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Die Blume Vergssnicht







褐色の髪,そして青い瞳。この子供の未来を見る事は出来ないが,それならばせめて最高のプレゼントをやろう......

−−−−−そして,沈黙が意識の先端から少しづつ広がって来た。



「ただいま父さん。」

「何だ,まだ十時じゃないかフェリックス。」

 勢い良く飛び込んで来た息子と時計とを見比べながら,ミッターマイヤーは不審そうに言った。

「明日は記念式典があるじゃないか。明日と明後日は休みだよ。宿題が一つ出てるけど。」

「ああ,そうか。今年はお前の学校でやるんだったな。」

「去年もやったよ....」

 そうか,といいながら,彼の父親は忙しそうに支度をしている。きちんと正装し,白い手袋をはめ,胸には数々の勲章をつけて。
 おそらく今日の演説の為だろうが,今は滅多に見られない軍服姿だった。

「いいなあ,それってヒルダ様から戴いたんでしょう?」

「まあな。だが父さんはそれまで着ていた軍服に愛着を感じるがな。そういやお前,宿題があるなら早くやっておけよ。」

「うん。でも調べなきゃいけないから,後で王立図書館に行ってくる。」

「何を調べるんだ?」

「あのね,教本に載ってる人の中から一人選んでテーマを決めるんだけどね。」

「ロイエンタール?」

「そう。」

 日ごろから父親には物好きだな,と言われているのだが,フェリックスは父の親友であった人を父と同じくらい敬愛していたし,彼の友人と一緒に本で調べたりビデオを見ていたりしたので,彼の父よりもたぶんくわしかった。
 それに父はなんだかんだと言うが,実は今は亡き親友を心の底から尊敬しているのだと,少なくともフェリックスはそう思っていた。

「調べなくても良いんじゃないのか?」

「ううん。テーマがね,ロイエンタール元帥は最期に何を言ったか,なんだよ。僕なりに解釈してみようと思うんだけど,他に二人同じテーマをやってるから,そっちにも聞こうかな。」

「そうか。ま,がんばってくれ。父さんはこれから元帥府に出向かねばならん。」

「父さん,ロイエンタール元帥の話になるといつもどっか行っちゃうんだもんなあ。」

「俺は忙しいんだ。」

 理由になってないよ,とフェリックスは思うのだが,とにかく父親は息子とその話をするのが苦手らしい。その理由なら彼にはわかっていたが。
 そして,彼はその理由の為に王宮へ行くのだ。図書館ではなく。




「やっぱりね,父さん母さん。親としては辛いところだよね...」

 まだ家には誰もいなかった。母親も一緒に元帥府へ行ってしまったのだろう。フェリックスはそのまま二階の父親の部屋へ行った。

 デスクの上は書類でいっぱいだ。横に目をそらすと,黒塗りのフォトスタンドが置いて在った。おそらくたった一枚しかない,父の親友の写真。
 白いワイシャツを着崩して,たぶんカメラを向けいてる友人に笑いかけているのだろう。ワイングラスをかたむけている姿が妙にフェリックスの目をひいた。

「僕は目元が似てるかな。アンネローゼ様は口元がそっくりだっておっしゃってたけど....」

 どちらにしろ,確かめたい事がはっきりしたので,彼はすっきりとした気持ちだった。

 ふと時計を見ると既に八時をまわっている。両親はまだ帰ってくる気配が無かった。




 外に出ると,空気がひんやりとして気持ちが良かった。家の明かりに照らされて,庭の木々が白く浮かびあがっている。フェリックスは夜露に濡れた草木をかきわけ奥の方に入った。
 普段はあまり入らないのだが,今日だけは特別だ。母親が大切に育てている白バラがいつになく綺麗で,暗いはすなのにその白い花が光っているようで,なんとなくそこにずっといたくなってしまう。
 彼はそばにあった椅子に座ろうかと思ったけれど,ふと何かを思い出した様に地面に座り込んでじっとそれを見つめた。

 いつだったか,ボールが庭の奥に転がってしまったので,ここに探しにきた事があったのだが,その時に父親が椅子に座って何か考え事をしていたのだった。
 テーブルの上にワインとフラスを二つ置いて,両肘をついて,考え事というよりは誰かと話している様な雰囲気だった。何だか音をたてては悪い気がして,その時はそっとその場を離れたのだが,今になって思えば,目の前にいるべき人が誰だったか,最愛の妻でもなく,親しい友人や部下でもなくて,一体誰だったのか。
 答えはわかっているつもりだった。

 白いテーブルと椅子は,白いバラの群れに同調して溶け込んでいる。フェリックスは両膝に顔を埋めて,閑散とした空気の流れを追った。




 ふと見上げると,その人がいた。

 その人は,まわりの景色に溶け込むように,本当に自然にテーブルの上で腕を組んでいた。
 どこかで見たことのある少し翳った横顔が,とても懐かしくて,驚きより先に得体の知れない感慨が胸の奥から込み上げ来る。
 しばらく声をかけるのを躊躇ったが,その人が突然の不当な侵入者であることに漸く気づき,フェリックスは閉ざしていた口を開いた。

「あの...貴方はどなたですか?さっきまではいなかったのに...」

 それまで微動だにしなかったのだが,フェリックスの言葉でようやく我をとりもどしたように,その人は顔を声の主へと向けた。

「....夢か?それとも....」

 フェリックスは,自分の内にものすごい衝撃が走るのを感じた。何故この人はここにいるのだろう。会うはずのない,否,会う事などできないはずの人がどうして自分の目の前にいるのだろうか。
 目の前のその人はじっとこちらを見つめている。彼も何かを感じた様に,呆然とした表情を浮かべている。

 ふと,彼の表情がゆるんだ。間に漂っていた空気も流れはじめ,かすかに風が吹き始める。

「あの.....」

 バラの花弁が一枚,はらりと舞い落ちた。

「お前は遠慮深いのだな。私とは正反対だ。」

 フェリックスは何を話して良いのかわからなかった。

「どうしていいかわからないんです。たぶん僕は夢を見てるんだと思います。だけど僕は確かに望んだんだす,貴方に会いたいって....。そして一つだけ聞いて欲しい事があったから...」

 言葉が上手く紡げなかった。

「今,幾つだ?」

「僕ですか?十六歳です。あ,今日十六になったんです,誕生日なので...」

 毎年来る自分の誕生日が,実は何を意味するのか彼はよくしっている。いつも彼の誕生日が心から祝福されることはなかった。

「今日は....十二月十六日,そうだな?」

「はい,そうです。今日は帝国統一の日とされていて,明日は式典があるし,雨にならないといいけど....」

 これだけの会話で,全てを語りきったきがした。
 たぶんこの人が知りたい事は全部話しただろうと彼は思う。雪のかわいりに白い花弁が散って,記念すべきこの日を書き記すように暗闇に消えた。
 もうすぐ親が帰ってくるだろう。

「どうかしましたか?」

 フェリックスは,彼がしきりに腕を覗き込むので,どうしたのかと思って声をかけた。

「何でもない。時計が止まってしまっていただけだ....」

 まだ何か言いたそうなのだが,彼は口を閉ざしてしまった。僅かに笑みが消える。少しばかりフェリックスは首を傾げた。
 その時,今まで暗かった周りが少しだけ明るくなった。家の方を見ると,電気がついている。

「父さん達が帰って来たんだ!」

 思わずそう叫んだ時,家の方から父親の自分を呼ぶ声がきこえた。どんどん声が近づいてくる。

「おーいフェリックス!そこにいるのかっ!」

「どうしよう....」

 ふと後ろを見ると,さっきと同じようにてーブルに人影はあった。だが,だんだんとぼやけてしまって,さっきの様にははっきりしてない。彼は父親の事も忘れて叫んだ。

「僕っ,貴方のように立派な人になりますっ!」

 その人はふっと笑った。

「俺はそんなに立派ではないがな...一つだけ聞き忘れていた。」

「何ですか!?」

 今にも消えそうな人に,すがりつくような目でフェリックスは言った。

「お前の名は?」

「....聞いて下さいますか?フェリックス....フェリックス・フォン・ロイエンタール。それが僕の名前です。」

 最後にもう一度笑ってくれたきがした。

「良い名だ...」

 完全に消え失せて,そして,同時に父親が姿をあらわした。

「おいフェリックス,いたんなら返事くらいしろ。フェリックス?」

「ねえ父さんに会ったよ。僕の聞きたい事はきけなかったけど....」

「....?.....」





* DAS ENDE *

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