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ARK 3







常に穏やかなアルクスライヒが、慌ただしい喧噪につつまれたのはその日の早朝だった。国中に咲き乱れていたアルクの花がことごとく枯れてしまったのである。依然からその兆候は顕著に見られてはいたが、一瞬にして枯れ落ちたのに驚いた一部の民が神殿や城につめかけた。
 この国の魔力を吸い取って咲くアルクの花が枯れたということは、つまり魔力の源に何らかの異変があったということだ。この国の普遍的平和の源でもある魔力が無くなったとあれば、国中が混乱に陥るどころか他国の標的にもなりかねない。大国アルクスライヒの礎はまさに神殿の中心より湧き出る力にあった。

「アルクはもうおしまいですっ」
「私は見たんですよ!?庭のアルクの花があっというまに萎んでしまったのですっ!もうおしまいですっ!!!」

 混乱した男達がミッターマイヤーの前に群がっている。彼は、永い間当たり前のように目の前にあった魔力の象徴が突然消え去ってしまった時の衝撃を今更ながらに思い知らされた。

「皆静まれ!アルクの花のことは調査中だが、皆は自分たちの家に戻り落ち着いて待つのだ!」

 ミッターマイヤーが大きな声で男達に言う。国一番の魔法の使い手の言葉を聴いて、先ほどの喧噪が少しづつおさまる。しかし、未だ不安に彩られた彼らは神殿を去ろうとはしない。

「しかしっ!誰かが攻めてきたりしたら私たちはどうすれば良いのですか!?」
「そうですっ。魔力に頼ってきた俺達には何も術がありません!」
「・・・・・・」

 ミッターマイヤーは一瞬瞑目する。
 彼らは一般国民だ。剣術や魔法を習得しているわけでもない。皇帝直属の士官学校出身の者以外はほとんど無防備に生きているのだ。平和の象徴が枯れるのを目の当たりにすれば、混乱するのもわかる。ミッターマイヤーはなるべく彼らを刺激せずにこの場を納めたかった。

────────仕方あるまい

「リヴァイアサン!!!」

   ミッターマイヤーの声とともに神殿内に光が満ちる。そこにいた男達は一瞬目の前が真っ白に染まったのを感じた。

「・・・・アルクの魔力は決して失われたわけではない。この国に満ちあふれる魔力は依然この神殿から力を注いでいるのだ。」

 白い光を纏うミッターマイヤーの頭上には、銀の鱗の神竜の姿があった。男達は初めて見るその姿に萎縮し一言も発する事ができない。

「お前達は在るべき処へ戻り、陛下のお言葉が下されるまでは無用な騒ぎを起こすな。わかったか?」

 男達は唖然としまま彼の言葉に頷く。彼らの上に怯えや不信の表情がないのを見てとると、ミッターマイヤーは自分の頭上を見上げた。

「リヴァイアサン、この者達を彼らの在るべき処に。」

 僅かに頷いた様にも見えるが、神竜は無言のまま大きく吼え再び白い光の中に包まれた。その姿が失せた時、神殿の中にはミッターマイヤー以外の人間は全て消え去っていた。
 途端に肩の力を抜く彼の耳に、パチパチと手をたたく音がきこえる。咄嗟に振り向くのと、柱の陰から彼が出てきたのは同時だった。

「ご苦労だったなミッターマイヤー。」
「ロイエンタール・・・・いたんなら何とかしてくれても良かったんじゃないか?」
「俺は騒がしいのは嫌いだ。」
「それは俺も同じだ・・・・」


 ため息混じりに呟くミッターマイヤーの前で、飄々と現れたのは双璧の片割れだった。いつからそこにいたのか、一連の流れを黙って傍観していたらしい。常ならば気配で彼がいることなどわかるのだが、先ほどの大騒ぎの中ではそれも不可能だった。友達がいのないロイエンタールに、彼は呆れ顔で何度目かのため息をついた。

「・・・・城の方は大丈夫なのだろうな?」
「卿と似たりよったりだ。」
「それはご苦労様だったな。それで、陛下は何かおっしゃっておられたか?」
「いや、表だって騒いでも敵は見つからんだろうからな。俺達はトリューニヒトとかいう男を探し出す役目を仰せつかった。その男がオーディーンにいる間に捕らえられれば良いが・・・」
「・・・・エルベの狂集団か・・・・厄介だな全く。」

 昨日皇妃ヒルデガルドが送ってよこした男の言うには、”アーク”と名乗るエルベの地下教団が先日からアルクスライヒに渡って来ているというのだ。トリューニヒトというのはその教団のトップで、相当の魔法の使い手だという話だ。彼は何らかの方法で教団の男達に魔法を与えてロイエンタール達を襲わせていたらしかった。
 その話をきいて、彼らを襲ってきた男達の力に随分とばらつきがあったのはそのせいかと納得がいった。魔力というものは最終的には本人の資質と相性が力の大きさを決めるものだ。受け入れる側にその能力がなければ、どれ程強大な魔法を手に入れても使役することは出来ない。だからこそ、魔力に優れた血統のもとに生まれたロイエンタールとミッターマイヤーの二人だけが唯一古代魔法を使えるのだ。

「ヒルダ様がご無事だったのは幸いだが、アルクの花が一斉に枯れたというのは大問題だぞ。」
「しかし俺達は以前と変わらず魔力を引き出すことが出来ている。とすると・・・」
「外から何かの力で魔力を押さえているのだろうな。トリューニヒトという男の仕業であるなら、随分と手強い相手だぞ。」
「卿よりも強い相手ならば、是非とも手合わせねがいたいものだがな。」
「俺は卿だけで結構だ。面倒なことは嫌う質なものでな。」
「それは俺もだが。」
「・・・・とにかく、オーディーンへ向かうぞ。」

 ここで楽しく談笑していても埒があかない。急ぎ足で神殿を出、二人はトリューニヒトという謎の人物を探し出す為にオーディーンへと向かった。




 オーディーンの街は喧噪に包まれているかと思いきや、二人が到着した時には元のような賑わいを見せていた。城や神殿で二人が見せたものはパニックに陥っていた男たちの目を覚ましたらしいが、それだけではなく本来の商人気質がこの街の雰囲気をなんとか保っているのだろう。
 アルクの花が枯れようとも、海の向こうから渡ってくる商人や旅人にはあまり関係ない。商売さえ出来れば彼らは問題ないのだから仕方がないが、オーディーンに住む人々は逆にそれに救われたらしい。あとは、本格的な影響が出る前に、エルベから渡ってきたという集団を一層すればいい。問題そのものは面倒だったが、目的は単純だった。

「こうやって眺めていても、誰が”アーク”の一味か見分けはつかんだろうな。」
「・・・・・・」
「どうかしたかロイエンタール?」
「・・・・エミールが見失ったあのヤン・ウェンリーという男とその仲間がやはりエルベから来たのだが・・・・」
「アークに所属する者なのか?」
「そこまではわからんが、エミールの監視から逃れたとなれば疑って間違いはないだろう。初めてあの男を見た時に、何か得体の知れないものを感じた。」

 ロイエンタールはその時を思い返す様に視線を彷徨わせる。彼のとぎすまされた感覚は無視できるものではない。ミッターマイヤーは眉根を寄せて彼を見た。

「やはりその男を探すべきか・・・・」
「エミールが言うには、海鷲で見た後はどう探しても見つけられないらしい。だが俺の勘ではまだオーディーンの中にいるはずだ。それに俺にはどうも彼らがアークに組みする者とは思えないのだ・・・関係はあるかもしれないがな。」

 そうこうしている内に、考え込むロイエンタールとミッターマイヤーの二人はオーディーンのはずれにきていた。いつもであれば積み荷の作業をする男達で騒がしいのだが、 今日はちょうど船の往来が途切れる日である為に、この辺りにはほとんど人がいない。
 天気が良いせいか、対岸のエルベがうっすらとその姿を見せていた。

「・・・・・・」
「エルベで一体何が起こっているのか・・・」
「さあな・・・・ん?」

 黙って海の向こうを見つめる二人だったが、ふいに彼らのものではない気配を背に感じて振り返った。

「誰だ!」
「・・・お静かに願えますかお二人とも。」
「・・・・子供?お前はヤン・ウェンリーと共にいた少年だな?」
「流石はアルクの双璧ですね。」

 振り向いた先に立っていたのはユリアンだった。ヤン達は一緒ではないらしく、彼は一人でそこにいた。

「兄がお二人と話をしたいそうです。アークとトリューニヒトの事で。」
「!?」

 ユリアンの言葉に驚いた二人は一瞬目をみひらいた。まさか向こうからコンタクトを取ってくるとは思わなかったのだ。
 だが、これでアークとヤン・ウェンリーが関係している事が判明した。静かに頷く二人を導くように、ユリアンは背を向けて歩き出した。




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