消えない罪と罰

 

 

 

 

 

 

   
       

 

 

 

 

 

無言でアスカを抱きしめていたシンジの脳裏に何かが光った。

『巨大な力が二つ・・・』

白煙に包まれ、姿こそ見えないものの、その感覚は明らかに敵襲を告げていた。思わずシンジの体がこわばる。

「この反応・・・使徒!!!」

その掛け声がまるで合図だったかのように2体の人影が空中に踊り出た。

その姿形は第三使徒とほぼ同じだが、幾分「人間らしく」見えなくもなかった。

しかも、その動きは、シンジの予測をはるかに超えており、見事なまでの連携であっという間に退路を防いだ。

「出口をふさいだか。ここでかたをつけるつもりだな?」

アスカを守るように後ろへ隠し、瞬時に戦闘体制を取るシンジ。センサーが危険を察知したのか、ミクロンレベルのATフィールドが即座に展開される。

『第四使徒シャムシェル及びに第五使徒ラミエル。

戦闘レベルは第三使徒サキエルのおよそ2〜3倍。

コアは・・・やはりダミープラグか。

ATフィールドは2体合わせても約天使一人分。

でもアスカをつれたままじゃこっちが分が悪いな・・・

一撃必殺で殲滅する!!』

シンジは軽く敵との間合いをはかりつつも、冷静に分析を開始していた。その間およそ3秒。

「ハッ!」

一瞬のうちに地表にクレーター上のATフィールドを作って重力を無効化すると、シンジは敵と逆方向に片足でフィールドを蹴って、一気に加速した。

その間、両手を左右に突き出し、目に見えるほどのATフィールドの刃を作り出す。

その動きに対応するかのごとく、シャムシェルは、自らをATフィールドで覆うと一気に跳躍した。ワンテンポのタイムラグをおいて、ラミエルがそれに続く。

「ガッ!」

二体の使徒めがけて、シンジは蓄積されたATフィールドを放った。その圧力は軽く10億atmを超えていた。

ATフィールドは絶対不可侵の壁。しかし、相手が同じATフィールドだった場合、勝負は精神力の根本的なキャパシティーに頼られる。

第三使徒の場合、その出力はおよそ1億、よくて2億atm。第四,五使徒でも5億atm。シンジの放ったフィールドは使徒2体を軽く貫いているはずだった。

「なっ、まさか!」

だが、シンジの放ったATフィールドはシャムシェルの間合いに入る前にかき消されていた。

正確に言うと、音速単位で使徒のフィールドを通り抜けたはいいが、次の瞬間シャムシェルの体内に吸収されたのだった。

「フィールドを取り込んだ!?擬似S2機関がそこまで発達しているとは!」

シンジの動きが止まったその一瞬の隙を突いてラミエルが指先からビームのように凝縮された加粒子砲を放つ。

加粒子砲はシンジのATフィールドを紙切れのように破り捨てると、さらに加速した。

それを間一髪で避けるシンジ。ビームはそのまま壁一枚を崩し、外へと逃れた。

「シンジ!」

アスカがシンジのもとへ思わず駆け寄ろうとした瞬間、シャムシェルが標的をアスカにかえ、突進してきた。

「アスカ!!」

シャムシェルがアスカに向かってATフィールドのフォースを放ったその瞬間、シンジは咄嗟にテレポートしてアスカに覆い被さっていた。

近距離でのテレポートは次元回路の負担が大きく、それ自体全神経からの力の放出と体への大きなフィードバックを意味する。別次元を飛ぶことはいわば禁じ手なのだ。

そんなわけで、ATフィールドも展開できないまま、シャムシェルのレーザーはシンジの背中を貫いていた。

「ガハッ!!」

いくら天使といってもベースモデルとなったのは生身の人間。おまけに、シンジはレーザーが貫通してアスカに至らないようにと、残された全神経を前に集中していたため、背中から受けた体内負担は想像を絶するものだった。

シンジの背中と口から鮮血がほとばしった。血がアスカの服を染め、アスカが絶叫する。

「シンジー!!」

その叫びに反応するかのように、ラミエルがパワーの蓄積が完了した加粒子砲を発射する。その標準は正確にシンジの左胸、つまりコアにあわせられていた。

今度はアスカが何とかシンジの上にかぶさろうとするが、シンジによって突き飛ばされる。

何とか体制を立て直して、シンジは威力を相殺しようと震える腕で微弱なATフィールドを展開した。しかし、そのフィールドも、横から急に出現したシャムシェルが放ったレーザーによって簡単に対消滅した。

「くっ・・・」

そのままラミエルの加粒子砲がシンジの胸を貫いた。

「!!」

コア破壊には至らなかったものの、一瞬の呼吸停止と内的ダメージに崩れ落ちるシンジ。その時、使徒がはじめて口を開いた。

「第一天使00・・・G計画遂行ノタメ、殺ス・・・」

シャムシェルは自ら、両腕を切断した。すると、本来腕があるべきところから、瞬時にして光に包まれた鞭状の光線が出現した。

「死ネ」

センサーに危険反応を感じたシンジは、アスカを抱えたまま横の通路に転がり込んだ。

シンジがいた場所に光の鞭の先端が突き刺さり、次の瞬間壁が蒸発した。

「逃ガサン」

シャムシェルはもう片方の鞭を続けざまに放った。右手でブロックを試みるが、シンジの体に鞭が到達する瞬間、鞭の先端が膨れ上がり、右手もろとも鞭はシンジの首に絡みついた。

シャムシェルは、そのままシンジの体を引き寄せると空中に放り投げた。

「シンジー!」

シンジはなすがままに天井に激突すると、今度はラミエルが加粒子をまとった拳をシンジの腹にめり込ませた。

シンジはそのまま押しつぶされ、天井にめり込んでいった。

「シンジを放しなさい、この化け物!」

その様子を震えながら凝視していたアスカが踊り出た。

持ち前の敏腕な反射神経で、すかさずミサトから預かっていたベレッタで、とどめをさそうとしていたシャムシェルを撃つ。

しかし、使徒のもつ八角形の赤い壁によって弾丸は一瞬で蒸発した。

続けざまに的確に急所を狙った銃弾もすべて同様。

獲物を殺す瞬間を邪魔されたシャムシェルがカッと振り向く。そのの表情は、もはや「ヒト」ではなかった。

シンジの始末をラミエルに目で通達すると、シャムシェルはアスカに鞭を伸ばした。

「ヒッ・・・!!」

アスカはその不規則な動きを何とかよけて後ろへ後ずさりするが、もう片方の鞭に足をとられて倒れた。

そこへ、間合いを刹那の瞬間で詰めたシャムシェルが襲い掛かかった。

「アスカァー!!!」

何とかアスカのもとへ飛ぼうとするシンジだったが、ラミエルの加粒子によって空間の座標が乱反射していたため、力がうまく絞れなかった。

ラミエルは、とどめの一撃に、接触した状態で、加粒子砲を撃った。

シンジは胸を撃ちぬかれて意識を失った。

「死ネ」

シャムシェルは、鞭を垂直にアスカめがけて打ち出した。

全身に激しい痺れを感じ、アスカは膝を折った。

『私、ここで死ぬの・・・』

突然、嘘のような「死」の感覚がアスカの脳裏をよぎる。

 

ママ

泣いてる私

ミサト

レイ

カヲル

そしてシンジ

使徒

能力者

天使

evangelion

 

次々と過去のフラッシュバックがアスカの頭を駆け巡る。

『いや、私まだ死ねない!

シンジ、

シンジ、

シンジ、

ママ、

ママァ!!!

次の瞬間、シャムシェルの鞭がアスカの心臓を貫いた。

アスカは静かに崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

ものだった。

「ラン・・・」

目の前を見ると、そこにはいつのまにか飛んできていたリュキアがいた。

「リュキア、終わったのかい・・・?」

リュキアは無言でうなずいた。しかし、その拳のクローは無残にも折られ、その傷跡からは生々しく血が吹き出ていた。

「テストタイプだといっても天使は天使ね。このざまよ。」

「油断大敵、ってとこかな。」

ランは静かに笑った。しかし、彼自身、外的ダメージはないものの、残りのパワーはかなり消耗していた。

「天使か・・・」

再びランがつぶやく。刻印を握り締める手に力が入る。その言葉の裏に隠されているものはあまりにも深く、闇の底にあった。

「・・・」

一瞬の無言。その後にランは自分に言い聞かせるように首を横に振った。

『もう戻れない、それならばいっその事ただの獣と化すだけ…』

その瞬間、ランの脳裏に何か不吉なものがよぎった。

特に脳内センサーが危険を起したわけでもなく、漠然とした『不安』が芽生えたのだった。

静かに真下のビルの残骸を見下ろすラン。その瓦礫の下にはレイがいたはずだった。

「何かいやな予感がする・・・リュキアはここで待っててくれ・・・」

それだけ言うと、ランは気配を殺しながら静かに飛んだ。

 

 

 

 

その数分前、レイはすぐさまシンジの言い付けを実行に移していた。

インターフェースとは下界との交信を円滑に行うものとしてネルフが天使用にと開発したものだが、実際の用途はむしろ交信機能よりも天使特有の爆発的なエネルギーの制御のほうが大きい。

体は生身の人間同様な天使。それにあまりにもキャパシティの大きいエネルギーを注ぎ込むと、自我破壊や肉体裂傷につながる危険すらある。

精神力が勝つか、それとも天使エネルギーに飲み込まれるか、これは一種の賭けであった。

そんな無謀な賭けであるにもかかわらず、レイはためらわなかった。

それは絶大なる信頼をシンジに抱いている証拠でもある。

レイはその赤いクリスタルを手に取ると、一気にひきちぎった。

「・・・」

小気味よい音とともにすんなりとはずれるクリスタル。そして訪れる一瞬の静寂。

次の瞬間、大きな力の波がレイを襲っていた。

一秒あまり、自我を失いかけるレイ。精神がちぎれそうに暴れ狂い、頭が割れるようにいたんだ。

「アァァァァァ!!」

無意識のうちに展開したATフィールドが一瞬のうちにあたり数十メートルを荒地にかえる。

爆発的に成長しつづけるフィールドが四方に飛んで、周囲を焦がした。

「第一天使!!」

ランは飛び交うフィールドを間一髪で避けると、すぐさま攻撃態勢に入った。

「くっ、この死にぞこないめが!!」

レイめがけて、強烈な刃が放たれる。

先程放たれた衝撃波の10倍は軽く超えるであろう一撃は、レイのフィールドの前であっけなく消滅した。

あまりの力の差で、逆に吹っ飛ばされるラン。それを飛んできたリュキアが辛うじて支えた。

『ラン、あれ、本当にさっきまでのレイなの!?まるでパワーが違うわ!』

『・・・おそらくネルフは何らかの封印を天使たちに施していたんだ。そして今それが破れた。

くっ、どうやら天使どもを甘く見すぎていたようだな。』

そうしてる間にも、レイのフィールドは膨らみつづけていた。ランもリュキアも、身の回りに微弱な壁を作るので精一杯だった。

『この力、まるで無差別に破壊しようとしている。

そうか!いくら力が解放されても、肉体は元のまま。誤差を修正しきれていないのか!

このままじゃ確実に死ぬ。

まだ力になれていない今しかない!』

そう即座に決断したランは、自ら左腕をガードしていた壁を解いた。

瞬時にATフィールドが左腕を貫き、激痛が走る。

その瞬間、ランは自らの腕を切り落とし、それによって生まれた衝撃波で一気に加速した。

『・・・!!』

次の瞬間、ランは軽い掛け声と共に自分のエレメンタルパワーを集中させた。徐々にランの体を青白いオーラが取り囲んでいく。

『ラン、まさか死ぬき!?』

ランの体はますます加速し、光の塊となっていた。

それはいわば体内エネルギーを、死と引き換えに爆発的に燃やす禁呪。

だが、その懇親の一撃もレイには届かなかった。

ランのオーラがかき消されるのとほぼ同時に、光のネットのようなものがあたりを取り囲んでいた。

『!!』

レイの蜘蛛の巣のような極細のATフィールドがランの体を取り囲み、あらゆる動きを封じた。

『リュ、リュキア、逃げろ・・・』

必死にテレパスで呼びかけるものの、その返答はない。

かろうじて横目で見てみると、そこにはうなだれたリュキアと、その喉先に光る手刀をつけたカヲルの姿があった。

『第二天使・・・あいつもか・・・』

そのとき、ランは己の死を覚悟した。

カヲルはその間、レイに必死にテレパスを試みていた。

『レイ、落ち着くんだ!このままだとネルフのフィールドまでが割れてしまう!!』

カヲルの精神波がレイの動きを止めた。

『カ、カヲル・・・私・・・』

暴走が少しだけ弱まり、あたりの振動が止まった。

『そうだ。自分の中のエヴァを受け入れるんだ。『守護』と共にね・・・』

『『守護』・・・そう、私の『守護天使』・・・』

それがまるでキーワードだったかのようにレイの動きがゆっくりと止まった。

そのまま静かにカヲルのもとへ飛翔するレイ。

『レイ・・・』

『・・・』

二人は無言でしばし対峙した。

その間を最初に破ったのはカヲルであった。

『・・・レイ、彼らを解放するんだ。もう戦いは終わった。』

そう言って、カヲルは気を失っているリュキアを地面に静かに横たえた。

まだかろうじて息しているリュキアを見つめるレイ。その瞳には明らかな拒絶と、彼女にしてはめずらしい断固とした怒りが映っていた。

『・・・だめ。彼らはまたくる、シンジさんを殺しに。そうなる前にかたずける・・・』

レイは一気に足を蹴って重力を遮断すると、宙に舞った。

「まずはあなたから・・・さよなら」

そして、片手を高く上げて、可視できるほどのフォースフィールドを作った。そのすぐ前には動けないランの姿があった。

『レイ、だめだ!いけない!!』

カヲルは阻止しようと前に踊り出た。しかし、その一瞬早く、レイは手を前に突き出すと、力をためることなくそのまま刃を放った。

恐怖に目をつぶるラン。

そのとき、何かが空間に干渉した。前のレイだったら探知できないような僅かな瞬間、歪が生じた。

『ダメ――!!!!』

その人影は、ドーム状に張ってあったレイのフィールドをやすやすと潜り抜けるとランの目の前に突如として出現した。

「!!」

しかも、その寸前でレイの放った刃は霧のようにかき消されていた。

「ユーリ!?なぜここに!?」

ユーリと呼ばれた可憐なショートカットの少女。背丈はほぼレイやアスカと同じで、金髪が空に反射して輝く。その愛くるしい表情には厳しい眼光が光る。

「ラン、もう少し我慢して。すぐに直してあげるから。」

そう言ってユーリは手に持っていた短刀を振った。

「!?」

すると、それまでランを拘束していたレイのフィールドがいとも簡単に切れた。まるで本物の糸だったかのように。

『カヲル・・・』

『この娘、能力者だ。しかも今までとは段違いのパワーを感じる・・・』

瞬時に意思をかわすレイとカヲル。

その隙に、もう飛ぶ力も残っていないランを支えると、ユーリは今度はリュキアのもとへ軽くジャンプした。

それを阻止しようと前をさえぎるレイ。

「・・・行かせない・・・」

それだけ言うと、レイは片手を前に出した。瞬時に指先に極細のATフィールドが発生する。

それはまるで糸のようにレイの周りを取り囲み、不規則に揺れた。

「第一天使、今はあなたと戦うつもりはないの。そこをどいてもらえないかしら?」

口調は丁寧だったが、その目は鋭く光っていた。

「・・・」

レイは無言で間合いを取る。

「答えはダメみたいね。それなら力ずくでもどいてもらうわ・・・」

ユーリは軽い呼気と共に跳躍した。

周りには電磁バリアと思しきオーラが取り囲む様にユーリの身を守っていた。

「そうはいかない」

その上には、まるでそれを予期していたかのように、カヲルが待ち構えていた。

「第二天使、あなたもなの・・・?」

「・・・」

カヲルは悲しげに首をすくめて、静かに微笑んだ。

その両手には肉眼で確認できるほどのATフィールドが弓状に形成していた。

「・・・」

その瞬間、至近距離からのレイの手刀がユーリを襲った。ビルをやすやすと切断できるほどの威力を持つレイの隠し技であった。

ランを支えてるにもかかわらず、それをやすやすとかわすユーリ。

レイは、続けざまに刃を放つが、それらはことごとくユーリをすり抜けていった。

「ハァ、ハァ・・・ハァ・・・」

レイはもはや肩で息していた。

封印が解けたとはいえ、前の能力者との戦いで受けた身体的なダメージは回復しておらず、体のあちこちがきしむように痛んだ。

手足がかすかに震えている。

「・・・まだ力になれていないようね、体がついていってないわ。」

静かに立ちながらユーリが言った。

「・・・クッ・・・」

レイはそのまま両手にATフィールドを集結させると、ユーリめがけて放った。

それを軽く跳躍してかわすユーリ。

しかし、その後ろからはレイの放った2発目の刃がユーリを襲う。

「・・・」

しかし、そんな渾身の不意打ちさえもやすやすとかわしてしまう。

「今のあなたに勝ち目は無いわ。力はあってもそれについていけるだけのスピードが消えている。」

そう言って、ユーリは頭上のカヲルを見上げた。

カヲルはさっきから目を瞑ったままジッと立っていた。

「・・・ 第二天使はそれを悟った。だから動かない・・・」

レイはもう限界だった。

地に膝をつけてよろめく。その瞳だけが厳しい眼光を放っていた。

その瞬間、カヲルが動いた。

拳にATフィールドをまとうと、ユーリめがけて殴りつけた。

ユーリはそれも軽くかわすと、カヲルをよけてリュキアの元へと飛んだ。

カヲルは何もかも見越したように動かない。

その間にユーリはランとリュキアを自らの力で宙に浮かせると、静かに振り向いた。

「ありがとう、第二天使・・・」

それだけ言うと、ユーリの姿は傷ついた能力者もろとも静かに消えた。

「レイ・・・」

過負荷で倒れているレイを静かに抱き上げるカヲル。

「カヲル・・・わたし・・・」

混乱しながらカヲルを見上げるレイ。そんな彼女にカヲルはただ静かに言った。

「さあ、行こう、シンジさんの元へ・・・」

レイは弱々しく、でもしっかりとうなずいた。

夜は更けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

・ス・カ

アスカは透明な空間の中を漂っていた。

目をあけなくても外が見渡せる。手を伸ばさなくても物がつかめそうな、そんな不思議な空間をアスカは体験していた。

『ここ、どこ・・・?』

アスカは見渡す限りの深い青に包まれていた。

『私、死んだの・・・?』

闇の奥に薄暗く血色の光が見えた。

その範囲がどんどん拡大して、あたりをどす黒い血色に染める。

『血の匂い!!』

下を見ると、アスカの体にまで血が侵食していた。

『血・・・』

赤い壁。

『血の色・・・』

赤い命。

『呪ワレタ子、オマエハ化ケ物ノ血ヲ持ッタ魔物・・・』

『ソシテソノ血ガ私ノ中ニモ...アアアアアアア』

昔の忌まわしきメモリーが再び脳裏を渦巻く。

『イヤアァァァァ!!!』

絶叫。

『血はイヤ!昔を思い出すから!!

どうしてそっとしておいてくれないの!?

どうしてせっかく忘れてたのに思い出させるの!?

ママ、私をさないで!・・・コロサナイデ

ママ、私をして!・・・コロシテ

ママ、すべてを終わらせて!!!』

その瞬間、あたりが反転した。

血色が消え、突如と出現する人影。それは限りなく「母」をアスカに思い出させた。

『ママ!?』

人影が手を差し伸べながらゆっくりと微笑んだ。

『ママ・・・』

アスカに安堵の表情がよみがえる。母のイメージは砂地の水のように染み込んでいった。

『アスカ』

空間が微妙にゆれ、それと共に唇が音を紡ぎだす。

『アスカ、あなたが決めなさい・・・苦痛の生か、それとも安らぎの死か・・・』

『・・・』

『生か、死か・・・』

苦しかった現実。冷たい真実。

アスカはそれを身をもって知っていた。

『誰も助けてくれなかった・・・

誰も愛してくれなかった・・・

誰も見てくれなかった・・・

でも・・・』

アスカは一瞬目を閉じ、そしてはっきりと開いた。

アスカの決心は決まっていた。昔との決別、それがアスカの心だった。

そして、それを証明するかのように、アスカの目は限りなく蒼く、光り輝いていた。

『ママ、私生きたいの!

あの頃の私は死にたかった。

でも私は[自分]に会ったの。本当の自分に。

そしてシンジやミサトやレイやカヲルがそれを見せてくれた。』

『・・・』

『今、その仲間が死にかけてる。お願い、助けて、ママ!!』

『それは[ヒト]としての生活すべてを捨てることになるわ・・・それでもあなたは[力]を望むの?』

アスカにためらいはなかった。

『それでシンジを助けられるなら、私、辛くてもかまわないの!!!』

その瞬間、あたりが光に満ちて、そのまぶしさにアスカは思わず目をつぶった。

『!!?』

光がきらきらと反射する中、アスカは母の姿を見ようと目をあけた。

『ママ!?』

その人影は上空に浮かび、さらに上昇していた。

『アスカ、生きて、幸せに・・・』

その瞬間、人影が消えると同時にアスカは自分の体の中に強い鼓動を感じた。

何かが熱く、アスカの中で暴れまわっていた。

そして、全身が赤く発光した。

『アアアアアア!!』

アスカは思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

 

数秒後、意識を取り戻したシンジは左腕に刺さったラミエルの手刀を、自らの腕を引き千切るように叩き落すと、アスカのもとへ駆け寄った。

しかし、そこにあったのは、もはや心の臓が停止した屍に過ぎなかった。

「アスカ・・・」

呆然と立ちすくむシンジ。すると、そこにシャムシェルが襲ってきた。

アスカの死を目のあたりにして、戦闘意欲が急激に落ちたシンジは、簡単に吹き飛ばされた。

壁2つをぶち破って、ようやく体が止まる。

「アスカ・・・」

シンジはそれでも動かない。

シャムシェルがとどめをさそうと鞭を伸ばした瞬間だった。

突如としてシンジのセンサーに使徒とは別の巨大なAT反応が探知された。

その出所は、アスカの亡骸だった。

「!?」

アスカの体が赤く光りながら宙に舞った。その体を覆うように、真紅のATフィールドが出現する。

『あのときの暴走!?

イヤ・・・違う・・・

これはATフィールドの力だけじゃない・・・

まさか惣流キョウコの[アレ]が開放されたのか!?』

そのアスカのパワーを探知した、2体の使徒がアスカに襲い掛かる。

ゆっくりと動くアスカめがけてラミエルの加粒子砲が放たれる。

それに続くように2本の光る鞭がアスカを襲う。

その瞬間、アスカが両目を開いた。

「!!」

その右目はシンジやレイ達のように真紅に輝き、その左目は紫色に輝いていた。

『EVAの血をひく全てを無に帰す』

アスカはラミエルが放った加粒子砲を軽々とテレポートでかわすと、シャムシェルを一瞥した。

数十枚重ねのATフィールドが、鞭を粉々に砕き、その残骸もろともシャムシェルを吹き飛ばした。

「キェエエ!!」

ラミエルが今度は右腕に加粒子砲を蓄積したものをまとうと、アスカに突進した。

「!」

アスカはラミエルめがけて軽く指先をひねった。

右腕ごとラミエルが切断され、ラミエルは一瞬でばらばらになって崩れ落ちた。

『EVAの血をひく全てを無に帰す』

アスカは今度はシンジめがけてATフィールドを放った。

それを何とかかわすシンジ。

アスカが使徒と交戦していた間、天使特有の自己回復能力のおかげでシンジのエネルギーはおよそ25%にまで回復していた。

だが、依然として肉体的な損傷は直ってはいなかったため、動くたんびに激痛がほとばしった。

かわされたと同時に、アスカは重力場を真横に屈折し、シンジめがけて一気に間合いを詰めた。

そのままATフィールドを何十にもまとった拳を突き出す。

シンジの幾重にも展開された防御壁があっさり切り裂かれ、シンジは咄嗟に横へ回転して反れた。

『この力・・・やっぱりロスト・エレメンタルチップの力だ』

横へよけた到達点へ、すかさずATフィールドの刃が放たれる。

シンジはそれを己のATフィールドで中和しようとするが、パワー不足でそのまま押しつぶされる。

『アスカ、正気じゃない。力で我を失っている!』

シンジが立ち上がろうとしたその瞬間、アスカの拳が目の前に出現した。

そのオーラは肉眼で容易に確認できるほどのものだ。

『EVAの血をひく全てを無に帰す』

そのまま拳でシンジの胸部を狙う。

「アスカ、ごめん」

それより一瞬早くシンジは手のひらでアスカの左胸に接触衝撃波を放っていた。

ATフィールドをあまりに拳に集中させすぎたため、胴体ががら空きになっていたのだ。

「・・・」

脳に直接衝撃を受けたアスカは無言で気を失った。

床に倒れこむアスカを、ゆっくりと抱き上げるシンジ。

そしてシンジは静かにアスカと唇を合わせた。

 

 

 

 

 

NERV司令室。

「シャムシェルとラミエルが死んだ・・・さすがは天使と言うところか・・・どうする、碇?」

冬月が真横のモニターを見ながら問う。そこには無機質な「VANISHED」の文字が光っていた。

それを見てゲンドウが立ったまま言った。

「かまわん。使徒など所詮はクズも同然。壊れたら次を出せば良い。それに・・・」

ゲンドウは唇を一瞬なめた。その表情は恍惚とした自信にあふれていた。

「今こそ[アレ]を目覚めさせるのに良い機会だ・・・」

「ま、まさか[アレ]をか!?」

狼狽する冬月。しかしゲンドウは眉一つしかめない。

「赤城博士を呼べ、大至急だ」

 

 

 

 

 

 

 

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VERSION 1.10

LAST UPDATE: 6/05/99

 

 

CARLOSです。

「堕天使」第九章 覚醒、その後、をお届けしましたが、いかがでしたでしょうか?

ずいぶんと間があいてしまって、すいません。メールを下さった皆様、本当にありがとうございました。

それではまた、

PS:感想、大歓迎です。

 

 

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