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ARK番外: 春の双璧 2







 二人の身分と格式に見合った荘厳な結婚式の後は、弟であるラインハルトによる舞踏会がひらかれていた。だが正しくは、堅苦しい儀式よりも皆で盛り上がれた方が良いだろうというアンネローゼとキルヒアイス達からの願いによるものだ。
 城で仕える人間が全て気楽に顔を合わせる機会というのは少ない。
 皇帝直属の者が集まるというと会議であったり式典であったりで、ろくに息もつけない状態だ。ラインハルトもアンネローゼも父である皇帝に比べると随分と柔軟な方なので、父帝が苦笑しているのを知りつつ出来るだけ気を抜ける場を提供してきている。
 城で催される舞踏会といえば、普段忙しくて出会いの少ない男達には天国だった。美しく着飾った女性達が大勢声をかけられるのを待っているからである。勿論上流階級のお嬢様達はそれぞれに婚約者だの何だのがいるものだが、それでも若い娘にとっても胸がときめくものだ。
 今夜は当然ながら、いずれ帝国の要のひとつとなるだろう二人の姿もあった。家柄からしてこの様な場には慣れているロイエンタールと、まだまだ場数をこなしていないミッターマイヤーは、酒のつがれたグラスを片手に壁ぎわで談笑している。そんな二人を遠くから見ているお嬢様方も、なんとなく二人の間に割り込みにくく、手持ち無沙汰で眺めていた。

「で、良い方法が見つかったのかミッターマイヤー?」

 人の悪い笑みを浮かべて、ロイエンタールは楽しそうだ。

「・・・・あちらでお前を見て、女性方がそわそわしているぞ。お相手してきたらどうだ?」
「そうだな。景気の悪いお前の顔を見ているよりは建設的と言うべきか。」
「勝手に言ってろっ」

 からかわれるのが少し悔しいのか、ミッターマイヤーはグラスを持ったまま外に向かって歩いて行った。
 それを気にした風でもなくロイエンタールはお待ちかねの女性達の方へとさりげなく足を向ける。彼女達が途端にざわめいた。



 外の空気を吸いたいからと、ミッターマイヤーは次々とかかる声をかわしながらテラスの方へと出た。
 人がいたら嫌だなと思いながら見渡すと、運良く人影は無い。ほっとしながら彼はテラスの端に寄りかかり、城下に拡がる街の明かりを見下ろした。
 あの中の一つが愛するエヴァの家の光だと思うと、沈んだ気持ちが少しだけ浮上するようだ。大公殿下の結婚式に不謹慎だと思いながらも、彼の頭にはエヴァのことしか無かった。

「・・・しかし、ロイエンタールは本当に女性に好かれる奴だな。」

 決して女性に色目を使っているわけでも無いが、勝手に女性の方から寄っていく。だからこそ長続きはしないのだが、ミッターマイヤーにしてみれば凄いとしか言いようがなかった。

「俺はエヴァ一人で充分だよ。他の女性なんか目に入らないしな・・・」

 苦笑しながらきらびやかな中を見ると、大勢の女性に囲まれた親友が目に入る。

「一人の人間だけを一生守り続けるより、ロイエンタールの様に遊びを楽しむ方が女性は好むのかな?だが結婚したらそれでは困るだろうに・・・・」

 真面目にそんな事を考えていたら、なんだかおかしくなってきた。
 少し風がでてきた様だ。髪がゆるやかに風になびく。
 ミッターマイヤーは、ふと彼がてこずっている精霊シルフが風の様な性格なのだと思い当たった。風の様に気まぐれで、だがプライドはとても高い。捕まえるのが難しいのに、時折気まぐれにその場に留まってくれるのだ。

「召還獣も同じ事を考えるのか?だったら俺じゃなくてロイエンタールだったら良かったんだが。あいにく俺は不器用だしなあ」

 一人でぶつぶつ言っているのは傍目からは不気味だろうが、誰もいないのを良いことに彼はそのまま独り言を呟いていた。

「・・・・きっと俺じゃつまらないんだろうけど、大事に君の力を使わせて貰うと約束するよ。一番はエヴァだけど、2番目に大事な女性じゃ駄目かな?」

 ロイエンタールには絶対きかせられないセリフをはきながら、ミッターマイヤーは見えるはずのない風の流れを見つめた。



 ふと風が強くなった。
 ミッターマイヤーは目を開けていられなくて、思わず腕で顔を覆う。
 手に持っていたグラスが床に落ちたが、それどころでは無かった。
 テラスの大きな窓が、強い風のせいでバタバタと煽られている。
 そしていきなり全ての窓が大きな音をたてて開いた。
 室内で優雅にダンスと談笑を楽しんでいた賓客達は、いきなりのことに驚いていっせいにテラスのほうを見た。

「・・・花が・・・」

 誰が呟いたのかはわからないが、確かに外から花びらが舞い込んで来はじめた。薄いピンクの可愛らしい花びらだ。
 風の強さは全くおさまらず、次々と舞踏会の会場にピンクの花びらが入ってきて、どんどんと室内がピンク色になっていく。
 ふと、それをじっと眺めていた一人の女性が、思い出した様に呟いた。

「・・・これは・・南の方で咲く春の花ですわ・・・。きっと大公様と大公妃様のご結婚を祝福しているのでしょうね。」
「フロイラインは物知りなのだな。」
「まあ、殿下におっしゃられては私は恥ずかしいばかりですわ。」

 女性の身で皇太子ラインハルトの側近として様々な仕事をこなす彼女は、ラインハルトの褒め言葉にそう返しながら、未だ止まぬ花びらの洪水を見つめていた。



「どうやってあの気まぐれな女性を手に入れたのかなミッターマイヤーは。」

 ロイエンタールは後で聞き出そうと、春の祝福をまずは楽しんだ。



 テラスで一人ミッターマイヤーは、風とともにたたずむ美しい精霊の姿を見た気がした。



ENDE


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