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難破船 6







 二人が海辺へついた時はまだ日が落ちていない為に,一面青く光る海が目の前にひろがっていた。リュミエールは心底嬉しそうで,どこかはしゃいでいる。オスカーはそんな彼をじっと見ながら口元を緩めて笑みを浮かべていた。

「随分と静かなもんだ。」

「風もありませんし,穏やかで美しいところですね。」

 リュミエールは素足になると,足首くらいまで水に入る。気候は決して悪くないからオスカーも別に止めはしなかった。

「子供みたいだな....」

「子供の頃は海で遊ぶのが当たり前でしたから....」

 オスカーに背を向けたまま,彼は水平線を眺める。聖地へと赴く以前のことを思い出しているのだろうか。少し寂しげにも思える後ろ姿を,しばらくオスカーは見守っていた。

「....帰りましょうか?」

 ふいにリュミエールが言う。

「いいのか?まだ来たばかりだが...」

「明日,また来ましょう。今日は貴方もお疲れでしょう?」

 あまり理由になっていない気もするな,とオスカーは心の中で思ったが,彼が宿に戻ろうと言うのに反対はしない。今日はゆっくり寝て,明日からは仕事をしなければならなかった。

 もうすぐ日も傾き始めるだろう。






 宿で出された夕食はそれなりに満足なものだった。
 リュミエールは普段通り小食だったが美味しそうに食べていた。オスカーは主人に酒を薦められたが,遊びで来ているわけではないので辞退する。少し残念そうな彼にリュミエールがおかしそうに笑った。

「きちんと公私を分けていらっしゃるのですねオスカー。私は,視察の度に貴方がお楽しみなのかと思っておりました。」

 リュミエールの言葉にオスカーがガクッと肩を落とした。

「それはないだろうリュミエール....。聖地へ戻ればお前がいるんだぞ。俺はいつも仕事はさっさと切り上げる事にしてるんだ。」

「ふふふ....息抜きは必要ですよ誰でも。」

 決して潔白とはいえないオスカーであるが,リュミエールの考える程遊ぶ事もなかった。正確には,リュミエールにアプローチを果敢にも始めて以来はだ。リュミエールも別段それを気にしているわけでもないので,ただ面白がっているのが見て取れる。

 二人はそのまま適当なところで部屋へ戻った。宿の主人が気の良い人だが,他にも客のいるところであまり長居したくはない。

「今日は早く寝てしまいましょう。」

 湯を使うなりさっさとベッドに入ってしまったリュミエールに苦笑しつつ,オスカーも隣のベッドへと潜り込んだ。
 たとえ仕事でも,こんなに近くで二人きりでいるのはオスカーにとって嬉しい事ではある。暗がりの中でオスカーは冴えた意識のままずっと,既に寝息をたてているリュミエールを見ていた。



 どれ位そうしていただろうか。
 リュミエールをじっと見つめていたオスカーは,眠る彼の身体の周りが薄く光っているような気がして起き上がった。

「何だ?」

 少しずつはっきり見えてくる。
 朧げな青銀の光。オスカーはそれ以上身動きせずにじっと目を凝らした。

「人....!?」

 はっきりしないがそれが人の輪郭だとわかる。リュミエールを覆うように,薄い光が煌く。

「くそっ」

 これは尋常ではない決して。
 オスカーは,飛び跳ねるようにベッドから出ようとした。

「!?」

 身体が動かない。

 そして,その人影がオスカーの方を向く。

 眼だ。

 二つの眼がこちらを向いている。

「お...お前....」

『....そうだね...貴方が邪魔なんだよね.....?』

 邪魔?一体何を言っているんだこいつは―――

『貴方,僕と来てみる?この人は感受性が強すぎて耐えられないんだ。貴方は強い人でしょう?』

 オスカーの視界に,子供の姿が映る。
 言っている事の意味がまったくわからない。

『....見せてあげるよ僕の世界.....』

「!?」

 一瞬,あたりが恐ろしく邪悪な気配に満ちる。

 残されたオスカーの身体は,意識のないままベッドに沈んでいた。




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