エドムンド・エバレット・ギャリソン(Edmund Everett Garrison)は、紳士でナチュラルアーティストで、そして誰もが尊敬するバンブーロッドの制作者である。彼は、科学としての精度と実践としての機能そして芸術としての美を一体にする能力をもっていた。
フライキャスターに評価される流れるようなロッドアクションをもたらすティパーの開発はエンジニアリングとしての思考錯誤によるものであった。ロッドを美しいデザインは彼は天性のセンスでよるところが大きい。ギャリソンは、1920年代からロッドづくりをニューヨークで始めたが、彼の才能が開花したのは30年代であった。1935年から彼が亡くなる1975年が最も主要なギャリソンロッドが生産された時期である。ギャリソンによって作製されたロッドを年代別に判別するのは簡単である。1931年から年代ごとにアルファベット文字が、例えば1931年はA、1932年はBといったようにロッドのシャフトに刻まれている。26年後の1957年にまたAから再スタートさせている。
ギャリソンは彼のつくる全てのロッドについて細部まで完全主義者であった。多くのケーンから注意を払いケーンのセレクトする。また、全てのロッドはケーンのシングルculmから作製される。ティパーは正確な計算と熟練されたかんながけによって作製される。彼自身の特有なパターンで間隔でノードは設定され、そして、その他のコンポーネントはシンプルで耐久性のあるものを使用している。ギャリソンは1949年までは Halstead or Hawesのガイドを使用しているが、Louis Feierabendによってスーパーzといううガイドが開発された後は、彼はスーパーzに変更している。
彼のロッドビルディングの概念と技術は彼の死後、ホーギー・カーマイケルによってA Mastefs Gutde to Building a Bamboo Fly Rodといった本にまとめられている。