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ARK 1







緑の国アルクスライヒ -Arksreich-
この国に咲くアルクの花をその名に掲げるこの帝国は、 領土の3割を海に、残りの大部分を山に囲まれた美しい国である。
又、古代より伝わる魔法によって、長年の間この国は平和が保たれていた。
最近になって皇帝が崩御、息子のラインハルト4世が齢22にして新皇帝となったが、 若き皇帝ラインハルトは希に見る賢帝として、国民から強く支持されている。
先帝も善良な皇帝であったが、それ以上にラインハルトの周りでは優秀な側近達が彼を支えていた。



「それで?原因は判ったのか?」

ラインハルトは秀麗なその顔を少し歪めて頬づえをついている。
彼の前で跪いているのは側近のミッターマイヤーだった。
ラインハルトよりも少し年上の彼は、戦術においても政治においても卓越した人物である。
同時に白魔法を得手とする彼は、その整った顔立ちと人当たりの良さで、主に女性に人気があった。

「全てがはっきりしたわけではないのですが、最近になってアルクの花が枯れ始めている様子なのです。アルクはこの国の魔力の証とも言える花。それが枯れるとなると、何か強い別の魔力がどこかで働いているとしか考えられません。」

「......神殿には影響はないのだな?」

「御意。おそらく外よりの力が少しずつ入り込んでいるのではないでしょうか。」

「ロイエンタールが戻り次第会議を開く。卿はそれまで休んでいてくれ。」

「御意。」

ミッターマイヤーは一礼して、そのまま自室へ下がった。
アルクの花は、神殿より湧き出る純粋な魔力でのみ咲く神聖な花である。神殿に異常が無いにもかかわらず枯れるなどと、前代未聞であった。
この国の魔力は古代より神殿の中心を場として国全体に広がっている。
白、黒共に、この魔力を引き出せる者達は、能力次第で古代から伝わる魔法を神殿から授けられていた。
ミッターマイヤー級の使い手となると、数々の魔法を取得しているが、彼程の者はおそらく一人しか存在しないだろう。しかし、そんなミッターマイヤーでも、今回の事には頭を悩ませているのだ。



その頃、ロイエンタールは港のそばにある彼の別宅に来ていた。
彼はミッターマイヤーと共に”アルクの双璧”と呼ばれ、ラインハルトの優秀な側近であるとともに、やはり国一番の黒魔法の使い手であった。黒魔法は白魔法とは性質が異なるが、源となる魔力は同じ物である。
ミッターマイヤーと同様端正な姿で人気があるが、彼の瞳は右が黒、左が青という珍しい彩を持っている。一見優しげなミッターマイヤとは違い、彼は少々底知れない雰囲気を持っていた。
彼がここへ来たのは、昨日見知らぬ商人がこの国へ入ったとの報告があったからだ。
ここは港であるから、当然商船が沢山出入りするのだが、ラインハルトに遣わされた役人達が常に厳しく目を光らせている。
商人の数も半端ではないので、怪しいと言っても大概はただの新顔だ。しかし、アルクの花の件が表沙汰になってからは、ロイエンタールが直々に調査に出向いているのである。

「ロイエンタール様、先程確認致しました人物ですが、名はヤン・ウェンリー、北東のエルベ国から渡って来た模様です。仲間が2名、エルベから薬草を運んで来ています。特に怪しい所は見受けられませんでしたが、以後もしばらく見張りをつけます。」

「そうか。ご苦労だった。俺は城へ戻るが後を頼む。」

ロイエンタールの左右色の違う瞳が、報告に来た部下の目を射抜く。
慣れない者であると、背筋が凍るような気持ちになるらしいが、この部下は長年ロイエンタールの元にいるのでそのような気配は無い。
一礼すると再び持ち場へ戻っていった。

「ヤン・ウェンリー.....当たりでは無いことを祈りたいが...」

ロイエンタールは何かその人物に勘の様な物を感じていたが、 この時はまだそれ程気に留めずにいた。




城下町である港町オーディーンの酒場は、この国で最も活気に溢れる場所のひとつだ。
宿屋が辺りに連なる中、”海鷲”の看板が景気良く揺れている。
ここは旅する商人達には格好の情報提供場であり、近辺の若者達の憩いの場でもあった。
城で働く者達も、休暇の時は連れ立って酒を酌み交わしに来るし、ロイエンタールやミッターマイヤーも例外ではない。
ロイエンタールとミッターマイヤーは、小さな頃から神殿で共に学んだ仲で、妙に気が合うせいかよく二人で飲む事が多かった。



昨日港に着いたエルベからの商船のせいか、今日は”海鷲”がいつも以上に繁盛していた。
ヤン・ウェンリーも、食事の為にここへ来ている一人である。

「ユリアン....肉は別に手で持っていいんだよ。食べ辛いと思うのは私だけか?」

「それは兄さんがフォークとナイフを上手く扱えないせいでしょう?僕はさして面倒だとは思いません。」

「........それならいいさ....」

「ははははっ。弟君にしてやられっぱなしですな!」

兄弟の会話を楽しんでいるのは、随分と体格の良い男である。
ヤンとユリアンはエルベ出身で、今回この男シェーンコップと共にオーディーンへと渡って来たのだ。
ユリアンは育ちの良さそうな子供であるが、兄の方はどうも一見ぼんやりとした体の青年だった。



「あれがヤン・ウェンリーだ。特におかしな行動は取っていない。 一緒にいるのは、片方が弟らしいがもう片方の男は不明だ。見た目は護衛と言ったところだな。」

ヤン達を見張っているのは、ロイエンタールの部下であるエミールと数人の部下だった。彼はロイエンタールの部下の中で最も優秀で、信用されている一人である。
彼以外にもロイエンタールの部下達が、ヤン以外の目をつけた者達を見張っている。エミールがヤンの担当になったのは、ロイエンタールがヤンを妙に気にしていたからである。
最も責任の重い任はエミールが担当であった。



「さっきから、誰かこちらを見てるきがするんだが....気のせいではないようだ。そろそろ出た方が良いな。」

のんびりとヤンが言うと、ユリアンがきょろきょろするが当然彼には誰が見てるのかはわからない。
酒場には大勢の商人達と城の役人や軍人が沢山いて、この中から特定の気配を探すにはよっぽどの者でなければ無理だろう。

「出ようユリアン、シェーンコップ。」

3人は立ち上がると、勘定を済ませ足早に店を出た。
当然エミールは彼らが立ち上がると共に行動に出る。
一度見失うと、再び発見するのに苦労するからだ。


しかしエミール達が外へ出た時には、ヤン達の姿はあとかたも無かった。




その夜皇帝ラインハルトは、座談会と称して主立った側近達だけを集めた。
彼はこれまでにも時々このような小さな集まりを開いて、臣下達の自由な意見や不満を聴く機会としていた。
彼の側近達は誰もが優秀で潔癖な質であるし、信用のおけることもラインハルトの重んじるところである。仰々しい会議などより、お茶を飲みながらの座談会の方が、親密で自由な雰囲気が出るというものだ。



帝国の双璧ロイエンタールとミッターマイヤー。彼らはそれぞれ神殿が認めた唯一のアルク古代魔法の継承者である。
強大な力と影響力を持つ為に、継承には帝国への忠誠、血統、そして資質が伴わなければならない。彼ら以外にも魔法を操る者は大勢いるが、神殿に封印された古代魔法を知るのはこの二人だけである。

ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ワーレンの三人は勇敢な剣士として国外でも有名である。
皆それぞれに腕の立つ側近達の中でも、その腕前はラインハルトが幼少の頃より目を付けていた程だ。軍の所属下にある幼年学校でも、年若い者達に剣術と馬術を教えている。

知恵者というより策謀家として名を馳せているのは、オーベルシュタイン。
義眼のせいか妙に表情が硬い為、城の女性達からは少々敬遠されぎみの男である。実の所ラインハルト自信が、この人物のひととなりが気に食わないのだが、父である先帝の代より仕え、帝国の頭脳とまで詠われた彼を使わない手はないだろう。

普段は国の南にあるリヒテンシュタイン要塞に常駐しているミュラーも、ラインハルトの要請でつい先程到着している。
彼は先帝が昔、幼いラインハルトに付けた側近だった。実家が薬師の家系である為、彼自身も薬草や毒に詳しい。しかし同時に、剣術や知力でも他に劣らない優秀な人物である。

そしてラインハルトの真向かいで静かに座っているのは、キルヒアイス大公である。
ジークフリート大公家に嫁いだ先帝の姉の息子であり、生まれた時からラインハルトにとってはこの世で唯ひとりの親友である。彼の妻である大公妃アンネローゼは、先帝の皇女、つまりはラインハルトの姉であった。
キルヒアイスは本来ならば、側近達のように会議などに参加する身分ではないが、彼の政治に関するセンスはラインハルトの治世に不可欠であり、幼い頃から常に一緒にいたキルヒアイスを離したがらない皇帝の我が侭でもある。

他に数名、事情があってこの場にいない者もいるが、いずれも同じように優秀な者達だ。






細長いテーブルの上には紅茶やワインそして焼き菓子が用意されている。
時々ラインハルトが彼らを集める時には、必ずこの様に飲み物などが用意されるのだ。実はアンネローゼ大公妃とミッターマイヤー夫人エヴァンゼリンの手作りである焼き菓子は、側近達の密かな楽しみとなっていた。
本日は明るく酒を楽しむ状態ではないが、それでもラインハルトは普段通り姉に催促したらしい。

「さて.....まず卿らの報告をきかせてもらおう。」

ラインハルトが頬杖を付きながら言うと、まずビッテンフェルトが口をひらいた。

「昨日より本日にかけて入港した商船は合計して6隻。エルベからの船が2隻、フェザーンからが4隻です。昨日ご報告致しました行動の怪しい4名はその後、夕方に出港したフェザーン行きの船に乗りました。フェザーンからハイネセンへ行く途中だった様です。」

ラインハルトが肯くと、ロイエンタールが少々暗い表情でラインハルトへ顔を向けた。

「昨日エルベより入港した船に乗っていた、ヤン・ウェンリーとその連れ2名ですが、今日オーディーンの”海鷲”を出てから姿を消しています。昨夜泊った宿にはいない模様ですが、出国した気配もありませんので、未だどこかにいるでしょう。」

「ではロイエンタール、卿の勘はまんざらでもなかった様だな。してミッターマイヤー、神殿の方はどうか?」

「実は....午後になって長老達と私とで書庫の点検を致しました所、アルクの書の一冊”アルテミスの書”が欠けているのです。神殿は特別な魔法によって侵入できないはずですので、内部の者が疑われておりますが、何者か強い魔力を持つ者が外から侵入した可能性も否定しかねます。」

アルクの書とはこの国に伝わる古代魔法が封印されている魔法の書で、普通の者では開ける事すら不可能である。
ロイエンタールとミッターマイヤーのみがそれらを開く事を認められた特殊な書物であった。
アルテミスの書には、土の魔法”タイタン”と炎の魔法”メテオ”が封印されていた。いずれもロイエンタールが持つ魔法で、アルテミスの書を開いたのみでは手に入れる事はできないが、ロイエンタール並に力を持つ者ならば使用が可能だ。

「何を目的としているかはわかりませんが、これらの魔法が発動され悪用されれば、大変な被害が出ることは否めません。アルクの花が枯れているという事実を鑑みますと、やはり何者か魔力を行使する者がいる可能性が高いでしょう。」

この国ばかりではなく、どの国でも魔法の影響は大きい。アルク古代魔法は国を守る最大の武器であり、どの国にも無い力を秘めていた。 最も滅多に行使される事はなかったが。

「陛下、少しよろしいでしょうか。」

ふと思い出した様に、キルヒアイスが口をひらいた。

「なんだ、キルヒアイス。何か思い当たる事でもあるのか?」

「はい。先刻、リヒテンシュタインに里帰りしていた乳母が帰って参ったのですが、彼女の母親が昨日見知らぬ男を見たというのです。男は一見みすぼらしい格好をした旅人で、村の店で薬草を何点か買って姿を消したそうです。あの通り、リヒテンシュタインは要塞がある以外には小さな村と別荘があるのみですし、旅人が通るような場所ではありませんから、彼女は気になって私に報告するよう乳母に申したそうです。」

キルヒアイスの報告が終わると、部屋が急にざわついた。
今まで、オーディーンのみに目を向けていた彼らだが、よもやリヒテンシュタインなどという場所でその様な人物が目撃されたとなると、話が更に深刻になる。
オーベルシュタインが冷めた目で、”卿はリヒテンシュタインで何をしているのだ”とばかりに、ミュラーを見ている。
ミュラーは、全く知らない話に少々焦り気味の様子だ。

「どうやら、ここ数日の話ではないらしいな。私も行動に出るのが遅かったようだ。ロイエンタール、ミッターマイヤー。卿らは以後自由に動く事を許可する。アルクやアルテミスの書の件からも、卿らが一番働かねばならぬだろうな。」

口調はからかう様なものであるったが、表情は真剣なままラインハルトは双璧の二人に告げた。

「御意。」

「ミュラーは明日にでもリヒテンシュタインへ戻り調査を始めるように。ビッテンフェルトはミュラーに同行してくれ。」

「御意。」

「そして、ワーレンとファーレンハイトは監視と調査を続行してくれ。メックリンガーが港の監視を申し出たので、今夜も彼には官舎のほうに留まって貰った。」

「御意。明日よりメックリンガーと共に再度オーディーンの調査を致します。」

「以上だ。卿らはこのまま世間話でも楽しむが良い。」

一通り話が済むと、ラインハルトはいつものように後を彼らだけにし、自分はキルヒアイスと共に退室した。これは彼なりの気配りで、やはり主君のいない所では、彼らの緊張も解けようというものだ。
ラインハルトの予想通りに、皇帝の去った室内では早速論議が始まったようだった。

「ラインハルト様、お言葉にはなさいませんでしたが、ヒルダ様の事もご心配でしょう。わたくしがご様子を伺って参りましょうか?」

ヒルダ、ときいてラインハルトの表情が暗くなる。ヒルダはラインハルトの妃であり、現在お産の為にオーディーンの東にあるガイエスブルグの山荘に滞在していた。
それ程の距離ではないし、信頼のおける者達が護衛にあたっているのだが、やはり城に戻らせら方が安全ではないかとラインハルトはヒルダに何度も使いを送った。しかし当のヒルダが、山荘で静養している方が体に良いし、少なからず監視にもなるだろうと、ラインハルトを説き伏せたばかりである。
彼女は皇妃となる以前からラインハルトの優秀な参謀であった。
彼女の父、マリーンドルフ侯爵が”息子であれば陛下のお役に立ちますのに”と嘆いた程、彼女の智と勇敢さはラインハルトにとっても国にとっても至宝である。

「いや、皇妃にはちゃんと護衛をつけてある。皇妃が大丈夫と言うのだから、俺達が必要以上に手を出すと逆に機嫌をそこねるだろう。」

臣下達の前では皇帝らしく威厳あるたたずまいのラインハルトだが、キルヒアイスと二人だけになると途端に昔のままの彼になる。
有り難いキルヒアイスの申し出だが、ラインハルトは大公である彼にそこまでさせては面目がたたない、と密かに心の中でつぶやくのだった。





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