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今日はオスカーが視察の為に聖地を離れているので,リュミエールはハープを抱えて闇の守護聖のもとへ訪れた。
 久方ぶりにハープの音色が館に響き渡る。
 最近はもっぱらオスカーと共にいるので,この様な時間をここで持つ事は滅多になくなってしまった。リュミエールはクラヴィスが目を瞑って静かにハープを聴いてくれるのがとても嬉しい。だから今日はいつになく指が滑らかに弦の上を滑り,時間を忘れてしまう程だった。  だがそれでも,何時の間にかその音色も止んで,気が付けばリュミエールの昔話しになっていた。

 クラヴィスはいつも静かにリュミエールの話しを聴く。
 リュミエールもまた穏やかに語り掛ける。
 それは時に,彼の奏でるハープの音色よりも鮮やかにリュミエールの心の中を見せてしまう。彼にとっては嬉しい事では無かったのだが,クラヴィスの前だと,つい気が緩んでしまうらしい。

「・・・・わたくしは鳥になりたいと思ったのですクラヴィス様。」

 クラヴィスが彼の言葉に微笑を浮かべる。

「逃げたいからか?」
「そうです。愛する家族から離れるのは耐えられる事ではありませんでした。鳥の様に翼があったら,あの様に自由でさえあったら・・・と願ったのです。」




 美しい故郷の惑星から聖地に召喚された時,堪えきれない程の悲しみと寂しさがリュミエールの中で満ちていた。二度と会えない家族。彼が守護聖の任務を終える頃には,故郷は大きく変わっているかもしれない。愛すべき人達がいないというだけで,それはもう全く違うものなのだ。
 それでも,リュミエールは自分が泣いてしまわないようにと力いっぱい深呼吸を繰り返した。
 何度も,何度も。

「なんだ,もう帰りたくなってるのかお前?」
「・・・・え?」

 いきなり声をかけられたので,慌ててそちらを見る。そんなに自分はみっともない表情をしていたのだろうかと少し心配になるが,相手は気にもせず笑顔でリュミエールに握手を求めてきた。

「俺はオスカー。お前が新しい水の守護聖だろう?一目でわかったぜ。」

 リュミエールはしばらく無言で相手を見つめていたが,すぐにその顔に笑みが浮かんだ。

「それでは・・・・貴方は炎の守護聖なのですね。貴方からはその様な感じがいたします。」

 自分が感じるのがサクリアなのだと言う事はその時は知らなかった。けれども,無意識に感じる炎の様な力強さとその象徴の如き髪が,自分の直感を肯定している。

「それで?名前は教えてはくれないのか?」
「あっ・・・失礼いたしました。わたくしはリュミエールと申します。」

 差し出されたままのオスカーの手に,そっと自分も右手を出す。
 自分とは違う大きな手のひらから感じるのは,温かな力。どこか安心感のあるそれに,リュミエールはしばし自分を委ねたのだった。



「あいつってばまるで鳥みたいだよねえ。」
「鳥?オスカーがですか?」

 ある日オリヴィエとお茶をしていた時だ。

「そう。尻切れトンボでも良いんだけどさ。どうも一個所に落ち着いていられないっていうのかな,そういう自由な雰囲気があるよオスカーは。」
「はあ・・・。」
「別にあんたを不安がらせようっていうわけじゃないからね!あくまでも感覚的なもの!リュミエールがお母さんみたいって言われるのと同じ。」
「・・・あまり嬉しくはありませんがオリヴィエ・・・・・」
「本質をついてるっていう点では誉め言葉だよ。別に女みたいだって言ってるわけじゃないんだからさ。優しさの象徴ってそんなものじゃない?」

 こんな時のオリヴィエは,はっとする様な事を言ってのける。その点でリュミエールよりも大人だと彼自身は思う。
 オリヴィエは,オスカーや他のお子様達相手ならばともかく,リュミエール相手に下手にからかったりいい加減な話しをしたりはしない。それはリュミエールの性格のおかげだが,それだけに二人だけの時は真面目な話しばかりだった。

「オリヴィエも随分と自由奔放に見えますが。」
「ははは。言うねえアンタも。」

 オリヴィエの笑いが少し引きつっている。リュミエールが言うと全く嫌味には聞えないが,その清らかな表情で言われたくはないものだ。

「・・・それにしても,オスカーみたいなのは良いよね。どこでも自由に行けるからこそ,全部を任せても安心できるって思わない?この広い胸に飛び込んでお出でってね。ちなみにリュミエール限定だけどね・・・・ってそこで照れないでくれる?」
「すみませんオリヴィエ・・・」
「そこで真面目に謝らなくても良いんだけど・・・・・」

 呆れ顔のオリヴィエは,それでも楽しそうな顔でお茶の残りを飲み干した。



 そう。オスカーにいつも感じるのは安心感だった。自分達は守護聖として対等な立場だが,その性質としては補い合うのが常だ。
 オスカーは強さを。リュミエールは優しさを。
 お互いがお互いの中で安らげるのなら。

「・・・・・それで・・・今はどう思うのだ?」
 答えなどとっくに解っているだろうに,クラヴィスは頬杖をついたままリュミエールに尋ねる。

「今・・ですか?」

 リュミエールは,いつものように少し首を傾げながらクラヴィスに微笑みかけた。

「わたくしは水になりたいと思うのです。」

 クラヴィスは何も言わない。その目は常と同じく穏やかだ。

「青い空を飛ぶ鳥の姿を映し出すあの海の様に,私もオスカーをいつも包んでいたい・・・・・」

 いつも,どんな時も彼の意識の中に存在していたい。

「少し欲張りでしたでしょうか?」

「・・・全く・・・そなたらしい・・・」

 きょとんとしているリュミエールを見ながら,めずらしくクラヴィスが笑いをこらえている。

 ───── 欲しなくても,そなたはそのままで十分だろう



 クラヴィスの呟きはリュミエールには届かずに,彼の心の中にしまわれた。





END

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