見たいもの見せましょう
「長い長い夢の終わりで」の核心部分(爆発)
<そこまでの紆余曲折>
レンスターから遠く離れたノディオンで、再会を果たしたナンナとフィン。未だナンナに執心おさまらないリーフ、彼女の存在に危機感を抱いたリーフの妃、そう言ったものたち陰日向の謀略、そして、護衛につけられた騎士アンディのとの清い関係をへて、いよいよ…
ずっと追い続けていた人陰が、消えていたのは、エヴァリンに出くわして長話をしていたからだった。彼女に、行く先を口止めして大広間を飛び出す。
小走りに、城の中を駆ける。
何かの予感がして、廊下から窓を見た。
中庭に人陰。中庭に足を入れようとして、ナンナははっと、足をとめた。
エルナが教えてくれた、イザークの古い神話を思い出した。大地が作られた時、古い神は、二人の子供を、娘には昼を、息子には夜を守るように定めた。子供達は日と月に姿を変え、今も大地を照らしていると言う。
今見ているのは、ひょっとしたら、その月の神…なのか。
再び巡ってきた満月の青白い光が、中庭一杯に満ちて、ただそこにいるだけの人陰を照らす。その存在が光を発すると、見間違う程の、恐ろしいまでの量の光。
足を踏み出す。芝を踏むさくさく、という音で、人陰は自分の方を向いた。
「…フィン、様?」
何度も、空に向かって投げた名前。その名が示すように、白い月光に照らされて。小さい声は、確かに、その耳にとどいていた。
「ナンナか」
眼を細めた顔に向かって、ナンナはた、と芝を蹴った。飛び込んで行ったその身体に、柔らかく、包むように腕が回される。
「お待ちしていました」
「待たせたな」
短いやり取りで、その言葉に余った心は、身体をつたって流れ会う。風邪が木々をゆらし、虫の音を低くおとした。
「…きれいになった」
そういうフィン言葉があった。
「ずっと、お待ちしていました。寂しい3年間、ずっと」
「…ありがとう。話を、いろいろと聞いた。レンスターから、いろいろとおどされたそうだが」
「そんなこと、もうどうでもありません」
ナンナが顔をあげると、フィンは眼を細めたままだった。
「強い娘だ」
「フィン様がそのように育ててくださいましたから」
ナンナささやかな憎まれ口は、すぐにはフィンには伝わらなかった。
「…私はただ、きみの母上からきみを託されただけのこと、あの方の娘御としてしかるべく、育てたつもりではあったが」
「はい、だからそのように育ちました」
ナンナは、するりと、フィン腕から離れようとする。が、その手はしっかりとにぎり止められていた。深い沈思の果てにある、揺らぎのない瞳の青が、ナンナを射る。
「やはり、ここを旅の終わりにして正解だった」
「迎えに、来てくださったのですよね?」
「もちろんだ」
手がひかれる。先ほどとは裏腹に抱きすくめられて、ナンナの背筋には一瞬予感が走る。
「3年、旅の間と言うもの、私はずっと、君のいる意味と言うものを考えてきたよ。ただ、叶えられなかった夢の形代なのか、と」
かなわなかった夢。自分がどう育てられようとしたか、何も聞かないけれど、それだけでわかる。この方は、本当はお母様を望んでいらした。けれど…
「私は、身替わりでも」
「よい筈がない。それに…そのことはもういいのだよ」
「…」
「あの方より長い時間、君を見てきた」
「…」
ナンナは、返す言葉が見つからず、回す腕に力を込める。
「娘と呼ぶのが、苦しくなった瞬間を覚えているよ… この旅の間にしても…よく、会わずに耐えられたと、我ながら驚いている」
「私は…」
待ちくたびれそうでした。そのことばは飲み込んだ。一瞬、浮かんだ面影は、すぐ、頭から消した。
「考えても御覧、ナンナ」
浅い呼吸になるナンナの、その熱をさますようなフィンの言葉。
「3年と言う時間すら、私達に取っては、初めての大きな隔たりの時間だった。その時間を超えて、やはり私は、君を探し続けている」
「フィン様?」
「…だが、もう見つけた。
…君こそが」
続く言葉は、吐く息にまぎれたようで、はっきりとは聞き取れなかった。が、初めて重ねた、親子と言う感情を抜いた唇が、呪文のようにナンナを縛ってゆく。
それに、抵抗する手段も理由もあるだろうか? ナンナもその長い隔たりの時間の果てに、この面影を探し続けていたと言うのに。
「ナンナ様?」
解けるような心持ちで、望まれるままに唇を与え続けていたナンナに声がかかる。ナンナは眼を開けて、おびえたふうにその方向を向いた。
アンディの声だ。エヴァリンは、彼女のいる場所を、教えてしまったのだろうか。名前を呼ぶ声が次第に訝しみをおびてくる。ナンナは、声に答えようと、腰に回されていたフィンの腕を一度払った。
「私は、ここよ」
「あ、ナンナ様、こちらにいらしたのですね」
「…ええ、お酒をさましていたの」
「隊長がお呼びですよ」
「何の用?」
「さあ…黙って抜けたと、お目玉でしょうか」
ナンナが、かんでいた唇をゆるめた。
「私、戻らない。アンディ、私は見つからなかったと、お兄様に言って」
「え、でも」
「おねがい」
月の光の下でも、ナンナの頬は鮮やかに染まっていたことだろう。その上目遣いをしばらく見て、アンディは一度だけ、肩を竦めた。
「…わかりました」
「いいのか? あの騎士こそ、きっと大目玉だ」
客用の離れに入ってから、フィンが、ナンナを背後から覗き込むようにして言う。
「デルムッドから、君のことを頼まれていたようではないか」
「いいのです。アンディのことは、もう」
「君のために、よく働いてくれているのだろう?」
「知りません!」
この男は、自分の目の前で、他の男の話をさせると言うことに、とんと抵抗がないらしい。
「お兄様が、おせっかいを回してつけてくださった護衛なんです。いつか、私が城下町で襲われた時も…」
「ああ、あの少年か」
ナンナの適当な説明に、フインははたと手を打つ。
「…フィン様?」
「?」
「どうして今、私に、その話をさせますの?」
「どうしてって」
言いかけて、フィンはやっと、その機微をさとったらしい。
「ああ、そうか…すまない」
口の中でそういいながら、ナンナ肩を抱き締める。その大きな手に、ナンナの手が添う。やがて彼女の耳に、予感していた言葉が囁かれた。
「…夜明けまで、時間は、あるだろうか」
明かりが消されて、寝台の上で、ふわふわの夜会の衣装に埋もれるように座っていたナンナは、一瞬だけ肩を震わせた。さわ、と衣装が音を立てたのに、フィンが振り返る。
「相変わらずだな、暗いのが恐いのは」
笑ったようだった。ナンナはく、と顎をひく。
「そんなこと、ありません」
「なるほど。確かに。今日は、明かりがなくても十分だ」
代わりに、カーテンを開けた。白い光がさっと入ってくる。 思ったより明るい。ナンナはつい、光の届かない方に動いてしまう。この先のことばかり渦をまいて何も考えられず、ほうけたような表情は見せたくない。背こうとした手を、後ろから捕まえられた。
「逃げるな」
軽く、叱責するような声。そのまま、後ろから抱きすくめられる。髪飾りをはずされて、はらはと24金色の髪が乱れた輝きを放つ。その香りを懐かしむように、フィンの顔が埋まってくる。押さえられた腕の下でときときとうつ早鐘の鼓動を、気取られたくないように、ナンナは身を身を縮こませた。
空いた手が、衣装を背中から解いてゆく。あらわれた肩は、象牙をきざんだような輝きをかえす。ぼんやりと、昔見た場所に、ヘズル淡い聖痕を認めたフィンは、ためらいなくそれにくちづけた。
「きゃん!」
ナンナの背筋が震える。反るからだがわなないた。背骨に添って唇が落ちてゆく。衣装の背中を開けながら、ていねいに、真っ白な背中を啄む。
「ふぅっ」
ナンナがさらに身をそらす。落ちかけた衣装でかろうじて胸を覆う。その脇から、手が入ってくる。ナンナの手と、おさえた衣装の下から、裸の乳房にそっと触れる。
「ん」
ナンナの手が緩む。衣装を押さえる手もおぼつかない。背中を啄む唇はあいかわらずあわ粒だつ程の感覚を与えてくる。暖かい手は、触れたまろみを楽しむ。
すくい上げるようにその動きに誘われるように、ナンナは、自分の乳房が張ってくるのを感じていてた。
うなじに息が触れる。眉根を寄せて、その熱さを感じた。やがてその張りは、柔らかい動きにとかされてゆく。
耳たぶや襟足をあまがみされね。ナンナは指を噛んで声を堪えた。
「くぅ」
それでも、のどの鳴りはおさまらない。
一度離れたフィンの手が、ナンナの手をとった。胸元で尾さえ停滞しようがぱら、と落ちる。指をからめる。指の触れあう存在感だけでも、声が出そうな程に痺れる。部屋の空気が、あらわになった身体にひやりと触れてくる。が、ぴったりと寄せ会った背中は暖かい。
ふいに、フィンが耳打ちした。
「恐いか?」
「!」
囁きに、さっとはにかみが走る。ナンナは言葉を出さなかった。
「…」
「恐くない。私がいる」
「…はい」
頬に口づけられる。身体を撫で上げた手が再び胸に触れる。一度冷えた肌はすぐに熱さを取り戻す。
指の先が、桃色にうずくその先を捕らえた。一瞬、戦慄が走る。羽で触れるようなごく軽い愛撫。
「んっ」
身をよじって向いた視線の先に、フインの顔があった。ナンナの嬌態を見つめる冷静さの中に、限り無い重いと、ひとひらの情熱。ナンナは、そのフィンの首にかじり付いた。
「…どうした?」
それを受けとめて、背と髪に触れながら、フィンが聞く。ナンナはその胸に頬を当てたままで、何も言わなかった。体全体からにじみ出るような、その願い。どうか聞いて。上目遣いに見つめるナンナの瞳は潤んでいた。
「わかった。もう、ひとりにしないから」
フィンはその願いを感じ取っていた。ナンナの前髪をかきあげて、その額に、そして目もとに、頬に…唇に。ナンナは、あわせた唇の間から、そっと舌を差し出した。それを唇で捕まえられる。舌先を吸われ、舌どうしが触れる。
「んむ」
ナンナは言葉を飲んだ。何か喋ろうとする、その意志を吸い取られたようだった。
フィンの手を取り、乳房に触れさせる。訴える瞳。手に力を入れると、指がしっくりとなじみ、ナンナの顔はふとせつなそうになる。
「!」
その顔が、白い光によく映えた。かたくなった先端をことさらに捻ると、ナンナはふるえて、顎をひいた。
「きゃ」
いつもより敏感に反応してしまう。その慣れた風が気取られはしないかと、それが心に引っ掛かりはするが、その指が慕わしいのはそれ以上。指先での責めを続けられながら、胸元に強いくちづけ。
これまでひざ立ちだったナンナ足から力がかくん、と抜ける。
「おっと」
それを、再び抱きすくめる。
「…大丈夫か?」
「…はい」
浅い息の中で、ナンナは答える。ぴったりと触れた身体に、違和感を感じながら。違和感と言うより…存在感。まさかそれに気がついたとは言えず、よく見れば不自然な程に赤くなって、抱擁を受けていた。が、その違和感は一抹の好奇心にかわる。手探りで、その存在感に、覆うように触れる。
「!」
今度はフィンが紅潮する番だ。
「…フィン様」
ナンナが、細い声で言う。さっき言えなかったことを、もう一度言葉にする。
「どうか、もう、ひとりにしないでくださいましね」 |