ同じ名前だからね。」

 二人が飲んでいるのはローズマリーのお茶だ。この館には多種のハーブが植えられているが,聖地でリュミエールが育てているものにひけをとらない程に質が高かった。聖地にいるとき,オスカーはハーブが苦手だから一緒に楽しんだりできない。それでも我慢して付き合ってはくれる時もあるが,やはり心から堪能してくれる人と飲むのが一番だった。リュミエールはこんなところに目の前の男に対する好感を持つ。

「君は・・・・いや,君たちは不思議だな。」
「不思議・・・ですか?」

 突然振られた内容にリュミエールが首をかしげる。

「三人とも随分と毛色が違う。君は随分と大切にされているように見受けられるよ。」
「わたくしも二人が大切ですよ。大事な人達ですから・・・・・」
「羨ましいことだ。僕は身分柄そういう付き合いが出来ないものでね。」
「その様な・・・・」

 寂しそうに言う領主に,リュミエールはどう返答したものかと困り果てた。彼ら守護聖の繋がりはなまじっかな間柄ではないのだが,やはりリュミエールにとっては何よりも大事な仲間達だ。そういう存在が一人もいないのは,とても寂しいことだろう。


 彼は執事らしき男を呼び付けると,何かを伝えた。どうしたのかとリュミエールが思っていたら,彼は新しくいれなおしたお茶を持って戻ってきた。

「冷めてしまったので入れ直して貰った。やはりお茶は美味しくいただきたいものだからね。」

 そう言いながら,自らリュミエールのカップに注ぐ。リュミエールは静かに礼を述べて,カップに口をつけた。

「君といると本当に心が休まるよ。君は一体どんな人なのだろう?」
「わたくしは・・・ただの神官です領主様。」

 じっと自分をみつける領主の視線に耐えきれず,リュミエールは目をそらした。嘘をつくことには慣れていない。だが,女王に仕える守護聖という身分から,神官というのもあながち遠くはないと思う。

「・・・・・君が・・・ずっと僕の側にいてくれたらどんなにか良いだろうね?」
「領主様,わたくしは・・・・」

 じっと見つめて来る視線を感じて,金縛りにあったように動けないリュミエールだった。領主は静かにリュミエールの側に来ると,その美しい髪に触れた。リュミエールは驚いて逃れようとしたが,何故か身体が上手く動かせない。

「どうかしたかい?」
「あ・・・・」

 先程まで何もおかしくはなかったのに,急にリュミエールは自分の意識が薄れはじめたのを感じた。目を見開いて領主を見ると,変わらず微笑みを向けている。

「僕は君に側にいて欲しい。美しい君がいてくれたらきっと・・・・」
「・・・な・・・にを・・・?」
「先程のお茶に入れた薬が効いてきたんだよ。身体の先端からゆっくりと意識が無くなっていくだろう?僕はあまり手荒なことはしたくないのでね・・・」

 最後のほうは何を言われたのかよくわからないまま,リュミエールは意識を飛ばした。途端に力をなくした身体を領主は受け止める。
 自分にもたれかかるリュミエールを,彼はそっと抱きしめた。そして彼の髪を優しく梳く。何度も何度も,愛しそうな表情をしてその柔らかな感触を楽しんでいた。




「リュミエールは大丈夫だろうか・・・・」
「うーん・・・・信用するしかないよね・・・」

 辺境の草地で馬をやすめさせてその光景をぼーっと見つめながら,オスカーとオリヴィエの二人はしみじみと呟いた。

「あいつ,ほだされやすいからなあ・・・・」
「アンタに言われたくはないと思うよ。」
「あいつ,笑うと凶器だし・・・・」
「来るときはちゃんと笑ってくれたじゃないの。」
「そういう事じゃなくてだな・・・・」
「アンタってうざったいね・・・・」

 側では馬が美味そうに草を食べている。平和な惑星にぴったりな,平和な光景だった。 




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