ARK番外: 冬の双璧
一年の内に最も凛とした季節を迎えたアルクスライヒは、冴えた空気のおかげで一面に咲き乱れるアルクの花が常以上に美しかった。
今年も神殿の昇格審査が行われる時期になった為、普段は静まり返っている神殿も今日ばかりは賑やかだ。素質のある希望者や推薦を受けた者を集めて結果を見るわけだが、最終的にアルクの書を開ける者は過去を見てもほんのわずかだ。
稀代の使い手というのは、滅多に現れないから稀代というのだが、今回ばかりは神殿の長老達も流石に驚いた結果となった。
過去に多数の名高い使い手を排出しているロイエンタール家の長男であるオスカーが真っ先にアルクの書を手にしたのは予想されていたことだったが、いわゆる選ばれた家系ではないミッターマイヤー家の長男であるヴォルフガングが同様に古代魔法を召喚させたのは全く予想外だった。
「・・・・古代魔法の継承者が一度に二人も出るとは、始祖王の時代以来ではないのか?」
「何か大災の予兆でないと良いがな・・・」
長老達の不安を余所に、当の二人は選ばれた喜びに嬉しそうな笑顔を見せている。
今日初めてお互いを知った彼らは、とりあえず相手をまじまじと見つめた。二人とも12才という若さだが、実力はそれ以上だろう。
「俺はヴォルフガング・ミッターマイヤーだ。君の事は噂で随分と聞いたけど、噂に違わずと言ったところだな。」
そう自己紹介しながら、笑顔で手を差し出す。
蜂蜜色の髪が柔らかそうだ、などと思いながらロイエンタールも自分の手を差し出した。
「オスカー・フォン・ロイエンタールだ。長老達は特に君に驚いた様子だったが・・・・」
「ははっ。ロイエンタール家といえば王家に次ぐ名門中の名門だしな。俺みたいなのは珍しいんだろう。」
魔法というデリケートな物を継承するには、それなりの血統を持つ器が必要だ。必然的に同じ家系に優れた使い手が生まれることになる。
「何にせよ、これからは共に学ぶことになったわけだミッターマイヤー?」
「ああ。お手柔らかに頼むよ、ロイエンータル。」
アルクスライヒでは、希望すれば12才から王立の学舎に入ることが出来た。親が城に務める者であればほとんどがそうなるが、ロイエンタールとミッターマイヤーの様な者達は学舎で特別な教師につく。普通の学生達とは一線を画した存在となる故に、二人が共に学べるという状況は一人よりもお互いの為に良いことかもしれなかった。
地形のおかげなのか、アルクスライヒの冬は比較的温暖だった。時たま霜の降りた朝などは、アルクの花が綺麗に光って人々の感嘆を誘っているが、誰もが雪深い風景というものを見たことがない。
「見たかあの顔!!」
ミッターマイヤーが持ち前の元気さで、学舎から駆け出す。ロイエンタールは楽しそうな笑みを浮かべながら、のんびりと後を追いかけた。
二人の日課は、神殿から来る教師について魔法を正しく使役する勉強をすることだが、新しい魔法を覚えるのはどちらにとっても代え難い楽しみだった。
素質は充分以上とはいえ、いきなり全ての魔法を使えるわけではない。古代魔法が閉じられているアルクの書も、開けたからといって召喚が可能かといえばそうでもなかった。大概の古代魔法では召喚獣のご機嫌をとることが最重要事項だからだ。
「しかしなあ、あいつらの気難しさはどうにかなんないのかなあ。」
本日めでたく2つ目の召喚獣とお友達になったミッターマイヤーが、心底疲れたという風情でため息をついた。実際のところは、魔法の使役にはそれなりの魔力が必要なので、まだ子供である彼らに使える魔法というのは限られているのだが、それでも若い彼らには悔しい事この上ない。
「しかし、教師も褒めていただろう。他の人間から見れば充分な域じゃないのか?」
そうロイエンタールが言うが、ミッターマイヤーは思い切り嫌そうな顔をした。
「お前に言われたくはないぞ。俺と違ってお前はエリートだからあまり苦労はないかもしれないが、俺はお前の倍は努力してるんだ!」
「素質と実力は比例しないと思うが。あくまでも努力の上に成り立つものだからな。」
冷静に返されてはミッターマイヤーは言い返せない。ロイエンタールの勤勉さは彼も知っているからこれは八つ当たりなのだが、それでも納得がいかないという風に彼は唸っている。
「いや、お前のは勤勉じゃなくて負けず嫌いというべきだな。」
「・・・・何の話だ。」
「こっちの話だ。」
いつも飄々としているロイエンタールが実はおとなしくも何ともないということを、最近親友と言って良い程に親しくしているミッターマイヤーにはよくわかっていた。一度怒ると相手を殴り倒す位は平気でやってのけるのだ。こいつだけは怒らすまいと心の中で誓っているミッターマイヤーだった。
「だけどなっ、お前はいくつも魔法を持ってるじゃないか!俺なんてやっと2つだぞ2っ!!」
「俺は攻撃魔法が専門なんだ。お前の得意とするのはもっとデリケートなものだろう。簡単にはいくまい。」
「それでもなんか悔しいぞ・・・・。」
「・・・・・・」
憮然とした表情のミッターマイヤーは、絶対悔しいとばかりにロイエンタールを睨んでいる。これはどうしたものかとロイエンタールも思案するが、これ以上何を言っても納得はしないだろうとため息をついた。
「・・・そうだ。」
「何だ。」
いきなりミッターマイヤーが何かを思いついた様子なので、ロイエンタールは彼が何を言い出すかと待ち受ける。
「力比べをしよう!」
「・・・・・・」
「この前話をした商人が雪の話をしてたんだ。この国にはあまり縁がないものだけど、一面真っ白ってのはすごく綺麗だと思わないか?」
「エヴァが見たいと言ったんだろう・・・」
「・・・・そうだけど。」
エヴァというのはミッターマイヤーの幼なじみの可愛い女の子だ。12才のくせに将来まで誓ってしまったという間柄である。
「どうだロイエンタール。先に雪を降らせた方が勝ちだぞ。」
「・・・・・怒られるぞ後で。」
「自信が無いのかロイエンタール。」
「・・・・・・」
教師に怒られることなど大したことではないが、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容にロイエンタールは思い切り呆れた。
「・・・・・・・」
ちらりと見ると、ミッターマイヤーは魔法を使うのに少々苦心している様子だった。何故かと言えば理由は簡単で、雪を降らせるという芸当をさせるのに適している魔法が無いからだ。そういうのは大概ロイエンタールが得意としているので、どうしてミッターマイヤーが最初にそれに気がつかなかったのかがロイエンタールには謎というより笑えた。
「リヴァイアサンっ!雪降らせろ雪!!」
「・・・・・・」
召喚獣というのはそれなりにプライドがあるらしい。阿呆みたいな要求にはそうそう応えてはくれないのが事実だ。12才の若造など、所詮はヒヨッコでしかない。
「駄目かやっぱり・・・」
疲れたのかミッターマイヤーはそこに勢いよく座り込んだ。
「エヴァはそんなに雪が見たいのか?」
「目を輝かせてたぞ。」
エヴァを喜ばせたいのかロイエンタールを負かせたいのか、目的がどっちが優先なのか一目瞭然だ。ロイエンタールも流石に苦笑を隠せず笑ってしまった。
「何だよ・・・。」
「そんなにエヴァを喜ばせたいんだったら、一緒にやれば良いんじゃないか?」
「一緒に?」
首をかしげる彼の横で、ロイエンタールは空を見上げて片手を挙げた。
「ガルーダ!!!」
詠唱無しで呼び出せる召喚獣は限られているが、ロイエンタール程に素質のあるものはそれ程苦労しない。そこがミッターマイヤーが羨むところなのだが、こればかりは持って生まれた血だから仕方が無い。
どこからともなく強い風が吹き出す。すぐに空間が歪んで、光とともに一羽の鳥が現れた。
「ガルーダ、申し訳ないが北の山脈の向こうから冷たい風を運んできてくれないか?こいつが雪を降らせたいんだそうだ。リヴァイアサンと一緒にお願いできるだろうか。」
ロイエンタールにしては珍しく殊勝に尋ねると、ガルーダはしばし考えていたが、すぐに大きく羽根をはばたかせて了解の意を見せた。
「・・・だそうだ。試してみる価値はあるだろう?」
「わかった!リヴァイアサンっ!向こうから雨を運んできてくれ!」
先ほどから無茶なお願いをされていたリヴァイアサンも、これにはしっかりと頷いた。
2つの召喚獣が強い風と光とともに一瞬にして消え去る。
凄まじい力の跡が、ロイエンタールとミッターマイヤーの二人を激しく煽った。
「・・・・・気難しいガルーダがよく承知してくれたな。」
「俺の人徳だ。」
しれっと言うロイエンタールの言葉も、魔法に関しては頷いてしまう。その他の面においては全く縁の無いセリフだったが。
時間にすれば1分程だろうか。
じっと待つ二人に再び凄まじい風が巻き起こった。
だが今度は恐ろしく冷たい風だった。思わず震えてしまったミッターマイヤーが空を見上げると、ちらちらと何かが落ちてきた。
「・・・雪だロイエンタール!」
「どうやら成功だったらしいな。」
最初は少ない雪も、少しずつその量を増してきた。
陽の光の中で降るどこか不思議な雪は、キラキラと光ってとても綺麗だった。この分だとあっというまに積もるに違いない。
「エヴァが喜ぶな!」
「・・・・・・」
絶対に神殿の長老達が黙ってはいないだろうと、ロイエンタールは軽くため息をついた。
「ぶわかもんがっっっ!!!!!!」
彼らを見た瞬間に出た一声がそれだった。
静かな神殿に木霊する長老の声が、恐ろしく明瞭に響いている。
「・・・・・・・」
わかっていて手を貸したロイエンタールも、とりあえず大人しくお小言をきいている。悪いなどとは全く思っていないが、アルク全体が銀世界になってしまったのは流石にまずかっただろうと少し反省してみる。
「収穫の後だから良かったものの、あんな雪など降っては作物も駄目になってしまうのだぞ!魔法を遊びに使うとは言語道断っ!二人ともしばらく神殿で謹慎しておれ!!!!」
神殿で謹慎。12才の元気な子供達には非常に辛いものだ。毎日ただひたすら神殿の図書館に籠もってお勉強するのだから、特にミッターマイヤーにはたまったものじゃなかった。
雪が降っていた時は寒かったが、降り終わってしまえばもとの暖かい風が吹き始めた。雪もすぐに溶けて無くなってしまうだろう。
エヴァは母親と一緒に束の間の時を楽しんでいた。
「綺麗ねえお母さん。アルクの花がキラキラしてるわ。」
「そうねえ。でもウォルフったら大丈夫かしら?」
「神殿に籠もってお勉強なんですって。ロイエンタールさんが、あいつには丁度良い機会かもって言ってたわ。」
「まあ。仲が良いのは素敵なことね。」
「羨ましい位だわ。」
ズレた会話を楽しみながら、エヴァ達は溶けつつある雪によって生み出された細い水の流れに感嘆した。
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