ARK 4
ユリアンに案内されたロイエンタールとミッターマイヤーの二人は、彼らもよく見知った宿屋の一室にいた。ここは彼らをはじめ部下達もよく出入りする”海鷲”の目の前にある宿屋で、エミールもよもや彼らがこんなすぐ側にいたとは思わなかったらしい。
ロイエンタールは心の中で苦笑しながら、自分の前に立つ小柄な人物にまっすぐ視線をむけいていた。
「ようやくご対面できたというわけかヤン・ウェンリー殿。」
「もうあなた方から隠れる必要がなくなったもので・・・・・・」
ヤン・ウェンリーという人物は実に茫洋とした印象をいだかせる人間だった。ロイエンタールの目はごまかせなかったが、普通の人から見れば害のない平凡な一般人にしか見えないだろう。よっぽどユリアンの方がしっかりしているように見える。
「あまり時間がないので手短にお話しましょう。」
ヤンのその言葉に、横にいた大柄な男が何かが入った袋を二人に手渡した。ロイエンタールは彼がシェーンコップという名前であることは知っているが、彼ら3人の関係は全く耳に入ってこない。見ている限りでは、ヤンとユリアンの用心棒というところであろうか。
「これは?」
「どうぞ、袋から出して下さい。」
ヤンに言われてミッターマイヤーは黙って袋の中身を取り出した。
「・・・・本・・・に見えるが・・・?」
「その通り、それは本ですよ。」
「本には見えるが、開かないぞ。」
楽しそうに笑っているシェーンコップに、憮然としてミッターマイヤーが言う。確かに彼が開こうとしても表紙すら開けない。
しかし、横のロイエンタールはその本をまじまじと見ながら真剣な顔をしていた。
「どうかしたのかロイエンタール?」
「・・・・・・・・・一体どこでこれを?」
「おや、その本が何かおわかりになるんですか?」
「何処で手に入れたのかときいている。」
有無を言わせないロイエンタールの言葉に、シェーンコップは肩をすくめてヤンの方を見た。
「手に入れたわけではないんだが・・・・それは私の家に大事に保管されていたものです」
「ほう・・・・貴方の?」
ロイエンタールの色違いの瞳がきつい光を帯びてヤンを睨んだ。まだわけの分からないミッターマイヤーは、彼の横で不思議そうな表情をしている。ヤンとロイエンタールの間に、どこか不穏な空気が流れ初めていた。
「トリューニヒトがやろうとしていることに予想がつきますか貴方に?」
「・・・・その男、かなりの使い手とみうけるが?」
「あなた方二人には及ばないでしょうね。それにアルクの皇妃ヒルデガルド様もおられる。アルクの土台とは、それ程簡単に崩れ去るものではありません。」
「それでは、トリューニヒトという人物はいったい?」
「こう言っては何ですが、これは個人的恨みに起因するお家騒動のようなものです。アルクスライヒとエルベという兄弟国のね。」
ヤンは少々めんどくさそうに語る。一見、ただの世間話をしているようにしか見えないのが彼の不思議なところかもしれない。
「・・・・けれども、ちょっとした力を手に入れたがために、トリューニヒトは盲目になってしまった。彼に従うアークの信者達もそうです。私達は出来ることなら事前に彼らの行動を止めたかったが、少し遅かった様だ。アルクの花が枯れてしまった以上、この本を貴方方に託すのが最善のことだと思います。お二人ならこの力を問題無く引き出せるはずだ。」
ヤンはロイエンタールの手元にある本に目線をやると、ゆっくりと椅子に沈み込んだ。それを見ているロイエンタールの眼差しは酷く険しい。
「それで何故このメギドの書が貴方の家にあったというのか。」
「・・・メギドだと!?本当なのかロイエンタール!」
「間違いない。」
「これがあのメギドの書だとは・・・・」
驚くミッターマイヤーを一瞥し苦笑すると、ロイエンタールはヤンに視線を戻し返事を促す。
「・・・・・その様な事は自然とわかることですよ。重要な事は・・・・・・・」
ヤンが身を乗り出すようにして、ミッターマイヤー達へ交互に視線を向ける。
「レギオの書は皇妃様がお持ちだが、残りの一冊であるアギラの書はトリューニヒトの手にあるということです。本来ならば我が家にあったはずなのにいつの間にか彼の手に・・・・いえ、これもまた後でわかることですね。」
「なるほど。3冊の書が手に入り自由に操れるのならば、この国を落とす事は可能だな。トリューニヒトの目的は知らんが。」
「それも自然にわかりますよ。案外に安直な理由でがっかりするかもしれませんね。」
どこか楽しそうに話すヤンも、その目は決して笑ってはいなかった。
レギオ、メギド、そしてアギラの書には、アルクの書とは別にアルク古代魔法の召還を封じる魔法が納められている。アルクの古代魔法とは一歩間違えると諸刃の剣と為り得る為に、神殿の手からは離されて別々にされていた。これらの書は3冊揃ってこそ強大な力を発揮するのだが、誰の手にあるのかは長い年月の中で完全にわからなくなっていたものだった。
最終的にはそれぞれの使い手の力の強弱で決着がつくために、この国の外にこれらの書があるとなると自然と慎重になる。
「あなた方はこれからどうするのですか?」
ミッターマイヤーが眉根を寄せながらヤン達に尋ねる。
「私達はね、トリューニヒトから見れば役立たずで出来損ないなんです。けれどもこの国に荷担すれば大問題になりますね。仕方がないのでおとなしく皇帝陛下の元へ行きましょうか?」
「・・・・・・・」
「ユリアン、お前はそれで良いかい?」
「勿論です。」
「では、すぐに向かいましょう。」
言うが早いか、いそいそと仕度をしはじめたヤン達に呆気にとられたミッターマイヤーとロイエンタールの二人は、半信半疑ながらもここは彼らの言う通りに城へ連れていくことにした。
「・・・・・卿の勘が当たったのであれば、これも良かったというべきだろうか?」
「茶化すなミッターマイヤー。」
おとなしく彼らを待つ二人に向かって、ヤンが僅かに笑みを向ける。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私とユリアンは、エルベ国王立司書殿の長を務めるヤン家の者です。このシェーンコップは、父の代から仕えてくれています。」
「王立司書?すると貴方はエルベ王家の方か・・・?」
エルベの王立司書というのは確か王家に連なる者のみがなれるはずだとミッターマイヤーは記憶する。
「母は王家の一員でした。けれどヤン家は王家よりももっと別な所に近い繋がりを持つのですよ。」
「マリーンドルフ家・・・・・」
「流石にわかりますか。」
皇妃ヒルダの実家であるマリーンドルフ家とは、アルクスライヒ王朝の始祖である初代皇帝の弟から流れをくむ由緒正しい王家の血統だが、それ以上に初代皇帝とともに古代魔法の全てを操ったとされる強大な魔力が受け継がれていた。皇妃とて論外ではない。
「おわかりになりますか?トリューニヒトは我がヤン家に残されていた古代魔法を使ってアークの信者達とともにアルクに対抗しようとしているんです。馬鹿馬鹿しい理由でね・・・・・さて、行きましょうかお二人とも。」
最後は呟きに近かったが、ヤンの表情からは嘘や偽りが見て取れない。ミッターマイヤーはそっとロイエンタールの表情を伺うが、彼は視線を一瞬ミッターマイヤーに向けて頷いた。ここまで話してもらえれば十分だった。
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