CUNCUNに行ってきました(1/3-6/98).CUNCUNはメキシコ,ユカタン半島の先端付近にあってカリブ海に面したメキシコが誇る大リゾート地です(細長い砂丘上に10Km以上に渡りホテルが建ち並ぶ様は壮観です).もともと太平洋側のアカプルコがアメリカ人の避寒地として人気が高かったのですが,最近はCUNCUNで冬を過ごすというのが,アメリカ人のあこがれになっているようです.LAからも直通便が出ていますが,ハイシーズンの冬は飛行機が混んで予約できなかったため,私達はヒューストン経由で行きました.エルニーニョの今年は雨が多く寒いとのことでしたが,信じられないような綺麗なカリブ海で十分泳ぐことができました.
ホテルからの風景です.
郊外の露店で売っていた壁掛けです.マヤの人たちが作っています.CUNCUNは単なる避寒地ではなくその周辺にはマヤ民族が残した遺跡が点々と広がっています.そのマヤの人々は今もこの地域に住んでいて,昔からの生活色を強く残しています.
CHICHEN ITZAと呼ばれるマヤの遺跡に行って来ました.6-13世紀に建設された遺跡群です.写真はEl Castilloと呼ばれる高さ30mのピラミッドです.急な階段を登り頂上まで行くことができます.内部には生け贄の心臓が供えられたチャックモールという像や神の一つであるジャガーの像があります.
ピラミッド頂上から見た戦士の宮殿と呼ばれる建築物を撮影しました.この遺跡は大小20以上もの建築物が集合しています.
サッカーとバスケットボールを組み合わせたような競技を行った球戯場.このゲームも神に捧げるための物であったようです.
マヤ文明は数学,天文学が驚異的に進歩していて,たとえば一年を365.242日と既に正確に計算していました.この遺跡の中にも天文台らしき物があります.この進歩は数字の0の概念があったからだと言われています.彼らの生活の中心はその宗教です.雨乞いや収穫の恵を得るために生け贄を捧げるという行為が盛んに行われていました.ある時は他民族の奴隷が対象でしたが,ある時は子供や少女が犠牲にされています.生きたままの心臓を供えなければならないため,生け贄にはある種の麻酔薬が投与されていたようです.その心臓を供えた台がそのままの形で残っていたり,犠牲になった人の骸骨像や,心臓を取り出すときの様子なども壁画に残っています.
CUNCUNは単なる避寒地としてではなく,すばらしい歴史遺産に触れることができるところでした.治安も悪くなく夜中にホテル街を走っていても危険は感じませんでした.しかしメキシコという国を理解するには郊外へ足を運ぶべきです.そこには家畜と同じところで寝起きする農民や,街でやせ細った老人や子供達が観光客にお金をねだる姿が頻繁に目に付きます.大リゾート,歴史遺産,そしてこのような姿が同居しているのがいまのメキシコという国の現状なのかもしれません.