時差ぼけ


「東回りはつらい」

 海外でバカンスを過ごした人たちの帰国ラッシュが十八日ごろピークになるが、現地に着いてから時差ぼけに悩まされた人も多かったはず。人気の欧米旅行はこの症状が出やすくバイオリズムが狂う。しかし、工夫しだいで症状は軽く回復も早くなる。


心身不調


 時差ぼけは、時差が四、五時間以上の地域を急速に移動したときに起こる心身の不調。ジェット機の旅客輸送が本格化した一九六〇年代以降から問題になった。ほとんどの生物が持つ体内時計と現地時刻のずれが原因。多くは一時的だが、数日続くこともある。

 東京慈恵会医科大の佐々木三男教授(精神医学)らが日本航空のパイロット二百五十七人に聞くと、八八%にあたる二百二十七人が起こると答えた。最も多い症状は「夜は眠れず昼はやたらに眠い」といった睡眠覚せい障害で八四%。「精神を集中しにくい」一四%、「疲労感」一一%の順。

 プロですらこの状態。私たちがダウンするのも当然だ。日航健康管理室の高橋敏治医師(同医大講師)によると、年をとるほど症状が出やすく回復も遅い。昨年の海外渡航者は過去最多の千五百三十万人。時差五時間以上の欧米へは七百万人が出かけた。

米国行き


 米国へ行く東回りの方が、欧州への西回りより症状はひどい。約一万時間の飛行経験がある日航米州第二路線室長の品川敏昭機長は「東回りは西の二倍つらい」と話す。実際のフライトを例に理由を考えよう。

 現在関西空港を午後五時半に出発する日航便は、十時間十五分のフライトでロサンゼルスに到着する(夏時間の時差はマイナス十六時間)。現地時刻は正午前で外は日が差しているのに、体内時計は午前四時前で最も眠い時間帯。想像しただけで頭が痛くなる。

 現地時刻に体をなじませるには体内時計を前へ進める必要があるが、これが難問。高橋医師は「人の体内時計の周期は二十五時間前後なので一日を長くする、つまり針を遅らせるのは得意。しかし、進めるのは苦手」と説明する。夜更かしはそう苦にならないが、早起きはつらいのと同じだ。

欧州行き


 一方、西回りのロンドン行き(時差同八時間)。関空を午前十一時四十分に出発すると、現地到着は午後四時十五分(所要時間十二時間三十五分)。体内時計は午前零時過ぎだから、早めに床につけばすんなり眠れ翌朝は早起きできる。体内時計も遅らせればよく、現地時刻に合わせやすい。

 東、西回りのフライトの違いは米大リーグの成績にも影響しているというデータもある。米国の学者が東部時間帯と太平洋岸時間帯の計十九チーム(時差三時間)を対象に一九九一−九三年の地元、遠征試合の成績を比較。科学誌「ネーチャー」に昨秋発表した。

 それによると、東海岸チームが西へ遠征した当日か翌日の試合の勝率は四四%なのに対し、西海岸チームが東へ遠征した場合の勝率は三七%だった。

解消法


 時差ぼけをうまくやり過ごす秘けつは――。ジェット機の乗務員は自分なりの解消法を実践している。品川機長は米国へのフライトの場合、到着後すぐ三−四時間、仮眠する。目が覚めるとしばらく散歩。その後同僚と軽く一杯やりながら食事をして床につく。

 乗務歴八年のアシスタントパーサー、小沢明子さんもほぼ同じだが「水泳や軽いストレッチ体操もします。木の棒に足を乗せ、ツボを刺激するのも効果的」。

 高橋医師は「要は体内時計を現地の生活時間に早く合わせる。それには太陽光を三十分から一時間程度浴びるのがよい」と話す。

 光療法が有効なことは佐々木教授らの実験で裏付けられている。日本からサンフランシスコへの旅行で時差ぼけになった男性を対象に、野外の自然光に近い三千ルクス以上の強い光、五百ルクス以下(蛍光灯程度)の弱い光を各三時間浴びた場合の睡眠時間を比べた。三千ルクス以上の睡眠時間は二、三時間長く、時差ぼけを早く解消できた。

 一方、脳内の松果体という部分で分泌されるホルモン、メラトニンが時差ぼけに効くと最近評判だが、高橋医師は「あまり勧められない。体内で作られているホルモンを外からわざわざ入れる必要はないのでは。長期間服用すると副作用が出たり、松果体の機能が衰えたりする心配がある」と指摘する。

体内時計


 ほ乳類の体内時計は、左右の網膜から脳へ向かう視神経が交わる「視交叉(こうさ)上核」という部分にある。人間では脳の底部、みけんの奥あたりに左右一対。大きさは米粒の十分の一程度しかなく、計約三万六千個の神経細胞でできている。

 時を刻む歯車の正体は、神経細胞内で作られる無数のたんぱく質と考えられている。一つのたんぱくができると、それが刺激になって次のたんぱくが作られるなどの連鎖反応が歯車の働きをしているらしい。


 また、米で健康食品としてブームのメラトニンは、体内時計を補正する作用がある。これを作る松果体は視交叉上核によって制御されている。

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