難破船 5
その日の午後,リュミエールはジュリアスに呼ばれて彼の執務室を訪ねた。普段はあまり彼に直接呼ばれる事がないので,何事かと思って少し急ぐ。
ノックして開けた先には,ジュリアスだけではなくオスカーも待っていた。
「遅かったなリュミエール。」
「オスカー...貴方まで?一体何があったのですかジュリアス様?」
「とりあえずそこに座ったらどうだ?」
オスカーに促されて,リュミエールも側の椅子に腰掛ける。
「わざわざ出向いて貰ってすまないが,二人に至急降りてもらいたい惑星があるのだ。」
「...二人でですか!?」
オスカーはともかく,リュミエールが聖地外に仕事で出るなど過去に無かったので,リュミエールもオスカーも驚いてジュリアスを見る。ましてや二人での仕事だ。実は最初から仲の悪かった二人が共に仕事をまかされる事など今まで無きに等しかった。
「辺境の惑星で突然サクリアが不安定さを増したのだ。陛下はしばらく様子を見るとおっしゃっているが,とりあえず二人に視察として惑星へ赴いてもらいたいとのお言葉だ。」
「何故私たちが?」
「陛下は水のサクリアに何か異常らしきものを感じるとおっしゃっておられる。リュミエールが行くのが一番早いだろう。オスカー,そなたは護衛と視察を兼ねての同行だ。何かあれば,直ちに聖地へ戻るように。よいな?」
水のサクリア。それならばリュミエールの仕事だが,女王にはっきりと感じられない異常とは一体何なのだろうか。リュミエールは沸き上がる不安に表情を暗くした。
二人の降りた惑星は,リュミエールの故郷の様な海洋惑星だった。人間も生活しているし,それなりに文明も栄えている。だが,リュミエールは降りた途端に何か不快な空気を感じていた。
「何を感じる?」
二人がいるのは,大きくひらけた海を見渡せる高台だった。
「....穏やかすぎる気がします。嵐の前触れの様な,不快な静けさが纏わりついてくる感じがするのですオスカー....」
オスカーにはあまり感じ取れない。普通であれば,オスカーは水のサクリアであればどんな些細な変化でもすぐに感じ取ってしまうのだが,今回はどうも勝手が違った。
リュミエールは遠く見える海辺に視線を向けている。
普段よりもずっときつい視線だ。
「何か思い当たる事でもあるのか?」
「....あると言えばありますし,無いといえばありません。」
「珍しいな,お前がそんな風に言うのは。」
それには応えず,リュミエールは歩き出した。
丘の下には街が見える。日常的な空間がそこにはひろがっていた。リュミエールは自分の故郷を思い出しているのだろうか。オスカーは横目でちらっと彼を見たが,特別嬉しそうでも悲しそうでもない表情しかそこには無かった。オリヴィエも不審がっていたし,最近のリュミエールのおかしな雰囲気からも,現在の異変ははっきりと眼に見えないだけ酷く不安を呼ぶ。
言葉で表すのは難しいこの不安。リュミエールは,足元が地面に引き込まれる様な,逆に空に身体を吸い込まれる様な,そんな風な感覚に襲われる。そして,その感覚を自分は知っている。
昔,まだ守護聖になるずっと前の,子供の頃。
海で,貝を取る為に深く潜っていたリュミエールは,何かに足をとられて溺れた事があった。兄が気が付いて助けてくれたが,一歩間違えれば命が無かったかもしれない。
けれども,日の光がやわらかに差し込む海の中は,そんな時でも美しかった。母の腕のように,大きく自分を包む海。
まるでオスカーの腕に抱かれている様な.....
「どうした?何かあったのか?」
「え?」
知らないうちに足が止まっていたらしい。リュミエールは慌ててオスカーのほうを見た。僅かに頬が赤い。
「すいません。考え事をしていた様です....」
「俺の事だと嬉しいんだがな。」
笑いながらオスカーは冗談を言う。実は貴方の事を考えて赤くなってました,なんてリュミエールに言えるわけがない。事実なのだが。
「あ,あの...泊まる所を探さなければ....」
オスカーは思わずリュミエールを抱きしめたくなったが,公共の場であるのでおさえた。赤くなる彼など,滅多におがめるものではないが,機嫌をそこねて冷たい視線を向けられるのはオスカーとしては避けたいものだ。
とりあえず,街まで降りて宿を決める。視察とはいえ,何日の滞在になるか予想がつかないので,それなりに居心地の良い所を選んだ。海辺に近いその宿は,なかなかに賑やかだが家族でやっているらしく温かな雰囲気のところだ。リュミエールはすぐに気に入ったらしい。
「後で海へ行きませんか?きっと綺麗ですよ。」
部屋へ案内されて一息ついたリュミエールが,微笑みながらオスカーに提案する。聖地から出ない彼にとって,本物の海が見れることはとても嬉しいのだろう。オスカーは,これからはもっと二人で視察に出る機会を作ろうと決心するのだった。
「そうだな。お前が行きたければ,今すぐにでも行くか?」
「良いのですか?」
「視察はどこでも出来るさ。」
リュミエールが嬉しそうにしているのが,今のオスカーには一番の幸せだ。しかし,この惑星に降り立ってから彼が感じたとう何かは,彼にとって良くない事であるかもしれない。出来うるならば,オスカーは早々に原因を調べて帰りたかった。
二人は宿の主人に行き先を告げた後,そのまま海へ向かった。
BACK*
NEXT
|