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雪鏡のとける朝 2







日の曜日。
先週は、比較的どの守護聖もめいっぱいの仕事を抱えていたおかげで、今日は誰にとっても久々にゆっくりと過ごせる日だ。 例に漏れず、炎の守護聖オスカーも、朝も早くから晴れ晴れとした気分で聖地を歩いていた。

「間違いなく、良い朝だ。」
時間的にはおそらく誰も目を覚ましてはいないであろう刻限である。
オスカーは馬ではなく徒歩で目的地を目指していた。非常に機嫌が良いという事は、もはや特筆すべきことではない。

しばらくすると、美しい庭園が見えてくる。
思った通り、人間の気配は全くない。オスカーは自分が一番乗りだったことに満足すると、ゆっくりと庭園へと足を踏み入れた。
香しいバラの匂いが風に混じって漂う。
視線をさまよわせるオスカーの目に、可憐な薄青の花弁がすぐに飛び込んできた。
小さな小さな名も知らない青い花。
どうやら滅多に花をつけないらしいそれは、清らかで可愛らしかった。
いつだったかオスカーは、花が大好きなマルセルが話していたのを偶然耳にした。
その花はとても優しくて、彼の水の人を思い起こさせるのだとマルセルが言っていたので、是非とも見てみたいと思ったのだった。
とても小さくて、朝方にほんの少しだけ開いたら終わりという儚い花。 オスカーは昨日、その蕾が開きそうな気配を確認して、今朝は早起きをしたのである。
「....やっぱり薔薇よりもこっちだよな。」
オスカーはそっと右手を差し伸べて、その青い花に触れる。
普段はかなり注意深く意識を傾けなければ気がつかない様な花なのに、今日だけはその存在を艶やかにアピールしていた。
「手折ってしまうには、しのびないかな.....」
オスカーはしばらくの間、柔らかな朝日の下でその薄青い花弁を眺めていた。


どうやら意識がどこかへ飛んでいたらしい。
オスカーにしては珍しく、近づく人の気配に気がつかなかった。
尤も、相手も比較的存在を感じさせない人なので、普段のオスカーでもすぐには気がつかないだろう。
「この様な刻限にご苦労なことだな....」
「ク...クラヴィス様!?」
どういう風の吹き回しか、自分から声をかけてきたクラヴィスに、オスカーは彼らしくもなく驚いてみせた。
「驚く様なことでもあるまい。」
この御仁の日ごろの無関心さは、その声音にも現れているようだ。オスカーは内心冷や汗をかきながらも、表面上は冷静につとめる。
「おはよう御座います。クラヴィス様も朝の散歩ですか?」
「その様なものだ....」
ふと、クラヴィスがオスカーの手元にある花に目線をやる。
「炎の守護聖でも、花を愛でることがあるのだな....」
「えっ?あ....いえ...偶然見つけたので...なんとなく...綺麗な花だなと...」
言葉を濁らせるオスカーを見て、クラヴィスは口元を僅かに持ち上げて面白そうに笑った。
「....あれは見かけほど優しさのみで生きているわけでは無い様だがな。」
「えっ?」
「...せいぜい枯らさぬように勤めることだ。」
「あの....」
唖然とするオスカーをそのままに、クラヴィスは来た時と同様に静かに去って行った。


「クラヴィス様って、実はかなり侮れない御方なのかもな....」
「....はい?」
リュミエールのところで早めの朝食を取りながら、オスカーは先程のクラヴィスの話を思い出す。
「言われなくともわかっているさ」
あの花はあの後しばらくして、薄青の花弁をあっというまに閉じてしまった。
儚い僅かな時に、まとめてその輝きを見せるのかもしれない。
だが、目の前の人はもっと強くて美しかった。もっともっと鮮やかに咲いてくれるに違いない。枯らすなんて勿体ない話だ。
「何のお話ですか?」
オスカーは、不可解そうなリュミエールに満面の笑みを向ける。
そして、優しいキスで彼の口をふさいだ。



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