ネット遺書
私はよく神様を恨みました。運命を呪いました。
でも、私はもう神様を恨みません。恨めません。責任転嫁はもう、しません。
私は目を逸らさないことにしました。
すべては私が悪いのです。すべて、私が……
10月
25日(月)
「今月ピンチなんだよねぇ」
学校の帰りでした。ルイ・ヴィトンの財布を覗き込みながら、梨花ちゃんが言いました。
梨花ちゃんは毎月ピンチだと言っています。私はくすくす笑って、「使い過ぎだよ」と軽く窘めました。
すると、梨花ちゃんはおどけてみせて、私達は一緒に大笑いをします。
いつもはそうでした。けれど、今日は違いました。梨花ちゃんは真剣に言いました。
「香、援助交際してみない?」
私は一瞬耳を疑いました。
確かに梨花ちゃんは今っぽい格好をしています。日サロの肌、茶髪にルーズソックス、と型通りです。
でも、梨花ちゃんはお金のために身体を売ったりするような子ではありません。友達の私がよく知っています。
明るくて面白くて可愛くて、クラスの人気者、私の憧れの人。それが梨花ちゃんです。
きっと梨花ちゃんには、やむにやまれぬ事情があるに違いありません。
私はどう答えたらいいのかわからなくて、黙っていました。
そんな私の様子を見てとって、梨花ちゃんが言葉を続けました。
「援助交際っていっても、売りじゃなくって、オヤジとご飯食べて、カラオケ行くだけだよ。私の友達が、それだけで二万円もらったんだって。おいしくない?」
「……うん、まあ……」
「でっしょー。でも一人で行くのって怖いじゃん。だから香ついて来て。一生のお願い」
梨花ちゃんは手を合わせて私に頭を下げました。綺麗な髪がふわっと揺れて香水の匂いがしました。
「お願いぃー。私達友達じゃん」
友達、という言葉にグラッときました。友達……初めての友達……。わかったいいよ、私は頷きました。
「ほんとにー? ありがとー。」
そして梨花ちゃんは電話ボックスに入っていき、間もなく出てきました。見事約束を取り付けたようでした。
待っていたのは、お腹の出た、禿のオジサンでした。大事そうに鞄を抱えて、イヤラシイ目つきで私達をジロジロ見ていました。
カラオケに行くだけという約束で、私達はオジサンについていきました。
着いた先はカラオケではなくて、ホテルでした。ホテルの中でカラオケをするのがトレンドなのだそうです。私は怪しいと思い躊躇しました。が、梨花が素直について行くので私も後に続きました。
梨花ちゃんはノリノリでした。お酒を飲んでいたからでしょうか?
マイクに向かってシャウトしていました。
オジサンは私にお酒を勧めてきました。梨花ちゃんが一気一気と捲くし立てるので思い切って飲んでみました。苦くてまずかったです。
そんな感じですべてが終わるのだと思いました。が。違いました。
私が歌っているとき、事件は起きました。
飲み過ぎてか、梨花ちゃんはトイレ行ってしまいましたのです。
部屋には私とオジサンの二人きりです。私は怖くなりました。オジサンが近づいてきます。
歌っている場合じゃありません。私はマイクを捨てて、梨花ちゃんを追いかけようとしました。
と、腕をオジサンにつかまれてしまいました。すごい力で引き寄せられて、臭い息をかけられました。
強引にキスされました。ファーストキスでした。舌を入れられ、同時に、胸をもまれたり、アソコを触られたり……。
私は梨花ちゃんが戻って来るのをひたすら待ちました。
しかし、梨花ちゃんはなかなか戻ってきません。その間にも私は着実に蹂躪されていきました。
私は遮二無二もがきました。けれど、もがけばもがくほどオジサンは喜んで舌を吸ってきました。
私は無我夢中で、その舌を噛んでやりました。瞬間、オジサンは絶叫して転げまわりました。
チャンスとばかりに私は一目散に逃げ出しました。
怖くて怖くて、私は眠れませんでした。ずっと、布団をかぶり、日が昇るのをただただ待っていました。
26日(火)
一晩明けて、鞄がないことに気がつきました。ホテルに忘れてきてしまったようです。
同時に、梨花ちゃんもホテルに忘れてきたことにも気がつきました。
学校に着くとすぐ、私は梨花ちゃんに謝りに行きました。梨花ちゃんは友達とお話していました。
「昨日はごめんね。梨花ちゃんがトイレ行ってるときに私襲われて、それで怖くて……」
「……結局自分のことしか考えてないんでしょ?
もう私に話しかけないでよね」
そういうと、梨花ちゃんはまた友達とお話に花を咲かせました。
どうにか許してもらおうと、私は言葉を紡ぎました。
「あの、本当にごめんね。梨花ちゃん、なにもされなかった?」
バンッ。梨花ちゃんは机を叩いて立ち上がりました。
「いい子ちゃんぶっててウザイんだよ! 死ねっ!」
梨花ちゃんとお話していた子達も、白い目で私を見ます。私はおとなしく席に戻りました。
久しぶりに一人で食べたお弁当は、涙の味がしました。
あの、辛酸の日々の記憶を忘れかけていた自分に気がつきました。
27日(水)
私は今、ハルシオンを見つめています。青くてとても綺麗です。
朝、目が醒めて外を見ると、雨でした。私は突然猛烈に死にたくなりました。
学校に行くと、私はまず梨花ちゃんに話しかけます。それが1日の始まりです。……でした。
梨花ちゃんは今日も一言も口をきいてくれませんでした。当然の報いです。
学校にいても、家にいても、人間が持つ負の感情をすべてミックスさせたような、どうしようもない気分が私を押し潰そうとしていました。
その上生理が始まり、私はいよいよ死にたくなりました。
それから私は久しぶりに太宰治の「人間失格」を読み返しました。死が甘美に思えてなりません。
そして私は、昔、お母さんの薬箱からこっそりとくすねた睡眠薬を探しました。
梨花ちゃんの言うように、私は自分のことしか考えていないイヤな人間です。
28日(木)
今日もやっぱり覚醒はやってきました。
ハルシオン1錠で永眠することはできないようです。
わかっていながらも大量には飲めない自分に嫌気がさします。
自殺した小中学生の報道を聞くと、私よりも小さいのにスゴイなあと感心してしまいます。
学校に行くと、上履きがなくなっていました。
仕方がないので靴下のまま1日を過ごしました。冷え込みが厳しい季節で辛かったです。
それにしても私の上履きはどこへ行ったのでしょう?
まさか、梨花ちゃんが? そんなわけがありません。
きっと、犬が咥えていったんです。
梨花ちゃん、ごめんね。
29日(金)
夕方7時頃です。無言電話がありました。
お母さんが続けて三回とり、四回目が鳴りました。
お母さんは気味悪がっていたので、今度は私が出ました。
雑音が聞こえました。きっと公衆電話からだと思います。
「もしもし、誰なの?」
私が言うと、そこで電話は切られました。
そして、それきり無言電話はかかってきませんでした。
お母さんが、心配そうに私を見ていました。
私は「質の悪い悪戯だね」と言って自分の部屋に行きました。
それから寝るまで有害図書に指定された「完全自殺マニュアル」を再読しました。
自殺できる者こそ勇者です。
30日(土)
「花子さん」
今日、久しぶりに中学校時代の渾名で呼ばれました。
当時、クラスの中でも一際目立っていた男子がつけてくれたものです。
私がおかっぱ頭で、暗い性格だからそう名づけたのだと彼は言っていました。
私はとても懐かしい気持ちになりました。
そして、とても憂鬱な気持ちになりました。
それから、夕方7時。また、無言電話がありました。
生理は四日目、私の心はハルマゲドンです。
「恋のから騒ぎ」を見ても笑えません。
馬鹿な女の馬鹿な話に馬鹿な笑い声、ムカツクだけです。