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とり残されて 登場人物はこちらを参照

 ようやくラボの引っ越しやApril(半年はフィラデルフィアから電車で通う)以外の個人の引っ越しを終え、これで引っ越しは全て終わりかと言うと物事はそう簡単ではありません。ジェファーソン大学にまだ残っている大切な彼らがまだいるのです。彼ら無しではひらぴーとApril以外の全員が仕事になりません。でも彼らは簡単には引っ越しできません。Hopkinsが受け入れるためには様々な手続きや審査が待っているのです。そう、Carlosが残していった彼ら、XXX君たちが問題なのです。

 XXX君たちを研究に使うにはプロトコールという目的、代替手段がないと言う合理的な説明、具体的な利用法、最低限必要な数、そして実験に使う際には非人道的な扱いを決してしないための安楽措置等々を具体的に述べた分厚い書類が必要です。書類の作成だけではありません。プロトコールの利用者はあらかじめ人道的なとり扱いや衛生上の取り決め、それに関する法律等々のトレーニングを受けなくてはなりません。健康診断も必要です。その後ようやく書類が委員会(これまた部外者などを交えた非常にきびしい審査会)で審査され、研究が社会に対して貢献でき、かつその研究にはXXX実験がどうしても必要だということ、そして研究者が彼らの正しい扱いを十分心得ている、という結論に達してはじめてプロトコールが許可されるのです。そしてHopkinsでのプロトコールが有効にならない限りHopkinsに彼らを移すことは出来ないのです。研究室の引っ越しに際し、あらかじめあれこれ事前に可能な限り手配したはずでしたが、研究室の引っ越しには全然間に合わず、しかもCarlosが帰国したため世話係もなく、しばらくはみんなでフィラデルフィアに出かけて彼らの世話をする必要が生じました。

 ひらぴーにとってこれは悪い話ではありません。なにしろ平日白昼堂々と恋しいフィラデルフィアに遊びに行って、ついでにちょっとだけXXX君たちの世話をして、交通費が支給されるのですから。世話と言っても日常のことは施設の人たちがきちんとやってくれます。自分たちでしなくてはならないのは家族計画。XXX算やXXX講というくらいほっとけば産めや増やせばで、終いには近親相X(一部表現自粛)という連中ですから(もっともこちらが立てる家族計画も近親相Xだったりするのですが)、こちらで計画を立てつがいを作り、仔が産まれたら親仔や兄弟姉妹でわけのわからん関係(オーマイゴッシュ!)になる前の適当な時期に仔を性別ごとに別ケージに移しラベルをして、最後に遺伝子型を調べて次の世代の家族計画を作ると言ったところがお仕事です。ジェファーソン大学でするのは、つがいを作る作業と親仔兄弟姉妹を引き裂く作業、そして遺伝子型をきめるためちょっとだけしっぽの先っぽをもらってくる作業です。各自に割り当てがあるので、彼ら全部の世話をする必要はありません。作業はせいぜい1回2時間程度、最低週1回が理想だけど2週に1回でもまあいいっかというお仕事です。つまり彼らがボルチモアに引っ越すまで、月に2回はフィラデルフィアに遊びに行けるということね。内心はうれしいけど一応面倒くさそうに演技して、研究室のためだから仕方ないね、と嫌々(もちろんフリ)OKを出してしばらくフィラデルフィア通いをすることに決定。幸いまだまだオーケストラの季節が続くので、プログラムとにらめっこして計画を立て、フィラデルフィアに行く日は当然オーケストラの演奏日です。

 ジェファーソン大学で知り合いと会話を楽しみ、フィラデルフィア近郊で日本食材を買って、フィラデルフィアのレストランでの夕食を食べ、食後はオーケストラを楽しむという2週に一度の歓楽日がしばらく続きましたが、ついにそれも終わりを迎えたのでした。4月にXXX君たちが引っ越ししたのです。これでとうとうボルチモアのしかも物騒なエリアに封じ込められました。フィラデルフィア通いは平日から週末に曜日を移し、結局オーケストラのシーズンが終わるまで続きましたが。

封じ込められて

 Johns Hokinsで一番気にくわないこと、それはキャンパスのロケーションです。医学関係部門は美しく安全なエリアにあるメインキャンパスから遠く離れた貧民窟の中にあります。キャンパス内は辻々にセキュリティがいて安全ですが、少し離れるとそれはディープな世界。道路にはゴミが散らかり昼真っから若者が道ばたで仕事もせずにたむろしていたり酔っぱらいがうろついていたりという典型的なスラムです。フィラデルフィアで言えば、ノースフィリーやウェストフィリーの危険地帯といった所でしょうか。ひらぴーたちのいるビルは新築のためそのキャンパスの一番端っこ、つまり最前線に位置し、研究室からはゴミくずのような景色が、フロアの反対側にあるボス連中のオフィスからはJohns Hopkins病院の向こうにインナーハーバーの美しい眺めが広がるという心憎いほどの気配り設計です。初めはこのスラム街の景色がとても嫌だったのですが、しばらくして結構楽しいということに気づきました。それは捕物帖。時々パトカーが方々から集まったり、ヘリコプターが飛び交ったりして、キャンパス内から外に気軽に出られない囚人のような研究生活にささやかな興奮をもたらしてくれます。とは言ってもこのロケーションが嫌いなことに変わりはありません。ジェファーソン大学にいた頃は街の中心部にあったため、仕事で手が空いたときに散歩に出かけたり、お弁当のない日は昼食を時にはかなり遠くに歩いて買いに出たり、ラボのメンバーの誕生日にはみんなでランチに出かけたりと非常に便利でしたが、ここには何もありません。お昼もレストラン・マーケット・屋台など数・質共にフィラデルフィアの足下にも及ばず、昼食の楽しみは激減。お昼や夕方にちょっと一杯飲みに行くこともできません。食べることに関しては人一倍エネルギーを費やしてきたラボの面々にはものすごい苦痛です。毎日研究するか馬鹿話するしかすることが無く、退屈な日々です。

 Peter、やっぱり選択間違っていたんじゃない?


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