2109年8月19日 深夜。
「天使達が逃げたぞ!」
「なんとしても捕まえろ!!」
「あっちだ!できるだけ生け捕りにしろ!」
サイレンがうなるように鳴き、サーチライトが辺りを赤く照らした。銃声と足音が飛び交う中、3つの影がひしめくように動いていた。
第 一 章 闇 夜 に 舞 う 堕 天 使
NERV研究室。
バン
いきよいよくその扉が開いた。
「何事なの、騒々しい。」
金髪の婦人がちらりとドアの方を振り向いた。明らかに不機嫌そうな表情を浮かべている彼女こそがNERV科学部の最高責任者、赤木リツコであった。
「大変です。天使達が脱走しました!」
その言葉を聞いて、初めて立ちあがるリツコ。
「何ですって!?」
息を切らしている扉の前の男には一別もくれず、リツコがわずかに顔をしかめた。
「そんな馬鹿な。だって天使達には精神コントロールを施してあるのに・・・」
目を見開き、驚きの表情を隠せない側にいた女性はリツコの助手、伊吹マヤだった。
「天使達が自らそれをはずした、それだけのこと。第一、02にはまだコントロールを施してなかったわ。」
マヤは天使達を番号で呼ぶのが嫌いだった。彼らは心を持った未完全な「人」、そうマヤは思っていた。しかし今はそれどころではなかった。
「サキエルを使うわ。天使に対抗できるのは使徒しかいないわ。」
リツコは無表情でそういった。
「そんな!サキエルは先週やっと体が構成されたばっかりなんですよ。今使えば死んでしまいます。それにサキエルがアダムとリリスの力を持った天使に勝てるとは思えません。」
「そうね、ダミープラグを使うわ。ついでにロンギヌスの槍を持たせて。」
「ロンギヌスの槍!あれはアダム用に開発されたもの。今となっては00しか使えないはずです。そんなことをしたらサキエルが自己破壊してしまいます!それにあれはまだ実験段階のはずです!」
「問題ない。死んだら次を作ればいいこと。」
突然重圧感あふれる声が後ろから聞こえ、マヤはあわてて後ろを振り向いた。
「司令!」
扉から突然出現したその男こそがNERVの総司令、碇ゲンドウだった。
「00を殺すまでもてばいい。サキエルをLCLから出せ。」
その言葉を聞きリツコが1003のボタンを押す。すると中から金髪の青年がでてきた。
「アッ!」
マヤが小さな悲鳴を上げた。その青年には全くと言っていいほ生気が感じられなかった。その瑪瑙色の瞳だけが宝石のよう光っていた。
「サキエル、天使達をとらえろ。最悪の場合殺してもかまわん。」
サキエルと呼ばれた青年は無言でうなずくと外に出ていった。
「殺す!?天使達には莫大の予算と金を費やしてきた。それを殺すのか?」
殺すという言葉に敏感に反応する男。NERVの副司令、冬月コウゾウだった。
「かまわん。天使達が「アレ」の手に渡るより数段ましだ。なにより00だけは絶対破壊しなくてはならん。」
ゲンドウの口元に妖しい笑みが浮かんだ。
「でもあやつらがまさか研究所を裏切り堕天使と成り下がるとは...」
冬月は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
空には冷たい月が浮かんでいた。
シンジは焦っていた。なんとしてもレイとカヲルだけは助けなければ、ただそれだけを思っていた。
アダムとリリスの力を受け継いだシンジは無敵といってよかったが、今までLCLの濃度最大で収容されていたため、精神力を著しく消耗していた。
「あそこだ、いたぞ!」
一つのサーチライトがシンジの姿を捉え、その声とともに何百というライトが一斉にシンジ達を照らした。
「・・・」
カヲルとレイは無言でその光の先を見ている。
『できるだけ巻き込みたくなかったが・・・仕方がない、ATフィールドで・・・』
そうシンジが戦闘スタイルに入った直後であった。
「!!」
シンジの動きが止まる。姿こそ見えなかったがすさまじい力を持った何かを感じた。頭の中のすべてのセンサーがあきらかに危険を知らせていた。
「この感じは...」
シンジの脳裏にある言葉がひらめき、それと共に爆音があたりをとどろかせた。
兵士達の方ですさまじい閃光が見えた。爆発で兵士達は吹っ飛ばされ、残されたのは赤い血と爆煙だけであった。あきらかに生存反応はない。
「くっ!!」
咄嗟にシンジが後ろを振り向くと、そこには厳しい表情のレイがいた。
「この感じは・・・」
「使徒ですね。」
今まで静寂を保っていたカヲルが初めて口を開いた。
「そう、しかもロンギヌスの槍まで持っているようだ。」
シンジは迷っていた。今ここで逃げれば三人のうち誰かは必ず殺される、そう感じていた。
『どうする!?逃げ切る可能性は1パーセントもない。かといって衰弱したカヲルとレイをつれての戦闘は不可能だ・・・』
自分が残るしかない。シンジはその瞬間、自らの死を覚悟し、それを受け入れた。
シンジはすぐさまレイとカヲルの前に手をかざした。そして、残りの力で、赤い水晶のような輝きのATフィールドでレイとカヲルを包んだ。
「シンジさん、何を!?」
シンジの残りの力がほとんどないことを悟っていたレイが声をあげた。
それには何も答えず、シンジは驚きの表情を浮かべたレイとカヲルに静かに微笑んだ。
「・・・幸せになりなさい。」
一瞬でシンジが何をしようとしているのか理解したカヲルが叫んだ。
「シンジさん、いけない!!」
その言葉をやさしく無視して、シンジは最後の力を指先に集中させた。
そしてATフィールドで、瞬時に重力を遮断すると、レイとカヲルを次空間に「飛ばし」た。
「イヤアァァァ!」
レイの絶叫がこだまする中、シンジ静かにつぶやいた。
「愛してるよ、僕の天使達。そしてさよなら・・・」
レイとカヲルが消えた後、煙がはれ、あたりが再び姿をあらわした。
傷ついたシンジの前に、小柄な少年が姿を現す。
「君はサキエル・・・」
ロンギヌスの槍を片手に持ち、サキエルが無言で構えた。
その曇った瞳は泣いているように見えた。
一方、NERV研究室の方ではマヤとリツコがMAGIにデータを打ち込んでいた。
「先輩」
マヤが声をかけるがリツコは振り向きもせず、黙々とデータを打ち込んでいる。
赤木リツコはもともとある大学で勤めていた物理の教授であった。
ゲンドウにスカウトされてNERVに入ったのは9年前の春のこと。彼女はそのままゲンドウの愛人となり、天使と使徒の開発に全力を注いできた。
裏で体を使って仕事をとった、などと言われないのはやはり彼女の実力を皆が認めているからであろう。
「先輩っ」
再びマヤが声をかけるとうるさそうに振り向いた。
「何よ。うるさいわね。」
「いえ、別に大したことじゃないんですけど・・・」
じゃあ呼ばないで、という言葉をかみ殺してリツコは再び聞きかえした。
「何なの?」
「あのぉ、先輩ってどうしてNERVに入ったんですか?」
「・・・碇司令と同じ道に進みたいからよ。それが何か?」
「いえ、ただ少し気になったもので。」
「そう。そんなことを気にしている暇があったらさっさと仕事しなさい。」
「・・・はい。」
リツコは「嘘」をついていた。彼女にとってゲンドウはただの取引相手であった。ゲンドウもそう思っているに違いない、そう彼女は確信していた。
ただ、本当の理由をマヤに言ったら、マヤは壊れてしまうだろう。リツコは彼女なりの思いやりを持ってマヤに接していた。
「・・・ごめんなさい、マヤ・・・」
しかし、彼女のそのつぶやきを聞いた者は誰もいなかった。
「天使・・・敵・・・殺ス。」
サキエルはそうつぶやきながら周囲にATフィールドを展開させた。
「くっ・・・」
レイとカヲルを逃がすのにすべての力を使ったシンジにはもうフィールドを張るだけのパワーが残っていなかった。
彼に残された唯一の手は生命エネルギーを理力に変えて攻撃するしかなかった。
「ハァァァ」
巧みに高速移動しながらサキエルの隙をねらうシンジ。
右手にATフィールドをまとってチャンスを待つ。
そのとき突然風が吹き、サキエルが片目をつぶった。
『いまだ!』
シンジは残りの生命力でATフィールドを拳一点だけに張ると、思いっきりサキエルに向かって跳躍した。赤い、生命力のフォースはサキエルの心臓を的確にねらっていた。
「・・・」
しかし、サキエルはシンジの行動を予測していた。瞬間的に身を竦めると、すばやくロンギヌスの槍をとり、シンジの着地点めがけて突きあげた。
『!!』
鈍い音がした。どす黒い赤い鮮血がポタポタとあたりにこぼれおちる。
「ウッ・・・」
槍はシンジの胸に深々と刺さっていた。その状態から言って、即死でない方が奇跡なぐらいだった。
「死ネ」
瞬時にシンジに詰め寄ると、サキエルはシンジの胸から槍を抜き取った。そして、そのままバトルフォーメーションをとる。
「・・・」
シンジは目を閉じた。
頭の中ではレイとカヲルの顔が次々と浮かんできてははじけて消えた。
不気味なほどの静けさの中、サキエルの足音だけがアスファルトに響いていた。
「レイ」
誰かが彼女を呼んでいた。
「起きて、レイ」
その言葉にゆっくりと目を覚ますレイ。
「だ、誰?」
ぼんやりとした視界が自然とはっきりしてきた。
「カヲル...」
レイの顔を心配そうにのぞき込んでるのはカヲルだった。
「大丈夫かい、レイ」
「私、どうした...」
そこまで言って、瞬時にさっきまでの戦場が頭の中になだれ込んできた。
「シンジさん!!」
飛び上がってあたりを見渡すレイ。そして呆然と膝を落とした。
「シンジさん・・・私守るって、守るって言ったのに・・・」
レイの目からダイアモンドのような涙があふれ、こぼれた。
その目の焦点はもはや定まっていない。
『シンジさん・・・』
次の瞬間、カヲルがレイの頬をたたいた。
「・・・カヲル?」
一瞬何がなんだかわからない、というようにレイがカヲルを見上げる。そんなレイを厳しい目つきでカヲルが見下ろす。
「しっかりするんだ。シンジさんがまだ死んだと決まった訳じゃない。」
その言葉でレイの瞳に再び光がともった。
「・・・」
両手をゆっくりと握り締めると、レイは静かに立ちあがった。
「私・・・行くわ・・・」
そのレイを悲しそうにとめるカヲル。
「今レイが行ったら必ず殺される。相手はロンギヌスの槍を持った使徒。レイはシンジさんの気持ちを無駄にするのかい!?」
カヲルの瞳が月夜に反射した。カヲルはむしろ、自分に言い聞かせているのだった。
レイはカヲルが一番シンジを助けに行きたいのだと思った。
「シンジさん...」
カヲルはレイの肩を強く抱きしめ、レイは静かにそれを受け入れた。
シンジは静かに笑っていた。自分の命でレイとカヲルを助けられてうれしかった。もともと人から与えられた命。「死」への恐怖は全くなかった。
『レイ、カヲル・・・』
その瞬間、シンジの視界がフェードアウトして、暗闇の中で言葉が響いた。
『起キナサイ、シンジ・・・』
やわらかな声。
「誰?」
『起キナサイ。アナタニハマダ「ヤルコト」ガ残ッテイマス。』
「やること?」
『ソウデス。「レイ」ト「カヲル」ヲタスケテアゲテ。彼等ヲ「ニンゲン」ニ・・・オ願イ、シンジ・・・』
「ニンゲン..?」
シンジの脳裏にレイの5年前の姿が浮かんだ。
『ソウ、思イダシテ』
シンジは静かに目を閉じる。
「そうだ、僕はレイと、カヲルと<約束>をしたんだ。」
5年前 2104年
「シンジさん」
そのころのレイは表情を表に出すことが全くなかった。生まれてからまだ2年しかたっていない彼女。そんなレイが唯一心を許した存在がシンジだった。
氷のように表情を閉ざし、自分の殻に閉じこもるレイ。様々な実験(最もシンジ達にとっては拷問とも呼べるものだったが)による傷がいえる日はなかった。
そのとき、カヲルはまだ「生まれて」おらず、レイは自分の力に戸惑っていた。
「なんだい、レイ?」
「私、怖い。夜寝る時、身も心も暗闇の中に閉ざされるの。そして「あの男」がでてきて私に言うの。`おまえは人形だ’って。」
「レイ...」
「私、ワタシ...アァッ、頭がイタイッ!」
「レイ!どうしたんだ!」
極度の精神コントロールを受けていたレイは自己崩壊寸前だった。
「レイ、かわいそうな子...でももう怖がらないで。僕が側にいるから。」
レイはシンジにしがみつき、そのまま眠ってしまった。シンジはレイの額に手をかざすとシンクロを始めた。シンジの手がほのかに赤く光り、レイを優しく包み込んだ。
「シンジさん、暖かい...」
シンジとレイは完全にシンクロしていた。シンジはレイの孤独さを知り、またレイはシンジから愛情を教わった。
「これが愛?なんだかとっても暖かい。優しい気持ちになれる。」
シンジはレイの心の透き間を埋めることによって、精神コントロールを溶かしていった。
「レイ、そしてこれから生まれるであろうそべての天使達よ、僕が君達を人間に...」
「そうか、あのとき...」
『シンジ、「アダム」ノ力ヲ解放シナサイ。「アダム」ト「リリス」ヲ受ケ入レナサイ。』
その間にもサキエルが歩み寄ってくる。
「まだ死ねない・・・」
シンジがカァッと目を開ける。深紅のはずの瞳は、鮮やかな紫色に変わっていた。
「ウォォォォォォ」
闇の中でシンジが吼える。悲しい獣の覚醒だった。
そんなシンジの異変にきずいてか、驚異的なスピードで突進するサキエル。
バン
爆発的に展開されたATフィールドによって、吹っ飛ぶサキエル。その手には折れたロンギヌスの槍が握られていた。
さらに積層するシンジのATフィールド。もはやサキエルのATフィールドなどただの紙であった。
「ガァァァァァァ」
空中に飛び上がって構えるシンジ。ATフィールドをまとった両手を十字に振り下ろす。ナイフより鋭利な刃が両手から放たれる。
「ギャァ」
ダミープラグにあるはずのない恐怖心がサキエルの中で生まれる。
皮肉にも、サキエルが知った最初で最後の感情だった。
レイがようやく泣きやんだ頃カヲルは「何か」を感じた。
「はっ!」
続いてレイが震え出す。
「こ、このパワーはアダム...」
「シンジさん...」
「いけない!このままだとシンジさんがアダムに取り込まれる!」
もしそうなったら...カヲルは冷や汗をかいていた。
「シンジさんっ!!」
レイはただ叫んだ。
ピンッ
何かがシンジの頭の中ではじけた。
「レ..レイ....」
シンジの動きが一瞬止まる。しかしのの隙をついてサキエルがフィールドを反転させる。
「Dモード...自爆装置ON...」
咄嗟のことに正気に返ったシンジはフィールドを張る暇がなかった。
ズガガガガガーン
すさまじい音とともに大爆発が起こる。
後には折れたロンギヌスの槍が静かにたたずんでいた。
その様子をモニターで見ていたゲンドウと冬月。
「まさかロンギヌスの槍が折れるとはな・・・いくらコピーだといえ、信じられん・・・」
驚きを隠せない冬月を尻目にゲンドウが薄く笑った。
「当然のことだ。単なるコピーなどアダムの前ではおもちゃにすぎん・・・」
ゲンドウはゆっくりと立ちあがった。
そのままモニター越しに、サキエルの亡骸を一瞥した。
「やっとアダムが覚醒したか。後はリリスを・・・」
その言葉に驚きの表情を隠せない冬月。
「おまえはもしかして最初から・・・?」
ゲンドウはただ笑った。そして、今一度椅子に深く座りなおすと、手を組んだ。
「シナリオどうりだ。何しろ私のG計画には必ずアダムとリリスの力が必要なのだからな。」
月にワイングラスをかざし、ゲンドウが笑う。
「堕天使どもに乾杯。フッハハハ・・・」
その様子をじっと見つめる冬月。
「おまえも可哀相な奴・・・いや、これはおまえが望んだこと・・・」
そのささやきはゲンドウの高笑いにかき消されていった。
レイとカヲルは走っていた。
やはりシンジなしの幸せはあり得ない、そう感じていた。
「シンジさんに外の世界では力を絶対使うなと言われたがやむを得ない。レイっ、行こう。」
無言でうなずくレイ。
月の光に照らされていた2つの影が闇に消えた。
第三東京都市ー
「まったくミサトもビールぐらい自分で買ってきてほしいわ。重いんだから。ったくもう。」
ぷぅっと頬を膨らませているのは、亜麻色の髪を持つ惣流アスカだった。自ら「美女」と名乗る彼女のルックスは16歳になっていっそう磨きが掛かっていた。ぶつぶつ言ってはいるが、本気で起こっている様子ではなく、その蒼い瞳には幸せがあふれていた。
静かな木々の匂いは夜の香り。アスカはこの時間が一日で一番好きだった。
ランランラン
鼻歌を歌うアスカが夜の公園をいっきに駆け抜け様としていたそのときだった。
ドン
突然すさまじい音が目の前で聞こえ、アスカは思わず目をつぶった。
「一体何なのよ!!」
おそるおそる目を開けてみると、そこには血塗れの青年が地面に横たわっていた。
「何なよこれぇー!!?」
運命の歯車が静かに回り始めた・・・
VERSION 1.10
LAST UPDATE: 5/27/99
おひさしぶりです。CARLOSです。 新「堕天使」第一章 闇夜に舞う堕天使、いかがでしたでしょうか? 今回は改訂版、ということなので、表現や言いまわしに若干手を加えました。 自分としては、かなり読みやすくなったんではないかな、と思っております。 更新、遅れて大変申し訳ありませんでした。 いろいろ事情はあるのですが、それはまたの機会に、ということで。 それでは引き続き、第二章へどうぞ。 |