「ムーンライト・カーニバル」
桜丸
薄暗い背景の上にぼんやりと一本の棒が浮かび上がって見える。なんだこりゃ?
俺は何度か目をしばたいた。棒の用に見えたものは屋根の柱だった。
黒光りする木でつくられていて、窓から差し込む朝の光のなかでつやつやと輝いている。
こんなもん俺の部屋の天井についてたっけ?夢でもみてんのかな?
だんだんと頭の中がはっきりしてきた。
そうだ、俺、今朝寝坊して30分おきるのが遅くなっちまったんだよな確か。
また寝ちまったのか?右手を目の前にかざしてみると、
急いで体の上にひっかけた記憶のある紺のトレーナーを確かに着ている。
ゆっくりと体を起こし、周りの様子を伺って見る。
俺の体の下には、茶色の柔らかいなにかが敷かれていた。
よく見ると、板張りの堅い床の上にしかれたふわふわした物は、
茶色のパサパサした草の束のようなものだった。
これ、「藁」っていうやつじゃねえの?親戚に農家などない俺は、本物の藁を見るのは初めてだった。
八畳程の部屋は、爽やかな朝日のなかでさえ、全体的にどことなくみすぼらしくて冴えない。
目を凝らしてよく見ると、壁が全てこの茶色く枯れた植物の束で造られているみたいだ。
なんちゅうボロい部屋だよ…。
「御客人、目えさまされたか?」
驚いて俺が振り返ると、ちゃんちゃんこのような毛皮の上着を羽織り、
袴のようなものを付けているおかしな格好の婆さんが床の上にちょこんと正座している。
「どこにも、怪我はあらへんか?」
老婆の口調は関西風だった。怪我だって?イヤな予感がした俺はガバリと立ち上がり、
あちこちをぐるぐる回して体中の関節の具合を一通り確かめた。
165cmと上背はないけど、相撲とウェイト・トレーニングで鍛え上げた筋肉の盛り上がった
目方100kgの重量級のガタイは隅々まで力が漲っている。
どこも痛む所はないみたいだ。脅かしやがって。
俺が、大丈夫と示すがごとくに胸をはって腕をぐいと折り曲げて見せると、
婆さんは満足げに微笑んだ。
「せっかく御呼び申しあげたのに、怪我でもされたのでは甲斐があらへんでな。」
「…?」
お呼びしたって、何の話しなんだ?状況が良く分からない。
俺は大急ぎで頭の中を掻き回してみる。ようやく、段々と記憶が戻ってくた。
そうだ、俺は寝坊をしてとっても急いでいたはずなんだ…。
入学したばかりの大学相撲部の新入式に遅れそうになって、
俺は大慌てで大通りを渡ろうとした。ろくに左右も見ずに信号無視をした俺は、
タイミング良く飛び込んできた大型トラックに跳ねられた、いや、
跳ねられそうになった、というべきか。目の前に迫り来る巨大な鉄の固まりに気がついた。
その先、記憶は突然途切れちまってる。俺、きっとあのまま跳ねられたんだろうな。
だったらここは天国なのか?それとも、これから閻魔様に裁かれるってことになるのかな?
俺、ホントに死んじまったのかな?あんまり実感わかない。
体もちゃんと動くし、寮を出たときのトレーナーとジャージも着たままだし。
でも、俺確かにトラックにはねられたんだよな。
あれでホントに死んじゃったんだとしたら、俺の人生ってホント短かかったな…。
たったの18年だよ、死ぬ前にさ、一回くらい素敵な兄貴に抱かれてみたかったよ…。
親父、俺が死んだらすげえ悲しむだろうな…。
走馬灯のように、短かかった人生の記憶が駆け抜ける。
俺の名前は西条勝、死ぬ前(?)は18歳で、この春N大相撲部へ入部したばかりの大学1年生、
北関東のどうってことない中堅どころの土建屋の息子。小学、中学、高校と
目立って勉強ができたわけでもないし、たった一つの事を除いてはこれといった特技もない。
たった一つの俺の自慢、それは、相撲のために鍛え上げたこの体だ。
大の大相撲ファンで、自分も高校で相撲部の主将を勤めていた俺の親父は、
自分が好きだった相撲取りの横綱若の花にちなんで俺の名前を「勝」と決めたそうだ。
そんな親父は、庭の一角に土俵までこさえて、
よちよち歩きの頃から毎日俺に相撲を仕込んできた。
子供の頃は、寒くて辛い相撲の稽古は大嫌いだったけど、
小学校に上がるころから地元の大会に出る度に楽勝で皆をなぎ倒す快感に取り付かれた俺は、
次第に自分から相撲にのめり込むようになっていた。
親父譲りの骨太の骨格と丈夫な胃袋のおかげで、中学卒業時には既に、
筋肉質な締まった体型だったにも関わらず体重は80kgを越えていた。
その上、高校から始めたウェイト・トレーニングは俺の性分にあっていたようで、
今では脂肪の下にガッチリ筋肉が付いた、豆タンクのような立派な堅太りの雄の体になってる。
しかし・・・。しかしだ、俺の身長は中学3年を過ぎてから、
ぴたりと伸びなくなっちまったんだ。いくら牛乳を飲んでも、プロテインを飲んでも、
ぶら下がり健康機に毎日30分もぶら下がっても、身長は165cmから先1cmすらも
伸びてくれない。体重のほうは順調に増えて日増しにパワーだって付いていたのに、
悔しいことにどうしても身長だけが伸びてくれなかったんだ。
この体格じゃ大相撲は難しい。いくらパワーを付けても、相撲の世界では体の大きさが絶
対の威力になるもんな。そもそも俺の身長じゃ体格制限をクリアできない。
俺も親父も、俺がプロの関取になることは半ば諦めかけていた。
ところがだ、相撲協会もなかなか話が分かる、入門に際しての身長制限を緩和してくれる、
というじゃないか。
それでも俺は悩んだ。高校レベルでは、ウェイトトレーニングで付けた筋力を生かして
この体格でも全国大会でそこそこ良いところまでいけていたが、プロとなると話は別だ。
悩んだ末に、結局俺は推薦入学で、名門相撲部でしられた東京のあのN大学へ進学する事に
なった。もちろん、4年間相撲を続けてプロへの道を探るためだ。
そうやって意気洋々と東京までやってきたのに、
そのとたんにトラックにひかれて死んじまうなんてな…。親父
御免な、俺、ドジ踏んじまったよ。
「客人よ、どうなされた?」
婆さんに声をかけられて俺はようやく我に帰った。
だけど、死後の世界にしてはどうもこれって様子がおかしくないか?
もう一度、ぐるりと周りを見渡してみる。藁葺きの粗末な小屋のなかで、
毛皮のちゃんちゃんこを着た婆さんと2人きり。
窓の外には、爽やかな晴天が広がっているようで部屋の中には燦々と太陽の光が射し込んでいる。
しかも、俺は寮をあわてて飛び出した時のジャージ姿のまま。
このままの格好で閻魔様の前に引き出されるわけ?んなあほな。
いくら頭の悪い俺でも、なんかおかしいって思うぞ。
「…あの、ちょっと聞いていいっすか?俺、死んだんっすよね?」
座ったまま俺を見上げている婆さんは、何がおかしいのかフォッフォッフォッと笑いはじめた。
歯がないのだろうか?空気が漏れるようなたよりない笑い方をしやがる。
「あんさん、死んだんかって?あんさんみたいな元気のええ若衆が、そんなこと考えるも
んやありまへん。」
「でも・・・だけど、俺、確かに・・・」
そう、確かに俺は、どデカイトラックに曳かれるところだったのだ。
「御客人よ、こんな形で突然御呼び申し上げたりして申し訳あらへん。
そやけど、わたしらの村には、どうしてもあんさんのような逞しい若衆がいりようやったのや。」
「呼んだって、ばあさんが俺をか?」
「そうや。もっとも、わたしは鎮守様に願をかけただけや、
あんさんを呼んでくれたんは鎮守さまのお力やな。」
「…。」
タダでさえ鈍い頭がごちゃごちゃ混乱する。俺を呼んだって?じゃあ、
俺は死んだ訳じゃないのか。
確かに、まだ生きてるって考えた方がスジが通ってる。
だって、どう考えても俺は幽霊になったにしては元気すぎる。
体の隅々までピンシャンしてるもんな。ジャージ着たままだし。こんな幽霊ってなんか冴えない。
要するに、トラックに牽かれそうになったところを、すんでのところで助けてくれたのだろうか。
漫画とかに出てくるテレポーテーションってやつ?
だけど、だとしたら何のために俺を助けてくれたのだろう?ただで人助けなんて、
あんまりやらないもんな。きっとなんかやらされるんだ。
エッチな奴隷にでもされちゃうのかな?
(それも悪くなかったりして…)。とにかく、ここはどこで、
俺はいったい何のために呼ばれたんだ?
「ばあさん、ここはいったいどこなんすか?俺、ここで何をすればいい?」
「御客人、そうあせられるな…。時間はたっぷりある、
とりあえず朝餉でもごゆるりと召し上がれ。」
そう言って老婆は、スックと立ち上ると隣室へと俺を手招きした。
悪くない朝ご飯だった。サバの塩焼きに味噌汁、不思議な味のする漬物に、
たっぷりのご飯。相撲取りにとって、食事は稽古の大切な一部分だ。
本当は、しっかり稽古をつけてから食べたいところだったが、
とにかく食い物が出てくると必ずガッツいてしまうのは相撲取りの性ってやつだろうな。
もともと食うことが好きってだけかもしれないけど。
食後のお茶をすすりながら、俺は食事中に老婆が説明してくれた村の事情とやらを、
もう一度頭のなかで整理してみた。
なんでも、この国の御殿様は力強い若衆が大好きで(デブ専ホモ?)、
毎年国一番の若い力士を決める相撲大会を御前で行うらしい。
優勝者が出た村は5年間は年貢が全部免除になるということもあって、
相撲大会は国を挙げての一大行事だそうだ。
もともとこの国には力強い力士を神聖なものとして崇め敬う風習があるらしく、
男達はこぞって強い力士になることに熱中し、相撲熱は相当盛んだそうだ。
ところが、この村ではここ10数年来、男の子ばかり幼子の内に死んでしまう奇妙な病が流行って、
相撲大会に出られるような若い男衆がすっかり居なくなってしまった。
今ではその流行り病はすっかり収まったそうだが、
病の伝染を恐れる周りの村々から交流をほとんど閉ざされ、
村はかなりヤバイ状況にあるらしい。
一計を案じた村長は、不思議な神通力をもつこの老婆に頼み込んで、
特別に鎮守様に願をかけて相撲大会で国一番の力人になれるような
若い衆を呼び寄せてもらう事にした。その若者に村の代表として相撲大会で優勝してもらえば、
年貢も免除になるし流行り病が収まったことを示すいい宣伝にもなるだろう、という算段らしい…。
おいおい、それじゃあ俺って、結局そのために呼ばれた「村代表の若衆」ってことだよな?
これって、責任重大ってことじゃねえの?
俺は確かに、相撲は好きだし高校まではそこそこ以上のレベルだった、
でもプロになれるかどうかはまだ分からんっていう、その程度なんだぜ。
もっと強い奴を呼べばよかったじゃねえのか、貴の花とか武蔵丸とか、そんなのをさ。
俺はそう思って、何で俺を呼んだんだ、と老婆に聞いてみた。老婆はただ笑って、
鎮守様はお心にかなう者をお呼びになる、
わたしらにはなんであんさんが呼ばれたかなんて分からんわ、
と静かに笑いながら無責任な答えをしただけだった。
これからどうする?俺はお茶を飲み干しながらだらだらと考えていた。
どうするもこうするも、結局その御前大会に出るしかないだろう、
この村を出ても何処へいったらいいかわからない。
だけど、一方的に呼び出されたのは結構ムカツクよな。
俺には、花の東京生活が待ってるはずだったのにさ…。
大学相撲部って実はデブ専ホモが多いらしいもんな。
ゴツイ先輩に呼びだされてチンポしゃぶらされたりケツ掘られたり、
なんてこともアリだったはずなんだよな…。
それがいきなり、わけわかんない世界へ飛ばされて、
こんなしおれた婆さんと2人暮らしだなんて。命を拾って貰ったことをさしおいても、
18歳の身体頑健かつ性欲旺盛なデブ専ホモクンには、酷すぎる運命の変更だよ…。
食事を終えてしまうと、婆さんはそそくさと食器を片づけて置くの部屋へ引っ込んだ。
夕方にはこの小屋へ戻ってくれ、あとは特に用はないから好きにして良いっていう話しだった。
好きにしっていわれてもな。何をやれってんだ?相撲大会に備えて、
練習とかやらなくていいんだろうか?とりあえず、俺はちゃんと稽古をやりたいぞ。
怠けると、筋肉なんてすぐ落ちちまう。
結局俺は、夕方まで何もやることを見つけられなかった。
この小屋の中には、生活に必要な道具以外なにもない。
外へ出てみても、周りにはちらほらと似たような小屋が散らばる田圃が広がるばかり。
あたりをうろつき回っても、四股を踏めそうな土俵もないし
俺が大好きなウェイト・トレーニングの設備なんて当然望むべくもない。
こんな田舎をこれ以上ほっつきあるく気分にもならなくて、
俺は夕方まで部屋の中でごろごろしていることにした。
そのうち、自然と眠くなってまたあの藁の上で眠ってしまった。
いつでも何処でも寝られる、これも俺の特技だ。
ウトウトと午後の午睡をしていた俺は、老婆の声で目を覚ました。
「あんさん、これから鎮守様の所へいくで。」
もやもやした頭を振り払うようにガバリと起きあがり、窓の外を見てみる。
日はすっかり傾いて、赤い光が窓から射し込んでいる。今日はほぼ丸一日、寝ちまったらしい。
「鎮守様って、行って何するんすか?」
「村の男衆の代表らが、御客人のことをお迎えしたいということや。」
「へー・・・。」
「あんさん、その格好のままじゃわたしが叱られるわ。これを着てくれんかの?」
婆さんはそういって、パサパサした雑な生地でできたかすりの着物と、
そして、赤色の細長い布きれを俺によこした。
老婆を隣室に追いやった後、1人でつくづくと赤い六尺褌を手にとって眺める。
これって、「六尺褌」って奴じゃねえの?そう思うと、ちょっと胸がドキドキした。
小さい頃から相撲をとり続けてきた俺も、「六尺褌」の実物を見るのはこれが初めてだった。
廻しの絞め方ならよく知っているけど、普段着はいつもトランクスにジャージってところ
だったからいきなり褌とかすりの着物を渡されても、どうしていいか良く分からない。
廻しみたいにやればいいのかな?ジャージとトランクスを脱ぎ捨て、
サムソンのグラビアに載せられた中年親父たちの褌写真や、廻しの絞め方を参考にしながら、
なんとか形らしい形を整えて六尺褌を身につけてみる。
トランクスと違って、ケツに食い込む感覚が強烈で、ぐいと締め上げると、
とたんにエッチな気分になる。
俺はちょっと鏡が欲しくなった。六尺褌一丁の俺って、ひょっとしたら結構イケテルんじゃねえの?
俺は時々、稽古の後でシャワーを浴びるときに、鏡の前で盛り上がった自分の筋肉に
見とれてしまうことがあった。やべえ、変なこと考えてたら股間が堅くなってきた、
勃起しちまったらせっかく形よく締めたのに外れちまうかもしれないじゃないか。
あわててかすりを羽織って、気分を落ち着かせた。
六尺を付け着物を羽織った俺は、その後婆さんに案内されて
俺は村の奥にある鎮守様の森へと案内された。
夕闇ののどかな農村風景の中を10分ほどあるくと、
村はずれの小高い丘の上にこんもりと繁った森が見え始めた。
その背後には、村の置かれた小さな平野を囲むようにして、
黒々とした山々が遙か彼方までうねうねと続いている。
ここから先は、すっかり山の世界に入ってしまうようだ。
婆さんは、森の中へと続く赤土を踏み固めて造られた細い小道をひたすら丘の上へと登っていく。
俺は遅れないように必死に後を追いかけた。
鬱蒼とした森のなかはすっかり薄暗くなっていて、一人きりでは絶対に歩きたくない雰囲気だ。
俺はこんなガタイをしているくせに、実はお化けの類にとても弱い。
それにしても、4月に入ったばかりのはずなのに、
夕刻の森の中の空気は真夏の午後のようにムシムシしている。
俺達の世界と気候が違うんだろうか?
かすりの着物と褌だけというラフな格好が、汗ばんだ肌に心地よくなじむ。
森に入って5分ほど歩いたところ、真っ暗に近い薄気味悪い森の中で、
婆さんは突然立ち止まって俺の方を振り返った。
「わたしらが入れるのはここまでや。あとは、あんさん一人でいってくだされ。」
「ええー?最後まで案内してくれるんじゃないのお?」
俺は思わず甘ったれた声をだしていた。小道は森の奥の暗闇の中に吸い込まれている。
一人でこんな所へ入っていけっての?恐すぎる、勘弁してくれよ。
「おなごは、ここから奥へは入れへんのや。鎮守様の森は女人禁制でな。」
「…。」
「だいじょうぶ、なんもこわがることはあらへん。
あんさん、そんなゴツイ体して案外意気地があらへんのやな。」
バカにするように、婆さんはニヤニヤと笑いながらからかうように俺を見ている。
「うるさいな…、わかったよ、俺1人で行きますよ。」
恐いからイヤだとも言えず、俺は覚悟を決めて渋々そう答えた。
婆さんは、あんさんしっかりな、と笑いながら引き返していった。
なんとなく、後を引く厭らしい笑いかただった。
しっかりやれって?何があるっていうんだ?要するに、俺の歓迎式なんだろう?
俺はお客さんじゃないか、だまって酒でも飲んでればいいんだろ?
薄暗い森の中を一人きりで怖々と5分ほど歩くと、
突然目の前に明るい光を見つけて俺はようやくホッとした。
近づくと、それは20m四方程の小さな広場で、
周囲に多くの松明が点されていて真昼のように明るい。
広場の中に入ると、タダでさえ暑いのに松明の熱気まで加わって、
汗っかきの俺はアッと言う間に汗だくになった。
広場の奥には、神社の社のような木造の建物が見える。
あそこに鎮守様が祭られているのだろう。
驚いた事に、広場の真中にはきっちりと土を盛り上げて相撲の土俵がこしらえてあるではないか。
土俵の周りには、10人ばかりの男達がぐるりと環になって取り囲んでいる。
皆、廻し一丁の裸だ。浅黒く日に焼けて、筋肉の盛り上がった良い体をした堅太りの男ばかり。
これから相撲の稽古でもやるのだろうか?俺の姿を認めると、
男達は一斉に食い入るように俺の方を見た。
なんか俺、悪いことでもしたのかな?恐えよ、この雰囲気…。
皆の視線に晒されてすっかり金玉の縮み上がった俺がじっと立ちつくしていると、
社の前に腰掛けていた男がすっくと立ち上った。
浅黒い肌をして、上背は俺より低いくらいに見えるが、ガッチリとした見事な体格をしている。
90kgはあるかな。子供のころから相撲をとり続けてきたから、
俺は相手の目方を計るのは慣れている。骨格・肉付きの感じで、だいたいの目方は分かるもんだ。
目の前のオッチャンは、上背はないが骨太の体格で筋肉のしっかり乗ったなかなかの強者だ。
肌の色艶から見てもう40を超えている様にみえる
が、肩や腕、太股に盛り上がった筋肉は一目で鍛え込まれたものと分かる、一級品のそれだった。
「御客人、突然このような形で勝手に御呼びして申しわけなかった。」
オッチャンはそういって、廻し一丁の裸体のまま深々と短く丸刈りにされた頭を下げてお辞儀をした。
こんな年配の人から頭を下げられるのは、妙にくすぐったくて
俺はどういう顔をしていいかわからない。
「ところで御客人、どの様な名で御呼びすればよろしいか?お名前を伺いたいのだが。」
オッチャンは顔を上げて、真っ直ぐに俺の目を見ながら尋ねた。
「あ、俺、西条勝っす。まさる、ってよんでくれればいいっす。」
荒っぽい語調の中にも品の良さを感じさせるオッチャンの丁寧な言葉使いに比べ、
なんか俺の返事って全然だよな。ガキ丸だし。
「まさるどの、とお呼びしてよろしいのですな…。ところで早速ですがまさるどの…」
男は少し言い淀んだ。ドングリ眼で品定めするように俺の体をしげしげと見つめる。
「まさるどの、失礼は承知の上やが、是非、まさるどののお体を、直に拝見したい。」
オッチャンは、それきり言葉を発せず、褌一丁の裸体のまま直立不動、
真剣そのものの眼差しで俺を見つめている。
体を見せろだって?初対面の相手にいきなりお願いするようなことかよ。
目の前の男はまるで当然とばかりに落ち着き払っている。
俺は少し、ビビった。心臓がドキドキし始める。
何をビビッてる?俺は力士だろう、人前で裸になるなんて平気のはずじゃないか。
男は、黙っている俺をじっと見据えながら言葉を続けた。
「鎮守さまのお選びになったお方を、
これっぽっちでも疑うとはまさしく罰あたりもんやというのは、わしにもようわかっとります。
そやけど村長として、やはり御客人のお体を一度しっかりと確かめさせて頂かんことには、
安心してわしらの村のこと、おまかせはできへんのです。おわかりいただけますやろうか。」
丁寧な言葉遣いながら、男の言葉には有無を言わさぬ凄みがあった。
どうやら、このオッチャンが村の頭らしい。少々鈍い俺にも、段々と事情が飲み込めてきた。
相撲大会で勝てるだけの者なのかどうか確認したいってことなんだな。
ぐるりと周りを取り巻く男達は、廻し一つで腕を組んで座りながら、
神妙な顔つきをしてじっと俺を見つめている。
これから実際に相撲を取って、俺の力を試そうってわけだろう。
それにしても、この村の男達はみな小柄なのかほとんどの者は俺より背が低いようだ。
そして、皆しっかりした堅太りの体つきをしているが、
俺ほどのボリューム感をもったものはさすがに1人もいない。
「御客人、御客人の廻しや。」
突然右手に座っていた男がそう言いながら、白い回しを土俵の上にうやうやしく差し出した。
廻しは現代美術のオブジェの様に土俵の上に安置され、そのまま誰1人動こうともしない。
男達は、腕を組んで静かに俺を見つめたままだ。どうしろっていうんだ?まさか…。
「ここで廻しを締めろっていうんすか?」
俺は憮然として尋ねた。
「ん?御客人、恥ずかしいと申されるのか?」
俺の気持ちを読みとったかのように、村長と名乗ったオッチャンは平然と答えた。
本気か、こいつら脳味噌大丈夫か?俺に、この土俵の上で、この男達の面前で、
素っ裸のさらし者になれっていうのか?
あまりに厚かましい村長の対応に、俺はイライラし始めた。俺は自分の体には自信がある。
自分でも、時々見事な筋肉の盛り上がりに見とれるほどだ。でも、廻しをつけた姿ならともかく、
素っ裸でチンポまで丸出しにするのは恥ずかしいのが当たり前じゃないか。
中学でも高校でも、相撲部の仲間同士じゃ一緒に風呂に入ったりするのは日常茶飯事だから
互いのナニなんて見慣れたもんだが、明々と松明で照らされる土俵の上で、
皆の視線を集めながら丸裸になって廻しを締めるなんて、いくらなんでも恥ずかしい。
俺が呆れ果てて土俵の上の白い廻しを見つめたまま固まっていると、
村長が厳かな声で再び話しを続けた。
「御客人、よく聴いてくだされ…。ここに居並ぶものどもは皆、幼き童の頃より村の鎮守様の前で
己の全てを互いに晒しあってきた者達ばかり。鎮守様をお守りし、また守られる
神聖な力人として認められるには、互いに隠し事なんぞをしていては、いかんのです。
わしらは皆、鎮守様の前で全てを見せあった仲やけえ、何があってもとことん互いを信頼できる。
仲間のため村のためやったら、命さえ投げ出すことさえ出来るのです。
厚かましいお願いやとは思います、そやけど、鎮守様に選ばれた御客人には、
今日からわしら村の仲間として、鎮守様の前で何もかも包み隠さずしっかりと
見せていただきたいのや。」
周りの男達は固唾を呑んで俺の様子を伺っている。俺は段々マジで腹が立ってきた。
一方的過ぎやしないか?勝手に呼びつけておいて、その上仲間になれ、
大勢の目の前で丸裸になって廻しを締めろだと?何様のつもりだ、こいつら。
こんな話しはとっとと断って帰っちまうか?いや、それもなんだか癪だな。
こいつら全員、メタメタに投げ飛ばして力の差を思い知らせてやりたい…。
上等だ、やってやろうじゃねえか。廻しを締めて相撲を取ってこいつらをぶっ飛ばしてやる…。
怒りの気持ちが羞恥心を吹き飛ばし始めた。俺も男だ、ちょっと恥ずかしいけど、
そんなもん問題じゃねえ。この際、チンポもケツの穴も丸出しにして、
しっかり廻しを締めてやろう、俺もこいつらも同じ男だ、恥ずかしいことでもなんでもないさ…。
それよりなにより、このクソ生意気な奴らを全部まとめてぶん投げてやりたい…。
俺は覚悟を決めて土俵の真ん中へ、のしのしと進み出た。
土俵の上で仁王立ちになる。松明の炎から熱気がガンガンと伝わりむせ返るような暑さだ。
ぐるりと周りを囲んだ逞しい村の力士達の、褐色の汗ばんだ裸体が松明の光を反射して
妖しく光っているのが艶めかしい。耳を澄ますと四方から力士達の押し殺した荒い息づかいが
聞こえてくるようだ。彼らの期待が乗り移ったかのように、俺も段々興奮してくる。
思いきってかすりの着物をばさりと投げ捨て、六尺褌一丁の裸体を土俵の上に曝け出した。
俺が着物を投げ捨てた瞬間、男達が一斉に息を呑んだのがはっきりと分かった。
当然だ、俺のガタイをみてビビらない男なんていないさ。
大男ばかりの相撲部の中でも、俺の小柄なながらに均整の取れた筋肉はいつも
先輩後輩達の憧れの的だったんだ。どうだ、良いガタイだろ…。
さっきまでの怒りも何処へやら、俺はすっかり気分が乗って胸を張って誇示するように、
肩や腕や太股やケツにモリモリ盛り上がった筋肉に、ぐいぐいと力を込めた。
相撲とウェイトで鍛え上げた堅太りの筋肉と桃色に染まった若々しい肌が、
雄の匂いをまき散らしながら土俵の上に浮かび上がる。
その姿はまさしく、雄性と若さの体現だった。
周りを取り囲んだ村の力士達は、褌一丁の逞しい若衆の放つ荒ぶる雄性に気圧されて
何度もため息をついた。すばらしい、このお方こそまさに、鎮守様の選ばれた力士様に間違いない。
俺はそうやってしばらくポーズをとって自慢のガタイを周りの男達に見せ付けると、
思い切って六尺の結び目を外し一気にそれを脱ぎ捨てた。
すでに恥ずかしいという気持ちはどこかへ吹き飛んでいる。
むしろ、俺は自分のチンポを周りの力士達に見せつけてやりたい気分だった。
お調子者なんだよなあ結局…。
逞しい男達の視線にさらされながら土俵の上に素っ裸で突っ立っている俺…。
その光景を頭のなかで想像すると、息苦しいほど胸がドキドキして
俺のチンポはアッと言う間にガチガチに勃起してしまった。
雄の股間からそそり立つ太い男根は、己の肉体一つで戦う力士が
「雄そのもの」の体現であることをあからさまに際立たせる。
太い男根の先の若々しいピンク色の亀頭は、
興奮のあまりバラ色に染まった全身のふてぶてしいフォルムと一体化して
芸術品のような神々しささえ湛え、土俵の周りを取り囲んだ男達も
それを崇め奉るかのように息を殺して押し黙っていた。
そろそろいいだろう、俺はそう考えて、足元におかれた白い廻しを取り上げた。
即座に、さっと左右から力士達が土俵に上がり手を貸してくれる。
俺の裸体を見て、力業ではとてもかなわない相手と悟ったんだろう。
雄同士の場合、仕えるものと仕えられるものの上下関係は、
肉体の力という純粋な理論によって一瞬のうちに決まる。
力による支配は単純で美しく、複雑な事など何もない。
それにしても、あの老婆の話は本当だったらしい。
どの男達も、よく鍛えられた堅太りの肉体をしていたが皆一様に40を超えているみたいだ。
近くで見るとお肌の衰えで、すぐに歳ってわかっちゃうもんなんだな。
村の力士達の手を借りてしっかり廻しをしめた俺は、
土俵の真中で鎮守様の建物に向かって再び仁王立ちになった。
廻しを締めて厳かな気分になった俺は、鎮守様に挑みかかるように社の正面を睨み付け、
ぐいと足を開いてゆっくりと腰を割った。
俺が何をやるのかを自然と悟ったように、村の力士達は俺をとりまいて土俵の周りに散らばる。
しっかりと四股を踏んで、これから始まる激しい稽古のために体をウォームアップするのだ。
腰を割った思い切り低い姿勢から、一気に高々と足を上げ、
俺はその足を一直線に振り下ろして思いきり土俵の土に叩き付けた。
大地と響き合う心地よい衝撃が、足の裏から脳天へ向けてずしりと突き抜ける。
「よいしょう!」
周りの力士達から一斉に声をかけられた。
村の力士達も皆、俺に合わせて四股を踏み始めた。どん、どん、どん。
俺はなんども大きく四股を踏み、その度に地面は男達の肉体の重みでグラグラ揺れるような
大きな音を立て鎮守様の森に男達の掛け声が響きわたった…。
いい感じだ、やはり稽古前の四股踏みは気合いを入れるのに最適だよな。
一度で良いから、俺も大相撲の大観衆の前で四股を踏んでみたいもんだ…。
ひととおり四股を踏みおわると、男達は次々と土俵に上がり俺に一番を求めてきた。
ぶつかり稽古が始まる。体格のいい俺が、自然と皆の標的になっているようで
休む間もなく何番も立て続けに取らされる。
村の力士達はなかなかに手強かった。高校の相撲部のレベルなんかより遙かに上だ。
堅太りの体つきは見かけ倒しではなく、相当に鍛え込んでいるようだ。
ぶつかり合う男達の体から、40代以上と思えないほどに張り切った筋肉の艶が
ビシビシと伝わってくる。初めのうちは次々と男達を投げ飛ばしていた俺も、
10分ほどガンガン取り組みをこなすとさすがに疲れてきて投げられることも増えてくる。
頭のなかが痺れるように白くなりだし、雄と雄、力と力が、
正面からぶつかり合う肉の感覚だけが、俺の意識を支配し始める…。
俺はぶつかり稽古がとても好きだった。マゾなのかもしれない。
もっと強く、強く、強く強く…。ひたすらに、それだけを考えて阿呆のように前へ前へと突き進む。
何度も転がされ、汗まみれ泥まみれになっても、
体中の筋肉が疲労のあまりギシギシと音を立てて壊れていくような気がしても、
俺は何度もはい上がり、ただひたすらに男達と互いの体をぶつけ合う。
不器用な俺は、前に突き進むパワーだけが頼りの突き押し相撲ばかりだった。
このスタイルで強くなるには、ひたすら稽古、稽古、稽古、稽古、稽古…。それしかない。
俺はいつの間にか、名も知らぬ訳の分からぬ村の一画で知らない力士達と
稽古を取っている事など忘れ果て、ただひたすらに前に出ることだけを考える肉の塊と化していた。
ばしゃり、頭から冷たい水をかけられて俺は我にかえった。激しい稽古の末、
力を使い果たした俺は土俵の上に仰向けになったまま半ば気を失っていたのだ。
村長が、手桶に汲んだ水を俺の頭から掛けてくれたらしい。
冷たい水が激しい稽古で痺れきった頭をしゃきっとさせてくれるのがとても気持ち良い。
ふらつく頭で周りをみ回すと、俺に稽古を付けてくれた村の力士達は、
皆荒い息をしながら放心した表情で大の字になって広場のそこかしこに転がっている。
皆汗だらけで何度も土俵に転がったから、全身泥だらけだ。
本当に、気合いの入った良い稽古だった。
俺は心の中で皆に、ごっちゃんですとつぶやいて小さく頭を下げた。
「御客人、強えな。」
村長はニヤリと笑いながら爽やかに言い放った。
「おっちゃんこそ、たいしたもんっすよ。」
お世辞ではなく俺はマジでそう言い切った。村の力士達の中でも、この村長の力はぬきんでていた。
取り始めこそ若さに任せた圧倒的な筋力で村長を投げ飛ばしていた俺も、
疲れが出て来るにつれて次第に、老獪さが培った村長のしぶとい体力と技術に翻弄され始め、
最後は逆さまにひたすら投げ飛ばされつづけてしまったのだ。
村長があと20歳若ければ、ひょっとしたら今の俺ではかなわない相手だったかもしれない。
「満足してもらえたっすか?俺で?」
俺は、怖々と村長の顔をのぞき込んで尋ねた。
「十分だ。まさるどの、さすが鎮守様の選ばれた力士様だけのことはあるわ。
わし達12人束になってもかなわねえ。たいしたもんや。」
「・・・俺、大会で、勝てるすかね?」
やるからには勝ちたい。廻しを締めて稽古をするうちに、
俺の闘志にすっかり火がついてしまったようだった。絶対に、勝ちたい。
「どうやろうな。」
村長は小さくつぶやき、遠い所を見詰めるような目つきで話し続けた。
「わしもな、若い衆だった頃あの大会に何度もでて、一度は準優勝までいったのよ。
周りの村でも一目おかれた力人やったんやで…。そやけど、あの頃のわしでも、
まさるどのにはたぶんかなわんかったやろうと思う。まさるどのやったらホンマに、
優勝できるかもしれへんな…。」
やはり、村長は相当な実力者だったようだ。当然かもしれない、
全国高校大会の個人でベスト4に残った俺が、あれだけてこずったんだからな。
「とにかくや、今度の御前大会は頼んだで、御客人。」
そう言って村長は、俺の肩をポンポンと親しげに叩いた。
目が合うと、それだけで互いににっこりと自然な笑みがこぼれる。
死力を尽くしてぶつかり合い、力を認めあった雄同士にだけ許される、至福の一瞬。
しばらく村長と見つめあった後、俺はゆっくりと立ち上がりあらためて村長と向き合った。
「次の御前大会は、いつ開かれるんすか?」
「今宵から数えて6回目の、満月の夜や。」
「…まだ半年近く、時間あるんすね…。それまで、しっかり稽古しないといけない…。」
俺は、本当にこの村の力士達の意外な足腰の強さには舌を巻いていた。
体重が少なくても、腰の粘りでかなり良い線まで粘られてしまうのだ。
この国の男衆は皆こうなのだろうか?
だとしたら、若い衆だとかなりの力をもった力士が出てくるのかもしれない。
「わしらでよかったら、稽古の御相手を御勤めしたい。わしらじゃ、相手に不足やろうか?」
「いや、村長さん達で十分っすよ。俺もこんなしっかり稽古したのは久しぶりっす。
なかなかのもんすよ。マジで。」
村長は、まさるどののような逞しい力士様にそう言ってもらえるのは男冥利につきるわ、
そういって照れくさそうに笑った。ゴツイ40男に似つかわしくない、
かわいい笑顔だった。俺も少し、顔が赤くなった。
村長は、大の字になって寝転がっている男達に次々と水をぶっ掛けている。
体力を使い果たした男達は、冷たい水を浴びてようやくふらふらと立ち上がってきた。
みな一様に泥だらけで、筋肉の盛り上がった肩を怒らせながら荒い息をしている。
一通り男達に水をぶっかけると、村長は鎮守様の社の前の階段に登り腕組みをしたまま
仁王立ちになった。村長は、ふらふらしている村の力士達を皆を鋭い眼光でぐるりと見渡している。
このまま終わり、という雰囲気ではない。なにやら怪しげな予感がして
俺はまた胸がドキドキし始めた。いったい、これからなにが始まるんだろう?
「皆の衆、今宵は満月や。わかっとるやろうな、
稽古の仕上げをきちっとやらなあかん日やで。しゃきっとせえや、おらあ!。」
村長が気合いを入れるように大声をあげると、周りの男達は急に元気を取り戻したようになって、
おうよ!と一斉に掛け声を挙げた。あっというまに、男達の顔つきがギラギラと紅潮してくる。
気が付くと、いつの間にか天高く登った満月の青白い光が、
松明の明かりに負けじとばかりに皎々と土俵の上に降り注いでいる。
稽古の仕上げって、いったい何するんだ?俺が訳もわからず呆然と立ちつくしたまま訝っていると、
広場のそこかしこに散らばっていた村の力士達が、のっそりと土俵へと向けて歩き始めた。
一人一人、ゆっくりと土俵に上がり所定の位置に着くと、そこで直立不動の仁王立ちになる。
俺はテレビでみる大相撲の土俵入りを思い出した。肉体のスケールこそ違うが、
黒光りする堅太りの男達が廻し一つで土俵を取り囲む様は、どこか神聖な雰囲気が漂っている。
俺も一緒にやったほうがいいだろうか、
そう思って俺が一段高くなった土俵に足を掛けようとすると、村長が俺を制止した。
「今宵は、まさるどのに「とり」をお願いしたい。」
村長の言葉を待っていたように、一斉に男達は村長に同意し始めた。
「それがええ、一番の力士が、「とり」を勤めるのがなわらしや。」
「そうや、そうや。」
盛り上がる男達の雰囲気に怖じ付け付いた俺は、怖々と村長に尋ねた。
「とり」?「とり」って、俺は何をすればいいんすか?」
村長は、俺の反応を楽しむように、ニヤリと笑って答えた。
「簡単や。土俵の真中で、皆が気をいかせるまで鎮守様に四股を御見せして、
最後に、まさるどのが自分で気をいかせればええのよ。」
俺は、村長から半ば強制的に押し出されるようにして土俵の真中に立たされた。四股を踏
めだって?激しい稽古で体は既にふらふらだ、こんな状態で満足な四股が踏めるだろうか?
綺麗な四股を踏むのは、とても体力がいるのだ。
事態が飲み込めぬまま俺が呆然と突っ立っていると、
土俵の周りを囲んだ男達は、なんと一斉に手を貸し合って互いの廻しを外しているではないか!
何やってるんだ?みんなで丸裸になるつもりなのか?
いつのまにか、前後左右から手が伸びてきて俺の回しもアッと言う間に剥ぎ取られてしまった。
12人の逞しい力士達が素っ裸で、俺を囲んで土俵の周りに並んでいる。
そして俺もまた、満月の光と松明の明かりに照らされて、
隠すところもなく一糸纏わぬ姿を鎮守様の御前にさらけ出している。
汗に濡れた男達の裸体は、激しい稽古でパンプアップした筋肉が全身にゴリゴリと盛り上がり、
真昼のような月明りの中でつやつやと色っぽく照り輝いている。
力士達の股ぐらから、廻しの下で熟成された雄臭い匂いが溢れ返り、
土俵の上は成熟した雄の匂いでむせ返らんばかりだ。
俺はそのむさ苦しい匂いにを嗅いだだけで、頭がくらくらしてアッと言う間に激しく勃起していた。
男達の股間も、皆一応にギンギンに勃起しているようだ。
仁王立ちになった逞しい力士達は、胸を張って各々の股間から自慢のイチモツを
互いに自慢し合うかのように突き勃てている。
それらずる剥けチンポの先にくっついたイチゴのように赤黒い大きな亀頭は、
月の光に照らされて艶めかしい光沢を放ち、その艶が男達の性欲をいっそう激しくかき立てるようだ。
稽古で疲れ果てた体のどこにこんな余力が横っていたのか?
いや、肉体が疲労した分だけ、いっそう性への欲求は高まっているだ。
立ち並んだ力士達は、みな俺に向かってチンポをギンギンに突き勃たせ、
欲情で血走った目で俺を食い入るように睨みながら、そろって俺に声をかけ始めた。
「まさるどの、四股や、四股をふんでくれや。」
「そや、力強いの、ガンガンたのむでー。」
雄の匂いに刺激されてすっかりトランス状態に落ちていた俺の体は、
男達の声を聞いて催眠術にかかったように動き出した。
丸裸のままぐいと腰を割り、社の方をにらみつけたまま高々と足をあげ、
勃起したチンポとその下でだらりと垂れ下がった金玉を、誇示するように
照りつける満月に向かって晒け出す。
信じられないような底力が体の奥から沸き上がってくる。
俺は並外れた大腿四頭筋の力を使って、本当に足腰の力の強い力士にのみ許される、
足を高々とあげたまま永いタメを維持する姿勢を取った。
居並んだ力士達には、俺の股ぐらの剥けきった太短いチンポと
鶏卵大の二つの金玉が丸見えになっているはずだ。
皆が食い入るように俺の股ぐらをのぞき込んでいる所を想像すると、
俺はますます興奮し、体の奥からどんどん力が涌いてくる。
そうやって長々とタメ付けた後、一直線に足を落として俺は力一杯土俵の土を踏みつけた。
「よいしょう!」
男達は一斉に声を掛けた。丸裸で四股を踏むのは初めてだった。
廻しに押さえられていない金玉が、股の間でぶらぶら揺れる開放感がたまらない。
最高の気分だ。俺は再び、高々と足をあげて股間の勃起した雄の徴を男達に見せつける。
あれほど疲れていたのに、完璧な美しい四股が踏めている。
心の高ぶりが、肉体の疲れなど吹き飛ばしてしまったかのようだ。
男達は、四股を踏む俺を食い入るように見つめながら、狂おしく掛け声を掛けている。
しばらくするとたまりかねたように、股間のものを一斉に扱き始めた。
俺の頭のなかも、もう真っ白だった。
俺もチンポ扱きてえ…。俺は次第に「とり」の持つ意味がわかってきた。
欲望をこらえながら、それでも必死に力士達と鎮守様に、
力強い四股を見せ続けるのが「とり」の役割なのだ。
疲れ果てた体の中から最後の力を振り絞り、
胸や腕の筋肉を再びぐいと張りながら、思いきり地面を叩き続ける。
「よいしょお!」どしん!
「よいしょおお!」どしん!
「よいしょおおお!」どしん!
「よいしょおおおお!」どしん!!
狂ったようにチンポをしごきながら、俺を取り囲んだ丸裸の逞しい力士達の掛け声は
クレッシェンドで高まっていく。
「よいしょうおおおおーーーおおああーー!」
男達のかけ声の一つが、突然歓喜のうめき声に切り替わるのと同時に、
背中に熱い液体がドクドクとぶっかけられているのを、
俺は真っ白になった頭の中でもはっきりと感じ取った。
ついに、感極まった誰かが俺の背中に向けて射精してしまったのだ。
一人が射精したのを皮切りに、力士達は声を荒げながら四股を踏んでいる俺に向かって、
次々と歓喜の声をあげ射精しはじめた。
「よいしょおおおおーーーーあーーーーー!」
「よいしょおおおおおーーーーーああーーーーーー!」
「よいしょおおおおおおーーーーーーおおああああーー!!!」
前後左右から、俺の裸体めがけてすさまじい勢いでおびただしい精液が飛んでくる。
俺の体は頭の先からつま先まで、アッと言う間に力士達の出した雄汁で
グチョグチョになってしまった。
土俵の中は、あの独特の栗花の匂いで息が詰まりそうだ。
俺はそれでも、必死に四股を踏み続けた。
他の力士達が全員射精してしまうまで、俺は四股を踏み続けなくてはいけない。
これが、土俵の真中で最後まで四股を踏む「とり」の役目。
皆の精魂が全て鎮守様に捧げられたその後で、村一番の強い力士が、
つまりこの俺が、村一番の「雄」として、最上のささげ物として一等最後に鎮守様に差し出されるのだ。
力士達の中で最後に村長が射精するのを見届けて、俺はようやく四股を止めた。
激しい稽古の後の熱狂的な射精で全ての力を使い果たした12人の力人達は、
産卵後のシャケのように脱力し、逞しい肉体を惜しげもなくさらけ出して死んだように
土俵の周りに転がっている。
満月の光の中で小山のように盛り上がった力士達の力強いフォルムは、
荘厳と言う他に形容する言葉もない。まさに、村の鎮守様にふさわしい捧物だ。
激しい四股ですっかり上がった息を整えていると、俺はふと村長と目があった。
村長も射精後の放心した目つきをしている。しかし、俺と村長は言葉一つ交わすことなく、
互いの気持ちの内をしっかりと分かり合ったのだ。
最後に鎮守様にみせてやってくれ、村で一番逞しい雄の一番雄臭い精魂を、
鎮守様に捧げてくれ・・・。村長の目は、はっきりとそう訴えかけていた。
全身に振りかけられた男達の雄汁は、月光に煽られて体中でテラテラと光っている。
俺は力士達が吐き出した雄のエキスを丹念に体からすくいとり、
それを自分のチンポに塗り付けた。
それだけで、強烈な快感がチンポの先から全身に広がる。
男達の雄汁が俺のチンポの上で混じり合い、
彼らの熱い思いが塗りつけた雄汁の感触を通じてチンポから脳天に突き抜けてくるようだ。
体中に掛けられた男達のおびただしい精液をすっかりチンポに塗り込めてしまうと、
俺はギンギンになっているチンポをゆっくりと扱きだした…。
今、俺は、この逞しい村の力士達の代表として白濁した雄汁に切なくも託された
彼らの男気を受け取り、そして村の鎮守様の眼前で俺自身の最後の勤めを果たそうとしている…。
そう思っただけで、アッと言う間に快感は頂点に達しそうになる。
俺は、最後の最後の力を振り絞って、高々と足をあげた。
最後にもう一度、鎮守様に俺の勇姿、俺の逞しい四股を拝んでもらうのだ。
これ以上は無いほどに張りつめた俺のチンポと金玉、
俺の雄の徴が、満月の光に照らされて鎮守様の眼前に晒される。
どうだ、どうだ、どうだ、鎮守様、これが俺の雄だ、俺は雄、村で一番の最高の雄!!!
俺は、狂ったような大声で叫びながら、生涯で最高の四股を踏んだ!!
「よいしょおおおおおおおおおおーーーおおああーーーぐああああーーーー!!!!」
足が力強く大地を叩き付けた瞬間、俺のチンポから、溜りに溜まっていた雄汁が、
一気に鎮守様の社目掛けて吐き出された!!!。
腰を割った姿勢のままで、チンポの先からものすごい勢いで精液が噴き出してくる。
びゅっびゅっびゅうっ!2度も3度も、俺の吐き出した白い粘液は、
男達の願いを一心に込めた彼らの精液と混ざりあいながら、鎮守様の社に向かって飛んでいく…。
今まさに、村の力士達の雄汁に託された彼らの魂が、
俺のチンポを通じて鎮守様にささげられているのだ…。
…御前大会、勝たせてください…お願いします…。
白い液をチンポの先から何度も何度も噴き上げながら、
俺は意外にも敬謙な気持ちになって一心に鎮守様に願いをささげていた。
男達の思いと俺の執念を乗せた射精は、なんどもチンポの先から噴き上がり、
そのたびに全身の筋肉がビクビクと痙攣しすさまじい快感が全身を駆け抜ける。
やがて雄汁を出し尽くした俺は、そのまま前のめりにばったりと土俵の上に倒れ込んだ…。
ばしゃり、冷たい水の感触で、俺は意識を取り戻した。
月の光のなかで、12人の男達の24の瞳が、気絶した俺を取り囲んで心配そうに見つめている。
「まさ坊、気い付いたか?」
村長が、俺の頭を抱きかかえながらじっと俺の目をのぞき込んでいる。
「ん…。もうだいじょうぶっすよ。」
ふらつく頭を押さえて俺が必死で言葉を返すと、アッと言う間に男達の表情は明るくなり、
そして一斉にゲラゲラと笑い出した。
「おい、わしらまさ坊が鎮守様に見込まれ過ぎて、てっきりあの世へいっちまったかと
心配したんやで。」
「ほんまや、まったく、心配かけおって、このくそ坊主が。」
「はりきりすぎて、あの世へ逝っちまったら元も子もあらへんで、なあ。」
男達は笑いながら、嬉しそうに俺の坊主頭を親しげになで回している。
俺は少し恥ずかしくなって、心配掛けてすんません、と照れ笑いを返すのが精一杯だった。
「そやけど、今宵のまさ坊は、めっちゃ最高やったな。」
「そや、ホンマにええ四股やった。かっこよかったでー。」
「ホンマ、痺れるようやった。ひさびさに、わしもむっちゃ気持ちよう気をやったわ。」
「やっぱ、「とり」は若い衆に限るわなあ。
村長の「とり」じゃ、きっとわしら、もう気をいかれへんやろな。」
丸裸のままのゴツイ男達は、賑やかに笑いながら口々に俺のことを褒め称えてくれる。
いつのまにか、俺の呼び名は「御客人」「まさるどの」から、
「まさ坊」に変わってしまったようだ。
知り合ったばかりの男達からこんなふうに馴れ馴れしく呼びかけられても、
いっこうに不自然な感じがしない。
どうやら俺は、村の男達の「仲間」として本当に認められたらしいな。
俺ばかり誉められるので、村長は少しご機嫌斜めのようだ。
突然、むっとした表情で男達の会話に口をはさんだ。
「うるさいわ、お前らな、そんな生意気なこと言うんは
わしに相撲で勝てるようになってからにせえや。」
ムキになった村長の反応が面白いのか、再び男達がドッと笑い出す。
俺が、わりいっす、と小さく言ってぺろっと舌を出し、
申し訳なさそうに村長の顔をのぞき込むと、村長も、まあええわ、
と照れくさそうにしかめっ面をして、それでもちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。
いつのまにか、皆の笑い声につられたように男達が丸裸のままじゃれ合い始める。
鎮守様の森に、逞しい男達のはじけるような笑い声がこだまする…。
じゃれ合う男達の肉の輪の中でもみくちゃにされながら、
俺は何ともいえない満足感を味わっていた。
あと半年、こいつらと徹底的に稽古を積めば誰にだって勝てそうな気がする。
いつの間にか俺は、自分まで子供の頃からこの村で育った力士になったかのような不思議な
一体感を男達に感じ始めていた。御前大会、絶対に勝ってやろう。こいつらのために、
そして、この村のために…。
俺の頭に、ふと故郷の親父の心配そうな顔が横切った。
突然俺が消えて、心配しているだろうな
。大会で勝てば、俺はもとの世界に帰れるのだろうか?
多分、勝てば鎮守様も俺のことをもとの世界に戻してくれるだろう。
親父ごめんな、半年だけ消えるけど、ちょっとだけそっちの世界で待っててくれな、
俺は絶対に勝って元の世界に戻してもらう、そして大学でがんばって、
将来きっと大相撲でもしっかりやって見せるよ…。
だけど、戻っちまったら二度とこの男達とのあの祭りが体験できなくなる、
ちっともったいない気もするよなあ…。
蒸し暑い空気の中でもなお凛とした光を放つ、美しい満月に照らされた荘厳な鎮守様の森が、
村の力士達の逞しい裸体と華やかな歓声を厳かに見下ろしている。
月に一度の男衆だけのムーンライト・カーニバルは、
新しく村に加わった若い力人によっていつにもまして
激しく盛り上がり、そして幕を閉じたのだった。