「海神の午後」
剛田 凌
近くの奴か?それにしても、愛犬の姿が見当たらない。
手にクラブも無く、ボールを追ってもいない。
この浜に関心があって平服で外勤途中に顔出している輩とも、
なんだか違った雰囲気を持つ男だ。
波打ち際を歩いて来る様は職業的な歩行を感じさせる。
目深にキャップを被りレイバン風のサングラスが過剰防衛の姿を見せてくれている。
土曜日。梅雨の晴れ間が消えた午後。ピーカンじゃないから、人気はさほど多くは無い。
S浜の東端しの海辺りに俺は居た。俺はふと思い出した。
この浜は警察からマークされている。
もしや、漁船が異常接近して停止した時は気を付けたほうがいいという、仲間内の話を。
ここに集う仲間の姿は望遠にて隠し撮られており、
町議会に審議される前に封印されたという話を。
浜の後は防風林。自然散策路ともなっており、
近くには住宅街、高校も存在している。
防風林は子供会の学習の場であり、仲間が放置して行ったその手の雑誌の点在が、
有害であると町の有志の耳に届けられたらしい。
結局は俺らにもプライバシーがあると認められたのか。次の作戦が練られているのか。
男は、警察関係者ならば柔道を選択している筈の肉太い体躯を、
白いポロシャツに包んでいた。
下にはランニングの形が透けて見える。ちょうど俺の前の浜を通り過ぎて行く。
俺を軽く見流す。瞬時何かを読まれた気迫が尾を引く。
幅広ベルトが肉厚に締まった胴体にある。
ケツはぬっとりと重重しく、太く切れあがっている。
ゆとりのある紺地のズボンは潮風にそよいでいる。
その中には鍛えられて頑丈な下肢が隠されているものと期待させられる。
このまま、東のK川へと辿りついて川沿いに何処かへ
消えればなんていうことの無い昼下がりになるのだが。
俺は、渚に下りて引き潮の、底が州と露呈した砂の上に立った。
さっき海に入ったが、六尺褌は生乾きであるが不快感は無い。
男の運動靴のアラビア模様のような足跡を見てしまう。
男は、終末処理場近くの一段高い道に上がって、
こちらを見下ろしながら煙草を吹かしている。
やっぱこの場の状況にフィットしない存在である。
俺は、シートに戻って連鎖的に煙草を吹かした。
今日同行を約束したとある店で知り合った男は来ないままである。
もう、とっくに時間が過ぎてしまっている。
あの男のお蔭で重い溜め息をつかなくてよくはなった。
オイルを塗り重ねる必要の無いような天気だが、手持ちぶたさだ。
男の姿が消えていた。通り掛かりの男になるのか。
山路に入っているのか。
「何時も、褌で焼いてるっすか?」寝転んでいた俺の曇天の視界の中にランニング
の肩を見せている、見知らぬクセ髪の短髪の男が入り込んだ。
「そおすよ」俺は着衣の者には話さぬ主義だった。
体を起こしながら男の下半身を見た。毛深く丸太い下肢を持っている。
驚きは、ランニングの裾の下には黒っぽい三角状の物が認められた事である。
「ここいいすか?」言うなり腰を屈めている。
あの男。「何時も?」
あの男は。「来るんすか」この男とダブルのか。
「兄貴さんが六尺決めてなさるから」
衣類は何処だ?裸足だ。違う。男が姿を見せた。
また、煙草を吹かしている。
この男。「あんた、金吊か?」男は頷きランニングの裾を捲って見せてニンマリする。
名前記名の白い布が当てられており[蛮助]と滲む字でも読めたる
「蛮助」男は股名前から何かを連想してくれとばかりに笑んでいる。
「誰かの所有物って言うことか?」男は熱い眼差しで頷いた。
「悪いが他を当たってくれねぇか、その趣味はない事は無いんだが、今日は気がすすまねぇ」
金吊の男は首を横にゆったりと振る。
ランニングを脱ぎ、筋トレしている大胸筋の造りを誇示して見せる。
乳毛で覆われた乳首は大豆粒ほどに熟れている。
あの男こそ居なければ、俺はこの男を食って、慰み者にして行く筈である。
後手着いて全身の体の価値観の判定を求むとばかりに、
男の仕草は艶っぽくなって行く。
何時もならばこんな肉太い野郎然とした男の到来を待っている筈である。
「兄貴さんは私めを気に入って下さる筈です」引かないし、
自信のある苦微笑が俺の心内を見過ごしているのだ。
俺は負けたと金吊に手をかけた。肉形が図太く隆起している。
そして、ぬっくと金吊の中からチョコラ色の亀頭の鈴口が覗き出して来た。
「手篭めにしておくんなさいよ。この体。兄貴さんの思い通りに。
待っていたんすから。朝からこの瞬間を」ああ。と揺らめいて仰け反った。
仕方ない、欲意を待たす事は出来ない。体を弄ぶ様に辿り行く。
ひと撫でごとにつんのめいて足掻きの色を濃くして行く。
臥せらせて、各部位の感度を測るようにも見砕く。
満遍なく。肉太く、粘っこい性の時が持てそうな男である。
肉座布団のようなケツの谷を腰からクロスして通る黒紐の怪しさ。
俺ががっちりその気になって金吊男を抱きしめた時、
俺の肩を小突く手があった。
一瞬、現行犯。という、文字が浮かんだ。
どおしてか。なぜか。背後の男から跳ね除けられた。
金吊の男に用向きがあるようである。
しかし、俺は面白くない。やって来た男の脚を払ってされた通りの仕返しをした。
ラグパンの男は俺に向かって来た。
が、金吊の男から制されて俺を睨み据えて、突然泣き出してしまった。
どんな状況の二人か分からないが、これ以上付き合えないと俺はその場を外した。
歩き出した先に、ポロシャツの男が立っていた。
「何やら災難の様だが」「よくあることさ」サングラスにきれいに俺のあほ面が写っている。
「予備の褌お持ちじゃないか?」意外な事を言ってのけてくれる。
「は?脱ぐのかい?」男は軽く頷く。
脈ありか。あの疑念は留保されるのか?
「あの二人は西のビーチに一緒に居ましたよな」
仲たがいして金吊の男がやけになって遊び心に火が着いたと詮索を加えた。
俺は、拾われた時間に内心にんまりしていた。
二人が、仲直りでもない形で西の浜へ帰って行くのが見えた。
俺は当然、持ち場に帰った。客人が新しくなった。
「何も準備を?」「不意に着てみたくなったのでしてね」
俺の好意を取り付けたのを頼りに、男はキャップを取り、サングラスを外した。
薄めの頭を丸刈りっぽくしている。
厳つい顔をしているがその土着性のマスクがその気にさせてくれているのだ。
生の顔は渋くはある男の色香を漂わせている。
「ああ、いいな、体に潮風が擦り抜けていてなあ」白いランパン一つになって深呼吸する。
大きくお碗を伏せたような肉盛る胸を誇っている。
ひと房の胸毛。平たく丸い乳暈。乳首が盛り上がってその中にある。
厚く引き締まった腰部。ランパンの前部は心持盛り上がっている。
「赤の六尺しかなくて」男は顔色変えずに受け取る。
端を口に銜えたが早くランパンを脱ぎ落として、潔く六尺褌を締め込んで行った。
手馴れた所作である。重心の低い安定型の体に色が抜けた六尺褌が決まり過ぎている。
臀部の筋肉が一塊浮上しており、常に緊迫した神輿野郎のようなケツに見えるのだ。
「これは誰かさんの腰に長い事締め込まれた代物の様ですな」
「誰のであれば満足かな」男は唇を半分噛んだ。
「旦那、親父、そんなのじゃない」男は一度締め心地を楽にしょうと
スクワット的に腰を落した。
「誰の物でもない、あんたはここで蜘蛛の巣を張っていなさった筈だな」
読まれている。が、嬉しい推測である。
男は自分もその中の一人であると言いたげではある。
「形見なんだ。それは」「は?」「俺をM的に開眼させた先輩の」
「Sが赤フン?」「もともとMだったけど、俺をこんな事もあるって教えてくれて」
「形見って?」「今や日本に居ないから形見に違いない」
男が西から来る者を見て慌て顔を作った。
「理由は後で、ちょっと後の林の中に」?いそいそと男はさっきの一段上
になった道の方へと小走りで向かった。
俺は、来る方の男と逃げる男を見比べてしまっていた。
来れる男は、腰にタオルを巻いているが褌形の下帯をその下に締めている事は歴然としていた。
当然の様に俺の所へ歩を勧めて来る。俺の構えに力が入らない。
「よお、褌さんは居るには居るものだな。さっき、あちらに行った人も褌のようだったが」
「ええ、多々」男は、五分刈りに決めている。
その顔は温和なのだが、目の切れ方がちよっと鋭角に見えた。
腰のタオルをなにかのサインの様に外した。
色が抜けた紫色の五尺褌を締めている。幅が狭めの様だ。
さっきの男より肉好きが柔らかめである。「その六尺はどちらで?」
「浅草でして」「道理で粋だと。紺地に御所車か。いいな」
男の紫という感覚に負けそうな気がする。
男はさっき消えた男の行方を辿っている。その目が職業的だ。
「知り合いで?」「同僚かもな」その言葉は自信ありげであった。
それじゃ逃げ去るのも本望かと。
「あいつは任務を忘れては」いよいよ本題か?謎は解かれるのか。
「任務?」「ああ、あんたさんだから言えるがな」
「内偵か何か」「浜に出て体を焼いている分には手は出せないって言うことだよ。そ
れ以上の事は聞かないで欲しいが」やっぱりどこぞの署員か。
「もう、特命はっている筈。さては奴さん、ここの血色に染まってしまったか」
それでは、この男は何の得策でここに居ると言うのだろう。
「煙草あったら欲しいんだが」俺に気安く弁を重ねるのが
俺に揺らめきを与えてくれるのだ。
「今の事は内密に。あちらのサイドにもお仲間はいるもんやと。だけ」
上手そうに煙を風に棚引かせる。
そして、渚に向かい五尺褌を解いて海に向かって行った。
褌はこちら側に飛んで来た。
男のすっ裸の体は肉感的で風格さえ感じさせられた。
どんどん沖へと進み入って泳げる位置に到達すると
波に同化するように泳ぎ出した。
俺は二匹の兎を追おうとしている立場に立たされていた。
「それ貰おうか」海で泳ぐ男の褌とタオルを呉れとばかりに
屈強なやくざな男が手を出して来た。
睨み据える目が据わって強めである。練り上げた筋肉質の造形。
兎は始めから存在しないのか。
受け取りたい物を受けとって挨拶もせずにやくざな男は沖の泳影を追いながら西へ歩く。
日焼けした黒い尻に白い六尺褌が映えている。
あの男の姿は何処にもない。天気ならばそろそろ陽が翳り出す頃である。
あの貸した褌はこの次でも、与えたままでもいいと思い始めた時、
東からファイト・クラブから砂上の走り込みでもしにやって来たと見える二人組みが
歩い来るのに目が行った。
俺を注視しながら西側へと歩いて行く。が、一人が走って戻る。
「すみません。俺らの画像、デジカメで撮ってくれませんか?」礼儀は正しい。
しかし、「そんなサービスはしたくないんだ」俺はにべもなく断った。
相手も体育会系。「そおすか。失礼致しました。他の人にお頼みします」
きっちり会釈して去って行く。
満たされている者を擁護する気は起きなかったのだ。
画像に残さずとも二人は固い契りにて結ばれているようだ。
二人の画像を撮るのは誰だっていいのだ二人には。
俺は海に向かった。
音は無いのだが打ち上げてくる海の波が姿を見せていた州を洗うように走ってくる。
満ち潮の時を迎えたようだ。俺は体から六尺褌を外して体の砂を海水で払った。
褌も漱ぐ。きっちり絞って締め直す。
背後にちくと刺す視線を感じた。空振りか?と見返った。
ラグパン姿。がちぶと。五分刈り。野太い首元,繋がる僧房筋。
お碗を伏せたような大胸筋の肉盛る形,その突起。
ラグパンがぎっちり中心部の肉塊を魔羅棒の形を浮上
させて穿くと言うより巻き締めていると言う姿にある。
圧倒的に大腿筋が力むように張っている。
印象は童顔である。が,落着く年域とも見受けせられる。
関心を寄せているのか俺を見て不動である。
息を抜く為に海を一反身流す。黒く焼きこんだ偉丈夫な体。
乳輪と臍の対置が正三角形に近い。あんな奴が俺に用が有る訳が無い。
しかし,背後の気配は消えそうに無い。
「人違いか?」「言え,あなたで」「俺?」 30中の男は歩み寄って来る。
「私は帰省中の者でして。浅草に住んでいまして」五分刈りの男は
俺に期待性を齎すのか。次の言葉を待っている。早く言ってくれ。
その先を。「弥太郎って言う店に行っています。褌で飲める店の」 それがどおした。
まったるい。ここで弥太郎の名前を聞くとは思わなかった。
「あなたは寸吾と言う人をご存知かと」「知ってるよ。寸吾が何か?」
俺は逸る胸を押さえて息苦しくなる。
「盆時期に帰ってあなたに詫びたい事があると仰っていました。
それを言付かって帰りましたので,お伝え致します」
この男に対して素直に礼が言えない。
五分刈りの男は大きく溜め息を付く。「あいつが?」
ピント外れのような返し言葉だ。「はい」「どおも。わざわざ」
五分刈りの男の急所が前に増して大きく憤っている。
俺は吉報を伝えてくれた男に欲意を出してしまっている。
長く深く思いつめていた物が開放される安堵からか。
俺と話したい事がある。という言付けならば不確定的な要素もある。
しかし,詫びの言葉。それが安逸の念をこの男に寄せてしまう感情を齎すのか。
五分刈りがそれを誘っている。指先が絡みー。シャワーの音が快く飛び散っている。
俺は,判治と言う男の肌が水を弾いている様
をベットの上からバスルームの飾り窓越しに見ている。
海辺りのモーテルのひと部屋。熱る体に冷房の冷気が心地いい。
俺を探す為の写真が手のひらにある。
想いでのS浜の大松の下。六尺一本で仁王立ちしている俺が入る。
あいつが撮らえた物。苦微笑であるので,あいつと会って程なくだろう。
東京に転勤して行って無愛想になってしまって俺は面白く無くなっていた。
仕事が忙しくそんな段ではないと知りつつ、
無連絡が寂しく,切り離しの対象になった。
深い意味は無い。ただ,あの肌の温もり
が手に届く所にないと言うのがやっぱりその理由だった。
遠距離恋愛は不幸の始まりとは俺のかねてよりの持論だった。
一応心の整理をしてあいつを送り出したのだが。
別れないのはあいつの方であったのにも拘わらずの無愛想。
その間が俺には待てなかった。電話も無い。
「さっぱりしました」 判治が頭をふきながら出てきた。
半勃地の魔羅棒が揺れる。先太りの肉茎。
「あいつとはなにもなしかい?」 俺に背中向けてベットのへりに座った。
「ええ。何度か」 平然と言ってくれるだけに憎めない。
「それをあいつが言ってもいいと?」「はあ,なんならあなたと出来たらー」
「やってもいいか。なに考えてんだあいつ。どうしてだか」
といっぱしの事を言ってしまったが、俺も根はそんなだ。
似た物同士か。判治はあお向けた。魔羅棒が直立している。
「判治は 何時東京に帰るんだ?」
「俺っすか?もう東京へは戻んないっすよ。年季開けましたから。来週から長崎です」
「帰ってきたのか」「だから寸吾さんから託されたのでして」
俺の愛撫により昇って行く判治。乳首が乳暈の中に立ちあがる。
抱く事が満足の度合いに比例している体で,十分なる性戯への欲求が満たされて行く。
「おいらと」「行ってもいいかって言うことか?」
「行ってください。俺兄貴さんで無いと駄目みたい」「寸吾にも同じ事を?」
「でも,あの人は」「二人でレズやっても仕方ないか」「ええ,まあ,その」
判治の言葉は俺を迎え入れて恍惚の色増して上手く聞き取れない言葉に変わって行った。
熱く,深い,欲望の壷めがけて,俺は突き進んで行った。
「長崎から帰って来ても」「ちょうどいい距離や」
「ああ,嬉しいな。兄貴さんの褌くれよな。約束に」「いづれあいつは帰ってく来る」
「いいよ。兄貴さんは天秤に掛ける事無く」「同時に愛せるかー」
事務所に帰って仕事すると言う判治を宮地嶽線の終点前まで送った。
判治は確証を得て笑い顔をさ向けて去って行った。
送って,何か足りない,満たされた筈の性欲開放が躓いていた。
あいつが詫びに帰って来る。
当然の事だ。そのうち浅草にも行く事になるだろう。
それで懸念していた事は解消される。
それでセンテンスの完成である。ここで,町並みが終わるといった海辺りの町
の交番に車から出てくる男こそ,あの男だった。
紺の短パンに紺のタンクトップだ。肩にタオルを掛けている。
手にビニール袋。紺色が欲意をまた誘っている。
裏手の物干しには女子供の洗濯物が見当たらない。
浜町交番。事務室に入り、タオルで額の汗を払う。
一度奥に消えまた戻って来る。俺は公衆電話のボックスを探した。
あの男とコンタクト取らねばと。
「よお,元気?」「・・・?」
「だんまりはよくないぜ。おまわりさんと言う者がね」
「は?もしかして,俺に褌を浜で貸してくれた」「あの後会わなかったが」
「松林の中にしけこんでてやって」「誰かとうまい事しでかしていなさった」
「あの場に帰れない状況下でありましたからね。今どちらすか?」
「近くだよ。帰る道すがら偶然あんたの姿見つけて」
「は,そおすか?俺の姿見えています所で?」
「ああ,くっきりとな。着衣姿のあんたも活かしているぜ」
「は,俺が見えて」 席を立って伸び上がるようにして探し顔を向ける。
「ああ,黒のマジェスタですな。ああ,あんたや」
「出れんのか? あんたとはまだ話が終わっていない感じがするんや。どおかな」
「会って俺をなんと?」「あんたの望むべき事すべてを叶えてやるとでも」
「・・・・。今から武道館に行かなくてはいけんので。少年柔道教室の。終わるのが7時
頃で」「それ以降ならばいいって言う事か?」「そう言う事になりますかなぁ」
「7時,何処で?」「その先の観水園と言う植物園の上の公園で。東屋のある所。ちょっ
として行けるかと。7時過ぎ」「じゃあ,待てるよ、その時にな」「その時に」
俺を見てにんまりしたような顔を作ったようなのだが。
暇を埋めなくてはならない。それとも一旦家に戻ろうか。
入日の準備の西の空である。物の端がゆっくりと蒼ずんで行く。
観水園の上の公園。東屋。最後の太陽が名残の色を作っている。
人気が会って然るべきだが,公園を出る犬を連れた老齢者意外には誰も居ない。
東屋に吹く風は昼の余韻を保持している。
俺は萩で囲まれた公園が申し訳程度の駐車場から見え難い事をいい事に脱衣し
た。火照り続ける肌が衣を邪魔としている。
焼き慣れている筈の太陽が濃く感じた昼下がりだった。
六尺は白地に龍の染め抜きだ。荒れているミニアスレチック・コーナーを見下ろす。
伸びている水草のある未整備の池。水を上手く落せない人口滝。不必要な水溜り。
何処からかきれいな水は涌き出ているようだ。
野ざらしのゲート・ボール場。詰め所も草で覆われている。
出る。何か居る。その噂が町民を寄せつけなくした禁断の一画。
植物園は今や死に瀕しているのである。
植物園の面影はガラスの破れた温室にあるだけである。
そこを指定したあの男も何かしらの魂胆があり,
曰くの時を期待していいと想像されて蠢く物を感じさせられた。
ビールも温くなってしまった。果たしてあの男は,やって来るのか。
悪戯心に物の掛けに隠れて男を待った。
男は,スポーツ・バックを肩に掛けて東屋へ歩を向けて来る。
ランニングに豊かな胸を誇示させて,紺地の短パンはあのままだ。
東屋に俺の荷物を認め,脱衣をも知ると,
汗にぬれて肌に食らいついたランニングを苦労して脱いだ。
一度胸に空気を吸って留め,胸を大きく膨らませて見せて自己確認した。
辺りをざっと見流して短パンを下ろした。下は何も付けていなかった。
遠めにも魔羅棒の怒りが見とれる。ウォーターを飲み、胸に零れた物を出て払う。
フリチン振りが板についている。自然派的露出度が旺盛な男なのか。
バンカラなのか。タオルを肩に掛ける。
不意に傍らを唸りながら掛け抜ける柴犬に吃驚させられた。
見ると東屋の方へ,五分丈の白いズボンに甚平を羽織った、
厳つく肉太い体躯にゴム草履履きのごま塩角刈りの男が,
肩に縒り縄の首輪紐を荷って歩いて行っている。
あの男は東屋の造り付けの椅子に座って体を拭いて、
リラックスしている体(てい)を作っている。
大工の棟梁のように見える角刈りの男が素通りして崩れた藤棚の方へ行こうとした時、
後の壊れた噴水の傍らに人気の音。
振りかえると,飲料のルート・セールスが凛々しい顔を見せている。
何を上体くねらせているかと思うまもなく,
スポーツ刈りの若者はサップ・グリーンの制服のズボンの股間を左手で揉み上げ,
右手で丈夫らしい厚い胸板をなぞっている。
「あの,武道舘長の素行が面白くてね」
「だがよ,俺と待ち合わせている男が東屋の中に居るんだよ」
「ええ,伺っていますね」武道館長が。道理でガタイが立派だと。
引き返して,警察官と会釈をかます。警察官も目礼を返す。
俺は不意にルート・セールスから羽交い締めにされた。
鼻先に消毒剤臭がしたと思ったら,目の先が暗く遮断された。
瞬間意識が止められていた。自分の体が極端に痛くて重く、
ぶら下げられている重力を感じて気付けとなった。
どんな事にならされているのか。
外の景色を見ると,記憶の明るさから特別な変化はなかった。
しかし,俺は石庭の林立する石の一つに打ち込んだ金輪状の物に両手を吊り上げられていた。
両足も左右に引かれた鎖で繋がれている。六尺の脇から逸物が引き出されている。
辺りは誰も居ない。このまま,露呈の体で恥じの時間を世に晒すのかと,
やばい環境に戦かされた。昼の太陽の熱を温存する石の熱さ。
汗ばんでいるが、冷え行く成分もある。禁断の夕刻の石の森。
「囚われ甲斐のある体や」 武道館長が色抜けした
赤い六尺褌一丁の姿で石の一つから現れた。
浅黒く焼いた体は練り上げた様に圧縮されて堂々たる体躯を誇示していた。
重心は低くいつでも戦闘態勢に入れるといった気迫を押さえている。
「これから俺をなんと?」「ただ、洋介をこれ以上に追わない為の儀をな」
「洋介ってのは?」「交番張り付けの者や。あいつは大事な人からの預か
り者でな。勝手な言動を慎む様に監督しているのだが、あんな男でな、面倒見れな
いって言う気色もあるんやな。正直な」「そんなんことなら素直に降りてやってもい
いぜ。こんな、リンチ紛いの」「二度とあいつに近づいてもらっては困るからや」
武道館長は俺に不意にビンタを食らわせた。鳩尾に飛び膝を見まわす。
うぐっ。加減はあるがいたくて蹲り言葉も出ない。
背中を肘で小突き、腰を回し蹴りで弾く。
儀式としてもカツ入れられる様に体に激痛が走る。
それにしても警官を追うなと言うだけでこの物々しさは何か?
「囚われのあんたを解放するものこそ洋介の代替の者や。
わしらの掟を破った者でな。そんな奴の面倒をなんで俺がって言うのも困るがな。
関ってくれてた罰とでもな」声は消えた。
焼印入れたつもりだろうが、俺は応えていなかった。
気がつくと男が立っていた。ルート・セールスは何処に消えた?
男は不精髭の土着色した眼光が鋭角な男で、
土民と言う感じの鄙びた雰囲気の男だった。
俺の両手を括る金輪を外す。両足の金具が敷石に落ちてキーンと轟く。
俺をがっちりと支えてくれた。体毛は濃く鳩尾に胸毛を集めている。
裸の体は定期的な肉体労働により効果を保持した強靭な作りであった。
強い髪質を角刈りにしているようなのだがクセで頭皮に髪が寝てしまっている。
がっしり安定した腰部には絣地を使った手製の金吊(黒猫褌)が
魔羅公を包み隠すだけの形で締められていた。
見た印象は御伽草子の中の鬼の姿である。「蛮伍と申す者です。以後よろしゅうに」
「なにがなんだか。とりあえず」
改めてよくよく蛮伍を見ると何処かで会った印象が脳裏を掠めるのだが。
俺の荷物を取りに東屋へ着いた時、俺は思い出した。
一回り頑丈になった体。重ねている歳の色香。滲み出てくる雄性のエロスな匂い。
その影に犯罪者の眠れる悪性を。こいつこそ、俺の始めての男,
雲心寺の住職を殺害した寺男・大善に間違いはない。
大善は俺の存在を百も承知の筈なのだが平然としている。
気付かない訳はない。リベンジされる事は悟らない方が難しい。
こんな所に潜んでいたのか。ここであったが。俺に服を着せてくれる。
その手際に卒がない。これでやって来ていたのか。
着衣させるなり土下座して
「生殺しにされる為あなた様に引き合わされましたと,観念致しております。
以後,久しくお手元に」
「住職を殺さなければ自分が殺られていた。お前はそう供述している」
見上げる俺の目を見る大善は意思を持って怖い。
「住職はあなたの殺害を計画されていたのです」
「・・・だろうな。俺はずっと誤解されていたからな。寺を乗っ取る輩かもしれないとな」
「でも,あなた様は結局あのお寺をご自分の物になさいました」
「結論から先に言えばな。あの男にだけは養子に迎えて欲しくなかったからな。
結局住職の死で反古となったけどな」
「お分かりですね。私は恨まれこそされても,感謝される方が・・・」
「俺と寺守を?」「あなた様を見た時から,あのお寺に戻れると・・・」
「帰るしかないな。夕べのお勤めをしにな」 俺は,大善とは離れて
は行けない定めを,この巡り合わせをしっかり感じた。