禁忌

 

ソノ響キ、美ナマデニ、妖艶ニ私ヲ責メル。

罪ヲ犯シタ、黒イ子羊。

神ニモ見捨テラレタ。

黒イ羽。塗レタ心。

アノ運命ノ日ガ来ヨウトイウノナラ来ルガイイ。

ソシテ私ノ人生ノコレカラノ毎日ヲ奪イ去ッテイクガイイ。

私ハナンタビデモ、コノ大イナルヲハルカカナタニ見セテミヨウゾ。

 

 

 

 

 

 

 
     
     

 

 

 

 

 

 

その時だった。

「・・・!?・・・」

突然、空が変化し、轟音が辺りに轟いた。

ミサトは不審そうに上を見上げた。すると、澄んでいた夜空が暗く淀み始めていた。

「これは…?」

黒よりも暗い闇が辺りに流れた。

黒、それは絶対の死、そして絶望を象徴する色。

「・・・空が・・・開く!?」

とたん、メキメキと、もの凄い音を立てながら、空に亀裂が走った。

その隙間からは、幾筋もの光りが流れ、その反動で乱気流のような衝撃波が、辺り一面を覆った。

かまいたちのような細かい刃が生まれ、辺りを巧みに切り裂いていく。壁が割れ、ガラスに亀裂が入り、地面に衝撃波のくぼみが生まれた。

「クッ!」

必死に吹き飛ばされまいと、側にあった柱にしがみつくミサト。それでも身体が宙に浮く。耳の鼓膜が破れるほどの爆音がとどろいていた。

「キャァァ!!」

石の破片が手にあたって、ミサトが一瞬、手を引っ込めた。

「・・・!!・・・」

時すでに遅し。ミサトの身体はあっと言う間に吹っ飛んでいった。

「ハッ!」

そして、その目の前には、尖ったコンクリートの破片の山ができていた。

「ウソォー!ミサトちゃん、危機いっぱつぅ!」

色々体勢を立て直そうとするが、どうもうまく行かない。

ミサトは眼をおもいっきりつぶった。

「・・・」

『ダイジョウブカ・・・』

衝撃はかるく、優しかった。

「・・・はぁ!?」

その誰かに抱きかかえられているような、すごく身近の誰かに守られているような、そんな感じにミサトの中に疑問がうずめいた。

おそるおそる目を開ける。

「あんた!」

すらりと伸びた背中。長い髪を無造作に束ねてある。無精ひげ、そして黒い瞳。

「加持リョウジ・・・」

その男の名は加持リョウジ。かつてミサトが愛した男。

「葛城・・・久しぶりだな・・・」

ミサトは睨んだ。その瞳は憎悪が支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

<緊急連絡入リます。赤木リツコ博士、総司令がお呼びです。至急、C−210に接続して下さい。繰り返します。緊急連絡入り・・・>

無機質が合成音が第一研究棟に響いた。

「・・・うるさいわねぇ・・・」

さっきまで放心したように座り込んでいたリツコは起きあがると、明らかに不機嫌な表情をしつつも、すぐさま言われたとおりに行動した。

「・・・赤木です。何か?」

「・・・シャムシェルとラミエルにアレを付けろ。二分後には天使を追跡させる。以上だ」

返事を聞く前に回線がとぎれた。

いつものゲンドウのやり方だわ。そう、リツコは思った。

『私と同じね・・・』

リツコは一瞬自嘲気味に笑うと、すぐに同じ回線を使って、助手の伊吹マヤにコンタクトを取った。

「・・・はい。こちら、第二研究棟です」

「マヤ、私よ。すぐにシャムシェルとラミエルのサンプルを出して。「アレ」を付けるわ」

「先輩?先輩ですか!!?勝手に第一研究棟を閉鎖して、一体今まで、どこで何してたんですか!?天使達が来ました!!後、未確認の力が突然ブロック332あたりに出現しました。MAGIでただいま解析中です。」

「知ってるわ。それより早く、言われたことをお願い。コンテナ出すからすぐに転送して。良いわね」

それだけ言うと、リツコは一方的に回線を閉じた。

「あっ、先輩!?せんぱーい!!・・・切れちゃった」

マヤは、すぐさま、言われたとおりにコンテナにサンプルを転送した。

『でも「アレ」って・・・まさか・・・』

マヤはしばらく震えが止まらなかった。

彼女の脳裏には、これから起こるであろう惨劇がまざまざと浮かび上がってきた。

「センパイ・・・」

必死に否定しようと試みるマヤ。彼女は切に願った。

しかし、それがかなわぬ事も、また心のどこかで承知していた。

 

 

 

 

 

 

「・・・!!・・・」

飛ぶように駆けていたシンジが急に止まった。冷たい通路に静けさが戻った。

「シンジ?」

アスカが慌てて駆け寄った。

「・・・レイとカヲルの反応が・・・消えた・・・」

「エッ!?」

シンジはすぐさま服の裏に付けていた通信機を取る。

スイッチを押すと、赤い点滅が目につく。

「レイ!カヲル!!」

ザザザザザザガーガーガー

機械の雑音がけたたましく鳴り響く。

「レイ!カヲル!!」

「・・・シ、シンジさん・・・」

弱々しいカヲルの声が聞こえた。

「カヲルか!無事か?レイは?」

「能力者が襲撃してきました・・・レイも狙撃されました」

やつれた声でカヲルが言った。

「・・・シンジさん・・・」

レイだった。

「レイ?大丈夫か?」

「シンジさん、ごめんなさい・・・私・・・」

「レイ、もう喋らないで。」

レイもカヲルもかなり衰弱していた。

このままでは、彼らの生命が危ない、そう判断したシンジは、一つの決意を下した。

「・・・レイ、カヲル、これから僕が言うことをよく聞きなさい。」

「・・・」

「・・・」

アスカは横で、心配そうにシンジを見ていた。

「君達の頭にインターフェースがあるだろう。取りはずしなさい」

レイとカヲルがそれぞれ頭に着けてるクリスタルを触った。

どんなに衝撃を受けても決して傷つかなかったインターフェース。それは、天使のあまりにも巨大な力を制御するため、MAGIによって考えだされた拘束具だった。へたにはずせば、力が逆流して、自我を失いかねない。

「でも暴走する・・・」

「大丈夫、今の君達なら制御できるよ」

「・・・分かりました」

カヲルは決意を固めた。

「シンジさん。私、怖い・・・」

「レイ。君達の側にはいつでも「守護」がいる。分かるね」

その意味ありげな口調の真意は、アスカには分からなかったものの、レイとカヲルには絶大な効果を示した。

「・・・分かりました」

レイは静かに、しかし力強く答えた。

その時だった。

会話中、たえず辺りをうかがっていたアスカの耳に、突然、奇妙な音が聞こえた。

まるで、行進のような音が。

「!?」

慌てて振り返るアスカ。そして、その姿を見て驚きはエスカレートした。

「シンジ!あれ!」

アスカが指さす方には、NERVマークを胸に付けた何重もの兵隊が列を組んでいた。

その不気味な行進が、かなり訓練されたものだと直感的に悟る二人。

「・・・レイ、カヲル。邪魔が入った。また後で連絡する」

一方的に通信を切るシンジ。彼はかなり焦っていた。

もともと、NERVには天使の力を半減させる粒子が充満しているため、シンジ達の能力は限りなく消耗していた。

それに加えて、今回はアスカとミサトという戦闘能力的なハンデもあり、MAGI相手のタイムラグもある。

シンジはできる限り

「・・・私が行くわ。良いわね?」

シンジの方をちらりと見るアスカ。その瞳には決意の色が浮かんでいる。

『シンジだけに、シンジだけに辛い思いさせない!!そのためなら、私・・・』

アスカは、ある決意をしていた。

『私、シンジのためなら人を殺せる・・・シンジを守るためなら・・・』

腰のナイフに手をかけるアスカ。

そんなアスカの心シンジは一番よく分かっていた。

『アスカ・・・君は・・・でも「人」に「人」は殺させない。』

しかし、シンジは強い口調でアスカを諭す。

「ダメだ。アスカの手は汚させない。アスカは早く外に逃げなさい。」

少し、力を込めてアスカを突き飛ばすと、シンジは兵士の方に突っ込んでいった。

「ウォオオオオオ!!!」

瞬間的に、手に力を込める。

赤いオーラがシンジの手を覆い、金剛石よりも堅く、鋭い武具となる。

冷たい銃口がシンジに焦点を合わせる。それを物ともせずに、駆けるシンジ。

「ダァアアアアアア!!」

銃を向けられて平然としているシンジを見て、兵士達が一瞬ひるんだ。

「は、発射っ!!」

司令官らしき者の合図で、銃口が一斉に火を噴いた。

ガガガガガガガガ

無数の銃音と共に辺りが白く濁り、辺りの壁に蜂の巣のような穴があいた。

「シンジィ―――!!」

煙にまみれた空間で、アスカの悲痛な叫びがこだました。

「何が天使だ!!この化け物め!死ね!!」

その男が高々と笑う。脂ぎった顔が、テカテカと光った。

「ハッハッハッハッ・・・」

次の瞬間、その嫌らしい笑い方が凍り付いた。

「ぐぁああああああ!!!!」

苦しむ兵士。次々ともがきだす。

「???」

何がおきているのかわからないアスカは、一瞬顔をしかめた。

「・・・アスカ!伏せなさい!耳を押さえて!」

姿見えなきシンジの声が鋭く響いた。

「シンジ!?シンジなのね!!分かったわ」

言われたとおりに地面にすぐさま倒れるアスカ。頭を手で覆った。

ザザザザザザザザザ

『なにこの音!?頭に直接、響きかけてくる・・・脳波と共鳴?いや、一方的な精神緩和だわ・・・』

その奇妙な合成音はシンジの生みだした精神音波。人の思念や脳波に入り込み、脳内麻薬を以上成長させる。

まともに受けたら精神汚染で死に至りかねない。

むろん、アスカはシンジの防御壁で何重にも守られていたため、ただの音としか感じられないのであった。

「ぐぁっ!!!ああああああ!!」

「がぁぁぁぁぁ!」

次々と頭を押さえながら倒れていく兵士達。鮮血をまき散らせながら呻いた。

ただ一つ共通していることは、皆、苦悩の表情を浮かべているという事。その光景はまさに「地獄」であった。

全ての兵士が倒れた後、煙がはれシンジの姿が見えた。

その表情は、怒りと言うよりむしろ憐れみといった方が正しい。

「シンジ・・・死んだの?」

アスカが静かに尋ねた。

「いや・・・でももう正気に返ることはないだろう・・・」

そう悲しげに呟くシンジを見て、アスカは思わず泣きそうになった。

『何でシンジだけ・・・どうして・・・シンジ、誰も殺したくないのに、誰も傷つけたくないのに・・・』

アスカもシンジの気持ちを痛いほど分かっていた。

殺らなきゃ殺られる。どんなに逃げても追ってくる。天使に安住の土地はなかった。

「シンジ・・・ごめんね・・・ごめん・・・私・・・」

泣きじゃくるアスカを優しく抱きしめるシンジ。

「どうしてアスカが泣くの・・・?」

アスカはそんなシンジの心が嬉しくもあり、悲しくもあった。

『シンジ・・・ごめん・・・』

アスカはただただ謝り続けた。

 

 

 

 

 

 

「加持リョウジ・・・」

ミサトは何度も瞬きをした。目の前に起こっているこっとを嘘だと願って。

しかし、それはかなわぬ事だった。

「葛城・・・大丈夫だったか?」

加持が静かに問いかけた。

その目は深夜の海のように澄んでいた。

加持が手でゆっくりとミサトを抱き起こそうとする。

『!!』

次の瞬間、ミサトが動いた。

もの凄い勢いで飛び起きると、すぐさま太股に付けていた小型のべレッタを手にした。

後ろへ軽く飛んで十分な間合いを置くと、焦点を合わせた。

加持はそんな光景をじっと見守っている。半ば覚悟していたかのように。

「加持リョウジ・・・やっぱり生きてたのね。シンジ君から聞いたときはまさかと思ったけれど・・・」

カチリ

セーフティーロックをはずし、トリガーに力を込める。

「シンジ君?ああ、ルシフェルの事か・・・君の所にいるのかい?

狭い世の中・・・いや、当たり前のことか・・・」

加持の口調は開くまでも落ち着いていた。

「黙りなさい!」

ドン

一寸の狂いもなく、ミサトの銃が唸る。火花が散り、轟音が響く。

「!?」

しかし、すんでの所で弾は加持には当たらなかった。

「すり抜けた?馬鹿な!」

バン!バン!

続けざまに撃つ。ミサトは本気だった。彼女のシューティングテクニックは本物。的確に心の像をねらう。

「またすり抜けた!?何故?」

すり抜けたのではなかった。弾は加持の方へ飛び、間違いなく当たっているはずだった。しかし、その弾が当たる前の刹那の瞬間、加持の身体が僅かに歪んだ。あまりの早い動きに、残像すらもできなかった。

「葛城・・・よく生きて・・・」

加持が静かに言った。まるで何もなかったかのように。

そんな彼をミサトがキッと睨む。

「気安く呼ばないで!!私の時はあなたによって止められたのよ!」

「・・・」

加持は無言で立っている。

「そう、あなたが私の父を裏切り、そして殺したあの日から!!」

ミサトの震え声には怒りしか含まれていなかった。

 

 

 

 

 

 

七年前、葛城ミサトと加持リョウジは恋人同士だった。

大学で知り合った彼等は、卒業後も進路を共にし、一緒に国連に勤めることになった。

「ちょっと、髭ぐらい剃んなさいよ!ったく」

「まぁ、そう言うなって。」

ずぼらなミサト、そしてキザでかるい加持。その奇妙な関係は微妙な恋愛のベクトルによって成り立っていた。

幸せな毎日。仕事に、恋に、ミサトは充実していた。

『・・・ミサト・・・俺は・・・』

しかし変化は突然に、そして敏速に訪れた。

 

 

 

 

 

 

「父が殺された・・・?嘘!?」

ミサトがそのニュースを聞いたのは、ある秋夜のことだった。

冷たい電話に耳をあてながら、ミサトは自分が聞いていることが信じられなかった。

「誰?誰が殺したの!?」

いつもは嫌いだった父。その重みは失って初めて分かる。

彼女の心の中で、父への悲しみが生まれて弾けた。

『@#^&*$』

電話の向こうである名前がささやかれる。

「・・・嘘よ!?あいつが父を殺したなんて信じない!」

裏切り。壊れた絶対の信頼。絶望的な展開。

「イヤァァァァァァァ!!!」

そして彼女の中には消えない傷ができた。

それは日夜、彼女の心を苦しめた。

 

 

 

 

 

 

<01292[葛城ミサト]:AAA調査員:抹消>

<詳細:以上の者を、本データバンクから抹消する。なお、その後の・・・>

 

 

 

 

 

 

「・・・それから私は都心から離れたある機関に所属して機会を待ったわ・・・」

「『マルドゥック』か・・・」

ミサトの名は,国連を辞めてなお有名だった。

その活躍は、『崩壊の魔女』として知れ渡った。それが今のミサトの全てだった。

「そうよ・・・そして風の便りであなたが国連を辞め、国務期間NERVに入ったことを聞いた。

その時私は確信した。それまでずっと否定し続けてきたけれど、でもわかってしまった。

あなたは私を利用するために近付き、そして裏切ったのだと!!」

「・・・」

加持は何も言わない。ただその闇色の瞳をじっとミサトの方へ向けている。

「あなたの目的は何?私の父を殺し、私を裏切り、今度はシンジ君達を使って何をしようと言うの!?」

ミサトの銃を握っていた手に力がこもる。

「・・・葛城・・・俺は・・・」

加持の身体が微かに震えた。

「あなたが何をしようと、私は止めてみせる。それがあなたへの私の復讐。唯一の肉親を殺され、愛する者に裏切られた私の返事よ!」

ドン

思いっきり足を蹴った。

次の瞬間、ミサトの身体は駿足で前進していた。

その猛虎のような闘心はミサトの怒りを表していた。

「ハッ!」

ガッと地を蹴る音がして、ミサトの足が瞬間ぶれた。

「ヤァァ!」

膝蹴りと見せかけておいて、もう片方の足で加持の足首をねらう。

しかし、それを間一髪でかわす加持。先程と同じように、無言で静かに避けている。

「ガァァァァァァ!!」

そのまま空振りした足で身体を一回転させると、今度は回し蹴りを繰り出した。

次々と見事なまでの大技を繰り出すミサト。その洗練された姿はどことなく舞ににていた。

しかし、それらはすべて虚しく空気を切り裂くだけだった。

「ハァ、ハァ、ハァ。」

肩で息をするミサト。大技の連続で、彼女はかなり体力を消耗していた。

「・・・葛城、俺はまだやるべき事が残っている・・・」

加持が静かに言った。その瞳にはミサトの知らない何かが込められていた。

「・・・すまない」

シュン

次の瞬間、加持の姿はミサトの視界から消えた。

「どこ!?」

ミサトが叫ぶ。辺りを見渡すが、その姿は消えていた。

「・・・ハッ」

一瞬後、加持の姿はミサトの真上に出現していた。気配こそ何とかつめるものの、あまりのスピードにミサトの目が追いつかない。

ドン

衝撃がミサトを襲った。

「・・・アッ・・ガッ・・・」

崩れ落ちるミサト。その横には無表情な加持の姿があった。

「・・・すべてが終わったら・・・その時は俺を殺すがいい・・・」

そして彼の姿は闇に消えた。

静かな夜の闇が辺りを暗く覆い尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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VERSION 1.10

LAST UPDATE: 6/05/99

 

 

CARLOSです。

「堕天使」第八章 消えない傷跡、をお届けしましたが、いかがでしたでしょうか?

それでは、続いて行っちゃってください。(笑)

PS:感想、大歓迎です。

 

 

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