都市銀行の相次ぐ導入に始まった金融機関のCIは、ここへきて中小の金融機関への広
がりを見せ始めました。
そのひきがねとなったのは、昨年2月以来の相互銀行の普銀転換です。転換と同時に行
われたCIにより、第二地銀各行は、イメージの側面で、それまでの地銀と同等もしくは
それを上回る競争条件を獲得するに至りました。
これを受け、現在多くの地方銀行・信用金庫・信用組合・農協などでCIに関する真剣
な討議が進められています。もちろん既に導入した、あるいは作業進行中のところも少な
くありません。
私たちCIコンサルタントも、各地の金融機関にお邪魔することが多くなりました。そ
の感触から言えば、今年から来年にかけて中小金融機関のホットなCI導入合戦が繰り広
げられることは、まず間違いのないところです。
合併や転換など、経営形態の変更に伴うものはもちろん、そうでないとしても、金融機
関にとりCIの検討は当たり前のことになりつつあります。そして最近の顕著な特徴は、
例外なく、これまでとは比較にならないほどの深刻な危機感に裏打ちされていることです。
他業界でもCIがブームとなっているところは有ります。建設業界や素材産業、学校、
自治体などがそうですが、これほどの危機感は稀です。金融機関淘汰の時代が始まったと
いう認識が、このブームの底流にあることを指摘できるでしょう。
では、こうした金融機関はCIに何を期待しているのでしょう。
ディレギュレーション(規制緩和)。それは、業界構造を一変させるほどのインパクト
を持ちます。他業種に目を転ずれば、アメリカの航空業界はその恰好の例でしょう。
1977年、時のカーター大統領は『オープンスカイポリシー』と称して、航空業界の
さまざまな規制を大胆に撤廃し、新規参入を原則自由としました。それから10数年、業
界はドラスティックに変動しました。それまでの覇者であったパンナムは、ニューヨーク
のパンナムビルを手放し、インターコンチネンタルホテルを日本資本に譲り、太平洋路線
をユナイテッド航空に売却し、衰退していきました。代わって航空業界のリーダーとなっ
たのはユナイテッド航空や、アメリカン航空です。また、現在最多の機体数を誇るのは、
徒手空拳から一代で築きあげた業界の風雲児率いるテキサスエアという会社です。
日本の電気通信の世界でも同様に規制緩和による業界変動が進んでいます。国際電話の
相次ぐ値下げは、そのまま激烈な競争の表れでもあります。
他業種の例を引かずとも、規制緩和の影響の甚大さについては、イギリスのビッグバン
が雄弁に物語っているのかも知れません。
そして次は、日本の金融界がこうした構造変化に巻き込まれようとしています。規制緩
和によるサバイバルの時代。それは、大小や業態を問わず、あらゆる金融機関が共通の条
件で競争する時代です。ある会社にとっては大きなピンチかも知れません。しかし、別の
会社にとり、それは、千載一遇のチャンスです。
現在の金融業界のCIブームの背景にあるのは、こうした変動への予感です。
激甚な競争に生き残る唯一無二の条件は、顧客に選ばれる金融機関になることです。
そのためには、自由化に耐え、顧客に充分なサービスを提供するための体力づくりが重
要なことはいうまでもありません。そのための合併の動きは、これから予想を上回るスピ
ードで展開するでしょう。
信用組合数は、この雑誌の発行時点では既に400を割り込んでいるのでしょうか。農
協も、現在3700前後の総合農協の数を、2000年時点では1000を目標に合併を
進めるそうです。
しかし、経営体力づくりに代表される内部の要因だけが競争優位の戦略でないことに留
意すべきです。金融機関を巡る顧客の意識はこのところ大きく変化し、顧客を引きつける
イメージ戦略の重要性がこれまで以上に増大しています。店舗立地さえよければ顧客を獲
得できる時代は。か遠くのこととなりました。
魅力的なキャラクターを使った預金通帳は、それ自体が有能な営業マンとして顧客を創
造する力を持ちます。トマト銀行は東京支店の開店当日だけで1300億円の新規の預金
を集めました。信託銀行は相次いで袖看板を内照式のものに替え、都市銀行は盛んにコン
サートを開催しはじめました。
これらは、店舗立地で顧客の来店を待つだけでなく、積極的に顧客を店舗に誘導するコ
ミュニケーションの戦略が金融機関にとって不可欠な時代になったことを示しています。
この6月の全銀協のラジオCM解禁、来年に予定されるTVの解禁で、この動きは更に
拍車がかかるはずです。これは、リテールの強化だけでなく、新規採用にも好影響をもた
らすはずです。
経営体力の強化と、企業イメージの確立。この二つが選ばれる金融機関に必要な競争条
件といえるでしょう。CIは直接的には、イメージの確立につながる企業の統合的なコミ
ュニケーション戦略です。しかしそれは、単にイメージだけにとどまらず、コミュニケー
ションを軸に企業そのものを変革し環境変化に適合していこうとのひろがりを持ち始めて
いるのです。
70年代の初頭に、デザインの経営への適応としてアメリカから導入されたCIは、日
本において独自の発展を遂げ、日本的CIと言われるまでになりました。
簡単にいえば、まず企業イメージを変え、これをテコとして企業そのものを変えていこ
うとする手法なのです。
JR東海はCIとそれに続く『シンデレラエクスプレス』などの積極的なコミュニケー
ション展開により、それまでの親方日の丸的体質を一掃しつつあります。アサヒビールは
CIの結果、『コクキレ』ビールやスーパードライの大ヒットを生み出し、業界常識を覆
す驚異的な伸長を示しています。川崎製鉄もCIを牽引力に、重厚長大企業からソフト化
ファイン化に向け事業領域の再構築を進めつつあります。
それでは、CIの作業はどのように進められるのでしょう。作業はまず、各種の調査か
ら企業の現在と将来を浮かび上がらせることからスタートします。
自分自身が現在社内外からどう認識されているのか、競争を含めた企業環境が今後どう推移す
るのか、経営トップはどんな将来方向を選択しようとしており、そのためにどんな課題を
抱えているのかが、このプロセスで明らかになります。
調査結果に基づき、企業の将来目標を明確にしたものがコンセプトです。そして、コン
セプトにふさわしい社名やデザインが開発され、これと並行してコンセプトを実現するた
めの、さまざまな経営施策により、企業実体の変革を進めます。
こうして、新しくなったデザインと企業実体を武器に、積極的なコミュニケーションに
より望ましい企業イメージを構築します。イメージは実体変革をより以上促進する力があ
ります。社会から期待されれば、社員は実力以上に頑張るものです。イメージに引っ張ら
れ実体がさらに変革し、それがイメージを裏付け、さらに向上させる。このように、企業
の外部と内部、イメージと実体の間に好循環を生み出し、この一連のプロセスで、企業の
社会的存在感を確立すると同時に、企業そのものを変革し、社員の意識改革や活性化を図
っていこうとする、トータルな戦略が今日的なCIの考え方です。
CIとは企業イメージをテコに、イメージと実体との相互作用の好循環を作ることで企
業そのものをダイナミックに変革していこうとする手法である以上、社名やデザインを開
発するだけでは、充分な効果は期待できません。それが企業そのものの変革と連動してい
るか、それらを統合する戦略的な視点が確立しているかどうかが、CIの成否を分ける岐
路です。
昨年の相互銀行の普銀転換のなかからトマト銀行と京葉銀行を例に、CIの背後にある
戦略を探ってみましょう。この両行は、昨年9月の中間決算時点でともに預金量で18%
の伸長を示しました。岡山県を起点に広域の展開を図るトマト銀行と、千葉県に特化し、
地域密着のリージョナルバンクを目指す京葉銀行。それぞれのCIの成功の裏にはどんな
戦略があったのでしょう。
瀬戸大橋の開通は地域経済圏の様相を一変させました。児島、玉野の住民は香川県に、
丸亀、坂出からは岡山県に、橋の完成が両県の行き来を容易にし、それまでの二つの経済
圏を、瀬戸内経済圏という単一のものにしようとしています。下位の銀行に甘んじていた
山陽相互銀行は、中国銀行だけでなく、百十四銀行や香川相互銀行などとも、これまで以
上の激甚な競争を強いられることになります。通常の手段では、体力のある上位地銀にこ
れまでの地盤さえも浸食されかねない状況です。
ここで、山陽相互銀行がスーパーリージョナルへの脱皮を図るためにとった起死回生の
手段が、トマトという極めてリスキーを選択だったのです。ユニークなネーミングとデザ
インがスーパーリージョナルへの脱皮の手段であるとすれば、それを支える経営施策が伴
わなければなりません。事実、東京支店は絶好のタイミングで開設され、ご承知の成績を
あげています。
トマト銀行はネーミングにより、一夜にしてローカルブランドからナショナルブランド
へと変身を遂げました。この変身を今後支えていくのは、さらなる広域化の追究のはずで
す。トマト銀行という名称は、広域地銀への脱皮のための有効な施策と連動してはじめて
価値ある名称となりうるのではないでしょうか。
一方の京葉銀行(旧千葉相互銀行)は、同様な競合激化を前に、千葉県の深耕を選択し
ましました。何よりも著しい成長を続ける千葉のポテンシャルがその決断の理由でしょう
。事実、転換当時の約100の支店の内、東京支店を除く他のすべての店舗は千葉県内に
ありました。
しかし、問題は千葉県の成長は、東京の一極集中の影響であり、地域に密着しようにも
、地域の顧客に千葉県民意識の希薄なことです。千葉県にあっても『東京』ディズニーラ
ンドであり、新『東京』国際空港なのですから、それは当然のことかもしれません。そこ
で、正式行名である京葉銀行の他に、愛称として『アルファバンク』を採用し、都会派の
カジュアルな銀行への変身をめざしました。都市化した地域に密着するため、柏市にそれ
までの銀行イメージを打ち破る斬新でファッショナブルな店舗を開設したり、アルファバ
ンククラブと名付けたインキュベーション援助の組織を設けたり、また行内では行員啓発
のための教育制度など、これまでとひと味違った施策を相次いで導入。これが見事イメー
ジとシンクロナイズし、第二地銀の中でも注目される成績を修めているのです。
トマト銀行とアルファバンク京葉銀行。両行とも、ネーミングやデザインが大きな効果
を挙げた例です。しかし、注目すべきは、それらが明確な意思と戦略に基づいて行われて
いることです。CIにとりネーミングやデザインは、目的ではなく手段にすぎません。ど
んな金融機関をめざすのか、この目標をしっかりと見定め、それを総合的に推し進める戦
略的な視点と現実の施策があってはじめて、成功へ繋げることができます。
今後、ますます中小の金融機関のCIは広がるでしょう。特に合併にあたっては、必ず
CIが導入されるはずです。その際問われるのは、ネーミングやマークではなりません。
その背後の戦略こそ問われるだろう。金融機関サバイバルの時代だけに、なおさらこの視
点の重要性は増していると考えられます。